43.ジパング王《1》
……疲れたな。どれだけ歩き続ければいいんだろう。
「先生、まだですか?」
生徒の一人が、先頭を歩く教師に尋ねた。
「まだです。弱音を吐かずに頑張って歩きましょう」
誰が質問しても、教師は同じことしか答えない。
安息の地を求めて歩くこと三年。一向に安息の地は見つからない。
この集団はとある高校の生徒と教師によって構成されている。オレを含めた生徒は百人ほど。一方で教師は、先ほど生徒の質問に答えた一人しかいない。
なぜなら、ほとんどの教師はオレ達生徒を学校から逃がすためにモンスターの囮になったからだ。
オレ達の学校は山の中にあり、生徒は皆学生寮で暮らしていた。山の中なので電子機器も圏外で使えず、モンスター出現のニュースを知るのが遅れたのだ。
その結果、気付いたら学校の周囲には大量のモンスターがいて、学校の敷地から出ることが不可能な状況になっていた。
幸いだったのは、学校にそれなりの食料の備蓄があったことか。
山の中という辺鄙な場所に建てられた学校だったので、有事の際のためにかなりの食料を備蓄していたようだ。
生徒の大半は不安がって泣いていた。生徒達はもう親に会えないのかと嘆いていたが、オレは親にもう会わなくていいと思うと清々した。
オレは女だけど幼い頃から男勝りだったから、両親からは女らしくしろと言われ続けた。だから一人称を『オレ』に変えて反発した。
そのため、全寮制の山の中の高校に入学させられたけどな。
そういう経緯もあって親は嫌いだから、もう親に会わなくていいというのは嬉しかったし、もうずっとこの高校に引きこもればいいんじゃないかとも思っていた。
ただ学校側は政府などによる助けが来るだろうと考えていたようだけど、いつまで経っても助けはこない。
ラジオの電波も届いていないので外がどうなっているのかわからず、不安で泣き出す生徒もいた。
そしてついに、生徒と教師が協力して作ったバリケードがモンスター達に突破される。
教師達はバールなどを手に取り、オレ達生徒が逃げる時間を稼ぐためにモンスターの群れの中へと突っ込んでいった。
生徒だけでは逃げられないだろうということで、幾人かの教師が生徒達を引率して学校から逃げ出すことに成功する。
しかしその過程で六百人ほどいた生徒は百人に、幾人かいた教師は一人にまで減った。
そうして山を降りて、オレを含めた全員が驚愕した。街はモンスターによって蹂躙され、道の至るところには人間のものと思われる肉片が落ちている。
首級を自慢するかのように、人間の生首が一列に並べられていたりもする。それは、どこぞの蛮族のような所業だった。
その後生き残っていた人々から情報を得て、世界中にモンスターが出現して文明が崩壊したこと、超常的能力である異能に目覚めた覚醒者が現れたこと、そして日本人の覚醒者達が日本国政府に対して反乱を起こしたことで国が機能していないことを知る。
覚醒者の存在を知ったオレ達は、集団の中に覚醒者がいないか調べたりもした。
だが百人もいるオレ達集団の中に覚醒者は四人しかいなかった。集団の先頭を歩く教師も、その一人でたる。
その四人いた覚醒者の内、物理型の覚醒者が一人、魔法型の覚醒者が一人、補助型の覚醒者が一人、特殊型の覚醒者が一人だ。
オレも異能に目覚めていたらしいが、戦闘能力のない特殊型だった。
といっても、使えない異能というわけじゃない。嘘を見抜く、それがオレの異能だ。
この能力のお陰で、オレはこの集団の中ではそれなりの地位にいる。この能力は戦闘には向かないが、便利ではあるからな。
ただし、便利だが悪用する気はない。
異能が発現したオレ以外の三人の覚醒者も悪用する気はないから集団内の秩序は保たれているが、覚醒者の三人の内の一人が正義感が強い男なのが厄介だ。
