53.貨幣《2》
先輩とデートの約束をしてから数時間後。
「おーい、俺様が来たぞ」
俺はそう言いながら、鍛冶場の扉を開けた。すると目に飛び込んできたのは、背の小さいおっさんどもが稼働する炉の前に群がる光景だった。
ただでさえここは鍛冶場だから暑いのに、むさ苦しいおっさんドワーフどもが群がったら余計に暑苦しくなるだろーが。
と思って辟易していると声が聞こえてきた。
「来たか」
その声がした方向に視線をやると、カヤが腕を組んで壁に寄り掛かっている。うん、美人がやると様になるな。
「カヤか。今ドワーフ達は何をしているんだ?」
「あれか? あれはどうやら、硬貨を造っているらしい」
「もう魔石貨を造り始めたのか?」
「いや、魔石貨の方ではない。補助貨幣を造っているんだ」
ああ、なるほど。補助貨幣の方か。
補助貨幣ってのは、本位貨幣制度において少額決済において使用される貨幣のことだ。
簡単に言うと、端数の支払いに使われる貨幣のことだな。日本円だと1円玉、5円玉、10円玉、50円玉、100円玉、500円玉などが補助貨幣に当たる。
最低品質であるFランクモンスターの魔石ですら、一個で1000円の価値はある。なので魔石貨だけでは、1000円以下の商品を購入出来ない。
だから補助貨幣が必須になる。また、最低品質の魔石でも1000円の価値があるので、補助貨幣の素材は魔石以外のものだ。
なお、ジパング王国の通貨単位は、日本と同じく『円』を採用している。新しい通貨単位を作ってもややこしいだけだしね。
ただ、日本円との混同を避けるためにジパング王国の通貨単位をジパング円と呼称することにして区別を付けた。
というような感じで俺が貨幣について考えていると、カヤが周囲を見回しながら小さく呟く。
「この鍛冶場は昨日作ったばかりのはずだが、もう汚くなったな」
俺も鍛冶場を見回すが、カヤの言う通り汚くなっていた。
この鍛冶場は、マヨヒガの屋敷で使われていない部屋の内装を『屋敷改変』のスキルで改変することで昨日の内に作ったものだ。
なのに一日だけですでに汚れている。ドワーフどもめ、汚すのが早すぎるんだよ。
「おう、マスターの小僧じゃねーか。もう来てたんだな?」
もう汚していやがるなと思っていたら、酒瓶を持ったスクナが酔っ払いながら俺達の元までやって来た。
「おいスクナ、鍛冶場を汚しすぎだよ」
「仕方ねーだろ。スキルのせいで俺らドワーフは大雑把になっちまうんだよ」
確かにスクナの言う通り、ドワーフは『大雑把』というスキルを持っている。まずはドワーフのステータスを見てみようか。
種族:ドワーフ
ランク:D
攻撃力:95
防御力:340
【スキル】
●泥酔:自己強化系スキルの最上位格。酔えば酔うほど、上限なくステータスが上昇する。
●大雑把:何かを作っている時以外は、全てに対して大雑把になる。その代わり、何かを作っている場合は集中力絶大上昇。
●知能上昇:知能が上昇し、言語を操れるようになる。
●鍛冶:鍛冶技術大上昇。鍛冶を行う場合、プラス補正絶大。
●建築:建築技術大上昇。建築を行う場合、プラス補正絶大。
●工芸:工芸技術大上昇。工芸を行う場合、プラス補正絶大。
まずスキルの数が多すぎる。なんとドワーフはDランクのくせに生意気にもスキルを六つも持っているのだ。
Dランクモンスターなのに会話が可能なのは、『知能上昇』というスキルのお陰だろう。河童とは真逆のスキルだよな。
そしてドワーフが強い理由は、この『泥酔』というスキルによるものだ。酔えば酔うほど上限なく強くなるという効果を持つ。
ドワーフの持つ『泥酔』の効果が強すぎてゲームバランスが崩れているんだけど。しかも上限なく強化されるんだぜ。ヤバすぎる……。
