60.侵攻
俺が会議室に入ると、すでに先輩達三人は集まっていた。鍛冶場に寄っていたので遅れてしまったようだ。
空いている椅子に座ると、壁沿いに立っていたミラージュが喋り始める。
「では会議を始めるっす! 司会進行はミラージュが務めさせていただくっすよ!」
テンション高ぇな。
「ではまず自称革命軍が日本国政府が本拠地にしていた江戸城を占領後、大日本皇国を興した経緯について話すっす」
どうやらミラージュは、大日本皇国とか蝦夷汗国とか流求王国とかについての話を俺だけにしかしていなかったようだ。
ミラージュの話を聞いて、先輩達は非常に驚いていた。
全ての説明を終えたミラージュは先輩達三人の顔を見回す。
「この会議では、これらの国にどのように対応するのか話し合うっす」
顎に手を当てた南原さんは、少し考えてから挙手をした。
「はい南原さん、発言どうぞっす!」
「そもそも支配領域が東京都と千葉県の一部だけである大日本皇国や、沖縄本島全域を支配する程度の流求王国への対応なんて真剣に考えなくても良いのでは?」
確かに南原さんの言う通り、大日本皇国や流求王国なんぞジパング王国よりも遥かに格下の小国だ。
対して北海道のほぼ全域を支配する蝦夷汗国は、十二府県全域と四県の一部を支配するジパング王国より国土が広い。
蝦夷汗国の国土の方が、ジパング王国よりおよそ三万平方キロメートル広いのだ。
まあ軍事力やGDPはこちらの方が上だがな(負け惜しみ)。
「そううまくはいきませんよ。大日本皇国は蝦夷汗国の支援を受けています。南原さんはこの意味がわかりますか?」
俺が南原さんの意見を否定するために話し始めた。
「……蝦夷汗国は大日本皇国を介して間接的に本州での影響力を強めたい、ということでしょうか?」
「ええ。蝦夷汗国はそのような思惑があったので大日本皇国を支援しているのでしょう。ジパング王国さえ排除出来れば本州に強い影響力を持てると蝦夷汗国が考えているとしたら、大日本皇国との戦争は不可避です」
それに大日本皇国は蝦夷汗国からの支援がなかったら建国すら出来なかっただろう。なので大日本皇国は蝦夷汗国に下手に出なくてはならない。
ということはつまり、大日本皇国は蝦夷汗国の属国とも言える。
なのでもしジパング王国と大日本皇国が戦争状態に突入した場合、蝦夷汗国が大日本皇国側として参戦する可能性が高い。
蝦夷汗国が参戦しなかったとしても、蝦夷汗国のバックアップを受ける大日本皇国はなかなかに強敵のはずだ。
出来れば大日本皇国とは争いたくはないな。
◇ ◆ ◇
というような会議があったのが二週間ほど前だ。
「初めまして、国王陛下。僕は大日本皇国より派遣された宇都宮勇仁と申します」
俺の目の前には一人の男がいる。本人いわく、この勇仁とかいう男は大日本皇国の自称天皇の三男で、第三皇子らしい。しかもこの男は親王を名乗っている。
それに加えて、名前を皇室の人間っぽくしているのが笑えるな。皇族に成りきろうと見栄を張っているのかな。
まあどんなに見栄を張ろうとも、大日本皇国の自称天皇は本物の皇族ではない。大日本皇国が必死に見栄を張る様子は、端から見ると滑稽だな。
俺はそんな滑稽な男を、高御座に座りながら見下ろしている。
そう、ここはヴェルサイユ宮殿のアポロンの間だ。
玉座の間とも言うこの部屋には玉座である高御座があり、そこに鎮座する俺の前には宇都宮勇仁親王と名乗る男とその従者どもがいる。
「で、僭主の息子が何をしに俺の王国にやって来たんだ?」
俺の挑発に従者どもがムッとしたが、宇都宮は口元に笑みを浮かべたまま表情を変えようとはしない。
大日本皇国とは争いたくないと言っていた俺が、なぜ大日本皇国の連中に喧嘩腰なのか。それは簡単だ。こいつらがジパング王国に喧嘩を売ってきやがった。
「王都の宿で待機していた僕が三日前に送った使者がここに来ませんでした?」
と、宇都宮は俺に問いかけてくる。俺の挑発は無視するようだ。
実は三日前に宇都宮一行が大日本皇国の使者として王都を訪れ、その日の内に俺の元に使者を送ってきた。その使者について、彼は俺に尋ねる。
「ああ、使者は来たぞ。使者の持っていた文書も受け取った」
「ならば文書の返答を聞いても良いですか? どういうわけか、その使者の行方がわからなくなったので」
行方がわからなくなって当然だ。その使者は俺がぶっ殺したから。
宇都宮も俺が使者をぶっ殺したことをわかっていて、わざと使者の行方がわからなくなったと口にしたのだろう。
俺が使者をぶっ殺した原因は、使者の持っていた文書の内容だ。
使者が持っていた文書には『ジパング王国は即刻蝦夷汗国並びに大日本皇国に従うべし』というような内容のことが書かれていた。
腹が立ったし、使者の態度も悪かったからぶっ殺した。
わざと態度の悪い使者を派遣し、怒った俺に使者を殺させることで非はこちらにあるとしたかったんじゃないかな。知らんけど。
「文書の返答をしよう。───はっきり言って論外だ。ジパング王国が蝦夷汗国及び大日本皇国に従うことはあり得ん。これ以上そちらが無礼を働くようであれば、我々は戦争もやむなしと考えている」
というより、俺としては戦争大歓迎だ。蝦夷汗国と大日本皇国のせいで日本東部には国土が拡大出来ていないので、戦争で早く蝦夷汗国と大日本皇国を潰したい。
蝦夷汗国の国土は確かに広いが、軍事力では確実にジパング王国の方が上のはずだ。何せジパング王国にはCランクモンスターがたくさんいるからな。
「よろしい──」
何だ? ならば戦争だ、とでも言うのか?
