41.ドワーフ《1》
着地してすぐに俺は洞窟に突入。クロウは体が大きいため、洞窟内で身動きが取れなくなる可能性が高いから外で待機させておく。
洞窟に入って少しすると、ずんぐりむっくりの髭を生やした褐色の肌のおっさんがトコトコとこちらに歩み寄ってきた。
「何だあ? お前さん……ここに何の用だ?」
「え!? おおぉ……喋りやがった」
ドワーフはDランクモンスターのはずなのに、なぜか喋りやがったんだけど。どゆこと?
「テメェ、んなことも知らねぇのかよ?」
「……」
ドワーフのおっさんに呆れられたんだが。というか、そもそもDランクモンスターは言語を操るほどの知能がないって相場が決まっているはずだろ。
マジでどういうことだ?
「マスター、おそらく河童と似たようなことではないでしょうか」
俺が混乱していると、冷静なフラガラッハが自分の考えを述べた。
「河童? つまり、どういうこった?」
「河童はCランクモンスターですが、『墜天せし存在』のスキルの効果で知能が低下していたため言語を操れていませんでした。おそらく、ドワーフはその逆の効果を持つスキルを持っている可能性が高いです」
知能低下の逆ってことは、知能上昇の効果を持つスキルをドワーフは持っているということか。こりゃ、対ドワーフ戦は楽じゃなさそうだな。
「ふっ。そう言うお前さんも、Dランクのインテリジェンス・ソードのくせに喋れてんじゃねーか。ネームドかエルダー種だろ?」
「ええ、ネームドとしてマスターを守るための剣。それが私です」
「いいねー。いい剣じゃねーか。俺もこれくらい強そうな武器を造りたいもんだぜ」
ドワーフのおっさんは自分の顎に生える髭を手で撫でながら、フラガラッハに熱い視線を送る。
ふむ、やっぱりドワーフは武器全般に強い興味を示すってことかな。これは予想通りだ。
「よし、やれフラガラッハ!」
「はいっ!」
俺の合図でフラガラッハが『覚醒』のスキルを発動し、Cランクの付喪神にランクアップ。
そしてすぐさまランクアップしたフラガラッハを振るい、目の前のドワーフへ斬りかかった。
よし、これでまずは一体仕留め──
「───甘ー、甘ーぞお前さんよぉ。ケツがまだ青い人間の若造なんかに、この俺の首が刈り取れるわけねぇだろうが。あ゛?」
何とドワーフはフラガラッハを素手で受け止めていたのだ。けれどドワーフの表情を見るに、無理しているわけではなさそうだな。
「何でそんな簡単に受け止められるんだよっ!?」
エルダートレントに祝福され、今やDランクモンスターなんぞパンチ一発で木っ端微塵に出来る俺が思いっきり振るった一撃を素手で受け止めやがった!
何だこのおっさん。ずんぐりむっくりのドワーフのくせにぃ……!
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁーーーーっ!?」
「ど、どうしたフラガラッハ!」
斬撃を受け止められたのでドワーフのおっさんかや一旦距離を取っていたら、急にフラガラッハが悲鳴を上げた。
「マ、マスター、刃が欠けました……。すみません」
フラガラッハの剣身をよく見てみると、確かに刃が欠けていた。さっきフラガラッハが悲鳴を上げたのは、刃が欠けたことでダメージを受けたからだろう。
「いつ欠けたんだ!?」
「ドワーフが素手で私を受け止めた際に欠けました。おそらく、ドワーフの肉体が硬質だったのでしょう。一生の不覚です……」
声のトーンが低いし、多分刃が欠けたことで落ち込んでいるんだと思う。フラガラッハはこれで初めてダメージを負ったことになるしな。
だが、Cランクの付喪神にランクアップしている状態のフラガラッハの刃が欠けるほどドワーフの肉体が硬質ってのは、少しおかしくないか?
スキルの効果か、それともただ防御力が高いだけか。けど、Dランクモンスターがネームドモンスターのフラガラッハと張り合えている時点で異常だな。
俺は収納カードから回復のポーションを取り出し、フラガラッハの剣身に垂らした。
この回復のポーションは言わずもがな、『ポーションのボトル』の魔導具によって生み出したものだ。
Cランクモンスターの魔石を消費して生み出したポーションなので、多少の部位欠損は再生出来る……はずだ。使用するのは初めてだから再生するかはわからんが。
チラリとドワーフのおっさんに視線を向けて不意打ちを食らわないように警戒していると、剣身に垂らされたポーションはフラガラッハの刃を徐々に再生させた。
「どうだ、フラガラッハ?」
「治りました! もう痛くないです!」
よし。俺はもう一度フラガラッハを握り直し、剣先をドワーフのおっさんに向ける。
「お。やっと準備が整ったのか、若造?」
「はっ、余裕かましていられるのも今うちだぜ?」
「負け犬が吠えてるね」
装備しているリビングアーマーには『鎧化』のスキルを発動するように指示し、フラガラッハの持っていない方の手で取り出した『劣雷槍』を握り締めた。
右手にフラガラッハ、左手に『劣雷槍』だ。もちろん『劣雷槍』にはCランクモンスターの魔石を五十個吸収させていて、帯電状態になっている。
これで勝つる!
