93.属国化
「貴国が我が国の属国になればいいんだよ」
するとゾリグは、こいつは何を言っているんだろうという目で俺を見てきた。雫も同じような目で俺を見てきた。解せぬ。
なぜだ。なぜこれほどの名案を発案したのに、お前らは俺をそんな目で見るんだ!
「俊也が自信満々だったからどうするのかと思えば……馬鹿なのか?」
ぐふっ! 雫にそんなこと言われると効くぜ……。
「いや、待ってくれ二人とも。最後まで俺の話を聞けば、蝦夷汗国がジパング王国の属国になるのが最適だってわかるはずだ!」
と俺は雫とゾリグに向かって言った。事実、蝦夷汗国がジパング王国の属国になれば、全ての問題が解決する。
「私、聞く。話せ」
雫は俺の言葉を信用しなかったが、ゾリグは真剣な表情で話すように言ってきた。
ゾリグが俺の言葉を信用したというよりは、藁にも縋る思いで俺の話を聞く気になったのだろう。現状、ゾリグは他人に頼ることしか出来ないわけだし。
まあいい。ゾリグが話を聞く気になったのは好都合だし、こいつの気が変わる前に説明を始めるとするか。
「ジパング王国が蝦夷汗国を属国とすれば、ジパング王国の面目は保たれる。ジパング王国が蝦夷汗国に報復をしたと捉えられるわけだからな。これは理解出来るだろ?」
「でもそれだと、蝦夷汗国の面目はどうなるんだ?」
「いい質問だよ、雫。蝦夷汗国がジパング王国の属国になれば、当然蝦夷汗国の面目は潰れる。だから俺は、蝦夷汗国がジパング王国の属国になるメリットを付与しようじゃないか」
蝦夷汗国がジパング王国の属国になれば、確実に蝦夷汗国の面目が潰れる。これはおそらく避けられないはず。
国家というものは面目を大切にし、外交する場合は虚勢を張ったりする。……こう聞くと、国ってまるでヤクザみたいだな。
でも虚勢を張るヤクザってのは強がる子供みたいで微笑ましく思えないか?
なに? 微笑ましく思えない、だって?
……そいつは残念だ。
ヤクザ云々の話はおいておくとして、面目が潰れることを国は許容出来ない。
だから面目が潰れてもいいと思えるほどのメリットを蝦夷汗国に与えることにした。
「もし貴国が我が国の属国になるならば、貴国を中央集権的な国にしてみせよう。我が国としても、属国の王に発言権がないというのは許容出来ないのでな」
つまり、蝦夷汗国がジパング王国の属国になるのならば、蝦夷汗国内においてのゾリグの王権(汗権?)を強力なものにしてやろうと俺は言っているのだ。
現状の蝦夷汗国をジパング王国の属国にすれば、ゾリグの部族以外のいくつかの部族が反乱を起こす可能性がある。
だから蝦夷汗国の王権を強力にすることで、他部族に反乱を起こさせないようにする。王権が強ければ、配下が勝手するということはないからな。
だが……
「それ、無理。どうやっても、皆、言うこと、きかない」
そう言って、ゾリグは首を振った。
以前ゾリグは、自身の発言権を向上させるために四苦八苦していたのかもしれない。それでも他部族が好き勝手することが続いたため、彼はどうにかすることを諦めているのだろう。
だが、蝦夷汗国の王権を強化する方法はちゃんと考えてきている。俺は後先考えずに突っ走るような馬鹿ではないのだ。
俺はゾリグを見ながら言った。
「貴殿が率いる部族がいくつかの部族を吸収して大きな部族に成長すれば、他部族は逆らえなくなる」
ゾリグがカンの座に就いたのは、ゾリグが率いる部族が他部族より少し人数が多いからだ。人数が多い=強いということになるわけで、そのためゾリグがカンとなった。
この少しというのが問題なので、ならばいくつかの部族を吸収し、ゾリグが蝦夷汗国の支配階級であるモンゴル人の過半数を従えさせることさえ出来れば、他部族も頭が上がらなくなるってわけだ。
「吸収する、と言っても、どの部族を吸収、する? それに、吸収する、理由がなければ、他の部族、反発するぞ」
ゾリグの疑問ももっともだ。もし理由もなく他部族を吸収してしまえば、自分の従える部族も吸収されてしまうのではないかと部族長らは危惧するだろう。
そして吸収される前に吸収してやると考え、同志とともに諸部族が連合して反乱を起こすのは目に見えている。
「確かに理由もなく吸収すれば、他部族は反発する。だが心配せずとも、吸収するに足る理由がある部族がおあつらえ向きに存在するじゃないか」
俺は含み笑いをしながら言った。
「「「吸収するに足る、理由がある部族?」」」
ゾリグと雫、イザナミが首を傾げる。
「なに、簡単なことだ。藤堂が協力を要請した部族を吸収すればいい」
あの部族はゾリグだけでなく俺にまで迷惑を掛けたんだ。だから吸収する大義名分はある。
俺の王国に迷惑を掛けたんだから、あの部族には相応の罰を受けてもらおうじゃないか。
「貴国が我が国の属国になれば、俺は貴殿にその部族を吸収せよと命令しよう」
好き勝手するのはどの部族も同じだから、それを理由にあの部族を吸収すれば反発が起きることは予想出来る。だからそれだけでは、大義名分としては弱い。
だが蝦夷汗国がジパング王国の属国となれば、大義名分としては充分だ。
なぜならばゾリグを含む諸部族長の明確な上位者として俺が君臨することになるわけだから、俺の命令に従ってゾリグがあの部族を吸収しても他部族は文句が言えない。
蝦夷汗国がジパング王国の属国となれば、実権のない名ばかりの支配者であるゾリグとは異なり蝦夷汗国内でも俺は実権を有することになるからな。
そんな俺からの命令に従ったゾリグを他部族が非難すれば、俺の怒りを買うことになる。他部族としては、俺の怒りを買うことは避けたいはずだ。
「確かに、魅力的な、提案、だ」
「その発言は、貴殿がこの提案を認めた、と受け取ってよろしいか?」
「それは……駄目だ。その提案、ジパング王国、による内政干渉、だ。私が、その提案、認めたら、内政干渉、容認したこと、なる」
おっと、なかなかに鋭い返しだな。名目上とはいえ、一国の王になるだけあってある程度の水準の教養は持ち合わせているようだ。
「それを言うならば、そちらが先に我々の内戦に軍事介入にしてきたんじゃないか」
さて、ゾリグはどういう返しをするかな?
