83.江戸城制圧開始
江戸城の城門をくぐり抜けてしばらく進んでいると、物々しい雰囲気の要塞が見えてくる。
儂の記憶では本来の江戸城の敷地内にこんな物々しい要塞はないので、江戸城を本拠地にしていた日本国政府か大日本皇国のどちらかが築いたものだろう。
その要塞の門の前に一人の男が立っていて、彼の手にはロングソードが握られている。ふむ、あれは量産品のロングソードだな。
「あ? 敵は老害一人だけか? 余裕だな」
量産品のロングソードを手にした男は、儂だけしかいないことに気付いて口元を歪めた。
「老害とは失礼な若者だな」
「事実だろ?」
男はロングソードを構えると、儂に向かって走り寄ってくる。
儂は体内にあるエネルギーを両脚に集めて脚力を一時的に上昇させ、そのまま地面を蹴ると、新幹線もかくやというほどのスピードで加速する。
ものすごいスピードで加速する儂と、ロングソードを持った男が真っ正面から衝突した。さすればどちらが弾き飛ばされるのかは自明の理。
当然と言うべきか、ロングソードを持った男が弾き飛ばされて地面に落ちる。すると地面に叩きつけられたトマトのように、彼はぺしゃんこに潰れた。
「エネルギーを両脚に集中させすぎたな」
意識を刈り取ることを想定していたが、体内のエネルギーを過剰に集中させすぎてしまったために勢い余って殺してしまうとは。
今まではモンスターに向けて異能を発動してきたので、人間に向けて異能を発動するにはかなり手加減しないと誤って殺してしまうということか。
力の調整は難しいんだが……まあ、次からは気を付けておくことにしよう。
そうして要塞に入り、中をどんどん進む。要塞内には人の気配がないが、儂は躊躇せずに一歩一歩踏み出していく。
人の気配がまったくないのは、覚醒者の異能か何かだろうか? それとも、本当にこの要塞内には人がいないということか?
そんなことを考えて油断した瞬間、儂に向かって幾本もの剣が飛んできた。
「むっ!」
すぐさま腕にエネルギーを集中させ、鞘から抜き放った刀を稲妻のごとく振るう。と言っても、さすがに稲妻のように光速で刀を振るうというのは比喩だ。
実際は新幹線と同程度であり、先ほど男をぺしゃんこにした時の加速とほぼ同じ速さである。その速さで儂が振るった刀は、こちらに向かって飛んできた剣を全て叩き切った。
だが、次から次へと剣が飛んでくる。
これは……剣が遠隔操作されているということか。そういう異能を持った覚醒者がいるということだな。
剣が遠隔で操作されているならば、操作をしている者を倒さない限り、ひっきりなしに剣が儂に襲い掛かってくるということだ。
急いで剣を遠隔操作する者を倒さなくてはいけないな。だが、そう焦らなくても大丈夫だ。遠隔操作をする者がどこにいるかは簡単にわかる。
なぜならば、同じ方向からしか剣が飛んでこないからだ。というわけで剣が飛んでくる方に向かって走り出すと、より一層激しく剣が襲い掛かってきた。
「ビンゴ、ということか?」
剣が激しく襲い掛かってきたということは、儂が剣を遠隔操作する者に近づいているということだろう。
「しかし……鬱陶しいな」
飛んでくる剣はすぐに叩き落とせるが、いかんせん飛んでくる剣の数が多いから鬱陶しい。
……仕方ない。エネルギーを体外に放出して一気に飛んでくる剣を消し炭にしてやろう。
儂は利き手である右手で刀を振り回しながら、左手の手のひらにエネルギーを集中させる。そして集めたエネルギーを左手の手のひらからぶっ放し、飛んでくる剣を消滅させた。
「っ……」
ヤバい、エネルギーを放出し過ぎて目眩がしてきたな。
儂は俊也から持たされていた手のひらサイズのガラス瓶を取り出し、その中身を飲み干す。
このガラス瓶には『体力回復のポーション』というものが入っているらしく、これさえあれば儂は際限なくエネルギーを体外に放つことが出来るのだ。
