56.先輩とデート《3》
ミラージュがインフルエンサー(笑)を引きずりながら牢屋へと連れて行った。一件落着だねっ!
しかしインフルエンサーってことは、あいつにもそれなりに影響力があるってことだよな。そうは見えなかったけど。
つまり、あいつを牢屋にぶち込むとファン(というか信者?)が暴動を起こす危険性はあるんじゃないか?
という質問を先輩にしてみた。
「いや、その心配はいらないと断言出来る」
「何でですか?」
「あの神谷っていうインフルエンサーのファンは少ないんだよ」
「でも有名なインフルエンサーなんですよね? なのにファンが少ないんですか?」
「神谷はさっきみたいな的外れで自己中心的な意見を言うことで有名なインフルエンサーだったんだ。神谷が有名になったのは、次にどんな頭の悪い発言をするのか世間が注目していたからってだけさ」
「つまり、馬鹿過ぎて有名になったってことでしょうか?」
「自分なら世論を動かせると本気で思っていたくらい馬鹿だったから、有名になったんだよ。だから神谷が死んでも悲しむ者は少ないだろう。それに神谷の性格を考慮すると、神谷が私達に絡んできたのは甘い蜜を一緒に吸いたかったからじゃないかな?」
確かにあいつは『僕にも特権をください』と言っていたな。じゃあ先輩の言う通り、あいつは自分も甘い蜜を吸いたかっただけなのかよ。
なら暴動が起こる可能性はないな。でも一応、暴動が起こる可能性も視野に入れておこう。
「さて。じゃあジェットコースターに乗るぞ」
「やっとですね」
俺達は列に並ばずにジェットコースターに乗り込み、発車するのを待つ。従業員の姿をした蜃の分身によると、発車まで少々時間が掛かるらしい。
「蜃の分身に尋ねたら、発車までしばらく掛かるそうです」
「そうか。それまでは暇だな」
「そうなりますね」
二列あるジェットコースターの車体の座席に、俺と先輩は隣り合わせに座っている。なので先輩の顔がすぐ近くにあり、先輩の顔にばかり目がいってしまう。
先輩のまつげ長いなぁ。それに唇が潤っていてプルプルだ。
「どうしたんだ。私の顔をジロジロと見て」
「あ、いや、何でもないです!」
急いで視線を逸らす。
「それにしても、初めてだな」
「? 何が初めてなんですか?」
「ふふ、お前と二人きりでこうやって遊んだりするのは」
「確かに、そうでしたね」
先輩と初めて会ったのは8、9年前くらいか。もうそれくらいの付き合いになるが、未だに何の進展もない。
俺は先輩にこの想いを伝えるのが怖いんだ。フラれてしまうかもしれないし、告白したせいでこの心地良い関係が終わりを迎えてしまうかもしれない。
先輩とずっと一緒にいたい。くだらないことで先輩と笑い合える何気ない毎日を終わらせたくない。でも、先輩が自分以外の誰かと結ばれるのは見たくない。
それに…………俺には昔、好きな人がいた。結婚を誓い合った仲だった。でも、彼女とはもう絶対に結ばれることはない。
だけど彼女のことを、まだ好きな自分がいるんだ。
そしてそんな身勝手で醜い自分が、心底大嫌いだ。
「先輩」
「何だい?」
でも、今日で大嫌いな自分とはおさらばだ。昔好きだったあの子のことは綺麗さっぱり忘れることにする。
「デートの終わりに──」
俺は先輩との仲が壊れることに怯えていた。だけど今日、一歩踏み出してみることにしたんだ。
「───大事な話しがあります」
一瞬キョトンとした表情の先輩だったが、次の瞬間には顔を綻ばせた。
「……ああ、大事な話しとやらを期待しておくことにしよう」
太陽に照らされた彼女の明るい笑顔に、俺はハートを射貫かれた。
「お、そろそろジェットコースターが発車するようだぞ」
「そ、そうみたいですね」
火照って真っ赤になった顔を先輩に見られないように横を向きながら、俺は先輩に片手を差し出す。
「あの、先輩……」
「どうした?」
「ジェットコースターが怖いので、手を握ってくれませんか?」
