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37.建国宣言《1》

 先輩と南原さんは宝物庫の隅で小さくなっていた。二人とも女性だし、やっぱり怖かったようだ。


 無事にイザナミをカードに送還したことを伝える。イザナミ達との戦闘でゴルフ場の一部にクレーターみたいなのが出来ちゃったけど、被害はそれぐらいだ。


 それにあんな俺の好みの見た目をした女の子にぶっ飛ばされたんだ。ご褒美みたいなもんだよ。


 ……そのことは口にはしないけどね。


「そうか、安心したよ」


 先輩はホッと安堵のため息を漏らした。先輩の腕に抱きついていた南原さんも安堵し、そっと胸を撫で下ろす。


「じゃあこれからどうします?」


「私は街を見てみたいな」


「私も街を見てみたいです」


 二人の言う街とは、蜃が展開した街のことだろう。確かに映画館とかボーリング場とか娯楽施設がたくさんあるから気にならないと言えば嘘になるが……。


「そんなに私の街を見てみたいんすか? しょうがないっす。特別っすよ!」


 ……街が気になると言えば蜃が調子に乗るんだよなぁ。だから俺は街を見て回りたいと口にはしない。


「ほらほらマスター、素直に私の街を見てみたいと言っていいんすよ」


 言わねーよ。


「まあ良いっす! さあ、私の街を案内するので着いてきてくださいっす!」


 元気いっぱいの蜃の分身の後に俺達が着いていく。


 こいつずっと元気だな。空元気ってわけでもなさそうだし、これが素なんだと思う。よくこのハイテンションが素で疲れないよな。毎日が楽しそうで羨ましいよ。


「む、何かマスターに馬鹿にされているように感じたっす!」


 蜃の分身が振り返って俺を凝視する。なぜ気付かれた!?


「いや……気のせいだよ、うん」


「そうっすよね~、マスターが私を馬鹿にするはずがないっす」


 文字通りに受け取ると俺がすごく信頼されていそうな発言だが、蜃の表情がニヤついているし彼女はふざけているんだろう。


 そんな蜃の分身に最初に案内されたのはデパートに併設(へいせつ)されたシネコンの映画館だった。入り口にはポップコーンを販売したりしているレジがあるが、当然ながら店員はいない。


 かと思ったらレジのカウンターの奥から従業員用の制服のようなものを着用した長身の男性が現れた。


「え、誰?」


「これも『蜃気楼』のスキルを使って実体を与えた私の分身っすよ。と言っても、姿は変えているんすけどね」


 皆姿が同じだったら軽くホラーだもんな。だから蜃の分身ではあるけど、見た目や性別は変えているのか。


「ようこそお越し下さいました」


 従業員の男性は頭を下げる。


「口調がちゃんとしとる……」


 従業員の男性の口調はちゃんとしていた。語尾が「っす」にはなっていない。


「こちらの方が良かったっすか?」


 すると急に従業員の男性が発する声音(こわね)が女性のものに、というか蜃の分身の声と口調に変わった。


「やめろ、キモいからやめろ」


「キモいとか酷いっす」


「いいからやめろ!」


 男から女の声が飛び出すのはキモい。あと口調も。


「それでは何をご覧になりますか?」


 男の声に戻った従業員の姿をした蜃の分身が、ご丁寧に何の映画を観るか尋ねてきた。


「つーかどの映画が観れんの?」


「この世界にある、ありとあらゆる映画をお楽しみいただけます」


「マジで?」


「はい」


 さすが蜃のスキルで展開された施設なだけはあるな。CランクとDランクのモンスターの間には知能にも強さにも雲泥の差があるのは知っているだろうが、とりわけCランクランク以上のモンスターが持つスキルはぶっ壊れ性能のものが多い。


 イザナミの『国生み』や『神生み』『黄泉津大神』然り、蜃の『蜃気楼』や『体内街』然り、八咫烏の『太陽の化身』然り。


 フラガラッハはDランクな上にネームドモンスターなので例外だ。


「先輩と南原さんはどれ観てみたいですか?」


「私はこれを観てみたいっす」


 蜃はレジの近くの壁に掛けられていた映画の広告ポスターを指差した。


「お前には聞いてねーよ」


「酷いっす」


 この映画館はお前の体内にある街の一部なんだし、好きな時に観れるだろ。


「これなんかどうだ?」


「良いですね」


「あ、私もそれ見たいっす」


 先輩は蜃が指差したのとは別の映画のポスターを指差すと南原さんも賛成し、ついでに蜃も賛成をする。じゃあ観るのはこれで決まりか。


 これから俺達が観ることになったのは、モンスターが出現する少し前に日本で話題になったアニメ映画だった。ジャンルはダーク・ファンタジー。


 この映画には元々原作の小説があって、異世界に転生した主人公の少年が神々に反逆する物語になる。こう聞くと主人公が悪役になっちゃうけど、神々も悪いことをしたんだ。


 具体的に言うと、物語のメインヒロインは神託によって神々に直々に指名された勇者だった。そしてそのメインヒロインが主人公のことを好きになる。


 だが勇者が恋に(うつつ)を抜かすとか何事かと怒った神々が試練と称して主人公の元に強力なモンスターを差し向け、死にかけた主人公を(かば)った勇者が死んだ。


 これが覚醒イベントとなって真の力に目覚めた主人公が神々に牙を()くことから物語が動き始める。最終的に神々を殺し尽くした主人公が新たな神として君臨し、神の力でメインヒロインを蘇らせて結婚するというハッピーエンドで終わる。


