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66.一夜城



「マスター! 寝ている場合ではないぞ! 大変なことが起こった!」


 クロウの怒鳴り声によって、俺の意識は覚醒した。


「ふぁ~あ。おはよう、クロウ」


 あくびをしながら起き上がり、クロウにおはようと挨拶をする。


「寝ぼけている場合ではないっ!」


「寝ぼけてねぇよ。大方、連合軍が天竜川を渡り始めたとかだろ? それぐらい大したことじゃねぇって」


 俺はクロウを笑い飛ばしながらふと視線を落とすと、そこには布団で寝ている先輩がいた。


 どうやら俺達は語り合っている途中で寝落ちしてしまったらしいな。


「で、実際どうなんだ? 大袈裟に言ってるだけで、大したことじゃないんだろうけど」


「……外に出ればわかる。とだけ言っておこう」


「ふ~ん?」


 やっぱり俺が寝ている間に連合軍が天竜川を渡り始めたのかな?


 それなら別に慌てるほどではない。念のために川岸にトレントを何体か召喚して配置しているので、連合軍が天竜川を渡りきるには相当時間が掛かるはずだ。


 それに、天竜川の中には『河童の皿』によって召喚した河童もいる。連合軍が天竜川に足を踏み入れたら攻撃するように河童には指示しているので問題はない。


「じゃあクロウの言うことに従って、外に出てみることにするよ」


「ああ、外に出ればきっとわかるだろう」


 俺が起き上がった時に掛け布団がずれてしまったので、寝ている先輩にそっと布団を掛ける。


 それからクロウとともに自室を出て、適当な部屋に入ってパジャマを脱いで着替えた。先輩が寝ている部屋で着替えたら、変な奴だと思われるかもしれないからな。


「さて。着替え終わったし外に出よう」


「外に出ればお主はきっと驚くぞ」


 クロウから脅しのようなことを言われる。というか、さっきっからしつこいな。同じことを繰り返し言うなよ。


 でもクロウが何度も同じことを言うということは、それだけのことが起こったということか?


 ……外に出るのが恐ろしいな。だが、出なくてはならない。


 俺は覚悟を決めて、屋敷の外へと出た。


 まず、連合軍が天竜川を渡っている、なんてことはなかった。連合軍は相変わらず向こう岸にいるだけだ。戦いはまだ始まっていない。


 王国陸軍にもおかしなところは見受けられない。


「は?」


 だが、俺は驚きの声を漏らしていた。


 それもそのはずである。天竜川の向こう岸に布陣する連合軍の背後には──































 ───立派な城がそびえ立っていたのだから。




◇ ◆ ◇




 一夜城。それは読んで字のごとく、一夜にして完成された城のことだ。


 と言っても実際は、戦場で臨時に造られた陣城の中でも非常に早く構築された城を指す言葉だ。さすがに『一夜城』の『一夜』というのは例えに過ぎない。


 一夜城というと、墨俣(すのまた)城や石垣山城が有名だろう。


 墨俣城は切り出した木材を川に流して運び、墨俣の地で組み立てたから素早く築城が出来たと言われている。


 対して石垣山城は、山の上に城を築いた後で周囲の木を伐採して一夜にして城が造られたかのように見せたと言われている。


 では、今俺の目の前に見える城はそのような方法で造られたのだろうか。


 そんなことが頭を(よぎ)るが、答えはそんなに単純ではない。


 天竜川に流して資材を運んだ可能性もなくはない。けれど、天竜川はジパング王国の国境線だ。天竜川の警備には力を入れているので、天竜川で資材を運んで城を建てたということはないはずである。


 また、連合軍の背後にある城は簡易的なものではなく、非常に立派なものだ。こんな立派な城を一夜にして造れる奴なんて……俺はドワーフくらいしか思いつかん。


 ジパング王国の街などの建築を任せていたからわかるが、ドワーフは建築速度が異様に早い。それに加えて、ドワーフの建築した建物は立派だ。


 そう考えてしまうと、連合軍の背後にある城はまるでドワーフが『()()()()()()を使って建てたもののように思えてくる。


 というくらいに重々しさがあって立派な城が連合軍の背後に建っていた。


 連合軍には俺みたいにモンスターを使役する覚醒者がいるのかもしれない。


 もしかすると、複数の異能を持っているという自称天皇がドワーフを使役しているんじゃないか?


