44.ジパング王《2》
「おい! どうゆうことだよ、おじさん!」
生徒の一人が憤慨しながら男の前に立った。味方正義、もとい、正義の味方(笑)である。
「は? 俺がおじさん?」
男は驚いたように自分で自分を指差している。
確かに驚くのも無理はない。あの男の見た目は二十代前半くらいなのに、味方は彼をおじさんと称したのだから。
「どう見てもおじさんだろ!」
「……自分で年取ったなとかは言うけど、クソガキにおじさんって呼ばれるとムカつくな。ぶっ飛ばしていい?」
「そんなことより、どうゆうことだ! 王政を敷く正当性はあるのか!?」
馬鹿だ、馬鹿がいる。あの男の方が格上の覚醒者なのに……。あの男が機嫌を損ねたら、オレ達は一瞬にして殺されるだろう。それくらい格の違いがある。
そのため、他の覚醒者は焦って味方を止めようとしている。ただ、非覚醒者の生徒達はあの男の異質さを理解出来ていないみたいで首を傾げるばかりだ。
「正当性? 正当性って例えばなんだよ?」
「うっ……それは……」
途端に言葉の詰まる味方。
「つーかさ、別に俺はお前らを街の中に入れなくてもいいんだけど? 法律に従うなら入れてやってもいいよって、こっちが譲歩してるんだけど?」
「はっ、強がるなよ」
言葉に詰まってだんまりしていたが、鼻で笑いながらまた喋り始める味方。
こいつが喋ると話しがこじれるんだけど……オレ達の集団の中でこいつを止められる存在はいないからなぁ。四人の覚醒者の中で味方が一番強いんだよ、残念ながら。
面倒な性格だからこそ、味方は山の中にある学校に入れさせられたということが容易に想像出来る。
「こんな世界になったんだ。お前の謳うジパング王国とやらは人手不足で困っているんじゃないか? 僕を含めて、この集団には覚醒者が四人いる。入れてくれるなら、協力してやらなくもない」
上から目線の言葉。だが、男はあまり怒ってなさそうだ。さすが社会人。迷惑な人物の対応に慣れているんだろう。
「テメェ、何様だよ? あ゛?」
かと思ったら、男がめっちゃキレてた。表情に出ていないだけで怒ってたよ!
「お前が怒って何になる! 僕達の出迎えに来ているということは、お前は王国でも下っ端なんだろ? 早く入れろ! 困っている人を助けるのは当然のころだろ!」
うわぁ、下っ端とか言っちゃった。物語だと、大体そういう人に限って偉い人だったりするのに……大丈夫かな?
あの男はすごい強いから、下っ端ってことはないと思うんだけど。
「下っ端……下っ端ねぇ」男は顎を撫でながら笑う。「まあ、それはいいとして。残念だけど、人手不足ってことはないな。王国の国民は100万人を超えているわけだし」
マジか……異能で確認したけど、嘘は言っていない。ということは、本当に王国の国民は100万人を超えているということだ。
国民100万人ということは、100万人もの人間が王政を敷くことを認めていることになる。それだけの人間に認められていれば、正当性云々の前に国家として成立している。
驚いたのはオレだけではなかったようで、味方を筆頭にほとんどの人がオレの方に顔を向けてきた。なのでオレはうなずき、さっきの発言に嘘はないことを保証した。
「嘘だろ」「国民が100万人……」「絶対王政……」「ジパング……東方見聞録か」
といったような声が皆から聞こえてくる。
「君、嘘を発見する異能を持っているのか?」
男はオレ達のやり取りで察したのか、オレの方を見ながらそう言った。まあ、見てれば誰でもわかるよね。
「そういうこと。オレの異能は嘘を見抜くんだ」
バレてしまったのでオレに嘘を見抜く異能があるとはっきりと言うと、男は口を大きく開けてから固まった。
しばらくして、ポツリと呟く。
「オレっ娘……オレっ娘が現実に……。生でオレっ娘を見られるとは! 我が生涯に一片の悔いなし!」
どうやらこの男は変態さんだったようだ。
「あ、待って待って。悔いあったわ。───君さ、名前は?」
「オレの名前か?」
「そうそう、君の名前」
「オレの名前は吉川凛津だ」
「じゃあ凛津ちゃんか」
「ちゃん付けはやめろ」
「えっ」
駄目なの、みたいな顔をしているが駄目だろう。オレにはちゃん付けは似合わない。
「じゃあ吉川ちゃん」
「だから、ちゃん付けはやめろ」
「りっつん」
「あだ名も駄目だ」
「じゃあ凛津でいいか?」
「それならいい」
「仕方ない、最近の子供は注文が多いからねぇ」
やれやれ、といった感じで男は頭を振った。いや、オレが悪いみたいに言うなよ。
「で、お前の名前は?」
オレの名前を教えたので、今度は男の名前を尋ねた。
「お前って言われると傷付くんだけど……まあいいや。俺の名前は塚原俊也だ。よろしく」
「よろしく、俊也」
オレ達は握手をした。
「───僕を無視するな!」
握手を終えた途端に味方はオレ達の間に割って入り、俊也の方を睨みつける。
「早く街の中に入れろ! 僕達は歩き疲れているんだ!」
「別に入れなくてもいいんだが」
嫌そうな顔をする俊也。そうだよね、こいつの相手は嫌だよね。オレも嫌だ。
すると何かを思いついたようで、俊也は頭の上にピカッと光る電球を浮かべながら言った。
「まあ入れてもいいんだけど、一つだけ条件追加だ」
「何だよ、言ってみろ」
おい、もっとうまい交渉の仕方があるだろ! 味方さえ何もしなければ、法律を守る以外の条件は追加されずに街の中に入れたのに!
