84.宇都宮勇仁
「僕は宇都宮勇仁! 大日本皇国の第三皇子だ!」
……大日本皇国の第三皇子、ということはこいつが自称天皇の息子か。
自称天皇の正体は俊也から聞いている。まさか自称天皇が、我が戦友の孫娘を殺した藤堂貴樹だったとは思わなかった。
儂が意識を失っている間に藤堂は自爆して死したが、もしその時儂に意識があったらこの手で藤堂を殺していたことだろう。
が、過ぎてしまったことは仕方ない。もう藤堂は死んだんだ。
「ならばこちらも名乗ろう。儂は塚原俊介。ジパング王の祖父だ」
儂が刀を構えながら名乗ると、彼はキャップを開けたペットボトルを逆さまにしながら宣言した。
「ここから先に行きたくば、僕を倒してからにしてもらおう!」
なぜ水で満たされたペットボトルを逆さまにして、地面に水を零すのか。と不思議に思っていたが、次の瞬間には理由がわかった。
「『布団が吹っ飛んだ』!」
日本人ならば誰もが一度は言ったことがあるであろう駄洒落を宇都宮が口にした途端に大広間の温度が一瞬だけ氷点下となり、零れた水が凍り付いたのだ。
なるほど……宇都宮の異能は、駄洒落を言うと周囲を一瞬だけ物理的に寒くさせるというものではないかと思われる。
面白い異能だな。
「覚悟しろ!」
水がペットボトルから零れきる前に宇都宮が駄洒落を言ったため、水は棒状に凍った。彼はその棒状の氷を武器にして、儂に攻撃をしてくる。
「面白い。実に面白い戦い方だな」
儂は口元に笑みを浮かべながら攻撃を避けた。
「そうかいっ!」
宇都宮は舌打ちをし、それから再びポケットからペットボトルを取り出す。無論、ペットボトルは水で満たされている。
そのペットボトルのキャップを開けると、先ほどとは違って彼はペットボトルの中身の水を儂に向かってぶちまけた。
「『トイレに行っといれ』!」
宇都宮が駄洒落を言うと、儂に向かってぶちまけられた水が凍り付く。それにより雹のような氷の塊が飛んできた。
儂は愛刀でそれらを弾いていると、宇都宮が棒状の氷を槍投げのごとく儂に向かって投擲してくる。
「はっ!」
そんな掛け声とともに棒状の氷を真っ二つに切った。そしてエネルギーを操って上昇させた脚力により、宇都宮が瞬きをしている間に彼に急接近する。
「うおぅ!」
いつの間にか目の前に儂がいたために宇都宮は驚き、凍った地面に足を滑らせて尻餅をついた。
自身が凍らせた地面で滑るとは……。
少し呆れながらも、儂は刀の先を宇都宮の喉に突きつけた。
「僕は負けた、のか」
彼は自分が負けたということを理解すると、悔しそうに歯噛みをした。
「儂の勝ちのようだな」
そう言って儂は刀を鞘に収める。
「……何で僕を殺さないんだ?」
儂が何もせずに刀を鞘に収めたことに驚いたのだろう。
「人殺しはあまり好みではないのでね」
と儂は言った。だが宇都宮は首を傾げて、チラリとコートを羽織った男の死体を見る。
「人殺しを好まないと言う割には、あの男を殺していたようだが……?」
「う、うむ。まだ力の制御に慣れていない故、誤って殺してしまったんだ。決して故意で殺したわけじゃないからセーフ」
「な、なるほど?」
細かいことは気にしなくていいんだが……これだから近頃の若い者は。そんなことどうでもいいんだよ。
なので儂は咳払いをし、話題を変えることした。儂と宇都宮の共通点である藤堂貴樹の話をしてみるか。
「お前の父親、藤堂貴樹だろ?」
「……知ってんのか?」
「儂は鹿島芽依の関係者だ。そう言えばわかるだろ?」
儂が芽依ちゃんの名前を出すと、彼は眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げて悲痛な面持ちをした。
「そうか、あの子の関係者だったのか……」
「儂の孫、つまりジパング王の恋人が芽依ちゃんだったんだ」
