52.貨幣《1》
今俺はカヤが配下にした十三体のドワーフの内の十一体に土下座されている。
なぜかって? それはな、ドワーフのおっさんの発言が原因だ。
『実はな、カヤ様をこの洞窟に連れてきてくれたのはそこにいる人間の小僧なんだぜ』
『『な、なにぃ!?』』
という感じで、ドワーフ達が感謝するために俺に土下座をし始めたんだ。
土下座はやめてほしい。ドワーフって背が低いから、この光景を端から見ると子供達を俺が土下座させているみたいに見えるんだ。
それに、土下座しているドワーフの中には女性もいる。ロリッ娘ドワーフだ。そんなロリッ娘を土下座させるなんて、俺の小さな良心が痛むぜ。
「土下座をやめてやれ。マスターは敬われるのに慣れていないみたいだ」
どうしようか悩んでいると、カヤが土下座をやめるように言ってくれた。助かるよ。
「ああ、俺は堅苦しいのが嫌いなんだ。気軽に接してくれ」
なぜ堅苦しいのが嫌いなのに国を興して国王になったのか。前にも話したけど、これは俺の持つ異能のせいだ。
人類の敵として認識されているモンスターを従える人間。それこそが俺や先輩であり、もし俺達が大きな権力などを持っていなければ、人間の皮を被ったモンスターだと勝手に判断されて迫害されれだろう。
それを避けるためには、やはり強大な権力を有するしかない。いや、他にも道はあるかもしれないが、これしか思いつかなかったんだよ。
「だよな、お前さんは堅苦しいのが嫌いだと思ったよ」
するとドワーフのおっさんが話し掛けてきた。ちなみに、ドワーフのおっさんとその子供のロリッ娘ドワーフちゃんの二名は俺に土下座していなかった。俺が堅苦しいのが嫌いだとわかっていたからだろう。
「それよりおっさん。お前の娘を俺に紹介してくれ」
「変態のお前さんにはあんまり紹介したくねーんだが……」
「いいじゃねぇかよ」
ロリッ娘がいるから、俺はドワーフのカードが欲しいと思ったんだぞ。なのにロリッ娘と仲良くなれなかったら意味ないじゃないか。
「まあいい、紹介してやる。こいつが俺の娘だ」
「二ヶ月ぶりでございますわね。私がお父様の娘ですわ」
「俺は塚原俊也だ。よろしく」
「はい、よろしくお願いいたしますわ」
お嬢様みたいな口調のロリッ娘ドワーフ。やばい、興奮して鼻血が出そう……。
「あなたに質問なのですけれど」
「何だ?」
「カヤ様みたいに、私にも名前を付けてくださらないかしら?」
「名前?」
マジかよ。『カヤ』っていう名前を考えるだけでも数時間掛かったのに……。もう名前はロリッ娘ちゃんでいいんじゃね?
でもなぁ。可愛い可愛いロリッ娘ドワーフに適当な名前を付けるのは気が引けるんだけど。う~む。
「じゃあ君の名前は『かぐや』だ」
「かぐや、でございますの?」
「日本にある昔話に『竹取物語』というものがあってな。その昔話には小人の女の子が出てくるんだ。名をかぐやと言って、そこから取った名前だ」
「では私は今日からかぐやと名乗ることにしますわ」
手抜き感が否めない名付けだな……。
「おう、マスターの小僧。俺の娘に名前を付けたんだから、俺にも名前を付けろや」
「ええ、おっさんにも!?」
「当たり前だ」
他に何か日本にある昔話とかで、小人は登場したっけ?
ああ、『一寸法師』があったな。でもおっさんに一寸法師って名前をつけるのはなぁ。そもそもドワーフは一寸ほど小さくはないし。
となると、他にあったかな。思い出せ、俺の脳味噌!
…………あ、思い出した。確か日本神話には、少名毘古那っていう小さな神様が登場していたはずだ。
スクナビコナは酒造りの技術を広めたことから酒造の神とも言われているから、酒好きのドワーフの名前としてはちょうど良いんじゃないか?
