76.飛ぶ斬撃
……嫌なことを思い出してしまったな。
俺は頭を左右に振り、嫌な記憶を頭の片隅へと追いやった。
「行くぞマスター!」
「ああ!!」
俺達は不満そうにするイザナミを居間に残して、マヨヒガの屋敷を出た。
すると庭では、強化されて六本腕となった二体のマヨヒガの門兵と軽装備の男が戦っている。
そして、門兵達と協力して軽装備の男を攻撃している者が一人いた。
それは──
───俺の祖父ちゃんだったのだ。
何がどうなっているんだ!? 何で祖父ちゃんがここにいるんだよ!?
俺が混乱していると、祖父ちゃんがチラリとこちらに目を向けた。
「俊也、説明は後だ! お前も戦え!」
祖父ちゃんはそう言うと俺から視線を外し、軽装備の男へと突っ込んでいく。
「マスターの祖父は義勇兵としてこの戦争に参加しておるのだ」
目を見張っていると、祖父ちゃんがここにいる理由をクロウが説明してくれた。
「親父とお袋も来てるのか?」
「いや、お主の祖父だけが来ている」
雫とのデートの帰りに親父と会ったが、親父はお袋や祖父ちゃん達と一緒にいたということか。
「クロウは祖父ちゃんが義勇兵になったことを知ってたんだな」
「黙っていたことは謝ろう。だが、今はそんなことを話している場合ではないぞ」
「……わかってるよ」
俺は右手で持っていた『名もなき英雄の剣』を握って軽装備の男の元に向かって走り出し、マヨヒガの庭で行われている戦いに割り込んだ。
「祖父ちゃん!」
「儂が援護しよう!」
「わかった!」
祖父ちゃんと話したのは数年ぶりだな。そう思いながら軽装備の男に『名もなき英雄の剣』を振るった。
「ア゛ア゛ア゛!?」
軽装備の男はいきなり割り込んで攻撃をしてきた俺達に驚きつつも偽フラガラッハで受け止め、逆に弾き返してくる。
……やっぱり偽フラガラッハは強力だ。だが『名もなき英雄の剣』は攻撃を重視したものではないから、弾き返されたのも無理はない。
『名もなき英雄の剣』は装備者に『英雄』のスキルを付与し、その者を英雄たらしめるという魔導具だ。
この『英雄』スキルの効果はまだハッキリとわかっていないが、恐怖心を打ち消せるという効果があることはわかっている。
だから俺は恐怖を抱かずに前のめりになって軽装備の男に攻撃することが出来る。一見すると役に立つのか疑問なスキルではあるが、戦闘中に恐怖を抱かなくなるというのは非常に重要なことだ。
高校生の頃にバイトで貯めたお金で空手やら柔道やら剣道やらの教室に通っていた時の経験上、戦闘中に恐怖を抱かないというのは大切である。
例えばだが、競技中にあともう一枚イエローカードを出されれば退場となる状況だとしよう。そこでイエローカードを出されるのを恐れて攻めるのを躊躇して攻撃が単調になったりしてしまえば、相手の反撃を許すことになってしまう。
だからイエローカードを出されることを恐れずに攻め続けることが非常に大切だ。
それと同じで、俺が痛いのは嫌だと軽装備の男に攻撃をすることを恐れて躊躇ってしまえば、軽装備の男に反撃させる機会を作ってしまう。
なので恐怖を抱かなくなる効果を持つ『英雄』のスキルは戦闘時にはかなり有用だ。
それと俺はお化け屋敷とか苦手だから、お化け屋敷に入る時にも『英雄』スキルは役立つことだろう。
雫と遊園地をデートした時は『英雄』の存在を忘れていたので、お化け屋敷に入った時に怖くて雫の腕に掴まるという醜態をさらしてしまった。
ちなみに、高校生の頃に空手や柔道や剣道などの教室に通っていた理由は、祖父ちゃんに古武術を習いたいと言って断られたが、諦めることが出来なかったからだ。
だから頑張ってバイトをして貯めたお金で教室に通っていた。
そしてバイトをしてまで教室に通っていたのは、芽依のことを殺した通り魔を自分の手で殺したかったからだ。
芽依を殺した通り魔の犯行動機はストレスが溜まっていたからであり、殺せるなら誰でもよかったそうだ。
ストレス発散のためだけに芽依は殺されたんだ。決して許せるものではない。なので俺は通り魔を殺すことを決意した。
通り魔の懲役は十一年のため刑務所から出所したところを殺してやろうと考え、教室に通い始めたんだ。
まあ結局は、その通り魔が出所する前にモンスター出現というイレギュラーが起こり、それどころではなくなってしまった。
通り魔はこの手で殺したいから、生きていてほしいな。
テレビのニュース番組に映し出された通り魔の顔は今でも鮮明に思い出せるから、もし会えることが出来ればこいつが通り魔だと一瞬でわかるはずだ。
「俊也」
俺が軽装備の男を警戒していると、後ろから祖父ちゃんが話し掛けてきた。
「……どうしたの、祖父ちゃん?」
久しぶりにちゃんと話すので緊張して声か少し上擦りながらも、祖父ちゃんに返事をする。
「俊也、お前……人を殺した目をしているな」
「!」
祖父ちゃんの一言に俺は驚いてしまい、つい後ろを振り向いた。その隙を突いて、軽装備の男がこちらへ攻撃を仕掛ける。
