80.神話の戦い
「お前、俊也を…………怒らせたな?」
雫がそう言ってから、虚空を睨みつける。すると空中に亀裂が入り、雫はその亀裂から長い木の棒を取り出した。
そして彼女が木の棒を振るうと、それにより藤堂は一瞬にして遥か遠くへと吹き飛ばされる。
……は? なんだその威力は。ヨモツオオカミに変じたイザナミより強いんじゃないか!?
俺が驚いていると、いつの間にか藤堂が雫の前に現れた。
「お返しだ!」
そう言って藤堂は雫の顎を蹴り上げる。しかし雫はそれを避けると、空中の亀裂から取り出した木の棒を藤堂に向けて突き出した。
だがATフィールドのようなバリアを展開し、木の棒を防ぐ──ことは出来なかった。バリアは粉々に砕かれ、木の棒は藤堂の腹に命中。彼はまたも吹き飛んだ。
圧倒的という言葉が相応しい戦いだった。まさに神話で語られているような戦いがそこにはあったのだ。
「俊也を怒らせたお前は───極刑だっ!」
俺は胸に穴が開いているということを忘れ、しばらくその戦いに魅入っていた。
「クソッ! その木の棒はなんだ!? 『鑑定』を発動してみたが、テメェが持っているスキルの中に木の棒を召喚するなんてもんはねぇぞ!!」
藤堂は雫から距離を取りながら愚痴る。
「これはスキルによって召喚したものではないからな。貴様がコピー出来なくて当然だ」
「異能じゃない? じゃあその木の棒はどっから取り出したんだよっ!!」
「この木の棒は私の神器だ」
神器? そういえば以前にイザナミも空中の亀裂に手を突っ込んで神器を取り出していたな。
でもイザナミのスキルの中には、神器を召喚するなんてものはなかった。
藤堂の言葉を聞く限りでは、雫もイザナミと同様に神器を召喚するスキルなんて持っていないということだろう。
つまり神器を取り出せるのは、スキルによる恩恵ではなく最初から備わっていた能力によるものなのか。
神器を召喚するスキルなんてものがあれば、藤堂にコピーされて大変なことになっていたはずだ。そうならなくて良かったと、俺は心底思った。
だが、そこで疑問が浮かぶ。木の棒を神器とする神なんていただろうか。
そのことが気になり、俺は雫のカードに目を向けた。
名称:ヘカテ
種族:ゾンビ
ランク:D
攻撃力:2105
防御力:2315
【スキル】
●隷属化:殺した生物をDランクモンスターのアンデッドへと変えて使役することが出来る。
●痛覚鈍化:動く死体なので痛覚が鈍化し、痛みが感じにくくなる。
●月神の三相女神(NEW!):自身と表裏一体であるセレーネやアルテミスに姿を変えることが出来る。ただし、変じるにはAランクモンスターの魔石が一つ必要。
●モルモ召喚(NEW!):女吸血鬼であるモルモを召喚する。上限は100体。
●エンプーサ召喚(NEW!):片足は青銅で、もう片足はロバの足で出来た女の怪物であるエンプーサを召喚する。上限は100体。
雫のステータスに、新たに『名称』という項目が追加されていた。それによると雫は、ギリシア神話に登場する冥府神ヘカテの名を名乗ることを認められたようだ。
そしてランクは変わっていないのに攻撃力と防御力がすごく上がり、三つのスキルが新たに使用出来るようになっていた。
この三つのスキルがネームドスキルだな。
フラガラッハとは違ってランクアップするネームドスキルではなく、自身と表裏一体である神に姿を変えるというネームドスキルだ。
自身と表裏一体である神に姿を変えるスキルと言えばイザナミが持つ『黄泉津大神』のスキルが思い浮かぶ。
だが『黄泉津大神』より『月神の三相女神』の方が性能がぶっ飛んでいる。なんと、二柱の神に姿を変えられるのだ。
ネームドスキルすげぇ……。
けど、さすがに強くなりすぎないように調整されている。『月神の三相女神』の説明欄を見ると、セレーネやアルテミスに姿を変えるにはAランクモンスターの魔石が必要らしい。
スキルをコピー出来るはずの藤堂がこのスキルを使用しないのは、そもそもAランクモンスターの魔石を持っていないからだと思われる。
『モルモ召喚』と『エンプーサ召喚』という二つの眷属召喚スキルも生えていた。神話にてモルモとエンプーサはヘカテに仕えているから、それに由来するスキルだ。
藤堂も雫もこの『モルモ召喚』と『エンプーサ召喚』のスキルを発動していないのは、そもそもモルモとエンプーサはDランク中位相当の雑魚だからだろう。
それにしても雫は何で木の棒を武器にしているんだ? ヘカテの神器に木の棒なんてものはなかったはずだが……?
