58.再会《2》
「お会計は3200円になります」
「おお、安いな」
ジパング王国の発行している貨幣をサイフから取り出しながら、俺はそう言った。
さすがファミレスだ。三人で腹一杯食べても三千円程度とは。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
そう言いながらファミレスの従業員が頭を下げた。
サイゼ○ヤで腹ごしらえをした俺達は、当初の目的通り俊也を探し始めた。
俺は王都の繁華街を、瑠璃は王城周辺を、父さんは中心街から離れており人の往来が少ない下町付近を手分けして探し回ることになった。
繁華街エリアを担当した俺は、車に轢かれないように気を付けながら辺りを見回してみる。
なお、車というのば馬車のことだ。タクシーやバスの代わりとして、ジパング王国ではDランクモンスターのヒッポグリフが引く馬車が車道を走っているんだよ。
どうもこの国の国王がモンスターを使役する異能を持つ覚醒者らしいので、ジパング王国の街では至るところで働いているモンスターをよく見掛ける。
モンスターに家族を殺された人などは、モンスターを使役する異能を持つジパング王を快く思っていない者も多い。
だが、ジパング王国という平和で治安の良い場所がジパング王に使役されたモンスターに支えられているのは事実だ。
ジパング王は自身が使役するモンスターに人権を与えているが、そのことが気に食わなかったりするような人達も一定数いる。
しかし概ね、ジパング王の治世は大多数に支持されているようだ。
「ん?」
繁華街を回り終えて少し休む場所はないかとベンチを探していると、遊園地の方向が騒がしくなっていた。
気にはなるが、俊也は遊園地になんて行くはずもない。一緒に行く相手がいないからな。
「お、ベンチあった」
見つけたベンチに腰を下ろし、それから俺は深々とため息をついた。
果たして俊也が俺達と再会したとして、彼は喜ぶだろうか。俺は最近、そればかり考えている気がする。
俊也は俺や瑠璃、父さんのことが好きではない。それには理由がある。
「はあ」
俺はまたため息を吐き出して、使い慣れたシガレットケースからタバコを取り出した。
そしてタバコを口にくわえながら、ポケットに手を突っ込んでライターを探す。
あれ、ないな。いつも右ポケットにライターを入れているはずなんだが。どっかに落としたかな。
まああのライターは『浜松』の街で売ってた安物だから、なくなっても困るもんじゃかいか。だけどライター無しでどうやってタバコに火を付ければいいんだよ。
…………仕方ない。ライター買いに行くか。
くわえていたタバコをシガレットケースに戻してから立ち上がり、コンビニに向かう。
「いらっしゃいませー」
コンビニに入ると入店を歓迎する店員の声が聞こえた。俺はその店員がいるレジに行き、カウンターに並べられているライターを一つだけ取って会計をしてもらう。
会計を済ませてコンビニを出ると、早速とばかりにタバコを口にくわえる。そして会計済みを示すシールが貼られた100円ライターでタバコに火を付け、煙を吸い込んだ。
「ふぅ。悩んでいる時に吸うと嫌なことを全て忘れられるぜ」
さて。今吸っている一本をを吸い終わったら、また俊也を探し始めるとしよう。日が暮れるまで探してみるか。
───数時間後に俺は俊也と再会することになるが、この時の俺はまだそんなことは知らなかった。
◇ ◆ ◇
何でジパング王国に親父がいるんだよ!? 実家は新潟だったやろがい!!
