45.ジパング王《3》
王城がはっきりと見えるくらいに近づいたんだけど、何か見たことがあるような外観をしてるんだよね。
世界遺産に登録されたフランスにある宮殿に似ている、というかまったく同じな気が……。
「なあ俊也、あの王城はヴェルサイユ宮殿じゃないか?」
「おお、よくわかったじゃねぇか」
「ヴェルサイユ宮殿がジパング王国の王城ってことなのか?」
「フランスから盗んできたものだぜ」
俊也は胸を張りながら言った。
嘘は言っていない。ということは本当に、本物のヴェルサイユ宮殿をフランスから盗んできたってのか!?
「すごいだろ? 世界遺産を盗んできたんだ。アルセーヌ・ルパンにだって出来やしないさ」
「確かに……」
世界遺産はさすがのアルセーヌ・ルパンでも盗めないだろう。ルパンの小説を読んだことはないから知らないが。
「でも何で王城をヴェルサイユ宮殿にしたんだ? 他にも候補はいっぱいあったはずだろ?」
「ああ、そういえばまだ言ってなかったな。ジパング王国の正式名称は『太陽王国ジパング』なんだよ。で、王は太陽王っていう称号を名乗っている」
「それが?」
「ヴェルサイユ宮殿を建てたのはフランス王ルイ14世なんだけど、ルイ14世も太陽王って呼ばれてたんだよ。じゃあルイ14世の建てたヴェルサイユ宮殿をジパング王国の王城にしたらどうだってなった」
これも嘘ではないみたいだ。
何か発想が小学生レベルだよな。ジパング王国の上層部がそれで、この国は大丈夫なのだろうか。すごく不安だ。
「ほい到着。さあ、中に入れ」
ヴェルサイユ宮殿の入り口まで来た。俊也は躊躇いなく中に入ったが、オレ達は緊張して足が止まった。
だって世界遺産だぜ?
「おい、早く入れよ」
俊言われるがままにヴェルサイユ宮殿に足を踏み入れ、俊也に付いていく。
どこに向かっているかわからないけど、王に謁見するとかなんとか言っていたから、玉座の間みたいなところに連れて行かれるんじゃないかな。
「ほら、玉座が見えてきたぞ」
壁に絵画が掛けられ、天井に絵の描かれた絢爛豪華な部屋に着いた。
この部屋の奥には黒塗りの壇があり、その上には鏡などで飾られた御輿のようなものが載せられている。
御輿の中にはこれまた豪華そうな椅子があり、それこそが玉座だと思われる。これは天皇の皇位継承儀式の即位の礼に使われる高御座ではないだろうか。
こんな物まで盗んでいたとは。
ただ問題はそこではない。そう、高御座には誰も座っていないのだ。王に謁見するはずなのに、王が不在。これいかに?
「俊也。国王陛下がいないみたいだが……」
「いや、いるぜ」
オレの問いかけにそう答えた俊也は、スタスタと高御座へと歩み寄っていった。そして高御座に腰を下ろして足を組み、ポカンとした顔をしていたオレに笑いかける。
「下民どもよ、跪け。余こそがジパング王国を建国せし者。太陽王・塚原俊也だ」
…………嘘ではないみたいだけど、そういうことは最初に言ってほしかったよ。
◇ ◆ ◇
「下民どもよ、跪け。余こそがジパング王国を建国せし者。太陽王・塚原俊也だ」
そう俺が言ったら、凛津を含めた皆が衝撃を受けたような間抜けな面になっていやがったぜ。笑える。
「一人称が『余』とかふざけてんのか!」
またお前かよ。名前は知らんが、さっきっから俺にずっと突っかかってくるな。復讐からは何も生まれないとかほざくクソガキめ。
つーか、俺の一人称は『俺』だよ! 一人称が『余』なわけねぇだろ! ちょっとふざけただけだろーがっ!
