62.進軍
宇都宮一行がヴェルサイユ宮殿を訪れてから蝦夷汗国・大日本皇国連合軍がジパング王国の領土に侵攻してくるまでの二ヶ月の間に、ジパング王国は着実に国土を拡大していた。
ジパング王国は二ヶ月で兵庫県、鳥取県、岡山県、島根県、広島県、山口県の六県を完全に支配下に置き、近畿地方と中国地方を統一したのだ。
こうして本州の半分以上を手中に収めたジパング王国は、北海道のほぼ全域を支配下に置いている蝦夷汗国より国土が広くなった!
ハッハッハッハッ! ざまぁみろ蝦夷汗国・大日本皇国ども! これでジパング王国は国土でもテメェらを上回ったぜ!
まあ大日本皇国もこの二ヶ月の間に東京都全域と千葉のおよそ半分を支配下に置いて、国土が拡大したからなぁ。
にしても、まさか宣戦布告もせずに蝦夷汗国・大日本皇国連合軍がジパング王国の領土に侵攻をするとは。国際法ガン無視しやがって……。
と言っても、文明が崩壊したこの世界で国際法なんて守る必要はないわけだが。
それに蝦夷汗国・大日本皇国とジパング王国との間で開戦に関するルールを定めたりはしていない(そもそも国交がない)ので、宣戦布告せずに侵攻を開始しても問題はあまりない。
開戦の宣言がなかったから俺はムカついたけどね。ムカつくし、この戦争で蝦夷汗国と大日本皇国をまとめてぶっ潰してやる。
「マスター、何を考えているんですか?」
ドワーフによって作られた特別製の鞘に収まったフラガラッハからの問いかけで思考を中断した俺は、下に向けていた顔を上げた。
「ジパング王国の国土やら何やらを考えていたんだ」
「そうなのですか! 戦場に向かう途中でもそのようなことを考えているとは、さすがマスターです!」
えぇ……さすがって言われるほどのことか?
フラガラッハは俺のことを全肯定するキャラだからなぁ。
「これから戦争なんだから、俊也は他のことに気を取られていたら危ないぞ」
フラガラッハとは違って、先輩にはちゃんと注意されてしまった。
ここは馬車の中だ。この馬車に乗って、戦場へと向かっている。
と言っても、これは普通の馬車ではない。これは古代に使われていた戦闘用の馬車であり、いわゆるチャリオットと呼ばれるものだ。
このチャリオットは当然ドワーフ製の魔導具であり、Cランクモンスターによる全力の攻撃にも耐えられるように出来ている。
さすがにイザナミによる全力の攻撃には耐えられないけどね。
このチャリオットはドワーフ達によって大量生産され、ジパング王国陸軍で使われている。
なぜドワーフに現代戦車ではなくチャリオットを作らせたのか。これには理由がある。
以前ドワーフに魔導具の現代戦車を作らせたことがあるのだが、完成した戦車の装甲がペラペラだったのだ。Dランクモンスターの攻撃で壊れるくらいに。
どうも魔導具というものは特化にすることしか出来ないようで、魔導具の現代戦車にCランクモンスターの攻撃にも耐えられるほどの装甲を取り付けると、車輪を回転させる機関を取り付ける余白がなくなってしまう。
つまり魔導具の戦車は装甲をペラペラにしないと走らせることが出来ないんだ。装甲ペラペラなものは戦車と呼ばないと思うんだけど。
なのでチャリオットの装甲をガチガチにし、そのチャリオットをヒッポグリフに引かせようということになった。
これなら馬車単体で動かせなくても問題ないし、ヒッポグリフなら御者も不要だからな。
そして俺達が乗っているチャリオットを引いているのは、俺の愛馬(愛ヒッポグリフ?)だ。
ちなみについ先日、俺の愛馬であるヒッポグリフがエルダー種へと進化を遂げた。
他にもヒッポグリフのカードを持っているんだが、なぜか俺がいつも乗っているヒッポグリフだけがエルダー種へと進化したのだ。
疑問に思ったのでクロウに尋ねてみると、クロウもわからないみたいだ。
そもそもマヨヒガやドワーフという例外を除いて、Dランク以下のモンスターがエルダー種へと至ることはあり得ない。
なぜならDランク以下のモンスターとCランク以上のモンスターとでは力の差があり過ぎるため、Dランク以下のモンスターがエルダー種へ至るまで生き残ることが出来ないからだ。
