7.黒い悪魔
「イテテテテッ!」
館山第三避難所にモンスター肉を届けてから帰宅したが、また体中に傷が出来てしまった。
新入りであろう南原という女性が助けに来たので、彼女が殺されないように演技をしたら、南原さんの彼氏と名乗る山崎とかいうクソガキにボコボコにされた。
多分山崎は南原さんから事情を聞かず、勘違いしたまま先走ってしまったのだろう。今頃南原さんに怒られたりしているはずだ。
ただ、次あそこ行って山崎が謝ってきたとしても許さない。南原さんに免じて殺しはしないが、許しもしない。
それに秦野も気に入らない。秦野は館山第三避難所のリーダー格である覚醒者なのだが、こいつは率先して俺に暴行をするのだ。
それと、俺の家に忍び込んで魔石を盗もうとしていた三人組に情報を漏らした一人が秦野だ。他にもこの三人組に情報を漏らした奴はいたらしいが、基本的に秦野がたくさんの情報を与えていたようだ。
クソッ! 腹立つ。もっと力を蓄えないと。あいつらを正面から戦っても余裕で倒せるくらいに……。
俺は壁を殴りつける。
今は耐える、しかない。
だが、Cランクモンスターを倒せるようになったら───覚えてろよ。
「全員、ぶっ殺してやる……」
力が、力が欲しい。
だから、決意する。
強くなる。
誰かが助けてくれるなんて考えてちゃ駄目だ。
誰も助けてはくれない。
ならば、強くなるしかない。
◇ ◆ ◇
「───二十三匹目っ!」
殺す。
「ブモウウウウゥゥゥゥゥッッ!」
「二十四匹目っ!」
殺ス。
「ガアアアアアアァァァァァァァァァ!!」
「二十五匹目っ!」
殺シ尽クス。
「グギャァァァァァァァァァァッ!」
「二十六匹目っ!」
コロシツクスッ!
「ギイイイイイィィィィィィィィィィ!?」
「カードを寄越せっ!」
インテリジェンス・ソードを振り回し、視界に映ったモンスターを順番に殺していく。
ドロップアイテムは、俺の後を付いてくるように命じていたオーク達に拾わせている。
だから、俺はモンスターを殺すことに専念する。
早く、強くならなければならない。
「俺のっ! 俺の糧になれ、モンスターどもおおぉぉぉっ!」
憎い。世界が憎い。力の強い者を遇する、この世界がっ!
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ハイ・オークをインテリジェンス・ソードの一突きで殺し、続けてオルトロスを宙へと蹴り飛ばしてから剣で真っ二つにする。
近くにいるモンスターは大体殺し終えたのでタオルを取り出して汗を乱雑に拭い、オーク達に拾わせていたドロップアイテムを受け取った。
ハイ・オークのカードが三枚に、リビングアーマーのカードが一枚、それとオルトロスのカードが一枚、インテリジェンス・シールドのカードが一枚、インテリジェンス・スピアのカードが一枚だ。
あとは収納カードが三枚で、他はモンスター肉くらいか。
オルトロスはDランクモンスターの中でもかなり強い方に分類される、気性の荒い双頭の犬だ。オルトロスのカードは初めて手に入れたな。
種族:オルトロス
ランク:D
攻撃力:90
防御力:345
【スキル】
●牛の番犬:パーティーに牛系統のモンスターがいた場合、ステータスが上昇。また、敵に牛系統のモンスターがいた場合はステータスが減少。
ギリシア神話に登場するゲーリュオーンの牛を守っていた存在が、地獄の番犬として有名なケルベロスを兄弟に持つオルトロスだ。
オルトロスは神話で牛を守っていたことから、『牛の番犬』というスキルを持っているのだと思われる。
牛系統のモンスターのカードを持っていないので、オルトロスをうまく活用出来るとは思えないのだが。
というかオルトロスは馬くらい大きいし、もしかしてこいつに乗れるんじゃね?