「……ジパング王の?」
宇都宮は目を見開き、そんな偶然ってあるのかというように幾度か聞き返してくる。
「ああ」
「そ、そうなのか……」
彼は頭を抱えた。
「藤堂貴樹は儂らで殺したが、恨んでくれるなよ」
すると宇都宮は驚きながらも、ブンブンと勢いよく首を横に振った。
「恨むなんてするわけない。あいつを父親だと思ったことはないからな」
……家庭環境は複雑なようだな。まあ、それも無理はないか。藤堂が芽依ちゃんを殺して捕まったことにより、彼ら家族は大変な目に遭ったはずだからな。
「だが、それでもあいつが父親であることは事実だ。親父に代わって謝罪する。本当にすまなかった……」
こいつは驚いた。あの藤堂の息子なのに頭を下げることが出来るとは。
「謝罪を受け入れよう。気にしていないと言えば嘘になるが、お前が芽依ちゃんを殺したわけではないからな」
儂はそう言いながら宇都宮に手の差し出すと、彼は儂の手を掴んで立ち上がった。
「僕もあいつには迷惑を掛けられていてね。あいつが死んだと思うと清々するよ」
「そうなのか」
それから宇都宮は、藤堂に迷惑を掛けられた様々なエピソードをただひたすらに語り続けた。
その話によると、宇都宮は元々自称革命軍のリーダーを務めていたようだ。だが何の前触れもなく藤堂が彼の前に現れ、リーダーの座を奪っていった。
「本人いわく、僕が革命軍のリーダーをしていることは知らずに、革命軍に合流しにきたらしい。僕がリーダーだと説明した時に驚いていたし、嘘じゃないはずだ」
そりゃまた……なんとも偶然だな。
「革命軍の中で僕が一番強かったからリーダーを務めていたんだ。だが藤堂は自分の方が強いと言い出してな。それで僕と藤堂で一対一で戦い、僕が負けたことで藤堂が革命軍を率いることとなった」
宇都宮が革命軍の中で一番強かったのは確かなはず。彼の異能は応用が利くからな。
駄洒落を言わないと発動しないから、相手に発動を察知されるというのは宇都宮の異能の欠点だ。だがそのデメリットよりも他のメリットの方が大きいため、総じて宇都宮の異能は非常に優秀ということである。
「君が藤堂に負けたのも無理はない。藤堂は他人の異能をコピー出来るようだからな」
宇都宮が悔しそうにしていたので、相手が悪かったと伝えて慰めることにする。
「藤堂の異能を知っているんだな」
「もちろんだ。藤堂は戦って倒した相手だからな」
実際に藤堂を倒したのは儂ではない。だが俊也から藤堂のことを教えてもらっていたから知っている。
「それより話は変わるが、日本国政府の者達はどこに囚われているんだ?」
儂が日本国政府の者達の居場所を宇都宮に尋ねると、彼は教えるか迷ったようで視線をさまよわせる。しかしすぐにその迷いは吹っ切れ、真剣な表情になった。
「案内する。付いてきてくれ」
「わかった」
宇都宮が大広間を出ていくので、儂も彼の背中を追い掛けるように大広間を出る。それから数分ほど廊下を進むと、地下に続く階段が見えてきた。
「日本国政府の者達は全て地下に集めているんだ」
「なるほど」
地下に続く階段とはいっても、松明が壁に等間隔に取り付けられているので薄暗さはない。だが松明が不気味さを助長し、階段を降りていく儂の足をすくませていた。
「お前は降りないのか?」
階段を降りる途中で足を止めた儂を不思議に思い、宇都宮はこちらに言葉を投げかけてくる。
まさか足がすくんだとは言えず、儂は何でもないと首を振りながら足を動かしていった。
「地下についたぜ」
階段を降りきると、彼はそう言って辺りを見回した。すると通路の奥から一人の男性が出てきて、儂と宇都宮の顔を交互に見ながら眉をひそめる。
「……裏切ったのか?」
と通路の奥から現れた男性が言うと、宇都宮は気まずそうに視線を逸らしてからこう言った。
「裏切っちゃった。ごめん、兄さん」