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12 手紙

愛するシャルルへ


 貴方の腕は温かく、必ず私に大丈夫か確認した。私が良いと言った後に抱きしめ、貴方は許された事だけを行う。私を全て知っているから。

 でも本当は貴方の深い愛情だと今になってようやく気づいたわ。


 本当に私はいつも知るのが遅すぎる。いいえ、知ろうと努力しなかった。考える事を放棄していた。『見分』が私に考えることを放棄させた?感じ、気づくことを?いいえ楽だからなのよ。逃げていたの。私は弱かった。


 シャルル。貴方はずっと戦っている。自分の運命と。貴方は私を強いと言ったけど、貴方の方が私よりも強かったのよ。

愛する意味を私に教えてくれてありがとう。        


 アイリス





 手紙を握りしめ、胸の中の痛みと共にアイリスを抱きしめる。


「アイリス。嘘つきの私を許してくれ」







 シャルルの匂い。目を開けると私はベッドの上で彼に抱きしめられていた。


夢? 


 何もかも夢であって欲しかった。彼の温もり以外は。目を開けると、彼の手に握りしめられる私の手紙が見え、やはり現実なのだと認識する。


「アイリス。君は逃げたんじゃない。君自身を守ってきただけだ。君は一人で生き延びてきたんだよ」


 シャルルが耳元で囁き、そして彼のたくましい胸元へ私を引き寄せた。生き延びる……その言葉で意識が戻る。攫われた双子は……そっか、シャルルに黙ってグランダと弔ったんだったわ……。


