64.天竜川
「いた! あそこか!」
腐肉喰いが指し示した方向に飛ぶようにクロウに指示をし、クロウに跨がって空を飛ぶこと数分。馬に乗って地上を走る男を見つけた。
やっぱり馬に乗っているのは日本人ではない。モンゴル人がどんな顔立ちなのか知らないから、あれがモンゴル人かどうかはわからないが。
それに馬に乗っているから軽装だな。武器も弓矢だけだ。
「どうするマスター? 我が『威圧』のスキルを発動してもよいぞ?」
「いや、『威圧』を発動するには目を合わせる必要があるだろ。そんなことをやっているより、俺が降りて相手を捕まえる方が早い」
「確かにのぅ」
ということでリビングアーマーとフラガラッハを装備してクロウから飛び降りた俺は、落下地点を調整しながら地面に着地。
着地後すぐに男が乗っている馬の首をフラガラッハで刎ねる。すると馬は倒れて男が落馬した。
騎兵は馬を攻撃すれば簡単に無力化出来る。これ常識。
男は落馬した際に受け身を取って地面を転がり、その後素早く起き上がって矢をつがえた弓を俺に向けて構えた。
「何者ダ?」
男がこちらに問いかけてきたが、日本語が非常に片言だな。見た目通り、日本人ではないみたいだ。
「お前こそ何者だよ」
俺はオウム返しに答えた。
「俺ノ所属ハ言エナイ」
「お前は蝦夷汗国の人間か?」
男は答えない。
まあいいや。さっさと捕まえてチャリオットに戻るか。
ポケットから蔦の切れ端を取り出し、いつものように『神木の加護』でその蔦を成長させる。そして蔦を操り、男を拘束した。
「いっちょ上がり!」
男は何か喚いていたが、日本語ではなかったので何を言っているのかわからなかった。
「安心しろ。殺したりはしない」
俺が男に向かってそう言うと、男は眉をひそめる。
「ナゼ殺サナイ? 嘘カ?」
「嘘じゃねぇよ」
募兵によって集められた志願兵達は元々は戦いに縁の無い日本人であり、そのため馬に満足に乗ることすら出来ない。
それほどまでにジパング王国では乗馬が出来る人材というのは貴重なため、ジパング王国陸軍では乗馬の必要がないチャリオットが採用されている。
だがチャリオットには騎兵ほどの機動力はないし、平らな場所でしか機能しない。日本は山地が多く平地が少ないため、なおさらチャリオットが機能する場面は限られる。
なので馬術を扱える者だけで構成された騎兵隊の結成が、ジパング王国では急務なのだ。
この男は乗馬が出来るようだから、殺さずに捕らえてジパング王国の軍人にならないか勧誘しようと思っている。
日本人の中にも乗馬が出来る者はいるだろうが、そういった者は少数だろう。しかしモンゴル人などの遊牧民にとっては馬に乗ることが当たり前であり、生まれながらの騎兵だ。
そういう理由があり、戦場でモンゴル人などの騎兵を見つけたら、出来る限り生きて捕らえて仲間に引き込むというのがジパング王国の方針である。
遊牧民族であるモンゴル人は、農耕民族である日本人よりも馬の扱いが上手だし。
まあ……俺の祖父ちゃんなら馬の扱いも上手だろうけど。
以前親父が言っていたのだが、どうやら我が家は歴史のある武家のようであり、そのため我が家には剣術や馬術などの古武術が代々伝わっている。
俺はスポーツがあまり好きではなかったので塚原家に伝わる古武術とやらは習わなかったが、俺の祖父ちゃんは若い時分に塚原家の古武術を習得していたらしい。
そして祖父ちゃんは第二次世界大戦時に従軍し、習得した古武術を役立てて活躍をしたそうだ。
俺が幼い頃に祖父ちゃんの体中に様々な傷があるのを見たことがある。肩には大きな傷が見えたが、もう死んじゃった祖母ちゃんはその傷を銃創だと言ってたな。
祖父ちゃんは戦争のことを語りたがらないから祖母ちゃんが勝手に言っているだけで、本当に銃創なのかどうかは知らんが。
懐かしいな。目を閉じれば、つい最近のことのように昔の思い出が蘇る。
───もう家族とは昔のような関係には戻れないのに。
そんなことを思いながら、俺は回想をやめてクロウの背中に飛び乗った。
◇ ◆ ◇
その日の夕方辺りに、俺達一行はようやく戦場に到着した。
「ここをキャンプ地とする」
俺がチャリオットを降りてからそう言うと、先輩とイザナミは頭上に疑問符を浮かべる。
う~ん、このネタは伝わらないか……。
「ここはキャンプ地ではなく戦場になる予定なのだが」
先輩が疑問を口にした。
「いや、まあそうなんですけど。ネタですよ、ネタ」
ここはジパング王国東北側の国境線を確定させるという役割のある『浜松』の街の近くを流れる天竜川の川沿いだ。
現在のジパング王国東北側の国境線は、主に天竜川を基準としている。なので『浜松』の街も天竜川沿いにある。
