57.再会《1》
「ここか、ジパング王国というのは……」
目の前にそびえ立つ高い壁を見上げながら、俺はそう呟いた。
この高い壁は城郭であり、この壁内に街があるという。言わば城郭都市というものだ。
「しっかりしてよ、俊一!」
高い壁を見ながら呆けていると、後ろから頭を叩かれた。振り返ると、そこには俺の妻である瑠璃がいた。
俺の名前は塚原俊一。職業は旅人。今は俺と妻・瑠璃との間に出来た息子を探す旅の途中だ。
「いや、でもさぁ。見てくれよ、この壁を! 継ぎ目がないぜ?」
「どうせ異能で作ったんでしょうね」
「そーだろーけどな」
「それより、さっさと列に並んで街の中に入るわよ」
「へいへい」
俺は頭を掻きながら、瑠璃と一緒に門の前にある列の最後尾に並ぶ。この列に並ばないと街の中に入れないらしいし。
「あなた、この旅の目的を忘れてないでしょうね?」
「忘れてねぇよ。俊也を探す旅をしてんだから」
塚原俊也。それが息子の名前だ。
モンスターが出現してから早4年が経つが、息子とはその間ずっと会えていない。
数ヶ月前にやっと俺達は息子の家がある館山に辿り着いたんだが、なぜか館山には避難所がなかった。音に聞くところによると、とある覚醒者が館山に三つあった避難所を全て壊滅させたらしい。
避難所を壊滅させるとは、とんだクソ野郎だな。俺の息子とは正反対だ。そいつの親の顔が見てみたいぜ。
俺の息子は優しい奴だからな。感情の起伏が激しいから、怒るとめっちゃ怖いけどね。
話を戻して、館山に辿り着いたんだけど俊也はいなかった。というか俊也の家ごとどっかに消えてた。何でだよ。
で、次どこを探しに行こうかと話し合い、ジパング王国には人がたくさん集まっているから俊也がいるかもしれないからという理由で、目的地をジパング王国に設定した。
ジパング王国で俊也を見つけられなくても、人がたくさん集まっているんだから俊也の情報くらいある……はず。
そしてつい先ほどジパング王国の国境沿いにある街に到着し、街に入るために列に並んでいるわけだ。なお、この街の名前は知らん。
「瑠璃はこの街の名前はなんていうのか知ってるか?」
「さてね、知らないわよ」
そんな会話をしていると、その会話に割り込んでくる者がいた。
「この街の名前は『浜松』らしいぞ」
割り込んだきたのは白髪まじりで、眼光の鋭い老爺だ。長身で筋肉質であり、腰には鞘に収められた日本刀を帯刀していた。
この老爺こそ俺の父さんだ。名は塚原俊介。厳つい顔だが、それは仕方ない。父さんは第二次世界大戦に従軍経験のある退役軍人なのだ。
俺と妻の瑠璃、そして俺の父さんの三人で4年前に俊也を探す旅に出たんだ。
「父さんはなんで街の名前を知ってるんだ?」
俺の問いに、父さんはあっさりと答える。
「門のところまで行って、そこにいた兵士に尋ねてきたんだ」
「いつの間に……」
というか街の名前が『浜松』とか、マジかよ。そのままじゃねぇか。
ここは静岡県浜松市だ。浜松市にある街だから『浜松』ってことか? 安直だな。
「どうもこの『浜松』の街はジパング王国の国境線の確定の役割があると同時に、港町の役割もあるらしい」
港町か。ということはこの『浜松』の街に入ったら海に浮かぶ船でも見られるのかね?
