第11話 多恵(3)密会1
というのは違うと思う。君はあの時ご両親の老後や家のことや自分の仕事のことなどいろいろ考えて悩んだのだろう。そして決めたことだ。勇気がなかった訳ではない。地元に残ると決めることも勇気がいったはずだ」
「そうでしょうか?」
「俺は次男坊だから地元に就職して君の婿養子になろうかとも考えた。でもそれでは人生どん詰まりのような気がした。一流会社に就職して、できれば自分の力を試してみたい、そう思った。そして俺は安易に上京する道を選んだ。就職してから、仕事が大変だった時には、どうして地元に残らなかったのだろう、もっとよく考えるべきだったと後悔もした」
「あなたも悩んでいたのですね」
「今はもう吹っ切れている。あの時はベストのチョイスをしたと思うことにしている。あのとき地元に残っていたら、一生、東京に出て自分を試さなかったことを悔やんでいたと思う。だから後悔はしていない。これでよかったと思っている」
私は彼の今の心情がよく理解できた。私も今は同じような考えに至っていたからだ。
私は少し酔ったみたいだった。でもとても気持ちがよかった。ハイになっている、そういう感じだった。それでレストランを出るときには彼につかまって歩いていた。銀座のホテルからはタクシーで駅のホテルに向かった。
駅のホテルのフロントへいって、私はチェックインをした。名前は自分の氏名と彼の名前を書いておいた。
「少し酔ったみたいで、部屋まで送ってくれますか?」
「ああ、もちろん」
彼は部屋まで送ってくれた。私は酔ったふりをして部屋の中まで身体を支えてもらった。彼は私が誘っていることにはじめから気がついていたと思う。また、そう思わせるようにしてきた。部屋に入るとよろけたふりをして抱きついた。彼は私を抱き締めてキスをしてくれた。
私は無言で抱きついているだけだった。彼もまた無言だった。私は何と話しかけてよいのか分からなかった。彼とのことは気持ちの整理がとうの昔にできていたはずだった。でも別の私が彼に抱きついているようで気持ちが抑えられなかった。それからは頭の中が真っ白になっていった。彼も気持ちが抑えきれなかったのが分かった。
◆ ◆ ◆
私は彼の腕の中に抱かれている。ようやく気持ちが落ち着いてきていた。長い間抑圧していたものが取り除かれて解き放たれたたようで、清々しい気分だった。気持ちだけでなく身体も彼を求めていたのかもしれないとも思った。
彼は黙ったまま、私の髪をなでている。彼はあの時とはすっかり変わっていた。私の感じやすいところを探して丁寧にそこを愛してくれた。快感が身体中を駆け巡った。
あの時は二人とも初めてだった。だから彼もぎこちなくて快感などは少しもなかった。ただ、彼との思い出がつくれたという満足感だけがあった。
でも今は快感が身体中を走り抜けていった。そのあとには、ようやく彼と交わったという実感と満足感が残されていた。私はこれを求めて彼に会いに来たのだろうか?
「ごめんなさい。あなたを誘惑してしまって」
「いや、東京へ誘ったのは俺だから、そんな気にさせて悪かった」
「あなたへの気持ちはもうすっかり整理ができていたと思っていたのですが、あれから無性に会いたくなって来てしまいました。それから会うと、もう抱き締めてもらいたくなって気持ちが抑えきれませんでした」
「俺もそうだ。同窓会で再会して、もう一度抱き締めてみたくなったんだ」
「今わかったの。身体があなたを求めていたと。ああいう別れ方をしたかしら」
「俺もそういう衝動にかれられたんだ。これがきっと男女の性というものなのだろう」
「男女の性?」
「そう考えた方が納得行くし、後ろめたい気持ちにならないから」
「後ろめたい。そう、私たちは不倫をしてしまったのね」
「このことはお互いにパートナーには分からないようにしないとお互いの家庭を壊しかねない」
「私は友人と東京見物に来たことにしていますから、大丈夫だと思います。秋谷さんは大丈夫なの?」
「今日は泊りがけの出張が急に入ったと知らせているから、大丈夫だ。時々急な出張が入るから問題はない」
「じゃあ、今晩は泊まっていけるのね」
私はまた彼に抱きついた。どうしたんだろう。また、気持ちが抑えきれなくなっていた。
◆ ◆ ◆
翌朝、彼は通勤時間に合わせて、ホテルを出て行った。私は帰りの新幹線の時間に合わせてホテルをチェックアウトして、駅のデパートでお土産のお菓子など買って、帰途に就いた。
帰りの新幹線の中で昨夜のことを思い出していたが、何とも言えない充実感があった。こんな気持ちになったことはここしばらくなかった。そして少しの疲れも感じなかった。




