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90.手帳の記号《2》




「ああ、これは速記文字だな」


 これは、藤堂の手帳に書かれた記号のようなものを見た雫の第一声である。


「速記文字? 何だそれ。説明をしてくれよ」


 俺が速記文字についての説明を求めると、彼女は手帳に書かれた速記文字とやらから目を離して俺を見ながら説明を始めた。


「速記文字というのは言わば記号だ。この速記文字は、文章を早く書くために使われている」


 雫の説明によると、速記文字というのは議会や法廷の発言を記録するためなどに使われている文字らしい。


 確かに言われてみると速記文字とやらは一筆で書ける記号なので、文章を速く書く場合は最適な文字と言えるだろう。


「でも雫はよく速記文字のことを知っていたな」


「言っただろ? 速記文字は議会や法廷の発言を記録するためなどに使われている、と」


「ああ、なるほど」


 俺は納得する。


 大学で法学部だった雫には、法廷で使われている速記文字の存在を知る機会があったということだ。


 俺は大学ではよく雫と会っていたが、その時に雫が速記文字が書かれた本とかを持っていたから、俺が速記文字に見覚えがあったのかな?


「私は法学部だったから、速記文字も学んだんだ。だから速記文字も読めるぞ」


「マジ?」


「マジだ」


 おお、すげぇ偶然だな。


「じゃあ手帳に書かれた速記文字を解読してくれ」


「わかった」


 うなずいた雫は手帳に視線を落とし、速記文字で書かれた文章を読んでいく。


 しばらくして顔を上げた雫は、速記文字の文章の内容を教えてくれた。


「速記文字で書かれていたのは、蝦夷汗国を潰す計画だ」


 どうも藤堂は蝦夷汗国を潰す計画を速記文字で書いていたらしい。


 そして雫いわく、手帳の速記文字の筆跡のはね・はらいを見るに速く書いたようには見受けられないとのこと。


 つまり藤堂は速く書くために速記文字を使ったのではなく、他の人に手帳を見られた場合も内容を読まれないようにするために速記文字を使ったのだと考えられる。


 蝦夷汗国を潰す計画の内容を他人に見られたら大変なので、藤堂の判断は正しいだろう。


 さて。蝦夷汗国を潰す計画の内容だが、雫が言うには藤堂は蝦夷汗国の人間を北海道民もろとも皆殺しにするつもりだったようだ。


 というのも北海道民は蝦夷汗国による支配を歓迎しているらしく、そのため蝦夷汗国だけを潰した場合は北海道民が反乱を起こす可能性が高いのだ。


 ならば北海道民も皆殺しにしよう、というのが藤堂の考えである。なんとも野蛮な。


 でも、俺も藤堂みたいに北海道民を皆殺しにしないといけなくなるかもしれない。


 蝦夷汗国の支配を北海道民が歓迎しているならば、もし仮にジパング王国が蝦夷汗国を潰した場合は北海道民が反乱を起こす可能性があるということだ。


 北海道民がジパング王国の支配を受け入れてくれればいいんだけど……話を聞いている限り、それは無理そうだな。


 蝦夷汗国が北海道全域を支配するまでは北海道は無法地帯だったらしく、そこに蝦夷汗国が現れて北海道全域を支配して秩序を与えたことで平和になった。


 だから北海道民は蝦夷汗国に感謝しているし、圧政を敷いていないから北海道民は蝦夷汗国を歓迎している。


 そんな蝦夷汗国をジパング王国が潰せば、北海道民からの反感を買うことは間違いない。


 蝦夷汗国を潰して北海道をジパング王国の国土に組み込んだとして、その場合は俺も藤堂と同じように北海道民を皆殺しするという考えに至るはずだ。


 将来反乱を起こす可能性がある北海道民を残していてはジパング王国が危ういからな。


 でも俺としては、北海道民を皆殺しにするのは心苦しい。どうしたもんかねぇ……。


「疑問なのだが、なぜ自称天皇は速記文字を書けたのだろうか?」


 藤堂が書いた速記文字を見ながら、雫はそう口にした。


 ふむ、そういえば何でなんだろう。


 藤堂が速記文字を習得していた理由について考えいると……いつの間にか俺の横に立っていた宇都宮が口を開いた。


