86.本州戦争
大日本皇国に囚われている者達は何人いるんだと思いながら部屋を見回していると、ゆっくりではあるが初老の男性がこちらに歩み寄ってきた。
「本官は陸自東部方面隊第一師団長の榊原司陸将だ。貴君は?」
陸将というと、陸上自衛隊で一番上の階級だったはずだ。とはいえ彼は統合幕僚長や陸上幕僚長ではないようなので、大将ではなく中将に相当する人物だな。
もう日本国政府は崩壊しているから陸将という肩書きは意味をなさないが、それでも日本崩壊以前は日本を守っていた者だ。だから儂は敬意を表すことにしよう。
「儂は塚原俊介だ」
「そうか。それで塚原殿。貴君は大日本皇国の者ではないな?」
「いかにも。ジパング王国という国を聞いたことはないか? 儂は大日本皇国ではなくジパング王国の者だ」
「ジパング王国……」
榊原陸将は顎に手を当てて視線をさまよわせる。何かを思い出そうとしている。いや、何かを考えているようにも見える。
「ジパング王国といえば、蝦夷汗国・大日本皇国と戦争状態の国だな。して、ジパング王国の者がなぜここに?」
と尋ねてきた榊原陸将は、どこか期待したような目で儂を見てきた。
ジパング王国の者である儂が大日本皇国の本拠地であるこの場所に来ている時点で榊原陸将は全てを察したのだろう。
だが、予想が外れている可能性もあるので、儂がここに来た理由を尋ねたのだと考えられる。
「儂は大日本皇国の本拠地を制圧しにきたのだ」
儂がそう言うと、耳が壊れてしまうのではないかというほどの歓声が部屋中から上がった。
「やっと解放されるのか!」「助けがきた!」「ああ……良かった……」
この部屋に囚われていた者達の中には、助けがきたことで安心して泣き出す者もいた。
しかし歓声を上げず喜びも露わにしないまま、ただじっと儂の顔を見ている者が幾人かいるな。それらの者達は、いずれも見覚えのある顔だ。
モンスターが出現する前によくテレビに映っていた大臣や総理などの顔がそこにあったのである。
……まさかここに囚われていたとは。
彼らがここにいたことに驚いていると、総理が椅子から立ち上がった。それに続いて大臣達も立ち上がり、総理は大臣達を引き連れて儂の前までやってくる。
「私は仁藤翔太だ。元ではあるが、総理大臣である。日本はすでに崩壊しているから、この肩書きには何の力もないがな」
そう言って仁藤総理は自嘲した。
「儂は塚原俊介。よろしく」
儂も名前を名乗ってから、仁藤総理に手を差し出した。すると彼も手を差し出し、儂らは握手を交わす。
「それで塚原さん、私はあなたに質問がある」
「何だ?」
儂は首を傾げる。
「大日本皇国はどうなったのか。そして日本は今どうなっているのか。私はこれが知りたい」
「なるほど」
大日本皇国に囚われていたため、外部からの情報を遮断されていたのだろう。だから日本の現状をまったく知らないということか。
ならばと日本の現状を説明しようとしたが、儂が口を開く前にこちらの話に入ってきた者がいた。見るからに外国人という者である。
「ドウモ、初メマシテ。在日米軍ノ者デスガ、私達ニモ日本ノ現状ヲ教エテクダサイ」
片言ではあるがちゃんと聞き取れるほどには上手い日本語を外国人が喋った。
ああ、そういえば在日米軍が日本国政府に協力していたと聞いたことがあったな。
「了解した。皆には日本が今どうなっているかをお教えしよう」
儂は近くにあったみすぼらしい椅子をたぐり寄せ、そこに腰を下ろす。そして儂が知りうる全てを語り始めた。
◇ ◆ ◇
本州戦争。
それはモンスター出現後の日本列島で初めて起こった一連の内戦のことである。
2020年、世界同時多発的にモンスターが続々と出現するようになる。
大厄災とも呼ばれるモンスター出現と時を同じくして覚醒者も出現し、国連や各国政府などの要請によって覚醒者はモンスターの討伐に従事した。