試しに召喚してみよう。
「ガルルルルルルッ!」
おおぅ……間近でオルトロスを見ると、かなりの迫力だな。
「オルトロス、乗っていいか?」
オルトロスは二つある頭を両方とも縦に振らせてうなずいた。なので遠慮なく、オルトロスの背に飛び乗ってから跨がる。
「よし、進めオルトロス!」
「ガルゥ!」
少し嬉しそうに尻尾を振りながら、オルトロスは走り出す。
「速い速い速いっ! 待て待て! ストップ! オルトロス、ストップッ!」
乗り心地は最悪だ。それにオルトロスが走るスピードが速いので、落ちないように必死にしがみつく。やっぱ馬系のモンスターじゃないと騎乗には不向きか。
俺が地面に降りると、オルトロスは申し訳なさそうに頭を垂れて一度鳴いた。
「クゥーン……」
「お前が気にすることはないって。騎乗は馬系統のモンスターにするから、気負うことはないよ」
「クゥーン?」
「ああ、大丈夫だ」
オルトロスはモンスターのはずなのに犬みたいで可愛いなこいつ。体長と双頭を気にしなければ、ペットみたいだな。荒んだ心が癒やされていく。
俺はオルトロスに寄り掛かり、毛をいじる。モフモフしていて気持ち良いぞ。
たっぷりとモフってからオルトロスをカードに送還する。
今日手に入れたカードの中で、オルトロス以外で初ゲットだったモンスターは二体いるな。どちらもインテリジェンス・ウェポン系統のモンスターか。
種族:インテリジェンス・シールド
ランク:D
攻撃力:70
防御力:680
【スキル】
●装備者強化・盾術:この武器の装備者の身体能力を底上げし、達人のような盾術を繰り出せるようにする。
●浮遊
●反射:受けたダメージを自動的に25%カットし、カットしたダメージ分を攻撃してきた敵に対して反射する。
種族:インテリジェンス・スピア
ランク:D
攻撃力:100
防御力:355
【スキル】
●装備者強化・槍術:この武器の装備者の身体能力を底上げし、達人のような槍術を繰り出せるようにする。
●浮遊
インテリジェンス・ウェポンの盾と槍。盾はすごいな。ダメージを25%もカットした上で、そのカットした分を攻撃してきた敵に反射するスキルを持っているとは。
インテリジェンス・シールドを倒したあとに体が軽く傷付いている時があったけど、あれは『反射』のスキルの効果だったのか。
インテリジェンス・スピアのステータスは、初期の頃のインテリジェンス・ソードとほぼ同じだ。攻撃力は同じだし、防御力は5しか変わりない。スキル構成も似ている。
違うのは、装備者が強化されるのが剣術か槍術かってことくらいだ。
思わず頬が緩んだ。じわじわとだが、確実に日々強くなっていく実感がある。
あとどれくらい強くなれば、Cランクモンスターを討伐出来るくらいになるのか。
もう少しだ。あと少しで……。
「今日はこれくらいにして帰るか」
ただ今日は帰ろう。もうすぐで太陽が沈むからな。
帰り道にオークに出会ったら、今日手に入れたハイ・オーク達の配下として補充しておこう。
そんなことを暢気に考えつつ、装備しているインテリジェンス・ソードとリビングアーマー以外をカードに送還した。
───その油断がいけなかったのだろう。
俺は弱い。そのことを、忘れていた。
最近Dランクモンスターを一瞬で倒していたため、完全に失念していた。
……自分より強い存在が、まだたくさんいるという事実を。
少し前まで馬鹿にされていた反動なのかもしれないが、言い訳はしない。その時俺は、確かに増長していた。
そしてその増長した心を叩き折るべくして───黒い悪魔が俺の目の前へ降り立った。
その悪魔は夜を体現したかのように漆黒で、5メートルほどの体長を誇る三本足の烏だった。
彼我の力の差を感じ取ったのか、装備しているインテリジェンス・ソードとリビングアーマーも恐怖に身を震わせた。
かくいう俺も、圧倒的な力の差を理解して呆然と立ちつくすことしか出来なかった。
嫌な汗が額を伝い、首筋へと流れていく。
何かしなければ、本当に死ぬ。だが、体は動かない。
やっと動いたと思ったら、後退してその場にへたり込む始末だ。
自分が情けなくなって、自分が弱いことを再認識し……弱いことが悔しくなる。
今まで会う人会う人に見下され、皆の都合の良いように利用される。だから力を欲した。
死ねない。あいつらに復讐するんだ。こんなところで死んでたまるかッ──!
歯を食いしばり、俺はガクガクと震える膝に鞭打って立ち上がった。
「ほお、立ち上がるか」
「!?」
黒い悪魔が……喋りやがった。クソッタレが! 薄々そうじゃないかとは考えていたが──こいつ、確実にCランク以上のモンスターだっ!
Cランク以上のモンスターになると、知能が高く人語を喋れるようになると覚醒者に聞いたことがある。
そんな化け物を、俺一人で倒せってのかよ……っ!