「それにしても……ジパング王国は謎の多い国家だよな」
俺の呟きに同意するように、父さんと瑠璃はうなずいた。
◇ ◆ ◇
ジパング王国。正式名称は『太陽王国ジパング』。
ジパング王国は日本国政府と自称革命軍が東京都や千葉県を戦場にして争っている間に、どさくさに紛れて国土の拡大を図っているようだ。
そして今や十一府県全域と四県の一部を支配下に置く本州の一大勢力になっている。
ジパング王国の内情は不明瞭な点が多い。わかっていることは絶対王政を敷いていることと、郡県制を採用しているため王権が非常に強力なことくらいだ。
「以上がジパング王国を調べて判明したことか」
「少ないな」
「少ないわね」
『浜松』の街に入った俺らは宿の部屋を取り、その後それぞれが別行動をして俊也の情報やジパング王国について調べてみた。
その結果は、見ての通り芳しくない。
「あ、もう一つジパング王国についてわかったことがあるわよ」
瑠璃が手を挙げる。
「何だ?」
「街の治安がすごく良いわ。私が一人で歩いていても誰にも絡まれなかったもの。街の人に聞いたところ、どうも警察のような機関が治安維持を行っているそうよ」
瑠璃の容姿は非常に良い。だから一人で歩いている瑠璃は、必ず誰かに絡まれている。
まあ俺達はそれぞれが強力な異能を持っている覚醒者なので、瑠璃の心配はあまりしていない。
「確かに瑠璃が絡まれなかったのなら治安は良いということか」
う~ん……ジパング王国の情報はある程度集まったけど、俊也の情報は全然集まらなかったんだよなぁ。
「どうする? もうちょっとこの街に留まって俊也の情報を集めてみるか?」
俺がそう言うと、父さんが首を横に振った。
「ジパング王国の王都には、この街以上に人や情報が集まっているらしい。まず王都に行くことが先決だと儂は思うぞ」
「王都、か」
ジパング王国の王都の名は洶和久。ネーミングセンスが酷いが、ジパング王国の王都が大変な賑わいだという情報は俺も入手している。
そんな賑わいの王都にならば俊也がいるかもしれない。いなくても俊也の情報が手に入れば万々歳だ。
「行くか、王都へ!」
俺達はそれぞれが覚醒者だから、モンスターのことを気にせずに移動することが出来るのが利点だ。Dランク以下のモンスターなんかワンパンだぜ。
それにもしCランク以上のモンスターに遭遇しても、父さんがいれば問題はないだろう。父さんの異能はリスクが高いが、その分非常に強力だからな。
◇ ◆ ◇
数週間後、俺達はジパング王国の王都・洶和久に到着した。
「すげぇな」
俺達はお上りさんみたいに王都の街並みを見回し、感心するようにうなり声を上げていた。
モンスターの出現なんてなかったのではないかというくらい王都は人でごった返しており、行き来する人々の表情は穏やかだった。
それに『浜松』の街などはモンスター出現以前からある街の外周部を壁で囲っただけだったが、王都はそうではなかった。
王都が新しく造られた街であろうということは、街の隅々まで真新しいということから容易に想像出来る。
「ジパング王国の街はどこも平和だったけど、王都は段違いで平和だな」
「確かに」
「言われてみるとそうね」
『浜松』の街から王都に来るまでにいくつかの街に寄ったりしたけど、王都は他の街とは段違いだった。
王都の風景は、まさに日常といった感じだ。誰もが求める日常が、そこにはあったのだ。
モンスター出現により日常が壊されたことにより、何気なかったあの日常が恋しくなった者は多いだろう。かくいう俺もその一人だ。
だが、モンスター出現以前はそんなことを思ったことはなかった。人は失って初めて、大切なものだったのだと気付くようだ。
そんなことはさておき。
「おぉ! サイゼ○ヤがあった!」
そう叫びながら俺が指差した先には、誰もが一度はお世話になっているであろうファミレスがあった。
「本当だわ!」
「サイ○リヤ? なんだそれは」
……父さんは知らないみたいだから、どうやら誰もが一度はお世話になっているというわけではなさそうだ。
「ちょうどお腹空いているし、試しに入ってみようぜ!」
俺は右手に父さんの腕を、左手に瑠璃の腕を掴みながらサ○ゼリヤへと入店した。