6.館山第三避難所
ホブ・ゴブリンのカードをドロップさせて、スキルを確認したあとはすぐに家に帰って寝る準備をする。なぜならば、明日は館山第三避難所に行く日だからだ。
行く理由は簡単で、モンスター肉を提供するためだ。それも……無償で。
奴らに従いたくはないが、こんな世界になってしまっては力こそが全てなんだ。
去年、第三避難所にいる覚醒者が共闘して、Cランクモンスターを苦戦しつつも退けたという実績がある。
倒すことは出来なかったが、なんとCランクモンスターに撤退を選択させるまでに追い詰めたのだ。
今の俺では、束になったあいつらには勝てない。だから、まだあいつらに逆らう時ではないのだ。
……大人しくモンスター肉を渡しに行く。
「はぁ……憂鬱だ」
そう呟き、俺はベッドに横になって目を瞑る。
寝るにはまだ早い時間だけど、明日避難所に行くのが遅れたらまた殴られてしまう。なので避難所に行く前日は早く寝るに限る。
◇ ◆ ◇
私は今、とある高校の体育館にいる。この高校の敷地を囲う壁が頑丈なため、ここに館山第三避難所という避難所が設けられた。
私のいる体育館には私以外にもモンスターから逃げてきた避難民の人達がおり、その人達を覚醒者達が力を合わせてモンスターから守っている。
日本には、安全地帯と呼ばれているモンスターの少ない地域が数多くある。それは、主に覚醒者達が定期的にモンスターを狩ってくれているからだ。
ここ館山には安全地帯が全部で三つ存在し、その三つの安全地帯にはそれぞれ一つの避難所があり、日本国政府に対して反乱を起こさなかった覚醒者が非覚醒者を積極的に保護している。
私も先週この館山第三避難所に逃げてきた、覚醒者でもない非力な一般人だ。そんな私が無事にこの避難所に辿り着けたのは、ひとえに山崎君のお陰である。
山崎君とは、私が以前いた避難所を運営していた覚醒者の一人で、この第三避難所へ向かう道中でモンスターから私を守ってくれた人だ。
なぜ以前いた避難所からここに逃げてきたのかというと……モンスターが雪崩れ込んできて、その避難所が機能しなくなったことに起因する。
でも、彼はなぜ私を助けてくれたのだろうか。報酬は払うと言っても受け取ってもらえないし。
「南原さん!」
私の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、そこには山崎君がいた。彼は興奮しているようで顔を赤くしているが、何かあったのかな?
「どうしたの、山崎君?」
「あ、ああ。それがどうも、例の肉が届いたらしい」
「! 本当に?」
山崎君の言っている例の肉とは、幻の肉などと呼ばれていて、この世のものとは思えないほど美味しい肉のことだ。
その肉が食べられるのは基本的に、館山を中心とした周辺の避難所などである。
その噂を聞いた私は山崎君と相談し、ここを目指して旅をしてきたのだ。
眉唾だとは思いつつ少し期待してこの避難所にいる人に尋ねてみたら、何と噂は事実だった!
どうもその肉はとある覚醒者の異能によって生み出されているらしく、一ヶ月おきにその肉がこの避難所に届けられるのだという。
しかも肉を生み出している覚醒者さん本人が届けているとのこと。
その幻の肉が今日届いたようだ。どんな肉なのか気になった私は、山崎君とともに人混みの中をかき分けて進んでいく。
「───ふざけるなっ!」
人混みの奥では、この避難所のリーダー格である覚醒者の秦野さんが大声で怒鳴っていた。彼の視線の先には、大きなリュックサックを背負った男性がいる。
今怒っている秦野さんは普段は怒るような人ではなく、いつもは優し気な雰囲気の漂う若い男性だ。
秦野さんに怒鳴られているリュックサックを背負った男性が、幻の肉を生み出すという覚醒者だろうか。
何があったのか気になった私は、近くにいたおばさんに聞いてみた。
「あの、すみません。何であの人は怒鳴られているんですか?」
「あいつのことを知らないの? 何だあんた、新入りかい?」
「ええ、新入りです」
「あいつは覚醒者なんだけど、戦う力はないからね。あの美味しい肉を生み出すことにしか利用価値はないのさ」
「え?」
この人は何を言っているのだろうか。私にはすぐに理解出来なかった。
やっとのことで話を咀嚼し、再度おばさんに尋ねる。
「ということは、あの怒鳴られている人が例の美味しい肉を生み出している覚醒者さんなんですね?」
「そうだよ。ま、ここではいつもの光景だ。あいつは塚原っていうんだけど、塚原は覚醒者のくせに戦えないし、肉以外に利用価値があるとしたらサンドバッグくらいだね」
と、ちょうどその時───秦野さんが塚原さんの顔面に拳を叩き込んだのだ。
「おいお前ら、今のうちに蹴っちまえ!」
秦野さんは倒れた塚原さんに馬乗りになり、顔に何度も連続で殴りつけていく。そして秦野さんの声を聞いた周囲の野次馬も同調し、塚原さんを殴ったり蹴ったりを繰り返していた。
私と山崎君は、その光景を呆然と立ち尽くしていることしか出来なかった。
その間にも野次馬達の暴行は激化し、暴行するように煽り立てた当の秦野さんはというと、殴るのに飽きたようで立ち上がってから塚原さんのリュックサックを奪い取る。
「肉はいつも助かってるぜ?」
秦野さんは塚原さんを見ながらそう言い残し、下卑た笑みを浮かべながらこの場を去って行った。
私は塚原さんを何とか助けなくてはと思い、人混みから抜け出して塚原さんの元まで行って呼びかける。
「だ、大丈夫ですか!?」