正義感が強いといっても、その男は綺麗事しか言わない。正確に言うと、正義というものを履き違えている。
オレみたいに親を嫌いな理由がちゃんとある人にも、子は親と仲良くなくてはならないという自分の考えを押し付ける。それが悪いこととは思ってもいないみたいだ。
やはり山の中の学校に入学させられるだけあって、オレと同じように大なり小なり問題を抱えているようだ。
その男の名前は味方正義。名前を逆にすると正義の味方ってことになる。
「何だあれ?」
誰かが正面を指差して呟いた。それにつられて皆が顔を上げると、正面に石の城壁が見えてくる。
城壁といっても石垣で出来ているわけではなく、継ぎ目がなくて滑らかな壁面だ。
継ぎ目がないからどうやって造られたのかわからない石壁だけど、ヨーロッパのお城の壁みたいで幻想的で美しい。
「こんな石壁、愛知県にありましたかね?」
教師は不思議そうな顔で石壁を見つめていた。
言われてみると、確かに石壁があるところなんてこんな場所にはなかったはずだ。
ここは愛知県だから名古屋城などの城はあったと思うが、西洋風の城壁があるなんて知らない。
「もしかして覚醒者の異能で造られたのではないでしょうか?」
教師が結論付ける。なるほど、異能なら明らかに不可能なことを可能に出来る。石壁に継ぎ目がないのも、異能によって造られたのだとしたら納得だ。
「壁内に誰かいる可能性が高いので、行ってみましょう。あれだけ頑丈そうな壁なら、安息出来そうですし」
皆が一斉にうなずいた。やっと安息の地かもしれない場所を見つけたのだ。皆の顔色は良くなっている。
教師の言に従って石壁まで近づき、皆で門を叩く。
しばらくすると、門の向こうからではなく壁上から声が聞こえてきた。
「誰だ、テメェら?」
見上げると、壁上にいたのは一人の男だった。プレートアーマーを着用し、右手に持った装飾がゴテゴテしている剣の先をこちらに向けている。
「僕達は避難民です! 中に入れてください!」
教師がオレ達の集団の代表として男に声を掛ける。
「保護しろってことか?」
「ええ、そうです!」
「ここは避難所ではないんだが……まあいい。んじゃ、そっち行くわ」
男はそう言うと壁上の縁に立ち、そこから飛んで落下してきたのだ。
一部の生徒達は悲鳴を上げていたが、オレを含めた四人の覚醒者は驚かない。
なぜなら、この男がオレ達覚醒者が束になって挑んでも敵わないほど強いことを肌で感じ取っているからだ。
あれくらいの高さから落下しただけでは、この男は死ぬことはないだろう。事実、うまく着地をした男は教師の方へと歩み寄っていった。
「入るのは許可しよう」
「ありがとうございます!」
「───ただし、街の中に入ったら法律はちゃんと守れよ?」
男のその言葉に、皆の頭に疑問符が浮かんだ。
「えっと、法律?」
「そう、法律。ここに法律の条文が全部書いてあるよ」
男がどこからともなく取り出した分厚い紙束を教師が受け取り、教師はその紙束に目を通していく。
「……え、これは何かの冗談ですよね?」
少しして紙束から目を離した教師は、男に非難がましい視線を向けながら冗談だろうと問いかけた。いや、冗談であってくれと思うような表情に見える。
「冗談じゃねぇよ。その法律を制定するのにどれだけ時間が掛かったと思ってるんだよ?」
男はわざとらしくこめかみを左手で押さえ、肩を落としてため息を吐いた。
「し、しかしですね。まさか民主制国家である日本国の本州で……絶対君主制国家を建国したということですか?」
「そういうことだ。ジパング王国、その王都がこの壁内にある」
その男の一言が、オレ達を震撼させることになる。
絶対君主制国家が愛知県で樹立されたことを、知らされた。