連合軍はこの天竜川を越えてジパング王国の領土に侵入し、一番近くにあった『浜松』の街を攻めた。
だが『浜松』の街は国境線沿いにあるので、万が一に備えてドワーフの手により要塞と化しているのだ。そう簡単に『浜松』の街は落ちない。
そして『浜松』の街に待機させていた王国陸軍によって連合軍は押し返され、現在連合軍は天竜川の向こう岸にまで後退していた。
こちらから見た感じだと、やはり連合軍は騎兵が多いな。だが歩兵なども混じっている。つまり混成部隊か。
川を挟んでの戦いになるので、チャリオットは使えない。騎兵隊の結成は急務だと実感するな。
「さて。戦いはおそらく夜が明けてからになるでしょうし、今日は作戦を練りましょうか」
と俺は言ったが、念のために周辺に何体かトレントを召喚して配置させておく。夜間に奇襲される可能性もあるからな。
イザナミが戦闘に協力してくれたらこんな戦いなんて楽に終わるんだけどな……と思いながらイザナミをチラリと見ると、彼女はつまらなさそうに口を開けてあくびをしていた。
イザナミの協力は期待出来そうにないな。
「じゃあ神谷も呼んで作戦会議を始めましょう」
「そうだな」
俺の呟きに先輩はうなずいた。
マヨヒガのカードを取り出した俺は、強く念じることでマヨヒガを召喚する。
マヨヒガのカードは一枚しか持っていない。要するに今召喚したマヨヒガは、ヴェルサイユ宮殿と繋げていたものだ。
もし連合軍に川を越えられて攻めてこられても、マヨヒガさえいれば負けはしない。なので王都から持ってきていたのだ。
王都にいる南原さんや凛津はマヨヒガがないので生活が少々不便になってしまうが、そこは許してほしい。
「じゃあ屋敷に入りますよ」
そう言いながら俺がマヨヒガの屋敷に入り、先輩とイザナミが俺の後を追って屋敷の中に入った。イザナミは来なくとも問題ないんだが……。
イザナミを無視して居間に向かい、囲炉裏の前で腰を下ろしてあぐらを掻く。先輩は俺の隣りに正座をし、イザナミは居間の隅の方で横になってゴロゴロとし始めた。
イザナミは真面目に作戦を練る気なんてないんだろうな。というかイザナミの見た目は清楚なのに、行動とかはまったく清楚じゃないんだよなぁ。
……現実なんてそんなもんだよ。
という感じで寛いでいると、少しして居間に神谷がやって来た。
「すまん、遅れた」
神谷は申し訳なさそうな表情で謝りながら囲炉裏の前に座る。
「気にするな。言うほど遅れてないし。お前が来たことだし、作戦会議を始めようか」
俺がそう言い、作戦会議が始まった。
「まずこれを見てくれ。これはここら辺の地図だ」
俺は畳の上に地図を置いて、地図上の天竜川の向こう岸の部分を指差した。
「そして敵はここに布陣している」
敵、つまり連合軍は天竜川の向こう岸の部分に布陣している。これは一目瞭然だな。
次に、連合軍がどうやって川を渡ったのか。天竜川は流れが急で、馬に乗って渡れるほど優しい川ではない。
だが、『浜松』の街の防衛戦に参加した王国陸軍の軍人達に聞いたところ、連合軍は馬に乗りながら天竜川を越えたらしい。
といっても、連合軍は特別な方法で渡ったわけではない。単純に中州を通って天竜川を越えただけだ。
中州を通ると言っても、何度か川に足を踏み入れなければ天竜川は渡れない。そして連合軍が川を渡る際には必ず動きが遅くなるので、そこを狙って攻撃を仕掛けるのが最善だ。
なので我々王国陸軍と連合軍は、天竜川の中州でぶつかり合うことだろう。
無論、敵もそのことはわかっているはずなので、何か対策をしている可能性は高い。それを踏まえた上で、作戦を考えなくてはならない。
「以上! 説明終わりっ!」
俺はそう言って説明を終えた。
先輩はうんうんと何度かうなずいていたが、首を傾げている神谷は俺の説明をあまり理解していないんじゃないかな。知らんけど。
「───む、何じゃ? 八咫烏が近づいてきておるぞ?」
三人で作戦を話し合っていると、イザナミが急に立ち上がった。
「お、やっと戻ってきたか」
実は王都に行ってこいとクロウに指示を出していたんだ。理由は、今日捕まえた片言の日本語を喋る外国人の男が関係している。
あの男がもし蝦夷汗国か大日本皇国の関係者ならば、敵についての情報を持っている可能性がある。だが男から情報を聞き出しても嘘なのか本当なのかわからない。
なのでクロウにあの男を乗せたまま王都に行ってもらい、王都にいる凛津の異能によって情報か嘘か本当か見極めてもらおうと考えたんだ。
もしかすると、モンゴル人が北海道にいる理由などがわかるかもしれないな。