ミラージュは強化にも上限はあるだろうと予想していたが、まさか上限なく強化されるスキルだったのだ。
ただし『泥酔』スキルにもデメリットはある。ステータスが上昇するのが緩やかなんだ。つまり、長時間酒を飲み続けないとCランクモンスター並みには強くならない。
俺がスクナに負けたのは、スクナがドワーフの中でも特に酒好きだったかららしい。常日頃からスクナは酒を飲んでいるとかいないとか。
ドワーフがCランクモンスター並みに強化されるには一年も酒を飲み続けなければならず、数分ほど酒を飲んでいないだけで強化が解除されるようになっているらしい。
強くなりすぎないように調整はされているな。
そして『鍛冶』『建築』『工芸』の三つは、物造りに特化したドワーフならば持っているのが当たり前というようなスキルだから驚きはない。
で、スクナが言っていたのが『大雑把』というスキルである。このスキルの効果により、何かを作っている時以外は大雑把になってしまうのだ。
以上がドワーフの持つスキルの説明かな。スキルが偏りすぎていると思うんだが、まあドワーフが強いことは確かだ。
「硬貨造りは順調か?」
俺がスクナに問うと、彼はニカッと笑ってサムズアップした。
「順調だ。硬貨は全てお前さんの要望通りのデザインで造ったぜ」
「もう全ての硬貨を造ったのか?」
「いや、魔石貨はまだ造ってない。補助貨幣の方は出来上がったがな」
「ほうほう。なら完成した補助貨幣を見てみたいな」
「いいぜ。こっち来い」
スクナの後を追うと、彼は鍛冶場の奥の方にあるテーブルの前で足を止めた。
ちなみにそのテーブルはドワーフ用のものであるため脚が短い。なので、俺からすると非常に低くて使いにくいテーブルだ。
そんなテーブルには色やデザインの異なる六枚の通貨が置かれていた。
「この六枚が補助貨幣か?」
「ああ、そうだ。それぞれ1円アルミ貨、5円黄銅貨、10円青銅貨、50円白銅貨、100円白銅貨、500円ニッケル黄銅貨だ」
変にややこしくすると消費者が混乱するので、補助貨幣の種類と素材は日本とまったく同じにしている。
「この補助貨幣が偽造される可能性はあるか?」
「自信を持って言うが、偽造は不可能だ。俺達ドワーフが作った貨幣を偽造出来るわけがないぜ」
「でも物品をコピーする異能を持った奴がいる可能性も考えられる」
「……用心深いじゃねーか。まあ安心しな。スキルなどによってコピー出来ないように、貨幣には魔法が施されている」
「魔法?」
「出来上がった貨幣には、カヤ様が『地魔法』スキルで複製防止の魔法を施すことになっているんだ」
さすが大地を司る大精霊様だ。金属は元を辿れば大地に埋まっている鉱物なわけだから、金属の硬貨に複製防止の魔法を施すなんて容易だってことかな。
「完璧じゃん。魔石貨の方はどうだ?」
「他の金属より魔石は扱いづらいが、ドワーフにはわけないぜ。これから魔石貨作りに取り掛かるところだ」
「そいつは良かった」
貨幣作りが順調そうでなによりだね。これからも頑張っていこうか。
……働くのはあんまり好きじゃないんだけど、俺って国王だもんなぁ。
少し補足をします。
今話の本文には『補助貨幣の種類と素材は日本とまったく同じにしている。』とありますが、現在発行されている500円玉はニッケル黄銅貨ではなくバイカラー・クラッド貨です。
ではなぜ作中では500円玉がバイカラー・クラッド貨ではなくニッケル黄銅貨とされているのかと言うと、500円玉がニッケル黄銅貨からバイカラー・クラッド貨に変更されたのが2021年だからです。
作中では2020年に文明が崩壊しているので、作中の世界線では500円バイカラー・クラッド貨は存在しません。
なので主人公からすると、500円玉はニッケル黄銅貨になります。