俺は左手に持つ帯電状態の『劣雷槍』をドワーフのおっさんに目掛けて叩きつける。
普通のDランクモンスターはこれだけで感電死するんだが、ドワーフは普通じゃないみたいだから油断はしない。
ドワーフのおっさんが電撃を食らって麻痺している間に、フラガラッハを振り回して追撃する。
「ぐっ……意外と痛いな!」
おかしい! 絶対おかしい! 何だよこのおっさん!
Cランク中位相当のモンスターくらいなら余裕で屠れるほどの攻撃を腕に食らわせたんだから、意外と痛いなでは済ませられないはずなんだけど!?
ドワーフってランク詐欺だろ! 嘘つくなよ、ドワーフがDランクのわけないじゃん!
「こりゃ痛ー。ちっとばかり回復すっか」
そう口にしたドワーフのおっさんは洞窟の隅に置いてあった土器を手に取り、その土器に入っていた液体を一気に飲み干す。
芸術品みたいなすごい土器だな。縄文時代の日本で作られていた火焔土器みたいだ。さすが物造りに特化したドワーフ。
「む、回復しねーな?」
ドワーフのおっさんは自分の腕を見下ろし、怪訝そうな面持で手を握ったり開いたりしていた。
発言から察するに、ドワーフのおっさんが飲んだ土器に入っていた液体は回復のポーションかそれに類いするものだろう。
そんでドワーフのおっさんの傷が回復しないのは、フラガラッハが付喪神にランクアップした際にだけ使えるようになる『報復の刃』のネームドスキルだ。
ネームドスキルなだけあって、付けた傷は自然治癒以外では癒えずに回復をも阻害するという悪魔的な効果を持つ。
「チッ! こりゃお前さんらのスキルか?」
「ご名答、ネームドスキルだ」
「ネームドスキル!? 厄介なことしやがって……こんな状態じゃあ満足に武器が造れんな」
ドワーフのおっさんが嘆く。ドワーフという種族にとって武器を造ることは大切なことだということか。可哀想だが、敵なので容赦はしない。
「『神よ、裁きの雷を下し給え』!」
俺がキーワードとなる言葉を発すると『劣雷槍』の帯びる電気激しくなり、槍先から何本もの稲妻が雷鳴とともにドワーフのおっさんに向かって走った。
以前海上で『擬神罰』を発動した時は空が曇って雷が落ちていたが、今回は槍の先から稲妻が走った。空から雷が落ちなかったのは、洞窟の中で発動したからだろう。
「これならさすがのドワーフも死ぬはずだぜ」
「さすがマスター!」
ヨモツオオカミに変じる前とはいえ、Cランク最強のモンスターであるイザナミを一撃でぶっ殺すほどの威力がある『劣雷槍』による『擬神罰』。
ここまでやってもまだドワーフのおっさんが生きているのなら、もう俺達は洞窟から尻尾巻いて逃げ出すしかない。
まあ、生きてるなんてことはあり得な──
「───勝手に死んだことにすんなや!」
なんとドワーフのおっさんは両腕をバッテンに交差させ、槍の先から伸びた何本もの紫電を防ぎやがった。マジかい……。
あんた、絶縁体かなんかなのかよ!?
「どうしますか、マスター」
「うん……そうだね……撤退するか」
俺は踵を返し、洞窟の外に向かって一目散に逃げ出した。
「逃げるのか、人間の若造!」
「負ける戦いはしないのが俺だぜ!」
Dランク最強のモンスターといえど、所詮はDランク。雑魚だと思っていたが、マヨヒガ以上のランク詐欺だった。
これは逃げ出す以外に道はない。王都に戻って、先輩や南原さん達と話し合いながらドワーフを倒す方法を模索するとしよう。
「───お父様、何の騒ぎですの?」
だが逃げる途中でそんな声が聞こえ、俺は肩越しに振り返る。するとそこには吊り上がった碧眼が怖そうな印象を受ける、銀髪の褐色ロリっ娘ドワーフがいた。
いや、銀髪というより白髪か? おっさんの髪や髭も銀というよりは白だな。色素でも抜けたんか?
お父様とか呼んでたし、この吊り目ロリっ娘ドワーフはおっさんの娘ってことかな。念願のロリっ娘ドワーフ……是非ともお近づきになりたいぜ!
そう思った俺は足を止め、ドワーフ達の方へと向き直った。