そのためエネルギーの枯渇など気にすることなく体外にエネルギーを放出して飛んでくる剣を消滅させながら、遠隔操作する者がいる場所を目指して走る。
エネルギーを放ったり『体力回復のポーション』を飲んだりしながら数分ほど走っていると、大広間のような広い空間が見えてきた。そしてその大広間には、真っ黒のコートを羽織った男が立っていたのだった。
コートを羽織った男の周りにはプカプカと剣が浮いているから、こいつが剣を遠隔操作していた者で間違いないはずだ。
やっと見つけた。そう思いながら両脚にエネルギーを集中させて走るスピードを上げ、次にエネルギーを両腕に集中させてから刀を槍のように突き出す。
エネルギーを集中させた両腕から繰り出された刀は吸い込まれるようにコートを羽織った男の胸に突き刺さる──直前に浮遊する剣によって防がれた。
だが両腕に集中させるエネルギー量を増やすことで浮遊する剣を切り裂き、コートを羽織った男の首を刎ね殺す。
「……しまった」
また勢い余って殺してしまったな。
力の制御は慣れるためには、あと何回か対人戦闘をする必要があるか。まあこんな世界になっちまったから、誤って殺してもさして問題はない。
というか今は蝦夷汗国・大日本皇国とジパング王国は戦争状態に突入しているため、ジパング王国の義勇兵である儂が大日本皇国の兵士(だと思われる者)を殺すのは許容される……はずだ。
仮に問題があったとしても、ジパング王国の国王である俊也に頼めば何とかなる……といいなぁ。
というような感じで脳内で自己弁護をしていると、ふと違和感を感じて上を向いた。すると天井に数十人ほどの武装した者達が張り付いているではないか!
「罠か!」
儂はそう叫びながら手のひらにエネルギーを集中させ、天井に張り付く者達にエネルギーを放った。
しかし放出したエネルギーは天井に張り付く数人にはヒットしたものの、数人が天井から降りてこちらに攻撃を仕掛けてくる。
「死ね!」
と言いながら武装集団(おそらく大日本皇国の兵士)が襲い掛かってくるが、儂が全方向にエネルギーを放出すると全員吹き飛んでいく。
今まではエネルギーに限りがあるため、全方向にエネルギーを放出しようものならすぐにエネルギーが枯渇していた。
だが俊也から渡された『体力回復のポーション』のお陰でエネルギーを際限なく体外に放てるようになったので、全方向にエネルギーを放つという広範囲攻撃が対集団戦闘における儂の切り札となったわけだ。
この広範囲攻撃の欠点を挙げるとすれば、エネルギーを放出したらすぐに『体力回復のポーション』を飲まないとミイラのような状態になってしまうことだろう。
「……皆倒れたか」
儂が『体力回復のポーション』を飲み終えて周囲を見回すと、天井に張り付いていた者達は全員が地面に倒れ伏していた。
従軍した時の儂がこの能力を持っていれば……あの戦争で命を散らした仲間達を救えたかもしれないな。
儂は地面に倒れて横たわる彼らを見ながら、若い頃のことを思い出していた。だが過去を振り返っても何も変わらない。
だから儂は彼らの屍──殺してはいない。意識を失っているだけだ──を跨いで大広間を出ようとする。
が、しかし。全員の意識を刈り取ったと思っていたが、満身創痍の状態なのにもかかわらず儂の行く手を阻むために立ち上がった男がいた。
「儂の切り札をその身に受けて尚立ち上がるとは、その意気や良し」
「き、貴様は……ジパング王国の先兵だな?」
「儂のことか? 儂はジパング王の身内であって、先兵ではないぞ」
「! そうか、生意気なあのジパング王の身内なのか」
「あのジパング王、とはどういうことだ? まるで会ったことがあるような言い草だな」
儂がそう尋ねると、彼は水で満たされたペットボトルを取り出しながら答える。
「当然だっ! ジパング王とは会ったことがあるからな!」
「ほお?」
「僕は宇都宮勇仁! 大日本皇国の第三皇子だ!」