63.巨人
巨人。それは世界各地の様々な神話や伝承などに登場する伝説上の生物だ。
北欧神話には、原初の巨人であるユミルが登場した。このユミルの体からは何人もの巨人が産まれたのだが、オーディン、ヴィリ、ヴェーの三柱の神によりユミルは倒されてしまう。
そうして死んだユミルの体から流れた血により、霜の巨人であるベルゲルミルとその妻以外の巨人は死してしまった。
ユミルの死体を解体した三柱の神は、ユミルの血から海や川を造ったり体から大地を造ったりする要領で世界を造り上げることになる。
ちなみに三柱の神はユミルの腐った体に湧いた蛆に人の姿と知性を与えて妖精に変えたのだが、この蛆こそがのちのドワーフである。
そしてギリシア神話にはヘカトンケイルとかサイクロプスとかギガースとかティターンなどの巨人族や巨神族が登場する。
ヘカトンケイルは三人の巨人を指し、五十の頭と百の手を持つ巨人とされている。
サイクロプス(もしくはキュクロープス)は鍛冶技術を持つ単眼の巨人で、一応は下級の神の一族だ。
ギガース(複数形ギガンテス)は神には殺されないという能力を持っていたが、巨人戦争ギガントマキアの際に半人半神の大英雄ヘラクレスがオリュンポス側に味方をしたためにギガースは倒されてしまう。
ティターンは巨大な体を持つ古の神々のことで、原初の神々の王である天空神ウラノスから王権を簒奪したクロノスこそがティターン神族の長である。
だがしかし二代目の神々の王となったクロノスは息子であるゼウスにティタノマキアで敗れ、ゼウスが三代目の神々の王となった。
巨人って神話で殺されすぎじゃね? 不憫過ぎて涙が出てきたんだけど。
とまあ、冗談はさておき。
そろそろ大丈夫だろうと思った俺がチャリオットから出ると、まず十メートルほどの高さの巨人が視界に入る。
そして巨人の足元に視線を移すと、そこには巨人に踏まれて潰れたであろう人間の死体がいくつかあり、死体から流れた血が周囲の地面を赤く染め上げていた。
「もういいよ」
俺がそう言うと次第に巨人はしぼんでいき、最終的には人間のサイズに戻った。
「ったく、人使いが荒いなぁ」
先ほど巨人だった男は俺に顔を向けると、ため息を吐きながら悪態をつく。
「巨大化して人間を踏み潰しただけなんだし、楽な仕事だっただろ?」
「そうだけどさぁ……」
男は頭をポリポリと掻いた。
この男の名前は神谷憲二。通称インフルエンサー(笑)だ。
神谷は先輩とのデートを邪魔した野郎だが、こいつの持っている異能が見ての通り強力なので処刑せずに仲間に引き入れることにした。
といっても、こいつは単体ではそこまで強くはない。エルダートレントに神谷を祝福させることにより、初めてこいつは真価を発揮する。
神谷が持つ異能の効果は体の一部を巨大化させるというもので、俺を殴ろうとした時も右腕だけを肥大化させていた。
だが体全体を一気に巨大化させることも可能である。ただしその場合は十分ほどで巨大化が強制的に解除されるらしい。
そしてエルダートレントに祝福されていない状態だと、体全体を巨大化させて巨人になったとしても身体能力が素のままなので当たり前ながら弱い。
けれど祝福されて身体能力が上がった状態で巨人化すると、神谷はCランク上位相当のモンスターと同等の強さとなる。
また、神谷が未祝福状態のまま巨人化しても、十メートル以上に巨大化しようとすると体が支えられなくなって倒れてしまう。
しかし祝福された状態の神谷は身体能力が上がっているため、十メートル以上に巨大化しても体が支えられなくなって倒れるなんてことはなく、最大で五十メートルにまで巨大化することが可能だ。
なお、巨人化する際に指を噛んだりはしないよ。
以上からわかるように処刑するには勿体ない人材なので、神谷には凛津と同じく男爵位を与えて仲間にした。
