67.開戦
俺はリビングアーマーとフラガラッハを装備してからグリフィスと名付けたヒッポグリフに跨がり、向こう岸にいる連合軍を睨んだ。
それから振り返り、王国陸軍の兵士達の顔を見回す。
兵士達は皆、真剣な表情でこちらを見ている。募兵によって集められた志願兵にしては、ちゃんとした顔付きをしているじゃないか。
「じゃあ、地上の指揮は任せたぞ」
俺が隣りに立つ神谷にそう言った。
「おう。地上の指揮は任された」
神谷には地上に残って王国陸軍の指揮を執ってもらうことにした。俺は空に留まり、遊撃を担当する。
「グリフィス! 飛び立て!」
「グルゥ!」
グリフィスは鳴き声とともに飛び立ち、上空でホバリングをするクロウの隣りに並んだ。そのクロウには、リビングアーマーを装備した先輩が乗っている。
「先輩。作戦通りにお願いします」
「わかっているよ」
先輩がうなずいたのを確認して、俺は連合軍の方へと顔を向けた。
しばらく上空で待機をしていると、連合軍が天竜川を渡るために進み始める。
そろそろ頃合いかな?
「マスター、今だ」
「了解っ!」
俺は帯剣していたフラガラッハを持ち、鞘から抜き放つ。
「出番ですか?」
フラガラッハが張り切ったように尋ねてくる。
「ああ、フラガラッハの出番だ。『覚醒』を発動させろ」
「はい!」
俺は『覚醒』のスキルを発動してCランクの付喪神にランクアップしたフラガラッハを振り上げて、一夜城目掛けて思いっきり投げた。
フラガラッハは一直線に一夜城へと飛んでいき、剣身が城の外壁に刺さる。すると『破壊斬撃』のスキルが発動され、一夜城は一瞬にして消滅した。
「よっしゃ!」
俺がガッツポーズをする。
連合軍の一部では背後にあった城がいつの間にか消えたことで混乱が起こり、その混乱が周囲へと波紋のように伝染していく。
対照的に王国陸軍からは歓声が上がり、士気は見るからに上がっている。
その光景を見下ろしているとフラガラッハが空中を飛んで俺の手元に戻ってきた。
「マスター! 城を消滅させてきましたよ!」
「よくやったフラガラッハ!」
俺が褒めると、フラガラッハはすごく嬉しそうにしている。
最初の頃は無機質で機械的だったフラガラッハの声は、次第にこちらにも感情が伝わってくるような抑揚のある声に変化していった。
今では無機質な声だった頃の面影はない。
「フラガラッハよ。今は戦っている最中だ。マスターに構ってもらうのは戦いが終わってからにしておけ」
クロウに注意されたフラガラッハは、しょんぼりとしたように声がどんどん小さくなっていった。
「落ち込むなって。この戦いが終わったら構ってやるから」
「本当ですか!」
「ああ。約束だぜ」
「はい! 約束です!」
そんな会話をしていると、戦場で動きがあった。連合軍が天竜川の中州の中央付近にまで到達したのだ。
だが、王国陸軍は天竜川には一歩も踏み出していない。その理由は直にわかる。
「やっとか」
とクロウが天竜川を見つめながら独りごちると、急に川の水位が上がって流れが激しくなっていく。
増水だ。
中州は水に飲まれ、川を進んでいた連合軍は激流に逆らえずに流されていった。
王国陸軍が川に入らなかったのは、これが理由だ。
天竜川の中にいる河童が『操水』のスキルを発動させ、川を増水させたんだ。
この戦いはジパング王国からしたら防衛戦なので、国境である天竜川を越えられなくすれば良い。だから天竜川を増水させるように河童には指示を出した。
まあさすがに氾濫させると王国陸軍も被害を受けるので、ほどほどにしておけと河童には言ってある。
河童は『墜天せし存在』のスキルによって知能が低下しているから、Cランクモンスターなのに喋ることは出来ない。けれど、指示通りに動いてくれるから助かっている。
そもそもCランク最強のモンスターであるイザナミなんか、まったく協力してくれないからな。河童は醜くて知能が低いけど、指示を守ってくれるから嫌いじゃない。
だがしかし……『墜ちし水神の意地』のスキルによって本来の姿を取り戻した河童はイケメンだから嫌いだ!