「親父が捕まって裁判を受けた時に、その裁判の内容を速記術で記録している奴に速記文字を習った可能性が高いんじゃないか?」


「あー、その可能性が高いな」


 あまり思い出したくはないが、芽依の件で藤堂は裁判を受けてから牢屋にぶち込まれた。その裁判のことを宇都宮は言っているんだ。


「あれ? っていうか宇都宮は、俺と芽依の関係を知っているのか?」


 俺は宇都宮に芽依との関係を話した覚えはないが。


「儂が説明したんだ」


 すると祖父ちゃんがそう言う。


「祖父ちゃんが言ったのか」


「ああ。勝手に説明してすまないな」


「別にいいよ。いつかは話さなきゃならなかったんだし」


 祖父ちゃんが説明をしたようだ。だから宇都宮は俺と芽依の関係を知っていたんだな。


「じゃあ改めて、親父がいろいろと迷惑を掛けたな。すまなかった」


 と言って、宇都宮は俺に頭を下げた。それに続いて神楽宮も頭を下げる。


 本当に藤堂にはいろいろと迷惑を掛けられた。芽依を殺されたり、蝦夷汗国と連合してジパング王国に侵攻してきたり。


 それに、藤堂が蝦夷汗国のゾリグの部族ではない部族に協力を要請したがために、蝦夷汗国を潰そうにも潰せないような状況になっている。


 いずれも藤堂が俺に掛けた迷惑だ。迷惑の部類を越えている気がするがな。死んでからも迷惑を掛けてくるとか、マジで厄介だよ。


「気にしてなくはないが、宇都宮や神楽宮が藤堂のために謝る必要はない。悪いのは藤堂であってお前らじゃないからな」


 それに、と俺は続ける。


「宇都宮も神楽宮も父親のことは嫌いだろ? 大日本皇国が崩壊した今でもお前らが本名を名乗らないのは、藤堂という名字が嫌いだからじゃないか?」


 嫌いな藤堂のためにお前らが頭を下げなくてもいい。俺はそう言った。


「ジパング王の言う通り、俺達は親父から受け継いだ藤堂っていう名字が嫌いだから今でも本名は名乗ってないんだ。親父と一緒の名字とか、マジで罰ゲームだし」


 やっぱりか。俺の思った通りだったな。


「藤堂のことが嫌いな者同士、仲良くしようじゃないか」


 そう言って俺が手を差し出すと、宇都宮も手を差し出してきて握手をした。宇都宮の手を離すと、次は神楽宮とも握手をする。


 うんうん、非常に良い大団円だ。もうこれがエンディングでいいと思う。蝦夷汗国をどうするかとか面倒だしさ。




「───なあ俊也。その芽依というのは誰のことなんだ?」


 あ、やべぇ! 藤堂が芽依を殺したことや、俺と芽依の関係、というかそもそも芽依のことをまだ雫に伝えていなかったことを忘れてた!


「俊也。説明してくれ」


「え、え~っと……今じゃなきゃ駄目かな?」


「今じゃなきゃ駄目だ」


「そ、そう……」


 説明していなかったのは面倒くさいからという理由もあるが、雫に俺の初恋の話するのには抵抗があるという理由もある。


 誰だって自分の妻に、妻ではない初恋相手の話をするというのは抵抗があるだろ?


 だから俺は様々な場所に目を泳がせていると……その様子を見ていた祖父ちゃんが俺に鋭い視線を向けながら言った。


「お前……まだ説明していなかったのか」


「い、いや……まあ……うん。後回しでいいかな、と」


「ならん。雫ちゃんはお前の結婚相手だぞ。この戦争が終わったら結婚するんだろ? ならば芽依ちゃんのことを説明しないわけにはいかないだろう」


 この戦争が終わったら結婚するとか、それ死亡フラグだよ。と言える雰囲気ではないな。さすがの俺も時と場合を考えているのだ。


 今、この場はシリアスが支配している。だからコミカルな発言が出来ない。


 仕方ないか。俺は観念することにして、雫の手を掴んで皆から数十メートルほど離れた。


 これだけ距離を取れば会話が聞こえないはずなので、俺は掴んでいた雫の手を放す。


「じゃあ、今まで雫に黙っていたことを話すよ」


 そう言ってから、俺は話し始めた。俺の初恋である芽依のことや、その芽依を藤堂が殺したということ、それが原因で家族の仲が険悪になったことを。


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