11 特別な日
(前話、投稿時間の設定を誤っていました。すみませんでした)
祝いの席は夜遅くまで続き、その翌朝は何もかもが特別な日となった。
ベッドの中で彼の手を握る。私はその手が震えていないことに安堵し、空が白んでも隣にある温もりに安らぎを覚えた。
眠たくて疲れているはずなのに、全く意識させないほど満ち足りて、むしろ頭は冴えわたっている。
「身体は大丈夫か?」
シャルルが問う。
「起きていたの?」
「君は私の手をずっと握っていたから」
「『ごめんなさい』この二週間そう言わなくちゃって思ってた。もっと早くこうすれば良かったわ」
「謝るのは私のほうだ。私を知らないままでも君が許してくれた」
私たちの間に再び熱い眼差しが生まれた時、部屋の扉が激しく叩かれた。
返事を待たずに扉が開き、グランダと、彼女を止めようとするロイツが現れた。グランダが叫ぶ。
「助けて、公爵。子供達が攫われた!」
シャルルが素早く身支度する間、私は泣き崩れているグランダの背をさすることしかできない。
「絶対に……工房から出るなって言ったのに……」
グランダの話では、昨日私の身支度を手伝っている間に工房から抜け出たらしい。敷地の中で二人の姿を何人か目撃していた。
シャルルが身支度を終える。日は昇り、外は明るくなっていた。
「ロイツ、馬車は?」
準備してあります、とロイツが話す。
「待ってシャルル。私も行くわ」
「駄目だ。君はグランダとここに居ろ。次はグランダが危ない」
「どうして?」
グランダが震えながら口を開いた。
「あの子達が双子で、私が双子の母親だからよ」
シャルルと共にロイツは一番近い『狩場』へ向かった。ロイツの代わりに侍女が用意した暖かい飲み物をグランダに渡す。
「ありがとう。奥様……ごめんなさい。大事な日だったのに……」
「良いのよグランダ。あの子達がいなかったらシャルルは大変だったのよ。……でもどうして双子だと攫われるの?」
「……あなたは伯爵家のお嬢様だものね…知らないはずだわ」
知らない……その言葉が私の胸に刺さる。私は婚約者としての礼儀作法しか教わってこなかった……この土地に来て知る事の方が多すぎる。
「良ければ……無知な私に、教えてくれない?」
「無知だなんて……双子は災いを招くの。産まれる前か後に殺されるのが普通……飢饉を招くから……そう言い伝えて私達は育つの」
私は瞳を見開く。伯爵家や王城で聞いたことも、書物でそのような記述を見たこともなかった……つまりごく自然にある風習なの?
「そんなのむごいわ……双子と飢饉は関係ないと言うのに」
「もちろん、双子の親はならそう思うわよ。今年は豊作なのに、双子が飢饉を再び引き寄せると信じて疑わない人はこの土地にもいる。だから双子の母親は『狩場』に売るか、殺すの」
グランダの言葉、双子の顔の痣。初めて会った時、見慣れぬ私から隠れたのは……そんな意味だったの。
「公爵はね、工房で匿ってくれたわ。普段なら気づかれなかった。でも昨日は……大勢の人がいたから……双子だって知られてしまったんだわ」
結婚式で人々が集ったからだ……。
「グランダ、きっと大丈夫よ。シャルルが狩場から連れて帰ってくれるわ。私を助け出したように」
そう言って、グランダの肩を抱きしめた。
その日の夕方、双子はシャルルが連れて帰った。
お手玉と、小さな花をその手に握ったまま。
皿の上のジャガイモのスープは全く減らなかった。
豊作だったジャガイモは美味しいはずなのに。
「どうして……豊作でも、あの子達は土に帰らなくちゃならないの」
「そういう国だからだ」
「そういう国ってどういう事? あなただって王族でしょ!」
「そういう国だからだ!」
シャルルが珍しく乱暴にスプーンを置き、深く息を吐く。
「……怒鳴ってすまない、アイリス。私が双子を奪われる無能な公爵だから悪いんだ」
「貴方が悪いなんて言っていない。あの子たちは祝いの日、手に花を持っていた……きっと」
「きっと?『私達を祝いに行こうとして攫われた』……そう君は言いたいのだろう?」
「そうじゃなきゃ、なんだって言うの?」
目を伏せたシャルルが呟く。
「八人目だ」
「……双子が攫われたのが?」
声を絞り出してシャルルが続けた。
「グランダが八人目の母親なんだ。この領地で双子の子供達が殺されたのは」
私の中に衝撃が走った。十六人もの子ども達が亡くなっているという事実に。