「昨日はクロウが見張りをしていたはずだろ!? 何がどうなっているんだ!!」


 戦場の見張りを任せたクロウに、俺は問いかけた。


「……我にもわからぬ。いつの間にか連合軍の背後にあの城が現れていたのだ」


 何なんだよっ! 連合軍の誰かの異能で城を生み出したとでも言うのか!?


 しかもあの城が連合軍の背後にあるせいで、王国陸軍(こちら)側の士気が見るからに低下している。


 このままでは俺達の敗戦が濃厚になってしまう!


「案ずるな、マスターよ」


 これからどうしようかと悩んでいると、クロウが俺を気遣うように声を掛けてくる。


「いや、案ずるなって言われても案ずるわ! あの城のせいで王国陸軍の士気が低くなっているんだぞ!? 馬鹿じゃねぇの!?」


 もしあの城が王国陸軍の士気を下げるために建てられたものだとしたならば、その作戦は大成功だ。城のせいで王国陸軍の士気は現在進行形で低下中である。おめでとう!


「我が案ずるなと言ったのだぞ? 策があるに決まっておろう」


「おお! マジか! さすがクロウ! 頼りになるなぁ!」


 すかさずクロウを褒めちぎる俺。


「ものすごい手のひら返しだのぅ……」


「そんなことより、クロウの策って何だよ?」


 クロウは呆れたような視線を俺に向けてため息をつき、やれやれといった感じで首を横に振った。


「マスターらしいと言えばマスターらしいな。まあいい。……お主はフラガラッハの持つネームドスキルを忘れたのか?」


「ネームドスキル……『破壊斬撃』のことか!」


 フラガラッハはネームドモンスターだ。エルダー種というモンスターの通常の進化から逸脱(いつだつ)した存在である。


 それに加えて、インテリジェンス・ウェポン系統のモンスターは魔石を破壊することでステータスが上がるという特性を持つ。


 それでも本来ならば上昇するステータスにも上限はあるが、フラガラッハの持つネームドスキルである『成長限界突破』によって上限なくステータスが上げられる。


 そのため、今のフラガラッハの攻撃力は余裕で一万を超えているのだ。


 そんなフラガラッハだが、種族はDランクのインテリジェンス・ソードだ。ネームドスキルである『覚醒』を発動することで、日に一度だけだがCランクの付喪神にランクアップ出来る。


 付喪神にランクアップしたフラガラッハは、『報復の刃』と『破壊斬撃』というネームドスキルを発動可能となる。


 そして『破壊斬撃』のスキルは斬った無生物を破壊するというものだ。このネームドスキルを使えば、連合軍の背後にある城を一瞬にして消滅させられる!


「じゃあすぐにあの城を消滅させないとな」


 俺はそう呟いてフラガラッハをカードを手に持って召喚しようとしたが、それをクロウが止めた。


「やめておけ。まだあの城を消滅させる時ではない」


「何でだ? あの城のせいで王国陸軍の士気が低下しているんだぞ? だからあの城を消滅させれば連合軍は混乱して士気は下がり、対して王国陸軍の士気は上昇するぞ」


「確かにマスターの言う通りだ。しかし今あの城を消滅させてしまえば、戦いが始まるまでには連合軍の混乱が収まっている可能性が高い」


「……つまりあの城を消滅させるタイミングは、戦いが始まってからが効果的ってことか?」


「うむ、そういうことだ」


 クロウは何度かうなずく。


 なるほど。戦いが始まってからあの城を『破壊斬撃』で消滅させて連合軍を混乱させ、それに乗じて攻撃すればこちら側が戦いを有利に進められるな。


 あの城を消滅させることを事前に王国陸軍の兵士達にも伝えておかないとな。でないと、連合軍のように王国陸軍が戦いの最中に混乱してしまう。


 俺はそんなことを考えながら、口元に笑みを浮かべていた。


 昨日話し合って決めた作戦だけでは不安だったが、その作戦に加えて一夜城を消滅させれば連合軍の士気低下は(まぬが)れない。


 そうするとジパング王国がたちまち優勢となる。昨日は負けるかもしれないと不安で寝れなかったが、ジパング王国の勝利はほぼ確実だろう。


 だが……妙な胸騒ぎがする。この戦いで、何か嫌なことが起こるのかもしれない。そう思うと、自然と俺の顔からは笑みが消えていた。

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