するとさっきまで騒いで暴行を加えていた野次馬達は一瞬で静まり返り、塚原さんは焦ったような表情をしている。
塚原さんは私にしか聞こえないように声を小さくしつつ、器用にも怒鳴った。
「おい、何してんだ!? あんた殺されるぞ!?」
「?」
「お前新入りだろ!? 前に俺を助けようとした奴は第三避難所を運営する覚醒者達に全員殺されてるんだよ!」
「そ、そんなまさか───」
「マジだよ! 殺されたくなかったら俺を殴るふりをしろ。じゃないとお前が殺されるぞ」
そう言われても私は困惑するばかりで動くことは出来ず、痺れを切らした塚原さんは私の右手を掴んで引き寄せる。
そうすると私の右手が塚原さんに軽く当たり、彼は大袈裟に転がっていった。その瞬間、野次馬から歓声が上がる。
「おお! あの姉ちゃん、前に出て塚原を殴りやがったぜ!」
「気合い充分だなっ!」
どうやら塚原さんは、私が彼を殴るために前に出たのだと周囲に勘違いさせたかったようだ。瞬く間に私を取り囲んだ野次馬達が口々に私を褒め称えていく。
「よくやってくれた!」
「やるじゃねぇか新入り!」
私はどうして良いかわからず、オロオロしながら頭の中で別のことを考えて現実逃避に走っていた。
戦闘系の異能を持っていない覚醒者でも非覚醒者よりは遥かに強いため、非覚醒者である私に殴られたくらいで覚醒者の塚原さんが転がっていくのはおかしい。
なのになぜ周りの人達が疑問に思わないのか。少し考えを巡らせ、そもそも新入りの私のことを非覚醒者だと知っている人は少ないからだということに私は気付く。
また、大体の覚醒者は相手の力量を感じることが出来るようだけど、そもそも塚原さんに暴行を加えている人達は覚醒者ではないので私の力量を感じ取ることは出来ない。
塚原さんに暴行を加えていた唯一の覚醒者である秦野さんもこの場から去ってしまったし。
だから彼・彼女らは私を覚醒者だと思い込み、塚原さんが大袈裟に転がっていったことに何ら疑問を持たないんだと思う。
いや、塚原さんを蔑視しているから、彼が弱くて当然とでも思っているのかもしれない。確かに覚醒者基準だと塚原さんは弱いことになるが、私達非覚醒者よりは圧倒的に強いはずなのだが。
というように現実から目を逸らしていると、ようやく私は野次馬達から解放された。時間にして十分ほどか。
それからいろいろな人に塚原さんのことについて質問すると、皆例外なく嫌な顔をして塚原さんを罵っていた。
なぜそんなに彼のことを嫌うのかというと、塚原さんは覚醒者だけどモンスターと戦う力を持っていないから、というだけの理由だった。
塚原さんがいなくてはあの肉も食べられないのに、なぜこの人達は塚原さんを軽蔑することが出来るのか。
最初は良い場所だと思っていた館山第三避難所だが、今ではあまりここにはいたくない。だけどここが安全なのは確かだし、それにもうモンスターに怯えながらの旅はしたくない。
これからどうすれば良いのかと体育館の壁に寄り掛かりため息をついていると、憤ったような顔をした山崎君が私の元にやってきた。
「南原さん! 何なんでしょうね、塚原って!」
「え?」
今日何度目だろうか、これほどまでに驚くのは。
「最初塚原が殴られているのを見て、この場所の人達は酷いと思いましたよ。ですが塚原は殴られても当然ですよ!」
「な、何でそう思ったの?」
「あなたは人を殴るような人ではありません。最初はあの塚原を助けようとしたんですよね? なのに南原さんが塚原を殴ったということは、酷いことを言われたのでしょう? 大丈夫です、僕はわかっていますから」
何でそこまで変な方向に頭を使えるのに、非覚醒者である私のパンチで覚醒者である塚原さんが転がっていった理由が考えられないのか。私は頭を抱えたくなった。
「ち、ちが───」
「でも安心してください! あなたは僕が守ります!」
山崎君は勘違いをしている。塚原さんは自分が暴行を受けているにもかかわらず、私みたいな赤の他人を心配出来る高潔な人だ。
塚原さんの認識を山崎君に改めさせようとするが、彼は私に喋る暇を与えてくれない。まくし立てるように喋られ、私は後退ろうとして背中が壁にぶつかる。
「南原さんは不安に思うかもしれません。ですが、塚原には南原さんに関わらないように言ってきましたから!」
「!?」
「南原さんに何を言ったのか塚原に聞いたんですが、あいつ何も喋らなかったんですよ。よっぽど酷いことを言ったと自覚しているんでしょうね。だから塚原には制裁を加えておきました!」
「……制裁?」
「はいっ! また南原さんに酷いことをしないように、何人かと協力して痛めつけてきましたよ!」
その言葉を聞いた途端、反射的に彼の左頬を平手で引っ叩いた。
「あなた、何てことをしているの!? 何をしたかわかってる!?」
彼は驚愕した表情をしているが、塚原さんに手を出したのだからこのくらいで許す気はない。
確かに山崎君は勘違いが激しいが、まさか平気で手を出すような人だったのかと失望している。
「山崎君、もう二度と私に声を掛けてこないで! あなたには助けてもらったけど、それとこれとは話は別よ!」
「で、でも……」
「でもじゃない! あなたがこんな人だとは思わなかったわ!」
私は顔面蒼白の山崎君から離れ、彼の行為を謝るために塚原さんを探したが、すでに避難所から出ていったようだ。
次に塚原さんが避難所に来る時には、ちゃんと山崎君のことについて謝ってから助けてもらったお礼を言わないと。