だが、異能が優れているからという理由だけで神谷を仲間に引き入れたわけではない。
実は神谷は体を巨大化させるという異能のせいで人々から気味悪がられていたようなのだ。
ジパング王国をそういう人達の受け皿にしたいと俺は考えていたという理由もあって、神谷を仲間に引き入れることにした。
幸い神谷が俺達に突っ掛かってきたのは平等を訴えるためではなくあわよくば自分も甘い蜜を吸いたいという理由だったので、貴族に取り立てると言ったら簡単に仲間になってくれたのだ。
性格に難があるのがこいつの一番の欠点だな。
「っにしても、この服は便利だよなぁ」
と言って神谷は視線を落とし、自分が着ている服を不思議そうに見ていた。
「だろ? ちゃんと俺に感謝しろよ? その服は魔導具なんだから」
「感謝してるぜ。貴族に取り立ててくれたわけだし」
神谷が着ている服は、マヨヒガの宝物庫にあった魔導具だ。魔導具の服の効果は着用する者のサイズに調整されるというもので、神谷が巨人化しても服が破れることはない。
どうやら神谷は巨人化するたびに服が破けて真っ裸になって困っているようだったので、この魔導具の服を貸し与えたのだ。
マヨヒガの宝物庫でこの魔導具の服を見つけた時は使い道があるのかと疑問に思ったが、まさかそんな魔導具が役に立つことがあるとはな。
「つーか、処刑する予定だった僕を貴族に取り立てても大丈夫なのか?」
唐突に神谷は、そんな質問をしてきた。
「安心しろ。ジパング王国では俺が法律だ」
俺が神谷の問いに答えると、彼は目をキラキラと輝かせる。
「カッケェェェーーーーっ!!」
神谷は尊敬の眼差しを向けてきたので、俺は腰に手を当てて胸を張った。
「もっと褒めてもいいんだぜ?」
「カッケェ! さすが国王っ!!」
「フッフッフ! ハーッハッハッハ!」
気分が良いな!
「さすがマスターです!」
帯剣していたフラガラッハも俺を褒め始めた。う~ん、フラガラッハはこれで平常運転だからなぁ。フラガラッハが俺に向ける忠誠心はバグってる……。
しばらくして段々と神谷とフラガラッハが静かになってきたので、俺は神谷が踏み潰した死体の元まで歩み寄った。
「神谷! ちょっとこっち来い!」
「ん? どしたん?」
神谷を俺のところに呼び寄せ、彼に質問をする。
「お前はこの死体どもについて何か知ってるか?」
神谷には、進軍の邪魔をする奴は問答無用で蹴散らせと命令している。なのでこの死体どもについて、神谷ならば何か知っているんじゃないかと思った。
「いや、知らないぜ? こいつらが急に襲い掛かってきたから僕が巨人化して撃退しただけ」
撃退って言うより、踏み殺してんじゃん。
「死体の顔を見るに、全員が日本人だな」
と俺が死体の顔を覗き込みながら言うと、神谷はそれに続いて口を開いた。
「実は一人だけ取り逃がしちまったんだが……その取り逃がした奴の顔立ちは外国人だったぞ」
「は!? お前、取り逃がしたんなら先に言えよ!」
その取り逃がした外国人が蝦夷汗国のモンゴル人かもしれないのに!!
「しょうがねぇだろ。巨人化した状態の僕は鈍重なんだし」
「チッ! 俺はお前が取り逃がした外国人を追う!」
「追い掛けるのか? 僕が取り逃がした外国人は馬に乗っていたから、もうかなり遠くにいると思うが」
それ絶対にモンゴル人じゃねぇか! 馬に乗ってたなら、それ絶対にモンゴル人だよ!
モンゴル人じゃなかったとしても、蝦夷汗国か大日本皇国の関係者である可能性が高い!
クソッ! やっぱりこいつは馬鹿だな!! 神谷を貴族に取り立てたのは早計だったか!?
俺はそんなことを考えながら召喚したクロウの背中に飛び乗り、次に腐肉喰いを手のひらの上に召喚した。
「腐肉喰い! 馬に乗って逃げている奴の気配を探れ!」
「キュウッ!」