59.日本分裂
私はマヨヒガにある自室のベッドで横になり、枕を抱きしめていた。
頭に浮かぶのは俊也のことばかりだ。
何せ──
「───俊也に告白されたからな」
そんな独り言を呟いて、私は口元に笑みを浮かべる。
俊也に告白をされた。それもただの告白ではない。結婚を前提に付き合ってくれと言われたのだ。つまり、あの告白はプロポーズと言えよう。
そのことが嬉しかった。デートを終えてこの部屋に戻ってくるまで、俊也にされた告白のことしか頭になかったくらいに嬉しかった。
ずっと前から俊也のことは好きだったが、俊也も私のことを好きだったとは。まさに相思相愛だ。
……だが、私は俊也からの告白の返事を保留にした。
その理由は簡単だ。私はロマンチックな告白をされたかった。
大事な話があると遊園地にいる時に俊也は言っていたが、大事な話とは告白のことだと思われる。おそらく俊也の父親と遭遇しなければ、告白はレストランで行われていたのではないだろうか。
貸し切りにした高級なレストランでの告白なら充分にロマンチックではあるが、俊也の父親と遭遇するというハプニングによって人通りの少ない道端で私は告白された。
もっとこう、私はロマンチックな告白をされたかったんだ!
という理由で告白を保留にした。
それに父親と遭遇した俊也の様子を見るに、家庭の事情が複雑そうだ。私達はジパング王国の政務で忙しくもあるので、それらのことを片付けてから俊也と付き合うことにしよう。
そんなことを考えながら、私は左手の薬指にはめられた指輪を眺めながら微笑んだ。
「この指輪を一生大切にするとしよう」
別に高価な指輪だから大切にしようと思ったわけではない。俊也から贈られた物だからだ。
俊也から贈られた物ならば、高価ではなくても私は一生大切にすることだろう。
◇ ◆ ◇
「え、今なんて?」
「ですから、自称革命軍が日本国政府に勝利を収めたらしいっす」
「……嘘だと言ってよ、バーニィ」
「私の名前はバーニィではなくミラージュっす」
先輩に告白をした翌日。俺がマヨヒガの居間で本を読みながらゴロゴロとしていたら、突然現れたミラージュが衝撃の言葉を発しやがった。
「ついこの前まで自称革命軍と日本国政府との戦いは、日本国政府が優勢だったはずだろ?」
そうなのだ。ついこの前まで日本国政府は自称革命軍を圧倒していた。それも当然と言える。米軍基地にいた在日米軍が日本国政府に協力していたからだ。
在日米軍が日本国政府に協力を始めたのは四ヶ月ほど前だが、それまで負け続きだった日本国政府は在日米軍の協力によって自称革命軍を圧倒するようになる。
なのに、自称革命軍が日本国政府に勝利したとミラージュから報告があった。にわかに信じがたいな。
「それは本当なのか? その情報の精度は?」
「クロウさんが現地に赴いて確認したところ、自称革命軍は日本国政府が本拠地としていた皇居である江戸城を占拠していたようっす」
マジかよ。日本国政府が完全に負けてんじゃねぇか。
「でも何で、今まで劣勢だった自称革命軍が日本国政府に勝利したんだ?」
「それが……少々厄介なことになっているんすよ。調査の結果、外国勢力が自称革命軍に助力していることが判明したっす」
「外国勢力?」
「自称革命軍に協力しているのは、2年前に北海道で興った蝦夷汗国という国っす」
ミラージュは蝦夷汗国についての説明を始めた。それによると蝦夷汗国というのは、モンゴル人の集団が北海道に興した国のようだ。
蝦夷というのは北海道の古い呼び方で、汗というのはユーラシア遊牧民族が用いる君主号である。
『カン』や『ハン』は『王』に、『カアン』や『ハーン』は『皇帝』に相当する君主号だ。要するに蝦夷汗国=蝦夷王国ということ。
蝦夷汗国は遊牧民であるモンゴル人が支配階層を形成する遊牧国家であり、北海道のほぼ全域を支配下に置く国のようだな。
乾燥地域では季節によって草地の場所が変わるので、その草地を目指して家畜とともに移動することを遊牧と言う。その遊牧を生業とするのが遊牧民だ。
遊牧を行う遊牧民は移動の際に馬に乗るので騎乗が得意で、そのため遊牧民は全員が騎兵だ。遊牧民にはまさに『国民皆兵』という言葉がピッタリなのである。
また、人類史上二番目に広大な国土を有するモンゴル帝国は遊牧国家だ。
以上のことからわかる通り、遊牧民は戦いに強いのだ。
だからこそ蝦夷汗国は北海道のほぼ全域を支配下に置くことが出来たのだろう。馬は暑さには弱いが、寒さには強いわけだし。
確かに厄介なことになっているな。北海道がモンゴル人に実効支配されているということか。
「つーか、何で北海道にモンゴル人がいるんだ?」
「中国内モンゴル自治区やモンゴル国にいたモンゴル人達が馬に乗って大移動し、樺太を通って北海道に行き着いたのではないかと私は考えているっす」