「おい。俺は王様で、テメェは下民だ。口の利き方ってもんがあるだろうが」
「王政を廃止しろ! 人が人を支配していいわけがないんだ!」
「返事しろよ。頭大丈夫かお前」
いきなり王政を廃止しろってか? するわけねぇだろ。ここは俺の王国だ。誰にも渡さないし、共和制にもさせない。
「ちょ、マスター! 何で王城に人を勝手に入れてるんすか!」
そうこうしていたら、ミラージュがアポロンの間の隅に立っていた。お前、どっから湧きやがった……。
「だってこのクソガキがうるせぇんだよ。綺麗事を口にしているだけの正義面した青二才のくせにさ」
クソガキを指差すと、ミラージュもクソガキに目を向ける。
「ふむ。確かに死んだ魚みたいな目をしていて、自分は正しいと思い込んでいそうな顔っすね」
「だろ?」
やはりミラージュはわかってくれたようだ。
それに王城に皆を入れた理由は他にもある。なんてったって、ジパング王国を建国してから初となる来客だったからな。少し張り切っちゃったんだよ。
ドワーフから逃げ出した日から二ヶ月くらい経ってるんだけど、王都の近くを通ろうとする人間がいなかったんだ。
だから張り切って迎えに行ったら、高校の制服に身を包んだショートヘアのクッソ可愛いオレっ娘の凛津がいてテンションが上がってた。それは否定しない。
だって可愛いんだぜ? ショートヘアでボーイッシュな女の子の一人称が『オレ』って、すんごく興奮しないか? そういうのは俺の大好物なんだ。
「僕を馬鹿にしているのか!?」
「してるよ」
「してるっす」
「貴様らあああぁぁぁぁーーーっ!!」
すげぇ発狂しとる。
「凛津、ちょっとこっち来い。あとミラージュも」
「何だよ」
「なんすか?」
手招きして二人を呼び寄せる。ミラージュを一人と数えてもいいのかわからんけど。
「まずミラージュに紹介しよう。こいつはオレっ娘の凛津だ。嘘を見抜く異能を持っているようだから男爵位を与えた」
「まだ返事してないのに、受け入れたみたいな紹介の仕方をするなよ」
「辛辣だな凛津ちゃん」
「凛津ちゃんはやめろ」
凛津はちゃん付けを嫌っているみたいなんだよなぁ。まあ、怒った顔も可愛いので、これからもちゃん付けは定期的にするつもりだけどね。
「で、こいつはミラージュ・ヴァレンタインだ。爵位は公爵になる」
次に、凛津にミラージュのことを紹介した。
「……マスター、私は何も聞いてないっすけど。どういうことっすか?」
「うん。もう一度言うけど、凛津を男爵に任命した」
「勝手に貴族に任命しないでくださいっす! まだ貴族は私と内藤さんの二人しかいないんすよ!?」
「でもさぁ、嘘を見抜く異能って便利じゃね? ゆくゆくは外務大臣を任せたいと思ってるんだ」
「そりゃ便利でしょーが、外国籍の人間にいきなり男爵位を与えるって急すぎっす!」
「というか、俺は王だから貴族の任命権を持っているんだが」
「爵位を安売りしたみたいに思われるじゃないっすか!!」
む、それもそうか。
「というか、ミラージュ……さん? だっけ」
「ええ……はいっす、私がミラージュっす」
考え事をしていたら、凛津がミラージュに話しかけていた。
「いつの間にかこの部屋の隅にいたけど、どうやったんですか?」
「それは秘密っす」
端から見ると湧いたように感じるが、おそらく『蜃気楼』のスキルでアポロンの間に新たな分身を作成しただけだろう。
「ボウフラみたいに湧きやがって」
「私を虫けら扱いしないでほしいっすね」
いや、お前の本体はハマグリじゃねぇか。虫けらとあんまり変わらないだろ。
アポロンの間にいる奴らにミラージュの正体がバレてしまうので、口にはしないけど。
「───いい加減にしてくれないかな?」
俺達が楽しく話していると、痺れを切らしたのか正義面したクソガキがこちらに手のひらを向けていた。
「ほう、その手はなんだ?」
俺が問いかけると、彼は余裕綽々といった態度で喋り始める。
「僕は魔法型の異能に目覚めた覚醒者だ。手のひらから魔力を放出して攻撃が出来る」
「それがどうした?」
「王政を廃止しろ。さもなくば実力行使する」
うわぁ、自分の考えが全部正しいと思っていそうな態度なクソガキだな。ムカつく。
「や、やめなよ味方!」
焦った凛津は、やめるようにクソガキに言う。だが彼は聞き入れない。
つーか、あのクソガキの名前は味方なのか。絶妙にダサいな。
「やってみろよ、クソガキ」
「やってやるよ、おじさん」
俺は魔力を視認することは出来ないが、味方が俺に向けている手のひらの前で可視化するほど高密度になったエネルギーは確認出来た。
これは放出系の魔法か。Dランク中位相当のモンスターなら一発で殺せるほどの威力の魔法だ。覚醒者としては強い方だが、でも俺に勝てるほどじゃないな。
「あまり大人を舐めないことだな」
俺はニヤリと笑って高御座から立ち上がり、フラガラッハを強く握り締めた。