「───のですね? 蝦夷汗国にはジパング王国でも勝てないと思いますが」
……思ってたんと違う。まあいいや。
「我々ジパング王国が負けることはないので、構わない」
「そうですか。わかりました。国王陛下の返答を本国へ伝えるために僕達は帰還することにします」
一礼をした宇都宮一行は、玉座の間を去っていった。
あいつらが素直に引き下がったということは、元々ジパング王国が蝦夷汗国と大日本皇国に従わないことは想定内だったのだろう。
蝦夷汗国・大日本皇国側は最初からジパング王国と戦争することが目的だったんじゃないか?
「出てこいミラージュ」
「どうしましたっすか?」
「あいつらが王都を出るまで引き続き監視をしておけ」
「わかりましたっす!」
王都は蜃が展開した街なので、王都内での出来事は蜃ならば逐一把握出来る。王都内での会話も全て把握可能である。さすがはCランクモンスターだ。
だが宇都宮一行は王都内ではあまり会話をしないので、蜃に監視させてもあいつらがジパング王国を訪れた目的がわからないんだよなぁ。
「凛津も出てこい」
ミラージュが姿を消したあとで凛津を呼ぶと、高御座の裏から凛津がひょっこりと出てきた。
「どうだった?」
「あいつらの発言に嘘はなかったぜ」
「そうか」
ということは宇都宮は本当にジパング王国が蝦夷汗国には勝てないと思っているのか。ジパング王国も舐められたものだな。
「宇都宮が大日本皇国に帰還したら、自称天皇には俺の返答が報告されるだろう。そうしたら十中八九、蝦夷汗国と大日本皇国の連合軍がジパング王国に向かって進軍してくるはずだ」
「そいつはやばいな。勝てるのか?」
「凛津ちゃんが心配する必要はないぞ。ジパング王国は強いし」
「凛津ちゃんはやめろ」
凛津にも言った通り、ジパング王国は強い。それは俺のモンスター達が強いからという理由だけではなく、俺が統帥権を持つ軍隊が強いからだ。
ジパング王国の軍隊は、今現在いくつかある。陸軍や海軍、空軍などだ。それら全ての軍隊は志願兵だけで構成されている。
俺のモンスター達は強いが、いかんせん数が少ない。なので俺のモンスター達だけでは、ジパング王国は戦争では勝てないだろう。
なので覚醒者・非覚醒者を問わずに志願兵を募ったわけだ。
最初は実体を持つ蜃の分身だけで軍隊を構成しようと俺は考えていたんだが、どうやら『蜃気楼』のスキルは蜃の本体の近くでしか発動出来ないらしい。
つまり蜃の分身達は蜃の本体からあまり離れられないということだ。
だから実体を持つ蜃の分身達だけで構成されている軍隊は、王都から離れる必要のない近衛兵だけだ。
閑話休題。話を戻そう。
志願兵の衣食住は保障されていて待遇が良いので志願制度はかなり人気で、今のところ数十万人ほどの志願兵が集まった。
そして審査の段階で嘘を言っていた者を凛津の異能で見抜き、嘘を言っていた者を振るい落として数万人ほどにまで人数を絞った。
我がジパング王国の軍隊に虚言癖の奴を入隊させる気はない。
志願兵達にはドワーフが作った防具や武器などを貸し与えているので、ジパング王国の軍隊は強いのだ。
非覚醒者もドワーフ製の防具と武器を装備すれば、Dランク上位相当のモンスター程度ならば倒せるようになるからな。
なお、志願兵達に貸し与えている防具や武器はドワーフが作ったものであり前述の通り性能が高いので、他国に流出しないように気を付けている。
例えば貸し与えた防具や武器を失ったり売り払ったりした者を厳しく処罰することで、他国への流出を防ぐことにした。
また、志願兵に貸与した防具や武器に製造番号を刻み、紛失した防具や武器が誰に貸与した者なのかわかりやすくもした。
と言ってもドワーフが作った防具や武器を複製出来るわけではないから、少量が他国に流出してもあまり問題ではない。
「オレには戦う力がないから戦争にはあまり関われないけど、もし戦争が起こったならちゃんと勝ってこいよ」
「そのつもりだ」
俺は凛津に笑いかけながら、被っている王冠を取って高御座から立ち上がった。
───この二ヶ月後、蝦夷汗国・大日本皇国連合軍が開戦を宣言もせずにジパング王国の領土に侵攻を開始した。