「あ……貴方は奪われても、なすがままに許していたの? 警備を増やしたり、この屋敷の中に住まわせたりは?」
シャルルが視線だけを私に向ける。
「人目が増えれば危険に晒す。屋敷内に留めれば、領民からの信用を失う。屋敷の離れを改装し工房で民の目を紛らわすのが限度なんだよ」
彼は頭を両手で抱えた。
「君が思うように、私もおかしいと思う。だがね、これが現実であり、習俗であり、文化なのだ。国王でもない限り変えられぬ歴史だよ」
「それなら貴方が国王になればいい! 陛下やルイよりも貴方こそ王に相応しいわ!」
シャルルが息を吸いこみ、怒りを露わにした低い声を放つ。その声は地を這うように響いた。
「今の発言は国王陛下に対する侮辱だ。アイリス、改めなさい」
彼にそこまでさせても頭に登った血は引かず、納得できない。今は王位継承権は無くとも、シャルルが王になれば朝市で訪ねた街のように、皆が笑い合える予感がした。
私は息を深く吐く。
「国王が父親だから庇うの? 私の父も最低だけど、根拠のない文化を容認する貴方の父も最低だわ!」
「君の父親と一緒にするな! あの人はルイと私を生かしてくれたんだぞ! 生きていなければ君とは出会えていない!」
シャルルの言葉で、背筋に寒気を覚える。
「……ルイと貴方を生かした? どういうこと? 貴方達は兄弟でしょう?」
「私達は双子だ。表向きは年子で通している。これは王家の秘密、誰にも言ってはならない」
シャルルが勢いよく席を立ち、私の横を無言で通り抜けてリビングから出ていく。
止まった息を私はゆっくりと吐いた。
『二卵性双生児だ』と前世の記憶が私に告げる。
金髪に紅い眼を持つルイは父親似で、黒髪に黒曜石の眼を持つシャルルは母親似……姿が似ていないからこそ気づかれない王家の秘密。
私は震える両手を握りしめる。
……シャルル、貴方はどれだけの秘密を私に隠しているの?
その晩、いくら待ってもシャルルは寝室に戻らなかった。彼を探し屋敷をさまようと執務室の扉がわずかに開いていて、明かりが暗い廊下に漏れていた。
扉を開けてシャルルと話す?
いいえ、彼の秘密はあまりにも衝撃的すぎる。
私は寝室に戻り、テーブルで手紙を書く。
真夜中、再び執務室を尋ねる。扉はわずかに開き、明かりも付いたままだった。手紙を扉の下にそっと差し込み、私は寝室に戻った。
夏だというのに一人で眠るベッドはひどく冷たいものだった。
翌朝、密かに私はグランダと双子を見送った。双子は布に包まれ、名のない碑の側で川に流された。
この小さな碑には何人の名が刻まれているのだろう。
手を合わせ祈りを捧げていると「本当はね、碑を持つことすら許されないの」と隣に立つグランダが言った。
「グランダ、大丈夫?」
「平気よ。本来双子はね『無かった物』なの。工房は同じ境遇の母親達がいる。私だけ許されて……皆をまとめる立場を与えられるなんて、肩身が狭かったわ」
……シャルル、貴方もそうだったの? だから王位継承を捨てたの?
異なる考えが頭をよぎり、首を振って目の前のグランダに意識を戻す。
「……そんな風に言わないで」
私の声が震える。気丈に振る舞う彼女の瞳からは涙が溢れている。
「奥様、見て? 上手にできているかしら。言われたレシピで試作してみたの。カリテの実のクリームよ」
彼女が涙を拭い、グランダがポケットから小さな容器を取り出し、蓋を開けた。
「作ったの?」
「ええ。甘い匂いがして、これを付けているとあの子達の手に触れている気持ちになるの。この実はあの子達のおやつだったからね」
「……なんか、ごめんなさい」
溢れる涙が止まらない。私が彼と愛し合っていた晩にグランダは愛する我が子を失ったのだから……。
「やだ、止めて。奥様が泣いたら駄目よ。公爵も責めないであげて。本当に感謝している。『双子は人の子だ』って教えてくれたのは彼よ? 公爵が連れ帰ったから弔う事もできたわ……」
グランダの声が遠くなり、私を重く深い罪悪感が支配する。不条理への怒りに身を任せたとはいえ、シャルルに対して出た軽率な発言。
彼が双子であると知っていたなら、どうしてあんな事を言えただろうか。
……やだな。
……私って本当は『悪女』だったんじゃない。本当に何も知らない『悪女』だ。
……本当に嫌だ。
お読み頂きありがとうございます。
ブックマーク、評価、良いね、感想ありがとうございます。
近づいては離れるシャルルとアイリスの今後。
再びルイとカルミアも登場予定です。お楽しみに。




