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65.世界情勢

 俺がマヨヒガの屋敷を出ると、ちょうどクロウがマヨヒガの庭に着地した。


「戻ったぞ」


「おう、戻ったか」


 クロウの背中には誰も乗っていないな。ということは、あの男は王都に置いてきたのか。


「念のために聞くけど、あの男は?」


「あの男ならば王都に置いてきたぞ」


 そうかい。


「そんなことより、あの男から何か情報は引き出せたか?」


 クロウとともにマヨヒガの屋敷に入りながら、俺はそんなことを尋ねていた。


「ジパング王国の騎兵として取り立てると言ったら、ペラペラと情報を話してくれたようだ。そして情報を引き出したことで、いろいろと判明したことがある。だが判明したそれらの情報は多い故に、皆が集まる居間で話そう」


「作戦会議だったからちょうど良かったな」


 俺は屋敷の居間に戻ると囲炉裏の前に座り、クロウは囲炉裏から離れた場所に座った。クロウは巨体であり無駄にスペースを取るので、わざわざ囲炉裏から離れた場所に座ったのだろう。


「では、捕らえた男から聞き出した情報について一から順に説明していく」


 と言って、クロウは説明を開始した。


 まず、進軍している途中に襲い掛かってきて神谷に踏み潰された人達のことについて。どうやら彼らは連合軍の先遣隊であり、王国陸軍の威力偵察のためにこちらに襲撃してきたらしい。


 俺が捕まえた外国人の男はその先遣隊の隊長だったようで、神谷には勝つことが出来ないと察すると真っ先に馬に乗ったまま逃げ出したんだってさ。


 で、俺が捕らえた外国人の男はやはりと言うべきか、蝦夷汗国に所属するモンゴル人だった。


「モンゴル人達が北海道にいる理由はわかったのか?」


 俺がクロウに向けて問うと、彼はこちらを見ながら首を縦に振る。


「うむ。そのモンゴル人の男によると、現在の中国はモンスター出現に際して日本のようにいくつかの国に分裂してしまったそうだ」


 ……中国も日本みたいに分裂しているのかよ。まあ当然と言えば当然か。


「そして分裂したいくつかの国の内、(えん)という国ではモンゴル人への迫害が起こってしまった」


 塩って……変な国名だな。まあジパングという変な国名にした俺が言えたことではないが。


 そんなことを俺が考えている間も、クロウの説明は続く。


 どうも塩国の君主は、塩を生み出すという異能を持つとのこと。なるほど、だから国名が塩なのか。


 で、どうやら塩国の君主は強いようで、その強さで以て人々を纏め上げて国を成立させたんだってさ。


 だが塩を生み出す異能って弱そうなイメージがあるんだけど……。と思っていたが、説明を聞いているうちに塩国の君主が滅茶苦茶強いことがわかった。


 そもそも人体には塩が必要なわけで、塩がないと生きていけない。しかし文明が崩壊したこの世界では、塩は手に入りにくくなっている。


 日本は島国だから海水から簡単に塩が手に入るため、それが原因で死ぬことはない。だが大陸の内陸部では岩塩などを採掘する以外ではなかなか塩が手に入らずに、そのため死んでしまう人が多いらしかった。