イケメン死すべし慈悲はない!
……河童は仲間だから殺したりはしないけどね。でも容姿が整っている男って見ていて腹が立つ。俺がイケメンじゃないからかな?
「おいマスター!」
河童への呪詛を吐いていると八咫烏が俺に声を掛けてきたので、仕方なく呪詛を中断する。
「何があった?」
そう言いながら戦場を見下ろすと、天竜川の向こう岸に巨人の男がいた。最初は神谷かと思ったが、その巨人は神谷とは顔がまったく違うし服も破けて裸だ。
…………どういうことだ? あの巨人の男も、神谷と同じように自身の体を巨大化させる異能を持っているということか?
というように俺が驚いている間に巨人の男が歩き出し、天竜川に足を突っ込んで水をせき止めたのだ。その結果、川底が姿を現してしまった。
そして巨人の男が身振り手振りで連合軍に指示をし、それにより連合軍は姿を現した川底を進み始める。
「やべぇな!」
俺はそう叫びながらフラガラッハを握る。だが俺が行動を起こす前に神谷も巨人化し、巨人の男に向かって突進していった。
「グリフィス! お前も神谷みたいに巨人の男に突進しろ!」
「グルゥ!」
グリフィスは鳴き声で俺に返事をしながら、翼をばたつかせて巨人の男の元へと飛んでいく。
そして巨人の男にある程度近づいたところで、俺はフラガラッハを振りかぶり──
「死にさらせ!」
───と叫びながら巨人の男の首に目掛けて振り下ろした。
しかし巨人の男は咄嗟に庇うように左腕を前に出したため、巨人の男の左手首を切り落とすという結果になった。
「ギエエェェェッ!」
左手首が切り落とされたことで悲鳴を上げる。その隙を突いて神谷が右ストレートを放ち、巨人の男の顔面に神谷の拳がめり込んだ。
巨人の男はバランスを崩し、天竜川を渡る連合軍の兵士達を下敷きにしながら地面に倒れる。
神谷は倒れた巨人の男に駆け寄り、股間を思いっきり蹴り上げて追撃をした。
うわぁ……すごい痛そうだな。その証拠に、巨人の男は声にならない声を上げながら自分の股間を右手で覆った。
「ヒヒヒヒヒッ!」
神谷は股間を覆う巨人の男を指差しながら笑っていた。神谷いわく、巨人化すると舌が回らなくなるらしいので笑い声が変だ。
巨人の男の悲鳴も変だったけど、もしかしたら神谷と同様に巨人化すると舌が回らなくなるのかもしれない。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!」
「まだ笑ってんのかよ……」
神谷は追撃する様子もなく笑っているので、俺が追撃をすることにする。
「やれ、グリフィス」
俺はグリフィスに、とあるスキルを発動するように命じた。
以前にも話したが、『グリフィス』という名前には『グリフォンの王』という意味がある。
なぜヒッポグリフに『グリフォンの王』の意味を持つ名前を付けたのか。それは見てのお楽しみだ。
「グルルルルッ!」
グリフィスの勇ましい鳴き声が周囲に轟く。その鳴き声が引き金となってグリフィスは琥珀色に輝き始め、その姿を徐々に変化させていった。
グリフィスの下半身が馬からライオンに変わり、後ろ足の指の先端から鉤爪が生えてくる。顔付きも凛々しくなり、迫力が増した。
そしてぼやけていたグリフィスの輪郭がはっきりと見えるようになり、琥珀色の発光も収まる。
かくしてグリフォンへと変じたグリフィスの体からは湯気のようなものが昇っていた。
この湯気っぽいものは、『墜ちし水神の意地』を発動して本来の姿を取り戻した河童が纏っていた黄色いオーラと似たようなものだろう。
つまり、モンスターがスキルによって自身を強化する際のエフェクトだと俺は考えている。
でもフラガラッハは付喪神にランクアップしてもエフェクトみたいな演出はないんだよな。……謎は深まるばかりだ。
それはさておき。
エルダー種に進化した時に、グリフィスはいくつかのスキルを新しく手に入れた。
───そのスキルの内の一つが、一時的にグリフォンへとランクアップ出来るという効果を持っていたのだ。