無論、俺は絶叫系アトラクションが苦手だけど、手を握ってくれないと怖いなんてことはない。ジェットコースターが怖いなんて、ただの口実だ。
俺は先輩と手を繋ぎたい。それだけだ。
「俊也は怖がりだなぁ」
先輩は苦笑しながら、俺が差し出した手を握る。暖かい先輩の手に包まれて、俺は生きてて良かったと思った。
そうしてジェットコースターは発車した。
◇ ◆ ◇
太陽はすっかり沈み、すでに夜が訪れている。
俺と先輩の二人は手を繋ぎながら、ジパング王国の王都・洶和久の大通りを歩いていた。
富士急ハイランドに行ったことがないのでわからないが、ジェットコースターは確かに怖かった。スピードは速いし真っ逆さまになるし、小便を漏らすところだったぜ。
ジェットコースターに乗ったあとはメリーゴーランドに乗ったりお化け屋敷に入ったりしたんだけど、お化け屋敷はヤバかった……。
前にも言ったと思うけど、俺はお化け屋敷とかが昔から苦手なんだ。だからお化け屋敷では先輩が怖がって俺の腕に掴まるのではなく、俺が先輩の腕にしがみつくという何とも情けないことになってしまった。
先輩はお化けをまったく怖がっていなかったが、もしかすると異能が関係しているのかもしれない。
先輩が持つ異能は、自身が殺した生物をアンデッド化させて使役するというものだ。いわゆる死霊術のようなものである。なのでお化けに耐性があるのだろう。
異能を手に入れる前から先輩がお化けに強かったのかどうかは知らないから推測の域は出ないがな。
「遊園地はどうでした?」
俺は先輩に、遊園地を楽しめたか尋ねる。ジェットコースターやお化け屋敷は怖かったけど俺は充分楽しめたが、先輩が楽しめなかったのでは意味がないからな。
「楽しかったよ」
「それは良かったです」
「でも、俊也がいたから楽しかったんだぞ」
「そ、それは良かったです」
俺は、そんなことを言ってくれる先輩のことがたまらなく好きだ。
「それで、晩御飯はどこで食べるんだ?」
「高級レストランを貸し切りにしてあるので、そこに行って晩御飯食べましょう」
「高級レストランを貸し切り、か……俊也も偉くなったもんだな」
「これでもこの国の王様なんですから、そりゃ偉いですよ」
それに王都は蜃が展開している街であり、今日貸し切りにした高級レストランも蜃の分身達が経営しているものだ。だから貸し切りくらいなら容易い。
つーか、一応先輩もジパング王国の侯爵なんだからかなり偉い。先輩は国王である俺や公爵であるミラージュに次ぐ、ジパング王国の三番手だぞ。
「あ、そろそろレストランに着きますよ」
「そろそろか」
俺は先輩とそのレストランで食事をしたのちに、ロマンチックな雰囲気で告白をするつもりでいる。
はぁ、まだレストランに着いてもいないのにすげぇ緊張してるよ。自分の胸に手を当ててみたら、心臓がものすごい早さでバクバクと鼓動してるよ!
手に人って書いて飲んだりしたが、緊張したままだ。どうしたら緊張が解けるんだろうか!?
「手、繋ぐか?」
緊張している俺を心配したのか、先輩が手を差し出してくる。
「いや、手を繋いでいた方が緊張しそうです」
「そうか?」
ジェットコースターに乗って先輩と手を繋いだ時も、手汗を掻いていないか気になってすごい緊張したし。
あ、貸し切りにしたレストランの看板が見えてきたな。あと数百メートルほど先だ。ふー、告白する覚悟を決めたはずなのに、まだ緊張しているよ。どうしたら緊張しなくなるんだろうか。
そんな風に気を張っていたが──
「───俊也! おい、俊也じゃないか!」
その声が背後から聴こえた瞬間に緊張は一気に解け、俺は空耳だと信じながら足を止めて振り返る。
「親父……」
そこには俺の父親がいた。
空耳ではなかった。そこには確かに俺の父親がいた。
昔好きだった女の子のことを忘れるために過去との決別を決めた矢先に、なぜ親父が俺の前に現れるのか。
俺はその日、運命を呪った。
くたばれ運命!
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