「……グランダは?」 

「君が倒れたことを知らせた後、工房に帰ったよ」


 私は立ちあがろうとしたけど、シャルルが離してくれない。


「行くなアイリス。……君は私と共に過ごした時間を後悔しているのか?」


「そんなこと……言えない。私にとってあの時間は大切なもの……だけどグランダにとっては……」


 シャルルの唇が私の口を塞ぐ。優しく塞がれてわずかに痺れる。シャルルが唇を離し、続けた。


「この口付けの瞬間にも飢えている者はいる。苦しむ者はある。誰かが喜ぶとき、誰かは悲しみ、苦しむ。……私のために、君はその優しさで君自身を粗末にするなよ」


 シャルルが私の頬をなで私に微笑む。


「これが君の手紙への返事だ」


「………シャルル。私、何をしてた?グランダと話したことした覚えていない」


私を見つめた黒曜石の瞳が一瞬だけ揺らいだ。


「倒れた()()だよ。グランダがこれを君に渡してほしいと言っていた。『クリームも思い出もいくらでもあるから、持っていて欲しい』と」


 それはグランダさんが河岸で見せたカリテの実の試作クリームだった。


「アイリス。私は急ぎの手紙を書かないといけない。君はここで身体を休めるんだ。手紙を書いたら戻ってくるから」


 シャルルが優しい手つきで私をベッドに横たわらせた。


「手紙?」


「国王陛下から手紙が届いている。後で君も読むといい。君宛のもある」


「今、読むわ」


 身体を起こそうとするが、ひどい眩暈がしてベッドに倒れ込む。


「寝ておくんだ。ロイツを側にいさせるから」




 ロイツは主人の命を受け、廊下で寝室から出てくるのを待っていた。


「シャルル様。アイリス様は………」


「川に入った事は覚えていない。だが悟られるなよ。私がいない間、妻の側から離れるな。返事を書いてくる」


「王城に行かれるのですか?」


「ああ、見ておかなければならない。ルイとカルミアが次の支配者に相応しいかどうか」





 それから数日間はベッドで過ごし、数日後ベッドの上で国王陛下の手紙が渡された。


 手紙はルイ王太子とカルミア王太子妃の結婚披露宴の招待状だった。『二人とも参加するように』と記載されたそれは招待状の形をした王命だった。


「シャルル。この手紙の最後の一文、『借りを忘れるな』って何の事?」


「……昔の約束だよ。気にするな。もう一通には何て書いてあった?」


 私の胸元にはシャルル宛の手紙とは別に国王陛下からもう一通の手紙があった。私宛の手紙はまだ封蝋が解かれぬまま、シャルルから渡され、私だけ先に読んでいた。


「他言無用と書いてあるの」


「知りたい」


シャルルはいつよりも真剣な眼差しを向けた。


「貴方は『借り』について教えてくれないのに?」


「それよりも、今は君に父が何といったのかを教えてくれないか?」


「ずるい」


「そうだね。ずるい男かもしれない。だが……君が教えたくなるように、もっとずるい事をしても?」


 私が瞬きをしている間に、彼の手が私の顎を捉え、間近に黒い瞳が迫った。


「ま、まっ………」


 彼の唇で塞がれて最後まで言葉にならない。身体に力を入れようとするが、抱きすくめられてしまう。

 深い口づけの息継ぎ、その合間に声を出す。


「……い、今は、真面目に」


「真面目に?」


 シャルルが私の唇から垂れた粘液の糸を指で拭った。熱っぽい視線が私を見つめる。


「どうしたのシャルル? 今日はなんだか強引だわ……」


「そうか? ただ、君を深く感じたい。それに……そんな目で、また駄目と言うのは無しだ」


 シャルルが身を寄せ、彼の重みで私はベッドに沈んでいった。




 シャルルは私が許したことを全て使い、私を降伏させた。私は握っていたシーツを離し、大きく息を吸う。


「それで?」


 シャルルがティーカップに紅茶を注ぐ。私は乱れた息を整え、まだ敏感な身体をシーツから引き剥がす。

 シャルルが差し出した茶器を受け取り、一口紅茶を飲んだ。


「………陛下は私だけに話したい事があるそうよ。直接話がしたいから式が始まる前に話す時間を作るようにと」


 内容も書かれていたが、それについては伏せた。言ったら絶対に反対する気がした。シャルルが不愉快そうに目を細める。


「……私の前で言えない話をか…?」


「陛下と仲が悪いの?」


「いいや。ルイ……兄よりは良好な関係だと思うよ。月に数度は手紙を交わしている」


 ……そうなの?……仲の良い親子が『借り』という言葉を使うのだろうか。


 シャツを羽織ったシャルルがベッドに座り、私に向き直る。


「アイリス。この館にロイツと一緒に残ってくれないか?」


「王命に背けというの? 不敬になるのでは?」


「理由は何とでも言える。それで責めを負うなら私が受ける。君を連れていくのは不安だ」


 彼の右手が私の左頰をつつむ。


「陛下と私とで話をしてほしくない?」


「今の君を王城に連れていきたくないだけだ。倒れたばかりだし、君をよく思わない奴が多すぎる」


 ………私が王城で『悪女』と呼ばれた事を気にしているのだろうか。それでも……


「残るのは嫌」


 シャルルが目を見開く。


「君のことを心配しているだけだ」


「心配しているのは貴方を見ればわかるわ。でも私は貴方の妻よ。貴方一人で参列させたくはない」


「『王位継承権も社交も捨て、ケチで貧相な屋敷に住み、寡婦を集めて侍らしゴミを収集する変人公爵』の妻として?」


「そんなの噂じゃない。気にしていたの?」


「別に、自分がどう言われようと気にはならない。だが君が変人の妻だと言われる様が目に見える……それは耐えらない」


「私だって気にしないわ」

「どう言ったって行くつもりなんだな?」

「どうして行かせたくないの?」


 彼は目を伏せた。


「おそらくフラワード伯爵も呼ばれるだろう。彼と会わざるをえない」


 ウィルヘルム・フラワード伯爵……王家と取引きををしている商会の支配者で、母と私を苦しめた男。


「大丈夫よ。婚約破棄の時ですら王太子は呼ばなかったのだもの」


 王家にとって取引相手だから外聞が悪い、と思ったのか王太子は私の父を婚約破棄の場に呼ばなかった。


「そうはいかない。カルミアはフラワード伯爵に多額の借り入れがあるらしい」


 借り入れ?公爵家の令嬢がアイツから借金をしているってこと?


「王太子じゃなくて、カルミアが?」


 私を嫌っていたカルミアが、私の家に金を頼むことが信じられなかった。


「ああ。王家は今、フラワード伯爵と取引をしていない」


「え……そうなの?……なぜ?」


 フラワード伯爵……アイツが支配する商会は南方の国々との交易路を押さえていて、南方から来る食物や茶器が必要だと王太子は言っていたのに。


「取り引きするだけの金がない、と言った方が正確だろう。どちらにしても伯爵と会わざるをえないと思う」


「大丈夫。私は平気よ」


 国王陛下の手紙には二人きりでシャルルについて話をしたいと記されていた。多くを語らない彼の事を少しでも知りたかった。


 私は目を閉じ、胸の前で両手を組んだ。自分の指が震えるのが分かった。


 アイツ………伯爵に会う事への恐れは身体に染みついている。

 それでも、陛下に双子として生まれた彼を生かし、私と出会わせて下さったことへの感謝を伝えたい。


 シャルルが私を引き寄せて優しく抱きしめる。


「……わかった。ならばフラワード伯爵を殴り倒さないよう、私の右手を握っていてくれ」


お読み頂きありがとうございます。

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