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75.芽依

 イザナミを居間に残して屋敷を出る──前に、俺は雫のカードを取り出した。




種族:ゾンビ

ランク:D

攻撃力:150

防御力:350

【スキル】

●隷属化:殺した生物をDランクモンスターのアンデッドへと変えて使役することが出来る。

●痛覚鈍化:動く死体なので痛覚が鈍化し、痛みが感じにくくなる。




 改めて見ると、やはり圧倒的に弱いな。Dランクモンスターだから当然ではあるが、攻撃力も防御力も非常に低いのだ。


 いや、Dランクモンスターにしては攻撃力がかなり高いが、Cランクモンスターとは比べるまでもなく弱い。


 魔法スキルを持つカヤでさえ軽装備の男に敗れたのだから、さすがにこのステータスの雫を戦闘に参加させるのは危険だ。と、最初は思った。


 しかし都合が良いことに、雫が生前に使役していたアンデッド達は未だに使役されている状態となっているのだ。


 それにエルダートレントに祝福してもらえばステータスは大幅に強化されるので、攻撃力と防御力が低いことはあまり気にしなくてもいい。


「マスター、軽装備の男が屋敷に侵入してくる前に早く屋敷を出るぞ!」


「おう、わかった」


 俺はクロウに返事をしてから雫を召喚する。


「ア゛ア゛……」


 相変わらず喋ることのない雫を見ながら、俺は昔の恋人のことを思い出していた。




◇ ◆ ◇




 鹿島(かしま)芽依とは幼馴染みだった。


 なんでも芽依の祖父と俺の祖父ちゃんは戦場で肩を並べて戦ったことのある戦友同士のようで、その関係で芽依の家と俺の家にはかなり付き合いがあったのだ。


 鹿島家も塚原家と同じく歴史のある士族の家であったので、鹿島家と塚原家は元々仲は良かったらしい。


 だが芽依の祖父と俺の祖父ちゃんが戦友同士となったことで、鹿島家と塚原家の仲はより深まったそうだ。


 ちなみに、鹿島家と塚原家は歴史のある士族の家柄ではあるが、ルーツは異なっている。


 というのも、我が塚原家は生粋(きっすい)の武士の家系であるのに対して、鹿島家は貴族の家系であるからだ。


 戦国時代に主家を失った牢人・塚原(しゅん)が、武者修行の旅をしたのちに興したのが塚原家なので、もちろん我が家は武闘派ということになる。


 そんな塚原家とは違い、歴史を遡ると鹿島家は公家(くげ)の家系だった。


 公家というのは朝廷に仕える貴族や上級官人のことを指す。つまり鹿島家は貴族の血を受け継いでいるわけだ。


 だが……貴族といえども鹿島家は下級貴族と言えた。公家の高官を公卿(くぎょう)と呼ぶが、鹿島家は地下家(じげけ)と言って公家の中でも家格の低い家柄なのだ。


 要するに鹿島家は公家の中でも家格が低く、塚原家とは違って武闘派というわけではなかった。


 そして明治維新後に公家や大名などを華族に、武士階級や地下家などを士族とした。そこで鹿島家と塚原家も士族となったのだ。


 なお、士族は華族とは違って特権は与えられておらず、平民と比して違いはなかった。


 だから鹿島家も塚原家もある程度は歴史があるだけで、名家というほどの家柄ではない。


 手柄を上げたりすれば華族に列せられる場合もあったようだが、鹿島家や塚原家が士族という時点で察してくれ。


 というわけで鹿島家と塚原家の仲が良かったため、物心ついた時から俺と芽依はずっと一緒に遊んだりしていた。


 そうして、いつしか両想いとなっていたのだ。


 切っ掛けは覚えていないが、小学四年生か五年生辺りでお互い意識するようになり、中学校の入学式の時に俺は思い切って芽依に告白をした。


 入学式が終わってから芽依を桜の木の下に呼び出し、桜が舞い散る中で俺は意を決して告白。それに芽依は赤面しながらも、コクリとうなずいた。


 懐かしいな。この時のことは今でも鮮明に思い出せる。


 なんてったって一世一代の告白だ。返事がYESかNOなんて関係なく、告白というものは記憶に残り続けるはずだ。


 いや、告白を何十回もしたりする奴だったらそうでもないかもしれないが、俺はその時の告白が人生で初めての告白だっんだ。だから忘れることはない。


 胸が高鳴り、呼吸を荒くしながらも俺は芽依に自分の気持ちを包み隠さずに伝えた。


 断られたらどうしようという不安もあったが、芽依も俺のことが好きだという確信もあった。


 そしてその結果、俺達は付き合い始める。最初は家族にバレたくないからこっそりとデートをしたりしていたが、結局勘の鋭いお袋にバレてしまって恥ずかしかったなぁ。


 そうかそうか、お前ももうそんな歳か。そう言って優しそうに微笑む親父の視線がいたたまれなかった。


 隠していたエロ本が見つかった時も親父はそんな視線を俺に向けてきたが……それにより俺は(もだ)え死にそうになった。


 それはさておき。付き合い始めて3年が経った、中学三年生の秋のある日。俺と芽依は一緒に下校をしていた。


「今日は俊也君の家に行って遊ぼうよ!」


「いいよ。何して遊ぶ?」


「テレビゲーム!!」


「またゲームかぁ」


 俺はそう言って苦笑する。


 俺の親父がガキみたいにゲーム好きのため、我が家にはゲーム機やゲームソフトなどが大量にある。それに芽依はゲームが好きなため、俺の家に来ると必ずと言っていいほどゲームをして遊ぶことになる。


