68.グリフィス
「グル゛ル゛ル゛!」
グリフォンへと変じたグリフィスは、威嚇するように巨人の男に向かって鳴き声を上げた。
「ギャシャアアアァァァァ!!」
巨人の男も負けじと、グリフィスに鋭い視線を向けながら叫ぶ。
「いけ!」
俺の掛け声を合図に巨人の男へと突き進んだグリフィスは前足の鉤爪を振るい、それに続いて俺もフラガラッハを振るう。
グリフィスは前足の鉤爪によって巨人の男の右手首を切り落とし、俺はフラガラッハで巨人の男の右肩に深い傷を付けた。
「ギイイイィィィィ!!」
両手首を失った巨人の男は、変な悲鳴を上げながら目に涙を浮かべる。
「ハハハハハ! この際だから去勢してやろう!」
俺は高笑いをしながら、巨人の男の股間にフラガラッハを突きつけた。すると巨人の男は般若のような形相で俺を睨んでくる。
「お? 何だ? やんのか?」
俺も睨み返す。
「ゴオォ!!」
そして神谷も巨人の男を睨み始めた。
「グッ!」
分が悪いことを理解したのか、巨人の男は悔しそうに歯噛みをする。
これにて一件落着だ。巨人の男が倒れたので、せき止められていた天竜川も元通りに水が流れるようになった。
それに巨人の男は倒れる際に連合軍の兵士達を数百人ほど巻き込んで下敷きにしたから、戦いが始まって少ししか経っていないのに連合軍はかなり兵士を消耗している。
対して王国陸軍は天竜川を増水させて防衛に徹していたのでまったく被害を受けていない。やっぱり戦争は攻めるより守りの方が有利だな。
というようなことを考えていると、突如として巨人の男が自身の体を元のサイズへと戻したのだ。そして逃走を図る。
「待て!」
グリフィスに追い掛けるように指示を出したが、元のサイズに戻った巨人の男が天竜川の中へと飛び込んでしまった。
俺は急いで戦場を離れて天竜川の下流の方だったりを探す。巨人の男はかなり強かったので、ここで取り逃がしてしまえば痛手だ。
しかし河童にも手伝わせて天竜川の中を探ってもらったが、姿を見失ったので見つけることが出来なかった。
天竜川の河口まで探しに来たが、巨人の男の姿はない。
「困ったなぁ……」
俺はそう口にしながら肩を落とす。ちょうどその時、グリフィスのスキルの効果が切れてグリフォンからヒッポグリフに戻ってしまった。
だがグリフィスより先に付喪神へとランクアップしたフラガラッハは、まだ『覚醒』スキルの効果が切れておらずインテリジェンス・ソードには戻っていない。
これは、スキルの効果の持続時間が異なっているからだ。まずはグリフィスのステータスを見てみよう。
種族:ヒッポグリフ(エルダー)
ランク:D
攻撃力:305(MAX!)
防御力:560(MAX!)
【スキル】
●先祖の威光→先祖返り(CHANGE!):エルダー種へと至ったことで高貴なる先祖の血が覚醒した。発動すると一時的に先祖返りをしてCランクモンスターのグリフォンへとランクアップし、『鳥獣の王』『黄金の守り手』のスキルを使用出来るようになる。クールタイムは二時間。
グリフィスがエルダー種へと進化したことで攻撃力と防御力がMAXとなり、使い道のないスキルだった『先祖の威光』が『先祖返り』へと変化した。
次に、『先祖返り』のスキルによってグリフォンへとランクアップしたグリフィスのステータスを見てみよう。
種族:グリフォン(エルダーヒッポグリフ)
ランク:C
攻撃力:610
防御力:1120
【スキル】
●鳥獣の王(NEW!):グリフォンは鳥獣の王であるため、鳥系及び獣系モンスターに対してカリスマ補正絶大。
●黄金の守り手(NEW!):自身を中心として半径50メートルの範囲内に純度100%の黄金がある場合に限り、自身の攻撃力と防御力を2倍にする。
グリフォンへとランクアップすると攻撃力と防御力が2倍になる。そして使用出来るようになったのが、『鳥獣の王』と『黄金の守り手』という二つのスキルである。
『鳥獣の王』の効果は鳥獣系モンスター対して絶大のカリスマ補正があり、『黄金の守り手』の効果は近くに純金があった場合は攻撃力と防御力が2倍になるというものだ。