だがそれに不満を爆発させた覚醒者達が世界各国で反乱を起こし、世界は混沌と化す。日本も例外ではなく、覚醒者の集団が日本国政府に対して反乱を起こした。これが本州戦争の始まりと定義されている。
日本国政府に反乱を起こした覚醒者の集団はやがて革命軍を自称するようになり、日本国政府軍と革命軍の戦火は旧首都である東京を中心として徐々に広がっていった。
しかし日本国政府軍と革命軍の両軍にはほぼ同数の覚醒者が所属しており、それにより両軍の力は拮抗していた。
そのため日本国政府軍と革命軍の戦いは日に日に被害が拡大していたにもかかわらず、勝敗がつかぬまま4年もの時が過ぎ去った。
だがこの泥沼化した戦いにも、4年が経過したことでようやく変化が訪れる。革命軍のリーダー交代だ。
革命軍初代リーダー藤堂勇仁の父親である藤堂貴樹が二代目の革命軍リーダーとなったのだ。
初代リーダーの勇仁が慎重派であったのに対して二代目リーダーの貴樹は強硬派であったため、これより革命軍が攻めに転じることとなり、戦いは激化していく。
革命軍が攻めに転じたことで日本国政府軍は苦境に立たされた。が、しかし。ちょうど日本全国に散らばっていた在日米軍が日本国政府軍側としてこの戦いに参戦。
在日米軍の参戦によって逆に革命軍が劣勢となり、雌雄は決した──かに思えた。だが革命軍が予想外の行動を取った。
なんと革命軍が外国勢力に協力を仰いだのだ。その外国勢力こそ、2022年にモンゴル人の集団が北海道で興した蝦夷汗国 (エゾ・ウルス)という国家である。
革命軍の要請を受けて蝦夷汗国が北海道より騎兵隊を派遣し、この騎兵隊を仲間として加えた革命軍は破竹の勢いで日本国政府軍を打倒。
日本国政府の本拠地である江戸城を占拠した革命軍はその日、革命政府の樹立を宣言し、大日本皇国が建国されたのであった。
大日本皇国の君主の座には革命軍の二代目リーダーとなった貴樹が就き、その後彼は貴仁と名乗り天皇を自称するようになる。
本州戦争の発端であり、のちに日本旧首都圏四年内戦と呼ばれるようになった戦いはこうして終結したのだ。
それから1年と経たずして、大日本皇国は蝦夷汗国とともにジパング王国へと侵攻を開始。
これに初代ジパング王・塚原俊也自らが兵を率いて出陣し、当時のジパング王国の東部国境線だった天竜川で両軍が衝突した。
この戦いこそがジパング王国という国を日本中に知らしめたと言われている、かの有名な天竜川会戦である。
僭帝・貴仁と初代王・塚原俊也が天竜川沿いで戦いを繰り広げ、愛剣フラガラッハを折りながらものちに妻となる内藤雫とともに塚原俊也が貴仁を倒した戦いとして後世では知られている。
また、この戦いが切っ掛けで塚原俊也と内藤雫が結ばれたため、天竜川会戦の戦場となった場所は縁結びスポットとして非常に人気がある。
塚原俊也が苦戦を強いられながらも貴仁を倒したことで天竜川会戦はジパング王国の勝利で終わり、これ以降ジパング王国陸軍は連合軍を追い払いながら大日本皇国の本拠地・江戸城へ向かって進軍していった。
ジパング王国陸軍はわずか二日で江戸城まで攻め上がり、大日本皇国の抵抗むなしく江戸城は呆気なく制圧される。
モンスター出現後の日本では初の内戦となる本州戦争は、歴史上類を見ないほどの大敗北を連合軍側が喫したことで終わりを告げた。
この戦争によりジパング王国は本州全土の覇権を獲得し、本州の一大勢力・地域大国という立場から一躍して軍事大国へと成長するに至ったのだ。
しかし、ジパング王国の快進撃はこれで終わることはなかった。大日本皇国と連合した蝦夷汗国を潰すべく、塚原俊也は少数精鋭で北海道を目指した。
こうしてジパング王国と蝦夷汗国の戦いである士蝦戦争、またの名を──
─── 一日戦争が幕を開けた。