71.残念!
「さて。言い残すことはあるか?」
軽装備の男はそう言いながら、偽フラガラッハの剣先を俺の喉元に突きつけた。
そりゃ、言い残すことはいっぱいあるぜ。今は息をするので精一杯で、喋ることが出来ないけどな。
そもそも、先輩から告白の返事を聞いてねぇし。だから死ねないんだ。死にたくない。死んでたまるか。
生きる。生きて先輩と結婚するんだっ!
「ぐっ……」
俺は軽装備の男に気付かれないように、こっそりとポケットからカヤのカードを取り出す。その間にも脇腹からは血が流れ、視界がチカチカするようになる。
それでも死ぬわけにはいかないので、力を振り絞って強く念じると、発光とともにノーミーデスのカヤが姿を現した。
「やあ、ピンチかい?」
カヤはこちらを見ながら問いかける。
俺がうなずいて肯定をすると、カヤは軽装備の男に顔と手のひらを向けた。
「『母なる大地よ、大地を司る大精霊たる私に力を貸し給え。大地よ窪め。大地よ穿て。大地よ崩壊せよ』!」
カヤは初手から魔法の呪文の詠唱を始める。
急に現れて呪文を唱え始めるカヤを警戒した軽装備の男は、呪文の詠唱を終える前にカヤにとどめを刺そうとして偽フラガラッハを振るう。
……ヤバい!
俺がそう思った時には、カヤは呪文を言い終えていた。
「──『フィッシャー』!」
その刹那、軽装備の男が立つ地面に亀裂が入る。次いで亀裂が広がり、男は悲鳴を上げながら亀裂の中へと落ちていった。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして亀裂は次第に塞がっていく。軽装備の男は大地によってペシャンコに潰されたことだろう。
さすが大地を司る大精霊だ。大地を自由自在に操っている。
「これで終わりか」
カヤはつまらなそうに呟き、それから俺に向き直った。
「無事……ではないようだな。血が止まらないのか?」
俺は首を縦に振る。
「そうか……。ドワーフ達ならば止血をする道具を簡単に造れるだろうが、あいにくと私の配下のドワーフ達は全て王都に置いてきてしまったからな……」
これは困ったとため息をつきながら、カヤは眉間に皺を寄せた。
確かにドワーフならばすぐに止血をする道具を造ってくれるはずだ。だがカヤの言った通り、ドワーフ達は王都に置いてきている。
その理由は簡単だ。戦力にならないからである。
ドワーフは『泥酔』のスキルによって上限なく自己強化することが可能だが、一年間ずっと酒を飲み続けなければCランクモンスター並みには強化されない。
そしてカヤが『従属化』のスキルでドワーフ達を配下にした時に強化率がリセットされてしまって弱体化してしまった。
一応ドワーフ達には酒を飲み続けさせているが、Cランクモンスター並みに強化されるまでの道のりは非常に遠い。
「すみません、マスター……。私があの男の攻撃を防いでさえいれば……」
フラガラッハのせいじゃねぇよ。そう言いたかったが喋れないので、首を横に振ってフラガラッハの責任ではないと伝える。
事実、フラガラッハは剣ではあるが盾ではない。剣は防御ではなく攻撃のためにあるので、防げなくてもフラガラッハが責任を感じる必要などないのだ。
つーか、軽装備の男が持っていた偽フラガラッハは強力だった。付喪神にランクアップしたフラガラッハと同等というほどに。
そんな剣による攻撃を、付喪神にランクアップしていない状態のフラガラッハが防げないのは当然だ。
「フラガラッハよ。マスターが困っているようだし、謝罪はあとにしてはどうだ?」
なおも謝罪を続けるフラガラッハを、カヤが止めた。
「す、すみません! 気が動転していたようです……」
フラガラッハはそう言い、落ち着きを取り戻した。
というか、包帯を脇腹に巻いてほしいんだけど? これじゃあいつまで経っても血が止まらねぇ。
そのことを身振り手振りでカヤに伝えた。
「包帯を巻けと言われても、包帯がないんだが……」
「ならマスターの着ている服を破って包帯代わりにしましょう」
「なるほど。そうしよう」
ということでフラガラッハが自身の剣身で俺の着ている服の一部を切り裂く。そしてその切れ端をカヤが受け取り、俺の脇腹に包帯代わりとして巻いた。
こうして血が流れることを止めることが出来て、やがて喋れるようになるまでに回復したので立ち上がる。
「ふぅ……。やっと立てるようになったな」
相変わらず脇腹の傷は治らないが、それでも意識が朦朧としたりはしていないな。
「良かったですマスター! 喋れるようになったんですね!」
「おう。カヤとフラガラッハのお陰だよ」
フラガラッハは嬉しそうに俺の周囲を飛び回る。だが今のフラガラッハは鞘に収まっておらず刃が剥き出しの状態なので、飛び回られると斬られそうで怖いんだが。
「飛び回ってもいいけど、せめて鞘に収まってからにしてくれ。危なっかしいぞ」
「はい、マスター! 了解しました!」
大人しく俺の指示に従い、フラガラッハはドワーフ製の鞘に収まった。そしてまた飛び回り始める。
また飛び回るのかよ……。
と俺が苦笑していると、先輩を乗せたクロウが降り立った。
「何だよクロウ。来るのが遅かったな? 俺、かなりピンチだったんだぜ?」
「すまぬな。気付くのが遅れたようだ」
クロウは申し訳なさそうに頭を垂れる。
責めたわけではなかったのでクロウに頭を上げさせようとするが、それよりも先に先輩がクロウの背から降りて俺に抱きついてきた。
「俊也! 大丈夫だったか!? 脇腹の傷はどうしたんだ!?」
胸が……先輩の胸が俺に当たっている! 生きてて本当に良かった!