「……俊也君がゲームやりたくなかったら、他の遊びをする?」


 苦笑いをしたため、どうやら芽依は俺がゲームをしたくないと思ったらしい。


 だが、俺は首を振る。


「いや、俺は芽依と一緒だったら何でもいいんだ」


「そ、そう……」


 彼女はやや赤くなった頬を搔きながら、ニッコリと俺に笑いかけた。


「私も……私も俊也君と一緒だったら何でもいい、よ?」


「じゃあゲームしなくてもいいんだな?」


 俺はからかうような笑みを浮かべる。


「あ! それはずるいよ!」


 まさかそんなことを言われるとは思わなかったのか、芽依は頬を膨らませて俺を睨む。


 頬を膨らませながら睨まれても迫力はあまりないな。


「ごめんごめん。冗談だって」


「もう!」


「そんな怒るなよ」


「怒ってませーん!」


 くだらない会話だ。けれど、この生産性のない会話が俺は好きなんだ。まさに日常、という感じがする。


 しかし、その日常は突如として終わりを迎えた。


 帽子を目深に被った男が、周囲をキョロキョロと見回しながら道を歩いていた。


 幸いここは大通りなので人通りは多いが、俺は万が一の時のことを考えて芽依の耳元で小さく呟く。


「少し早歩きで帰るぞ」


「……うん、わかった」


 通学路に不審者が出没しているので注意するようにと中学校の先生が言っていた。もしかするとあの挙動不審の男が(くだん)の不審者かと俺は考えたのだ。


 芽依も俺と同じ考えに至ったのか、素直にうなずく。


 だが、早歩きをしたことで人混みの中でも目立ってしまい……挙動不審の男が俺達を見た。


 次の瞬間、男はポケットから折りたたみナイフを取り出し、こちらに向かって走り出してくる。


 俺は咄嗟に芽依を庇って前に出るが──




 ───芽依は俺を突き飛ばした。


 一直線に走り寄ってきた男は、すれ違いざまに芽依の腹部にナイフを刺し、それから人混みの間を縫うように逃げていく。


 血塗れた刃物を持った男の足音が遠ざかっていった。


「芽依!」


 俺は芽依の元へと駆け寄る。


「俊也君……」


 俺の腕の中には、腹部の刺し傷を手で押さえて苦しそうにする芽依がいた。


「っ芽依!! 何で俺を突き飛ばしたんだよ!!」


「ごめん、ね。でも、私、が前に、出て庇ったら……俊也、君も……私を突き飛ば、すと思う、よ?」


「当たり前だろ!」


 俺がそう言うと、彼女は痛いはずなのに嬉しそうに微笑んだ。


「はぁ……はぁ……俊也君は、私のこと、好き?」


「大好きだよ! 大好きさ!! だから死ぬんじゃねぇよ! お前は俺の生き甲斐なんだ!」


「そう言って、くれ、て……私は嬉しい、よ。でも、わかる、んだ。私はもう、長くない、みたい…………」


「そんなこと言うなよ!」


「だか、ら……俊也君は生きて、ね」


 それが芽依の最期の言葉であり、奇しくもその言葉は雫が死に際に口にしたものと同じであったのだ。


 その言葉を言い終えた芽依は意識を失い、俺が急いで呼んだ救急車により病院に搬送されるが……間もなく死亡した。


 通り魔だった犯人は事件後すぐに一般人達により取り押さえられて捕まり、その数ヶ月後、芽依の両親は自宅で首を吊った姿で発見されることになる。


 どこへ行ってもテレビ局のカメラに追われ、芽依が死んだ心境を何回も尋ねられたことにより自殺に追い込まれたのだと思われる。


 涙は出なかった。芽依やその両親達が死んだという実感がなかったんだ。


 まだ子供だった当時の俺は、芽依達がどこか遠くへ行ってしまったようにしか感じられなかった。


 でも……。でも、テレビのニュース番組で通り魔の顔写真が映し出されているのを見て、その時初めて芽依を失ったんだと理解して涙が止まらなかった。


 そして俺の中の悲しみという感情が怒りへと変化していく。芽依を殺した通り魔に対してのみの怒りではない。俺の怒りの矛先は、社会に、世界に、あらゆる全ての悪へと向いたのだ。


 それで俺は塚原家に代々継承されてきた古武術を習いたいと祖父ちゃんに言ったが、祖父ちゃんは首を振るばかりだった。


「我が家に伝わる古武術は復讐の道具ではない。我欲のために使うならば、俊也には教えることは出来ん」


 そう祖父ちゃんには言われた。


 大切な人を守るために習いたいと嘘をつけば教えてもらえたかもしれないが、嘘をつきたくなかった俺は正直に復讐のために習いたいと答えた。


 だから祖父ちゃんは俺に教えることを拒んだ。


 それで俺は言ってしまったんだ。祖父ちゃんは戦争でいっぱい人を殺してきたじゃないか、と。


 そうするとどうだ。祖父ちゃんの顔は強張(こわば)り、すぐ近くで話を聞いていた親父からは鋭い視線が向けられた。


 この時だ。この時、俺と家族との関係に亀裂が入ったんだ。その小さな亀裂は時が経つとともに大きくなっていき、ついに俺と家族との関係は断ち切れた。

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