「俊也……」
親父は目に涙を浮かべていた。親をそんなに心配させたことにわずかばかりの罪悪感を覚える。
だが、俺は──
「行きましょう、先輩」
───先輩の手を掴み、その場から逃げ出すことを選択した。嫌なことから目を逸らすことにしたのだ。
走って走って、俺はその場から逃げ出した。親父が追いかけてくることはなかったが、現実から逃げ出すかのように無心になって走る。
貸し切りにしていたレストランの横を走り抜け、賑やかな繁華街を走り抜け、先輩と遊んだ遊園地の横を走り抜けた。
どれくらい走っただろうか。俺が足を止めると、周囲には見覚えのない建物がたくさんあった。王都を囲う壁が近くに見えるので、走っている間に王都の端に来てしまったようだ。
「はぁ……はぁ……」
俺は膝に手を置きながら肩で息をしている。
「ふぅ。大丈夫か俊也?」
腰に手を当てた先輩は、肩を激しく上下させる俺を心配するように声を掛けてきた。
「だ、大丈夫です……。それより、先輩は息切れてないんですね」
「私は高校の時に陸上部に所属していたからな」
「そうなんですか」
エルダートレントに祝福されている状態ならば、このくらい走っても息が切れることはないんだけど、今の俺はまったく強化されていない状態だ。なので体力は一般の成人男性にやや劣るのである。
「急に腕を掴んで走り出したりしてすみません」
やがて息が整ったので、俺は先輩に頭を下げた。
「気にするな。何か事情がありそうだしな」
「……先輩は何も聞こうとしないんですね」
「家庭の事情に首を突っ込むほど私は野暮じゃないさ」
そう言った先輩は、菩薩のような慈愛に満ちた表情をしていた。
先輩の優しさが身に沁みる。そんな先輩が愛おしい。
「好きです」
「──え?」
先輩は驚きで目を見開き、口を半開きにさせた。だが、それは俺も同じだ。俺自身も驚いている。
誰にも先輩を渡したくない。ずっと俺だけを見ていてほしい。そう思っていたら、好きだと口にしていた。
だが、言ってしまったものは仕方ない。貸し切りのレストランで告白をするつもりだったが、勢いでこのまま告白を続けよう。
「先輩のことが好きです。もちろん、異性として」
「なっ……!」
金魚のように口をパクパクさせている先輩の頬は、みるみるうちに紅潮していった。
「大学で初めて会った時に一目惚れして、接しているうちに先輩の内面も好きになっていました」
そこで俺は息を吸い込み、ポケットから小さな四角いケースを取り出す。
「本当はレストランで言うつもりだったんですが……結婚を前提に俺と付き合ってくれませんか?」
俺がパカッと四角いケースを開けると、中には大粒のダイヤモンドが装飾されていて白銀に輝くプラチナの指輪があった。
この指輪はスクナ達ドワーフに作らせた指輪だ。マヨヒガの宝物庫にあったダイヤモンドとプラチナを使って作らせてみた。
ドワーフの間ではプラチナやプラチナ合金全般をミスリルと呼び、非常に重宝しているらしい。だからミスリルを見せた時はスクナ達が驚いていた。
そんなわけで、スクナ達ドワーフはミスリルを使えると知ると張り切って指輪の製作に取り掛かってくれた。
という理由があり、指輪の出来栄えは想像以上だ。プラチナのリングには精巧な模様が彫られていて、ダイヤモンドはプリンセスカットされているのでより一層輝きが増している。
にしても、ドワーフにミスリルって……完全にトールキンだよな。
「結婚を前提に、ということは……プ、プロポーズなのか?」
「そうなります」
先輩の問いに俺はうなずく。
「返事は……少し待ってもらえないだろうか?」
すぐに断られなかったということは……脈がないわけではないのか? どうなんだ?
くっ……凛津の異能が羨ましいぜ。もし嘘を見抜く異能を持っていれば、先輩が俺のことを好きなのかどうか簡単にわかるんだし。
「ええ、待ってます」
すぐに告白の返事が貰えるとは俺も思っていない。
「とりあえず指輪は貰ってください。先輩が告白を受け入れなかった場合でも、指輪を返せとは言いませんので」
俺はケースごと指輪を先輩に手渡した。
「お、おう」
先輩は受け取ったケースから指輪を取り出し、自分の左手の薬指にその指輪をはめた。
「ありがとう、大事にするよ」
お礼を言う先輩は上機嫌に目を細めてニカッと笑っていて、この笑顔を見れたんだから指輪を用意していて良かったと心の底から思った。