「凛津をジパング王国の男爵に任命しよう。功績次第では陞爵、つまり爵位が上がることもあり得る。おめでとう、吉川凛津女男爵の誕生だ」
「へ?」
思ってもみないことを言われ、自分の口から間抜けな声が漏れた。
「オレが貴族に任命されたってことか?」
「そういうこと。はい、これがジパング王国の貴族に課せられる責務だ」
俊也から渡されたのは、しっかりとした装丁の本だった。表紙には『貴族の義務』と書かれており、本を開いてページをめくると文字がびっしりと書き込まれていた。
「貴族になると責務を課せられるのか?」
「ノブレス・オブリージュって奴だ」
「微妙に違うような……?」
「細けぇことは気にすんな。貴族になるのが嫌なら断ってもいいが、嘘を見抜く異能というのは外交で役立つ。もし叙爵を受け入れてくれるなら、凛津には外交関係の仕事を任せたいと思っている」
チラリと俊也を見るが、彼はいたって真面目な表情をしていた。男爵に叙爵の件などをふざけて言っているようには見えない。
「じゃあ返事は保留にさせてくれ」
「わかった。出来るだけ早く返事をしてくれると嬉しいな」
俊也は少し残念そうにしながらうなずいた。
「俊也が勝手にオレを男爵に任命してもいいのか?」
「貴族の任命権を持っているから問題ない」
……ふむ、嘘ではないみたいだ。貴族の任命権を持っているということは、やっぱり俊也は偉い人なのかな。
オレと同じ考えに至ったのか、教師は頭を抱えていた。偉い人である俊也に、味方が突っかかったり文句を言ったからだろう。心中お察しするよ。
「もし街の中で法律を違反したら罰するからな~。それでいいなら入れてやる」
軽い感じでそう言った俊也は門の前へと歩み寄り、左手でノックをした。そうしたら門が開き、街の全貌が露わになる。
街はモンスターの出現なんてなかったかのように賑わい、人でごった返していた。その光景に、オレを含めた皆が唖然とする。
「すげぇだろ。ここがジパング王国の王都だ。名前はまだない」
ないのかい。
「早く中に入ってくれよ。門が閉じられないぞ」
俊也に促されるように門をくぐり抜けるが、街の様子にただただ圧倒されるばかりだ。
「じゃあ凛津だけ俺に付いてこい。王城に行くぞ」
「オレだけか?」
「凛津は俺に任命されて女男爵になるわけだから、王に謁見するんだよ」
王……いや、国王陛下に謁見するのか。
「まだ叙爵を受け入れたとは言っていないんだけど?」
「凛津の異能は便利だからな」
オレもそう思う。我ながら、嘘を見抜く異能というのは非常に便利だし役に立つ。
「っ僕達も王城に連れて行け!!」
王城に向かって歩き出した俊也に付いていこうとしたら、また味方がそれを遮った。
「またお前か、クソガキ」
俊也はご立腹だ。右手に持っていた剣を味方に向けながら鋭い視線を向けている。
「国民に剣を向けるとは! 貴様は法律を違反したんじゃないのか!?」
剣先を喉に突きつけられた味方の額からは汗が噴き出していたが、それでも強がりながら俊也に言い返した。
「テメェらはまだジパング王国民じゃねぇ。街の中に入っただけの外国籍の人間だ。対して俺は、ジパング王国の特権階級。つまり、俺にはテメェらを今ここで殺しても大丈夫な特権を持っている。だから法律には反していない。わかったな?」
と、言った俊也の声はドスが効いていた。
「ならあそこにいるモンスターはなんなんだ! 僕に剣を向けるのに、なぜモンスターには剣を向けないんだ!」
と言って、味方は街の中を歩くモンスターを指差した。
そうなのだ。街の中ではモンスターが歩いているが、街の人々はまったくパニックになっていない。それが日常であるかのような光景が広がっていたのだ。
「ジパング王はモンスターを従える異能を持っている。だからジパング王が従えたモンスターは人間を襲わないし、それらモンスターにはジパング王国籍を与えられている」
そうなのか。ジパング王、すごい。やっぱり王様になるには、それぐらい強そうな異能を持ってないと駄目なんだろうな。
「横暴だ! 殺人は人が犯してはいけない最大級の罪だ!」
「じゃあ俺は人が犯してはいけない最大級の罪を何回もやっているってわけか」
「今なんて……」
「わかったぞ。お前さ、殺したいほど憎い相手なんていないだろ?」
「当たり前だ! 殺人は最大級の罪だと言っただろう!」
「やっぱりな。お前みたいな奴は、復讐は何も生まないとか正義面して言うんだ」
「その通り! 復讐からは何も生まれない!」
「そう言う奴に限って、酷い目にはまったく遭っていないんだ。これは俺の持論だが、復讐は何も生まないと言っていい権利を持つのは酷い目に遭った奴だけだ。酷い目に遭ってもいない奴が、復讐について語るんじゃねぇよ」
過去に何かあったのか、俊也は忌々しそうに味方を睨め付けていた。
舌打ちしたあとで頭をガシガシと掻いた俊也は、口を開く。
「チッ! 面倒だからもう全員俺に付いてこい。テメェら全員、王に謁見させてやるよ」
投げやりにそう言った俊也は街の中心に見える立派な王城を目指して歩みを進め、オレ達は俊也の後を追いかけていった。