 何で知っているのかというと、原作を読んだことがあるからだ。まあ映画版は観てないからどんな感じになってるか楽しみだけど。


 劇場に入り、俺達は椅子に腰を下ろした。ちなみに八咫烏もいるが、体が大きくて椅子に座れないので床で寝転がって映画を観るらしい。


「なあ蜃。そういえばこの映画館の投影機とかは電力で動いてるのか? それとも魔力?」


「急に何すか、マスター。まあ良いっす、答えてあげましょう。私の街にあるものは全て魔力を動力とする魔導具っす。ただ取り外し不可なので盗まれる心配はないっすけど」


「マヨヒガの屋敷にあった囲炉裏とかと同じなのか」


 居住スペースを持つモンスターの居住区には必ず取り外し不可の魔導具とかがあるのかな。


 とか考えていたら上映が始まって部屋の壁にあった灯りが消された。




◇ ◆ ◇




 現在先輩と南原さんは大号泣中だ。物語の終盤である、主人公が神になってメインヒロインを蘇らせて感動の再会をするシーンで二人は泣き出して今に至る。


 もうすでに上映は終わっているのだが、涙で前が見えないから歩けないらしくまだ椅子に座ったままだ。泣き止むまで動けないな、こりゃ。


 しばらく待っていると二人の涙が乾いたので映画館を出る。


「次はどこに行くっすか?」


 道案内を務める蜃の問いかけに、俺は少し頭を悩ませた。


「今って確か昼頃だったよな?」


「そうっすね」


 太陽の位置が指し示すように、今は昼らしい。ということで昼飯にしないかと言ったら先輩と南原さんがうなずいたので、蜃に美味しい飲食店に案内するように指示した。


「高級レストランかファミリーレストランのどっちにするっすか?」


 この街には高級レストランなんてのもあるのかよ。でも映画を観ながらポップコーンを食べちゃったから、あんまり腹に飯が入んない気がするんだよな。


 そんな状態で高級レストランで食べるのも勿体(もったい)ない。まあ映画館に入館する時もお金なんて取られなかったし、蜃の街でお金を使う施設はパチンコ店くらいなんじゃないだろうか。


「私は久々にコーラとかを飲みたいからファミレスに行きたいな」


「あ、私もファミレスで。高級レストランとか息が詰まりそうなので……」


 先輩と南原さんも俺と同じでファミレスに行きたいようだ。


「えー! せっかくなら高級レストランの方に行きたかったっす!」


「ここはお前の街なんだから行きたい時に行けんだろ」


「むー! そうっすけど、一人で高級レストランに行くのは寂しいっす!」


「じゃあ分身を増やせよ」


「分身を増やしても、ただ(むな)しくなるだけっすよ……」


 おおぅ……。目に見えて蜃が落ち込んでしまった。何だろう、以前同じことをして虚しくなった経験でもあったのかね。


 どうしよう、蜃の古傷を(えぐ)っちゃったのかもしれない。悪いことをしたなぁ。


「ってのは嘘っすけど!」


 途端に元気になった蜃の頭をチョップした。


 そういえば屋敷の居間で楽しそうにたくさんの分身と遊んでたな。ちょっとでも心配した俺の気持ちを返せ。


 ずっと一人で寂しかったから、蜃は普段からこんなにハイテンションだったのかと納得しそうになったわ。


「マスターは(だま)されやすいっすねぇ」


「もうお前の言うことは信用しねぇからなっ!」


「ふっふっふ! また騙してやるっすよ!」


 俺を騙すことが出来てご機嫌そうな蜃に連れてこられたのは、全国展開をしているチェーン店のファミレスだった。


 何でそんな全国チェーンのファミレスが蜃の街にあるのかは知らんけど、ファンタジー化したこの世界でそれくらいのことをいちいち気にしていたら頭が禿()げるぞ。


 全国展開しているだけあってここのファミレスは安いから懐が寂しい時によく晩御飯を食べに来ていたな。


 ……一人で食べに来ていたから懐だけじゃなくて気持ち的にも寂しくなった時とかもあった。


 蜃の先導でファミレスに入店すると、映画館にいたのとはまた違った外見をした男性が店員として出迎えてくれた。


 こいつも蜃の分身の一人だろう。むさ苦しい男じゃなくて可愛い女の子を店員にしてくれれば良かったのに。


「女の分身は私一人で充分っす」


「お前俺の心の声読めんの!?」


「マスターの頭の上に心の声が書かれたふきだしが出てるっすよ」


 んなアホな。漫画じゃないんだからふきだしが出るわけないだろ。


「冗談っす」


「だよな」


 一瞬マジかと思って焦ったよ。モンスターだったり魔法だったりが存在するんだから、ふきだしくらい存在してもおかしくはないけどさ。


「席にご案内いたします」


 店員に案内された席に着いた俺達はメニューを手に取り、何を注文するかあーだこーだと話し合った。やっぱり久しぶりのファミレスだからテンション上がるよね。


 結局女性陣は皆、ヘルシーなパスタを頼んでいた。蜃もパスタを注文してたんだけど、果たしてこいつを女性だと認識するのは正しいのか。


 そもそも蜃はモンスターだし、分身が食うんだからヘルシーもクソもないと思う。


「さて」コップに入ったコーラをストローで吸った俺は、先輩達の顔を見回す。「皆には話しておくことがあります」


「何だ?」


「何ですか?」


「何すか?」


 不思議そうにする先輩達を横目に、俺はコップをテーブルに置いた。


「これから、この街を中心に国を造ろうと思います」


 俺はその日、建国を宣言した。


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