ミラージュの言う通り、モンゴル人達が馬に乗って大移動したのだろう。
樺太とユーラシア大陸の間にある間宮海峡は冬の間には凍結するから、間宮海峡が凍結して歩いて渡れる時期にモンゴル人達が馬に乗って樺太に上陸したのかもしれない。
だが樺太を通って北海道に来るより、ロシア方面に行った方が良い気がするのだが。
でもロシアの寒さに耐えられずにモンゴル人達が引き返し、わざわざ樺太を通って北海道に来たと考えれば……納得出来なくもないか。
事実、ロシアは非常に寒い。カール12世のバルト帝国 (スウェーデン)やナポレオンのフランス帝国、ヒトラーの第三帝国 (ナチス・ドイツ)などがロシアに攻め込んだが、そのどれもが寒さに負けて引き返している。
ロシアに攻め込んだ国は冬の寒さにやられて外征を何度も失敗させていて、これが冬将軍の語源となった。それほどまでにロシアは寒い。大事なことなので二回言いました。
だが俺の記憶が正しければ、冬季のモンゴル高原はロシアより厳しい寒さになるはずだ。
だからモンゴル人もモンゴル馬もロシアの寒さには耐えられると思うんだけど。
実際にモンゴル帝国がロシアに侵攻した際にはモスクワ(現在のロシアの首都)やキーウ(現在のウクライナの首都)などの重要な都市を占領しているので、モンゴル人達が寒さに非常に強いことは歴史を見れば明らかだ。
ということはモンゴル人達がロシア方面に逃げなかった理由が、寒さ以外にもあるのか?
それにモンゴル人達が馬に乗って大移動する理由も不明だ。もしかして、中国の方で何かあったのか?
…………嫌な予感がするな。大陸の動向には注意を払っておくことにしよう。
「それと、まだ厄介なことがあるっす」
「まだあるのか?」
「蝦夷汗国の支援によって自称革命軍が国を興したんすよ、これが」
「ウソダドンドコドーン!」
俺は頭を抱えた。自称革命軍が興した国がジパング王国に対してどのような対応をするかわからないが、最悪の場合はその国とジパング王国は戦争状態に突入するかもしれない。
「で、自称革命軍が興した国の名前は?」
「大日本皇国っす」
「あ? 大日本皇国? 何だよその国名は。ふざけてんのか?」
「それは私も同感っす。どうやら自称革命軍のリーダーが天皇を名乗り、大日本皇国はその天皇を君主にしているらしいっすよ」
大日本皇国というのは大日本帝国を意識した国名だな、間違いない。それに、大胆にも天皇を僭称するとは。
「現在の大日本皇国は東京都と千葉県の一部を支配している程度ですが、蝦夷汗国に支援されているのでみるみるうちに支配地域を広げていくと私は思うっす」
「だろうな。俺も同意見だ。というか北海道に蝦夷汗国みたいな国が出現しているんだし、四国と九州にも大勢力が出現しているんじゃないか?」
「四国と九州では未だに大きな勢力の出現が確認されていませんが、沖縄県では沖縄本島を統一するほどの一大勢力の出現が確認出来ましたっす」
「おお、沖縄本島が統一されたのか!」
「ええ。流求王国と名乗る国家が沖縄本島の全域を支配下に置いたっす」
徐々にだが日本列島が分裂を始めているな。
北海道全域を蝦夷汗国が、本州の二県の一部を大日本皇国が、本州の十一府県全域と四県の一部をジパング王国が、沖縄県の沖縄本島を流求王国が支配している。
四国と九州は支配者が君臨していない空白地帯だ。
「よし。じゃあミラージュは先輩と南原さんと凛津をヴェルサイユ宮殿にある会議室に集めといてくれ。大日本皇国と蝦夷汗国にどのように対応するのか話し合おう」
「承りましたっす!」
敬礼のポーズをしたミラージュは一瞬で煙のように姿を消した。『蜃気楼』のスキルは便利だなぁ。
「さて、俺も動くか」
立ち上がった俺は居間を出て廊下を歩き、ドワーフのいる鍛冶場にやって来た。
鍛冶場では相変わらずドワーフ達が一生懸命に武器やら何やらを作っている。
それに、以前片付けたのにまた鍛冶場の床には酒瓶が散乱していて、足の踏み場が少ないな。
「おう、お前さんが鍛冶場に来るとは珍しいじゃねーか」
誰か酒瓶を片付けろよと思っていると、スクナが話し掛けてきた。
「そろそろフラガラッハの鞘が完成した頃かと思ってな」
「フラガラッハの鞘ならもうすぐ完成するぞ」
おお、もうすぐ完成するのか。
「じゃあ完成したらまた来るよ」
「何だ? 完成するまで待ってるんじゃねーんだな?」
「暇だったらそれでも良かったんだが、これから会議があるんだよ」
「そういうことか。会議頑張れよ」
「言われなくても頑張るよ」
スクナに手を振って鍛冶場を出た俺は、ヴェルサイユ宮殿にある会議室に向かって歩き始めた。
なお、『流求王国』は誤字ではありません。