 塩国の君主は塩を生み出す異能を持つため、生み出した塩を人々に与えることで仲間を増やしていった。そしてやがては、国を建てるに至ったわけだ。


 その塩国は国土が海と接していない内陸国である。理由は単純で、海に面した国は塩国の支配下には入ろうとしない。


 なぜなら海に面した国では海水から塩が入手出来るため、塩国に下るメリットがないからだ。


 そんな塩国の支配下に入ろうとしない国に対して、塩国は戦争を仕掛けている。塩国は戦争に積極的なのだ。


 塩国の君主は塩を生み出す異能を持つが、敵国の畑に塩の雨を降らせて塩害を意図的に引き起こすという鬼畜戦法によって戦争では負け無しのようだった。


 塩害により畑が駄目になり、その結果満足に食べることが出来なくなったタイミングで本格的な侵攻を開始する。合理的な戦法だな。


 塩がないと人間は生きていけないが、塩害のように塩は毒にもなる。塩国の君主は、それをうまいこと利用しているな。


 だが、伝統的な遊牧生活を行うモンゴル人は塩害の被害をあまり受けない。主に乳製品や肉を食べていて、野菜や果物などはほとんど食べないからだ。


 遊牧生活を行うモンゴル人は農業をしないため塩害が起きても関係があまりない。


 砂漠の草地が塩害で枯れてしまうとモンゴル人も被害を受けることには受けるが、彼らは放牧ではなく遊牧をしているのでまた新しい草地を探せばいいだけだ。


 そのため塩害攻撃が通用しないことを危険視した塩国の君主によって、モンゴル人は塩国内で迫害を受けるようになったのだ。


 と言っても、1950年代から遊牧が禁止されて定住化政策が実施された中国内モンゴル自治区には遊牧民はもう存在しない。


 対してモンゴル国ではおよそ四十万人ものモンゴル人達が遊牧生活を未だにしているので、迫害されたのはモンゴル国のモンゴル人の中でも遊牧生活を行う者達だけだ。


「つーか塩国はユーラシア大陸で強い影響力があるっぽいし、塩国はジパング王国の仮想敵国だな」


 俺はそう呟いた。


 塩国はジパング王国とも距離が近いし、戦争にも積極的だからいずれは軍事衝突をする可能性が高い。


「いや、我はそうは思わんのぅ。塩国とジパング王国が軍事衝突する可能性はかなり低いと思うぞ」


 だが、クロウが俺の考えを否定する。


「何でだよ?」


「塩国が戦争に積極的なのは、中国から分裂して興った国に対してだけだ。それは塩国が中国(祖国)統一を掲げているためである。なので塩国は中国から分裂して興った国以外には戦争を仕掛けておらぬ」


 ……なるほど。


「それに、ジパング王国の仮想敵国は他にある。それはインドだ」


「インド?」


「マスターが捕らえたモンゴル人の男によると、インドには()()()()()という考え方があるらしい」


 クロウは一呼吸置いた。


「いわゆる覚醒者至上主義というものだ。インドではカースト制度のあるヒンドゥー教の信徒が非常に多いため、モンスター出現後に覚醒者が非覚醒者を支配して然るべきだと考えられるようになった」


 ヒンドゥー教ではカーストという身分制度がある。インドではカーストによる差別は憲法により禁じられているが、カースト制度は禁じられていない。


 なのでカースト制度はインドの人々に受け入れられている。


 身分制度がインドでは当たり前のようにあるため、モンスター出現後に覚醒者が非覚醒者を支配するのが当然という考えが広まったのだろう。


「そしていつしかインドの覚醒者達は自らのことを『新人類』と称し、非覚醒者のことを『旧人類』と(さげす)んで呼ぶようになった。これを新人類主義と呼ぶ」


 なぜクロウがインドをジパング王国の仮想敵国と言ったのかがわかった。


 モンスターへの対抗手段を持たない非覚醒者の人々は、日本などの島国に逃げ込んできている。つまり日本は非覚醒者の受け皿なのだ。


 だから新人類主義者からすれば、日本には旧人類が多く存在している。だからいずれ、インドとジパング王国が軍事的に衝突する可能性は非常に高いと言える。


「去年、インドには新人類連合王国という国が興った。国名からもわかる通り、この国は新人類主義を国是としておる。対して塩国には非覚醒者の国民も多い。この意味が、マスターならばわかるであろう?」


「要するに、塩国は新人類連合王国に対抗するべくジパング王国に接触を図ってくる可能性が高いということか」


「そういうことだ」


 じゃあ塩国はジパング王国の友好国になる可能性もあるわけだ。そして仮想敵国が新人類連合王国か。


「では話を戻すぞ」


 とクロウが言い、モンゴル人が北海道に辿り着いた経緯が彼の口から語られる。


 迫害から逃れるために一部のモンゴル人達が馬に乗って中華圏脱出を試み、オホーツク海側に逃げ延びた。


 しかし、ここで問題が起こる。


 オホーツク海側に到着した時点で、モンゴル人達の集団は誰一人として馬に乗っていなかった。持ってきた食料を食べきってしまい、逃げる途中で馬を一頭残らず全て食べてしまったからだ。


 馬がいないので、ロシア方面に北上するという選択肢はなくなってしまう。


 歩いて北上するのは自殺行為に等しいからだ。馬に乗っていなければ追っ手に追いつかれる可能性がある上に、ロシアのような寒い地域では動きが鈍ってしまう。


 そのため、南下することを選んだモンゴル人達は樺太を渡って北海道に辿り着いたのだ。


「そうして北海道に来たモンゴル人達は牧場などから逃げ出して野生化した馬を調達し、北海道のほぼ全域を支配下に置いて蝦夷汗国を建国した。


 以上がマスターが捕らえたモンゴル人の男から聞き出した情報だ。無論、凛津によってこの情報は嘘ではないと確認済みである」


 ……厄介な状況になってきたな。蝦夷汗国に大日本皇国、塩国に新人類連合王国か。


「モンゴル人の男から連合軍の弱点とかは聞き出せなかったのか?」


 俺が考え事をしていると、先輩がクロウにそんな質問をした。


「安心しろ。我がそんな間抜けなことをするわけがない。マスターとは違うのだぞ」


 そう言ったクロウは、俺に視線を向けていた。


 お前、喧嘩売ってんの? やんのか?