グリフォンは鳥の王である鷲と獣の王であるライオンの特徴を持っているため、『鳥獣の王』というスキルを持っているのだと思われる。
また、ギリシア神話ではグリフォンのことをGrypsと言い、北方の国で黄金を守っていると描写されていて、自身が守る黄金を狙った者を引き裂くという。
その話が由来となり、『黄金の守り手』というスキルをグリフォンが持っているのだろう。
しかし疑問が湧く。グリフォンはCランクモンスターのはずなのに、使用出来るようになるスキルが戦闘向きではない。
強いて言うなら、自己強化系である『黄金の守り手』が戦闘向きのスキルなんじゃないかな。
だがクロウが言うには、本来のグリフォンならば『黄金の守り手』以外にも戦闘向きのスキルをいくつか持っているらしい。
ではなぜグリフォンにランクアップしたグリフィスが戦闘向きのスキルを使用出来るようになっていないのかと言うと、強くなりすぎないように制限されているからだ。
八咫烏の『太陽の化身』や河童の『墜ちし水神の意地』、イザナミの『神生み』やドワーフの『泥酔』などのように。
つまり、エルダー種といえどもヒッポグリフはDランクなので、Cランクモンスター並みに強くならないように調整されているのだ。
例外はフラガラッハなどのネームドだ。フラガラッハはDランクだがネームドであるため、付喪神にランクアップすればCランク上位相当のモンスターを余裕で屠れるほどの強さを持っている。
グリフィスはグリフォンにランクアップしても、Cランク下位~中位のモンスターと互角というくらいの強さしか持っていない。
やはり、ネームドであるフラガラッハのスキルとエルダー種であるグリフィスのスキルにはかなりの性能差がある。だから『先祖返り』より『覚醒』のスキルの方が効果の持続時間が長い。
そのため、『覚醒』より先に『先祖返り』の効果が切れてグリフィスはヒッポグリフへと戻ったのである。
『先祖返り』は数十分、『覚醒』は数時間ほど効果が持続する。さすがネームドスキルと言うべきだな。性能がすさまじい。
だが、『先祖返り』は『覚醒』とは違ってクールタイムが短い。おそらく『覚醒』とは違ってランクアップしてもそこまで強くならないから、クールタイムが短いのではないだろうか。
つまりどちらも一長一短だ。
「マスター、大丈夫ですか?」
俺がネームドスキルの性能を再確認していると、フラガラッハが心配そうに問いかけてきた。考え事をして俯いていたから、俺が怒っているとでも思ったのだろう。
「グルゥ」
グリフィスも俺が怒っていると思ったのか、ごめんなさいというような感じで俺に頭を下げてくる。
「気にするな。お前のせいじゃない」
俺はそう言いながら、グリフィスの頭を撫でた。
「そうですよ! あなたが悪いわけではないです!」
鞘に収まっているフラガラッハも、グリフィスを励まそうとしている。
「グルゥ?」
俺が怒っているのだと思っていたら急に頭を撫でられたので、グリフィスは困惑したような視線をこちらに向けてきた。
「心配すんな。俺は怒ってないし、あの巨人の男を逃したのはお前だけの責任じゃねぇよ」
「グルゥ? ……グルゥ!」
グリフィスは首を傾げたあとで、安心したように大きくうなずいた。
俺はグリフィスのうなじを撫でながら、逃がしてしまった巨人の男にどのように対処するべきかを考え始める。
巨人の男は、自身の体を巨大化させるという神谷のものと類似した効果を持つ異能を持っているはずだ。
もちろん類似しているだけで、神谷とまったく同じ効果の異能というわけではないだろう。
以前言った通り、未強化状態の神谷は最大で十メートル以上には巨大化出来ない。それ以上に巨大化しようとすると体が支えられずに自壊してしまうからだ。
もし巨人の男が神谷とまったく同じ異能を発動して巨大化しているのだとしたら、最大で十メートルにまでしか巨大化出来ないはずだ。
だが巨人の男は、神谷と同じく五十メートルほどにまで巨大化していた。
つまり巨人の男と神谷の持つ異能は似たようなものではあるが、まったく同じというわけではなさそうである。
……それがわかったところで巨人の男への対処法は思い浮かばない。どうしたもんかねぇ。