先輩に抱きつかれたことで脇腹の傷の痛みも吹っ飛んでしまった! すごい! 先輩に抱きつかれただけで痛みがなくなるなんてっ!
「そんなに心配しないでくださいよ。先輩のお陰で痛みも吹き飛びましたし」
「私の? 私は何もしていないぞ?」
先輩が近くにいるだけで俺は癒やされるんだ!
とは恥ずかしくて言えないな。いくら告白したとはいえ、面と向かってそんなことを言えるわけがない。
じゃあ、なんて言えばいいんだろう?
そんなことを考えていると、ちょうど神谷がこちらに駆け寄ってくるのに気付いた。
「お? 神谷も来るの遅いじゃねぇか」
「兵士達を踏み潰すのに夢中になってたんだよね」
神谷は元の人間サイズに戻っている状態なので会話が可能なのだ。
よし。神谷と話し続けることで、先輩との話を逸らすことにしよう。
「騎兵は踏み潰してないよな?」
「安心してくれ。騎兵は生かしてある」
本当にわかっているのか疑いたくなるな。神谷って馬鹿だし。
しかし神谷が急に顔から笑顔を消して口を開く。
「というかさ、言いたいことがあるんだけど」
そう言った神谷は、いつになく真剣な表情をしていた。
先ほどまで神谷はヘラヘラと笑っていたのに、急に真剣な顔になるのは軽くホラーだな。
「言いたいこと?」
「あのさ……なんかこの場所ってカオスじゃね?」
俺は無言で周囲を見回した。
確かに言われてみると、俺に抱きつく先輩や飛び回るフラガラッハなどがいて混沌としている。
というわけで先輩には離れてもらい、フラガラッハには飛び回るのをやめさせた。
いや~、神谷には助かったよ。先輩を離れさせる口実が欲しかったんだよね。これ以上先輩に抱きつかれていれば、我が愚息が起き上がってしまう可能性があるからな。
……マジで危なかった。
「で、マスターよ。そろそろ何があったのか聞きたいのだが?」
「クロウはさっきカヤと話していただろ? カヤから聞いてないのか?」
「マスターが無事かどうかを聞いていただけで、何があったかは聞いておらぬぞ」
「そうなのか」
ここには神谷や先輩もいるので、説明にはちょうどいいな。
それに俺が連合軍の兵士達の首を狩っていたため、ここら辺には連合軍の兵士達はまったくいない。だから奇襲を警戒したりせずに安心して説明をすることが出来るし。
「実はさっき、滅茶苦茶強い敵と戦ったんだよ。フラガラッハの『覚醒』の効果が切れた時に狙われて、かなりピンチだったぜ」
この説明に、俺やカヤやフラガラッハなどの事情を知っている者以外の全員が驚いた。
「脇腹にある傷はその時にやられたものだ」
「そいつは倒したのか? それとも逃げられたのか?」
と神谷が尋ねてくる。
「倒した。と言っても、俺じゃなくてカヤが『地魔法』を使って殺したんだ。今は大地の中で潰れて死んでいるだろうよ」
俺がそう言い切ると、神谷は安心したように胸を撫で下ろした。
っにしても、結局軽装備の男の正体はわからなかったな。
もしかして軽装備の男が自称天皇だったのか? でも軽装備の男は複数の異能なんて使ってなかったからなぁ。
と、その時。俺達の足元の地面から何かが飛び出してきた。それは──
───地割れに落ちていった軽装備の男だったのだ。
「残念! 死んでないよ~」