「いや、違う。大日本皇国、に要請されて、兵、派遣した」
……おお、まさかこんな簡単にゾリグの失言を引き出せるとは。
「おやおや? なれば貴国は自決権を侵害した、ということかね?」
そう言って俺は口角を上げる。
かつては他国が反政府軍を援助することは違法だったが、合法政府の要請があれば他国による内戦への介入は違法ではなかった。
だが現代はそんなことはなく、自らの意志によって自らの運命を決定する権利(自決権)を尊重するために合法政府からの要請があっても他国の内戦介入は違法とされている。
大日本皇国が反政府軍に該当するため、蝦夷汗国が大日本皇国を援助をしている時点で違法となる。
しかし合法政府に当たる日本国政府を大日本皇国が倒してしまったため、大日本皇国を合法政府と見なすことも出来てしまう。
まあ仮に大日本皇国が合法政府だとしても、蝦夷汗国が内戦に介入したことは自決権の侵害なので違法だ。
つまり、ゾリグが派兵を認めたということは、自決権を侵害したと自ら口外したということになる。これは立派な失言だ。
自分の失言に気付き、ゾリグは下唇を噛む。
「今の発言、取り消す! 私、派兵の指示、してない!」
そうだろうな。お前の指示通りに動く部族なんていないし。
「この際、自決権を侵害して内戦に軍事介入してきたことは不問に付そう。その代わり、俺の提案を呑め」
「……こ、断る」
ゾリグはブンブンと左右に勢いよく首を振る。
蝦夷汗国がジパング王国の属国になれば、藤堂が協力を要請した部族を吸収する大義名分をゾリグは得られる。
そして他部族を吸収していってモンゴル人の過半数を従えれば、名実ともにゾリグは蝦夷汗国の支配者となることが出来る。
これは魅力的な提案のはずなのだが、一体ゾリグはどこが不満なんだ?
「……私は、この国を、モンゴル帝国、のように、強く、したいんだ」
モンゴル帝国とは人類史上最大規模の世界帝国と言われ、最盛期には陸地のおよそ17%を支配していた大帝国だ。
無論、国名からもわかる通り、モンゴル帝国はモンゴル民族が築いたものである。
「私は、あの偉大なる、チンギス・カン、のように……なりたかった」
モンゴル人──否、全遊牧民──にとって、一代でモンゴルの諸部族を統一し、モンゴル帝国を築き上げたチンギス・カンは偉大なる英雄である。
要するにゾリグは、第二のチンギス・カンとなって蝦夷汗国をモンゴル帝国のように成長させたかったということか。
わからなくもない。男ならば誰しも、歴史に名を残すような立派な人間になりたいと思うことがあるはずだ。
または、大勢の人間と広大な土地を支配したい、と夢想する男もいることだろう。
俺だって、建国したからにはジパング王国を大きくしてやりたいと思っている。
当初は自分の身を守るためだけに国を建てたが、今では国を大きくしてやりたいと常日頃から考えるようになった。これが国王の自覚とかいうやつなんかな?
そんなことはさておき。
「ならば貴殿の意志、俺が受け継ごう。いずれ我が国はモンゴル帝国以上の大国となり、世界を支配するであろう。それともなにか? 貴殿ら遊牧民は馬に乗れても、勝ち馬に乗れないなんてことはあるまいな?」
そう俺が言うと、ゾリグはニヤリと笑う。
「その言葉、信じてもいい、んだな?」
「いかにも。信じておくがいい。我が国はかつての帝国のように、軍門に降った国とともに共存共栄を目指す。我が国の属国となった暁には、貴国を大いに発展させてやろうじゃないか」