いや……そういえばヘカテはギガントマキアの際に、ギガースの一人であるクリュティオスを松明で殺していたな。
ということは雫が武器として使っていた木の棒は、神器の松明か。
ヘカテは冥界の神でありながら月の神でもあるので、月光の象徴である松明がヘカテの象徴とされている。なので雫の神器が松明だとしても何ら不思議ではない。
まあ、先ほどまで苦戦を強いられた藤堂を木の棒だけでボコボコにするという光景は非常に違和感があるが、気にしたら負けだ。
「お前には出来るだけ苦しんで死んでもらおう!」
俺が雫の能力について考えている間にも、藤堂と雫の戦いは進んでいた。
「クソがっ! こうなるんだったら、先にジパング王が従えているモンスターからスキルをコピーしておくべきだったな!」
藤堂は悔しそうにそう言った。
なぜ俺の胸に刺さった偽フラガラッハが急所を外していたのかという疑問が解けたな。
おそらく藤堂は、俺が使役するモンスターからスキルをコピーしたあとで、俺を殺すつもりだったのだろう。
しかしネームドモンスターへと進化した雫によってボコボコにされてしまい、それどころではなくなってしまった。
だが彼はそれでも負けを認めず、雫の元へ突っ込んでいく。
「死ねえええぇぇぇぇ!!」
藤堂は雫にしがみつき、ニヤリと笑みを浮かべる。
「俺もろとも死にやがれ」
そう呟き、藤堂の体は爆発四散した。多分だが、強化されたマヨヒガの門兵からコピーした『自爆』スキルを発動したのだと思われる。
……それにしても、呆気なく戦いが終わってしまったな。藤堂は自分の手で殺したかったんだが、仕方ないか。
もし藤堂を雫が殺していれば、藤堂をアンデッド化させて使役出来たんだけど。
他人の異能をコピーするという異能を持つアンデッドを仲間に出来なかったのは多少不満ではあるが、まあ藤堂の愚かな死に様を見れたから俺としては満足だ。
なお、その爆発に当然ながら雫も巻き込まれて右腕が一本吹き飛んだが、彼女は慌てず冷静に地面に落ちた自分の右腕を拾って右肩に押し付けた。
するとたちまち右腕と右肩が結合されて元通りになったのだ。
……アンデッドだから腕がくっついたのか、それともネームドだから腕がくっついたのかは不明である。何でだろ。
「最期は自爆するも、私を倒すことが出来ずに自分だけ死んだか。餃子みたいな奴だな」
当の雫はやれやれといった感じでそう独りごちると、笑顔で俺の元へと歩み寄ってきた。
「待たせたね俊也。君を怒らせた男は倒してきたよ」
「お、おう……つーか、こんなすぐ再会出来るなら、さっきの涙の別れはなんだったんだ?」
俺が微妙そうな顔で返事をすると、彼女は耳の付け根まで朱色に染めて俺から視線を逸らした。
「言うな、そのことは言わないでくれ。私もあれが最期だと覚悟していたからこそ、俊也に秘めたる想いを伝えたんだ。それがまさか、数時間もせずに再会するとはっ!」
再会は嬉しいんだけど……俺と雫の関係が急激に変わってしまったから、どう接していいかわからないな。
雫も俺と同じで、どう接していいかわからず固まっている。
しばらく雫と俺の間で会話が行われることはなく、静寂が続いた。だがその静寂をクロウが破る。
「マスターよ。自称天皇を倒したから、おそらくコピーされた『報復の刃』のスキルは無効化されているはずだ」
雫との間に会話がなくて気まずかったので、これ幸いにと俺はクロウの方に体を向けた。
「マジ?」
「うむ、マジだ」
俺は収納カードからポーションを取り出して、胸と脇腹にある傷に掛けてみる。すると傷は塞がっていき、最終的に傷跡なんてなかったかのように治った。
「おお、マジで傷が塞がった」
先ほどまで風穴が開いていた胸をペタペタと触りながら驚いていると、雫とクロウが上空を見上げている。
俺も見上げてみると、神谷を乗せたグリフィスがマヨヒガの上空を旋回していた。
……戻ってくるのが遅ぇんだよ。