「じゃあおっさんの名前は『スクナ』だ」
「スクナ? 由来は?」
「日本神話には少名毘古那っていう、小さな酒造の神が登場するんだ。それが由来だ」
「酒造の神? そりゃいいな」
「だろ?」
一日に三度も名付けをすることになるとは。ただでさえ俺の脳味噌は小さいんだから、使いすぎたらショートするぞ。
「そういやおっさんには娘がいるんだから、奥さんがいるはずだろ? ついでだから奥さんの名前も考えてやるよ」
何気なく俺がそう言うと、スクナとかぐやは悲しそうな顔をした。
……やべぇ、地雷を踏み抜いちまったかもしれん。
「俺の妻はな、かぐやを産んですぐに死んだよ。ドワーフの女ってのはそういう運命だ」
「は? つまりドワーフの女は子を産んだら死ぬのか?」
「ああ、その通りだ。妻には妊娠した時に堕ろそうと言ったんだが……あなたと愛し合った証しが欲しいと言ってな。だから、妻の忘れ形見のかぐやが俺にとっての生き甲斐みたいなもんだ」
「そう……なのか……」
だから俺が前回洞窟に来てかぐやを見ていたら、スクナは過剰に反応したのか。
「悪いな、聞いちゃって」
「構わん。過去を振り返らず前を向くのが俺だ。今大切なのはかぐやただ一人。かぐやを守るためなら死ねるぞ」
「私のためにお父様が死んだら、私は悲しみますわよ?」
「安心しろかぐや。言っただけだ。俺ならばお前を助けたあとで、意地でも死なんぞ」
「なら安心ですわね」
仲の良い親子だな。こうして見るとやっぱり、モンスターにも感情ってあるんだよな。人間を襲うように本能に刻み込まれているだけで、モンスターも知的生命体だ。
モンスターを殺すべきではない、みたいな綺麗事を言うつもりはないけどね。
綺麗事を言ってる奴は社会では生きていけない。こんな世界になったんだし、尚更綺麗事を言う奴は生きていけないだろうな。
◇ ◆ ◇
カヤとドワーフ達を仲間にした翌日。俺は暇を持て余していた。
「というわけで先輩のところにお邪魔しに来ました!」
ここはヴェルサイユ宮殿の一室であり、先輩が使っている部屋だ。先輩はこの部屋で主に、ジパング王国の法整備などを行っている。
「どういうわけで邪魔しにきた。というか邪魔だとわかっているなら来るな」
「そんなに怒らないでください。気が向いたので来たんですよ」
先輩に会うためだけに来たなんて言えるわけない。だから誤魔化す。
「法整備は大変ですか?」
「大変だよ。ジパング王国は新興国だからな。法整備は急務だ」
「少し手伝いますよ」
「助かる」
俺はさり気なく先輩の隣りにある椅子に腰を下ろし、作業を手伝う。
「今は何をやっているんです?」
「今やっているのは貨幣についてだ」
「貨幣制度ですか……。ややこしいから貨幣制度は好きじゃないんですよね」
貨幣制度はマジでややこしい。俺は理解するのにかなりの時間を要したが、そもそもちゃんと理解しているのか自分自身が怪しい。
貨幣制度には本位貨幣制度とか管理通貨制度とかがある。もうちんぷんかんぷんだぜ。
本位貨幣というのは金や銀を商品の価値の基準として用いているということで、つまり貨幣の額面の価値と、素材の実質的な価値に違いがないってこと。
金貨や銀貨などが本位貨幣に該当し、金を貨幣価値の裏付けとする場合は金本位制、銀を貨幣価値の裏付けとする場合は銀本位制と言う。
また、金本位制の中でも金貨の場合は特に金貨本位制と呼ばれる。金そのものを貨幣として流通させているからだ。
では、金そのものを貨幣として流通させなくても金本位制と呼ばれる場合があるのかというと、これか実際にあるから貨幣制度はややこしいんだ。
金そのものを貨幣として流通させていない金本位制は金地金本位制と呼ばれ、中央銀行が金との交換を保証した兌換紙幣を流通させる制度だ。
兌換紙幣を簡単に説明するならば、その兌換紙幣に書かれている価値と等しい価値の金を中央銀行が交換してくれる交換券みたいなものだな。
それで、管理通貨ってのは本位貨幣とは違って、貨幣の額面の価値と素材の価値がイコールではない。
管理通貨は発行元に信用がなければ価値がないのだ。日本円などの現代の先進国の貨幣は全てこれに該当する。
本位貨幣は素材自体に価値があるので、管理通貨とは違って発行元に信用がなくても大丈夫だ。
で、兌換紙幣を流通させた例は、ブレトン・ウッズ協定によって確立したブレトン・ウッズ体制が挙げられる。
ブレトン・ウッズ協定とはアメリカドルを唯一金と交換出来る基軸通貨とし、各国はそのアメリカドルに対して通貨の交換比率を定めるというもので、要はアメリカドルという金兌換券を流通させる仕組みだ。
この協定はアメリカドルと各国通貨の為替相場を一定に保つことで自由貿易を発展させ、第二次世界大戦によって疲弊した世界経済を安定させるために連合国が発効した。