 俺がファイティングポーズをとると、クロウは呆れながら先輩に顔を向けた。


阿呆(マスター)は無視して話しを続ける。まず伝えなくてはならないのは、大日本皇国の自称天皇についてだ」


 クロウは俺を無視して説明を続けた。


 そのクロウの説明によると、どうやら天皇を僭称する男は複数の異能を使えるらしいのだ。


 覚醒者は一つの異能しか持っていない。それが常識だ。俺や先輩、凛津や神谷も一つの異能しか目覚めていない。


 だから複数の異能に目覚めているというのは異常だ。


 もちろんモンゴル人の男が嘘を言っている可能性もあるが、凛津の異能によって嘘ではないと証明されている。


 ……ということはマジで複数の異能を使えるということか。さすが天皇を僭称するだけのことはある、と言ったところだな。


「モンゴル人の男は、自称天皇が空を飛んだり魔法を放ったりしているところを見たことがあると言っていた」


 それってどこのスーパー野菜人だよ! 俺より性能が良い異能を持っていやがる!


 厄介な敵だな……。


 そう思い、俺は頭を抱えた。




◇ ◆ ◇




 その日の夜、俺はマヨヒガの屋敷にある自室に布団を敷いて横になっていた。


 一時間ほど前から布団の上で横になっているのだが、まったく眠くならない。それもそのはず、クロウから聞いた連合軍は非常に精強だったからだ。


 捕らえたモンゴル人の男からは、自称天皇以外にも蝦夷汗国や大日本皇国の内情などをクロウ達は聞いていたようだ。


 それをクロウから聞かされてからというもの、俺達が負けるのではないかと思い始めてしまった。


 自称天皇は複数の異能持ちである可能性は高いし、連合軍には蝦夷汗国の騎兵が多くいる。


 対して王国陸軍の兵士は全員がドワーフ製の防具や武器を装備しているが、非覚醒者が大半を占めている。


 居間で皆と作戦を練って、勝てると確信はした。


 だが……確信はしたが、客観的に見るとこちらが負ける可能性の方が高い。


 それに王国陸軍兵士達が装備しているドワーフ製の装備品は魔導具ではない。ドワーフといえども、そんな簡単に魔導具を作り出せるわけじゃないからだ。


 王国陸軍の方が劣勢だと言わざるを得ない。


 そんなネガティブなことばかりを考えてしまい、横になってから一時間も経っているのに寝付けていないのだ。


「はぁ……」


 ため息を漏らした俺は寝返りを打ち、掛け布団を頭まで被った。


 と、その時だった。襖から声が聞こえてくる。


「俊也、起きてるか?」


 先輩の声だ。


 寝付けないのでちょうどいいと思って掛け布団をどけて立ち上がり、歩いていって襖を開けた。


「どうしました?」


「明日のことが心配で眠れなくてな……俊也と話して気を紛らわせようと思ったんだ」


「先輩もでしたか。実は俺も明日のことを気にしてしまって、なかなか眠れなかったんですよ」


「そうだったのか。一緒だな」


 そう言って先輩は微笑む。


「さあ、入ってください。部屋でゆっくり話しましょう」


「そうさせてもらうよ」


 俺の部屋に入ってきた先輩は、可愛らしい純白のパジャマ姿だった。


 先輩のパジャマ姿なんて初めて見たので、ちょっと興奮している自分がいる。


「座布団がないな」


 部屋を見回した先輩が、そう呟いた。


「俺は座布団を使わないんで、座布団はこの部屋に置いてないですね。どこかから持ってきますか?」


「いや、大丈夫だ。ちょうど布団があるしな」


 先輩は俺がさっきまで横になっていた敷き布団の上に腰を下ろす。


 俺は畳に腰を下ろしたのだが、先輩は布団を手でパンパンと叩く。


「ほら、俊也も」


 私の隣りに座れ、と言いたいのだろう。俺はうなずいて、先輩の隣りに座った。


「こんなに俊也と近づいたのは二、三ヶ月前のデート以来だな」


 その何気ない先輩の一言で、俺は少し顔を赤くした。先輩にプロポーズしたことを思い出したからだ。


「そ、そうですね」


 あのデートの翌日に自称革命軍が大日本皇国を興したから、戦争の準備などで忙しくて先輩と話す機会が少なかった。


 だから先輩とこんなに近づいたのは、彼女の言う通りあのデート以来だ。


「明日の戦争は私も不安だ。だが……俊也ならきっと勝つだろう」


 先輩が俺の不安を払拭するように言う。彼女も不安だろうに、俺を励ましてくれているのだ。


「先輩にそう言われると勝てそうなのが不思議ですね」


「俊也が私のことを好きだからじゃないか?」


 俺は自然と笑みを浮かべていた。


 確かに、好きな人から励まされたら何でも出来る気がするな。先輩からなら、なおさらだ。



 ───負けたら先輩の身が危ないかもしれない。そう思うと、この戦いは負けられないな。



 と、俺は強く決意する。


 その夜、俺は先輩と長く語り合うのだった。

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