だからDランク以下のモンスターがエルダー種に至る実例は少なく、そのためクロウも一体のヒッポグリフだけがエルダー種へ進化した理由はわからないとのこと。
要するに、エルダー種については不明な点が多いということだ。
なお、エルダー種となったヒッポグリフには名付けをすることにした。いつも目的地まで乗せてくれて、お世話になっているわけだし。
ということで付けた名前が『グリフィス』だ。意味は『グリフォンの王』で、太陽王である俺の愛馬として相応しい名前だと俺は思っている。
「───童よ。この馬車はあとどれくらいで戦場に到着するのじゃ?」
という声が聞こえてきて、俺は再び思考を中断する。
声のした方を見ると、袴を着る黒髪ロングの美少女が馬車の椅子に座っていた。この美少女こそが、Cランク最強のモンスターと呼ばれるイザナミだ。
「妾の声が聞こえなかったのか、童よ?」
童というのは俺のことだ。イザナミは俺のことを『童』と呼び、『マスター』と呼ぶことはない。
「いや、聞こえてはいるけどいつ頃到着するかは知らんぞ」
「面倒じゃのぅ」
イザナミは肩を落とした。
イザナミへの説得を繰り返すことで、数ヶ月前にやっと彼女からの誤解が解けた。それにより、イザナミはこちらに攻撃することはなくなった。
クロウいわく、モンスターというのは人間を殺すように本能に刻み込まれている。これは洗脳されているとも言える。
だからモンスターは人間を襲うのだ。
そして俺の異能によってカード化したモンスターは、その洗脳が解除される。
だがイザナミは洗脳が解除されたことを枷を掛けられたと勘違いしてしまい、そのため彼女は俺に反抗的だったようなんだよね。
今までは人間を殺すことが当たり前だったのに、急に人間を殺すことが当たり前じゃないと思うようになれば、確かに洗脳されたと勘違いしてしまうだろう。
まさにイザナミはそのように勘違いしてしまい、彼女は俺を攻撃していたんだ。
やっと誤解が解けたことで、イザナミが仲間になった……と思うだろ? だが、イザナミはまだ完全に俺達の仲間になったわけじゃない。
イザナミは戦闘に協力したりはせず、気が向いたら少し手を貸してくれる程度なんだ。また、イザナミをカードに送還しようとすると彼女は怒るので、常時召喚をしている状態である。
「暇だな……」
先輩は大きく伸びをしてから、ポツリと呟く。
この馬車には俺と先輩とイザナミの三人が乗っているわけだが、特にやることもないので先輩の言う通り暇だ。
普通のチャリオットは一人乗りであり、座ることも出来ないくらい狭い。それに加えて上半分が露出したような造りになっているが、このチャリオットは違う。
座ることが出来るように広く造られているし、隙間なく装甲でガチガチにしてあるので露出している部分はない。
チャリオットと言うより、普通の馬車に装甲を取り付けたような見た目をしている。
だから俺、先輩、イザナミの三人がこのチャリオットに乗れているのだ。
「先輩。暇ならババ抜きとかやりませんか?」
「ババ抜き? さっきも言ったが、これから戦争なんだぞ。気を抜くな」
ドワーフ製のこのチャリオットの中にいれば、早々不意を突かれるなんてことはないんだが……。
イザナミにもババ抜きをしないか聞いてみたが、やらないと言われた。
……仕方ないか。
ババ抜きは諦めてモンスターカードの整理でもしておこう。そんなことを暢気に考えていると、急に俺達の乗っている馬車が停止した。
「何じゃ? もう戦場に到着したのか?」
「いや、そんなはずはねぇよ。まだ王都を出発してから少ししか経ってないし」
外の様子は気になるが、迂闊にチャリオットを出たりはしない。なぜならジパング王国では軍用であるチャリオットの外見は全て同じだからだ。
チャリオットの外見を全て同じものにすることで、どのチャリオットに将校クラスの人間が乗っているかわからないようにしてある。
それなのに自ら外に出るのは悪手でしかないわけだ。ここはしばらく待機しておく。
そうして数分後。
地震かと思うほどの足音が近くで聞こえたかと思うと、次いで人の悲鳴とボキボキッという硬い何かが砕けるような音が耳に入ってくる。
それは──
───巨人が人を踏み潰した音だった。