そして冷戦下でアメリカと同盟を結んでソ連らと敵対した西側諸国の経済はブレトン・ウッズ体制により飛躍的に成長し、特に日本は高度経済成長期を迎えて世界を大いに驚かせた。
だがこの日本を筆頭とする西側諸国の経済成長などが原因でアメリカからドルが流出し、金兌換の機能を持つアメリカドルの絶対的価値が揺らぐ。
また、アメリカはベトナム戦争に介入したことで財政赤字でインフレとなり経済は大打撃を受け、そこにさらにフランスやイギリスがアメリカに三十億ドル分の金の交換を要求。
これらが原因となってアメリカは金本位制の維持が困難だと判断し、時のアメリカ大統領であるリチャード・ニクソンが金とドルの交換の一時停止を発表した。
これによりブレトン・ウッズ体制は崩壊し、アメリカはスミソニアン体制によりブレトン・ウッズ体制を維持しようとするが、この体制すらも維持出来なかった。
それから各国は、ブレトン・ウッズ体制から始まった固定相場制から変動相場制に移行していくことになる。
これがドル・ショック、いわゆるニクソン・ショックである。
その後アメリカは景気回復するのだが先進国はニクソン・ショックの再発を恐れ、自由貿易を守るべくドルの価値を安く保つ方向で合意した。これがプラザ合意だ。
特にアメリカは対日貿易赤字が著しかったため、プラザ合意は円高ドル安に誘導する内容だった。
この合意は日本がアメリカの言いなりになっている解釈も可能だが、円経済がドル経済を屈服させたという見方も出来るな。
つっても、プラザ合意が原因で日本の産業は空洞化してしまったがね。
とまあ、少し話が逸れたが貨幣制度をまとめるとこんな感じになる。理解したか?
で、ジパング王国は本位貨幣制度を採用することにしている。と言っても、金や銀を基準にするわけではない。基準にするのは魔石だ。
文明が崩壊したこの世界では、世界規模で魔石が貨幣として用いられている。基本的には物々交換だが、高額の物を購入する場合は魔石が使われるのだ。
だから魔石本位制にすれば、世界的にジパング王国の硬貨が浸透することだろう。
しかしこれには問題もある。魔石の流通量が増えると、ジパング王国の貨幣の価値が下落すること。つまりインフレだ。
加えて魔石ってすごく硬いから、俺が本気になっても小さな傷しか付けられない。要するに、加工が非常に難しい。
だがスクナいわく、ドワーフとノームとが協力すれば魔石の加工は容易いとのこと。ならばということで、貨幣造りはカヤとスクナ達に丸投げした。
まあ加工が難しいということは、偽造が困難であることを意味しているから悪いことばかりではない。
魔石を見分けることは魔法型の異能が発現した覚醒者ならば容易なことなので、魔石以外の素材で偽の魔石貨を造ってもすぐにバレるし。
にしても、カヤとスクナが貨幣造りを主導しているわけだし、どちらかを財務大臣に任命しようかな。
閑話休題。
今までいくつか欠点を挙げてきたが、魔石本位制にはもちろん利点もある。
そもそも金・銀本位制だと硬貨の素材が金や銀なので、発行元が保有している金や銀の分だけしか硬貨が発行出来ないというデメリットがある。
だが俺からしたら魔石なんて簡単に手に入るので、魔石本位制の場合はある程度自由に硬貨を発行出来るのだ。
さて。カヤ達に出した魔石貨の要望はいくつかあるが、主に硬貨を規格化することと、硬貨のデザインには必ず太陽のイラストを入れることの二つだ。
まずは規格化。これは言わずもがな。
次に硬貨のデザインに太陽のイラストを入れることだが、ジパング王国の象徴は太陽だからだ。ここ重要。
何度も言うけど、日本と太陽の関わりは深い。それに俺は太陽が好きだからな。
「先輩……」
「何だ?」
俺は淡々と作業をしながら、先輩に話し掛ける。
「仕事が一区切りついたらでいいので、今度一緒に街で遊びませんか?」
一瞬手を止めた先輩だったが、彼女はすぐに作業を再開させた。
「それは私と俊也の二人だけで、ということか?」
「そうなります」
「…………そうか」
ちょ、間を溜められると断られるみたいで不安になるんだけど!?
「一緒に行こうか」
駄目元だったのだが、あっさりと先輩はうなずいた。
まさか先輩と一緒に遊びに行けるとは……。先輩と二人きりで遊ぶなんて、デートと言っても過言ではないんじゃないか!?
ふと冷静になり、これは夢ではないだろうかと心配になる。なお、自分の頬をつねるというベタなことはしない。
「本当ですか?」
念のために確認してみる。
「本当だ。楽しみにしているよ」
先輩はそう言って俺に顔を向けながら微笑む。その微笑みは、今までにないほど魅力的に俺の目に映った。
2022年12/13(火)、説明足らずだったため貨幣制度について大幅に加筆修正。