だがアンデッドと化した狼が俺を庇うように前に出たため、軽装備の男の攻撃は防がれた。
この狼は雫が生前に使役していたアンデッドだ。雫自身も狼の出自を知らないらしいが、大方動物園から逃げ出した個体だろう。
「何でわかったんだ?」
俺が問いかけると、祖父ちゃんは俺と違って軽装備の男への警戒を怠らずに答える。
「儂には従軍経験があることはお前も知っているだろ。戦争で命の奪い合いをした奴なら、目さえ見ればそいつが殺しを行ったことがあるか否かがわかるものだ」
「そ、そうなのか……」
従軍経験者すげぇ。
「いや、言い方が悪かったな。正確には、戦争で命の奪い合いをして生還した者ならば目を見ればわかる」
……祖父ちゃんは例外だが、戦場から無事生還した兵士達は戦地でのことを語りたがらないと言うからな。それだけ壮絶な経験をしたということだろう。
従軍経験者にとっては、広義の意味では同類である殺人者を見分けるのは簡単なことなのかもしれない。
「こんな世界になっちまったから俊也が人の殺したことには驚かないが……人を殺すことには慣れるんじゃねぇぞ」
「え?」
どういうことかと聞き返す前に、祖父ちゃんは軽装備の男に向かって刀を振るっていた。
「マスター。今は戦闘に集中しろ」
クロウに注意されたことで戦闘は再開させたが、祖父ちゃんの言葉が頭の中で壊れた蓄音機のように何度も何度も再生されていた。
「クロウも祖父ちゃんに続いて進め!」
「わかっておる!」
クソッ!
グリフォンへとランクアップしたグリフィスも戦闘に参加してくれれば助かるんだが、クロウによるとグリフィスは神谷を乗せて遠くへ避難してもらっているらしい。
神谷は体全体を一気に巨大化させると、十分ほどで巨大化が強制的に解除されてしまう。そして強制解除されると、三十分経たないと異能が発動出来なくなる。
今の神谷は巨大化強制解除後のクールタイム中なので戦闘では役立たずだ。そのため、神谷をグリフィスに乗せて避難させているのだ。
三十分が経過して異能が発動出来るようになったら戻ってくるように言ってあるので、それまではグリフィスと神谷抜きで戦わなくてはいけない。
早く戻ってこいと思いながら、俺は軽装備の男に『名もなき英雄の剣』を振るう。それを躱した軽装備の男の元に二体の門兵が駆け寄り、同時に『自爆』を発動させた。
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
二体の門兵による同時発動の『自爆』により軽装備の男は数十メートルほど吹き飛び、受け身も取らずにゴロゴロと地面を転がる。
俺と雫はクロウの後ろに隠れ、祖父ちゃんはその場で屈むことで爆風に耐えた。
しばらくして門兵の『自爆』による爆風で舞い上がった土煙が晴れると、軽装備の男はすでに起き上がって偽フラガラッハを構えていた。
「まだかクロウ!?」
「まだだ!!」
クロウは先ほどから軽装備の男に対して『威圧』スキルの発動を試みているが、まったく視線が合わないようだ。
どうも軽装備の男の目は焦点が合っておらず、虚空を見つめているらしい。だから視線がなかなか合わないとのこと。
軽装備の男はフラガラッハが持つ『覚醒』の存在を知っていたから、クロウが持つ『威圧』の存在を知っていても不思議ではない。
ということは『威圧』を発動されないために、わざと虚空を見つめているということか!
軽装備の男の厄介さに俺が頭を抱えていると、当の本人である軽装備の男は偽フラガラッハを大上段に振りかぶっていた。
だが軽装備の男と俺達の間にはかなりの距離がある。当然だ。門兵の『自爆』スキルによって軽装備の男は数十メートルも吹っ飛ばされたからである。
そんなに距離があるのに、なぜ偽フラガラッハを振りかぶるのか。その理由はすぐに判明した。
驚くべきことに軽装備の男が偽フラガラッハを振るうと、偽フラガラッハの剣身から衝撃波のようなものが放たれたのだ。
いわゆる、飛ぶ斬撃というものだろう。
しかし、この飛ぶ斬撃はあまり脅威ではない。というのも飛ぶ斬撃には赤いエフェクトがあり、容易に目で捉えられるからだ。
飛ぶ斬撃は不可視だからこそ脅威なのだ。飛ぶ斬撃が不可視であれば敵に気付かれずに不意打ちが可能だし、躱すのも不可能に近い。
なのに軽装備の男が放った飛ぶ斬撃には赤いエフェクトがあって肉眼でも見えるので、余裕で回避することが可能だ。スピードもそこまで速くない。
だから最初は驚いたものの、こんな攻撃は回避することで対処出来る。初見殺しですらない。見た目が派手でカッコイイというだけで、それ以外にはこれと言って利点がないというクソ異能だ。
だがそれでも、この異能は特殊型には分類されない。なぜなら、飛ぶ斬撃の威力はそれなりにあるからだ。
現に、俺達に躱された飛ぶ斬撃は地面をかなり深く抉っていた。
つまり飛ぶ斬撃は、使い方次第では有用な異能ということだ。まあ俺からしたらクソ異能だがな。