35.蜃
さて、そんなこんなで翌日になったわけだが。やあ、おはよう諸君!
というハイテンションとともに目を覚ました俺は布団から抜け出し、水で顔を洗って意識を覚醒させる。
魔石を消費して水を生み出す魔導具が宝物庫にあったので、その魔導具によって生み出された水を使って顔を洗った。
昨日先輩と南原さんが料理を作った際もこの水を生み出す魔導具を使っていたな。結構便利だ。
頭が冴えてから最初にやったことは、『ポーションのボトル』の確認だ。ボトルに満たした水がちゃんとポーションに変わっているのか気になる。
「色は変化してんな……」
ボトルを手に取って見てみると、注いだ水が黄色い半透明の液体に変化していた。匂いを嗅いでみると、甘いジュースのような香りがする。
うーん、美味しそうなジュースが出来上がった。これが本当に傷を癒やすポーションなのか?
ポーションらしき液体を魔導具でもないただのガラス瓶に移し替える。そして黄色い液体の注がれたガラス瓶を収納カードに入れ、解説を見てみた。
名称:回復のポーション
品質:C+
解説:患部に掛けることで瀕死の重傷すらも治す回復のポーション。多少の欠損の再生は可能だが、腕一本の欠損の再生などの大きな部位の欠損は再生出来ない。
甘い香りだったからジュースっぽかったが、マジもんのポーションだった。しかも瀕死の重傷でも治せんのか。加えて多少の欠損は再生出来るとか、性能良すぎんだろ。
Cランクモンスターの魔石を一個消費しただけでこんなとんでもない性能のポーションが作れるんだったら、Bランクモンスターの魔石を消費して作ったポーションはどんな性能になるのか興味が湧いてくるぞ。
あとはDランクやEランク、Fランクのモンスターの魔石を消費した際に出来上がるポーションの性能とかも確かめておきたいな。
一日放置しないとポーションに変化しないから、今日中に『ポーションのボトル』の魔導具の検証を終えることは出来ないけど。
さて。次にやることは昨日手に入れたガーゴイルや蜃、イザナミをカードから召喚することだ。
先輩は好奇心旺盛だからこういうイベントが好きなので、召喚に立ち会わせないとあとで怒られそう。そんで先輩を呼ぶとなると、仲間外れにしないためにも南原さんを呼ぶ必要がある。
だが女性が寝ている時に部屋に勝手に入って起こすのは常識的に考えて駄目だから、あの二人が起きてくるまで待っていようか。
そういうことで一時間ほど居間でゴロゴロとしながら本を読んでいると、最初に起きてきたのは先輩だった。
「何だ、もう起きていたのか」
「ええ。南原さんが起きてきたら、外に出て昨日手に入れたカードからモンスターを召喚させましょうか」
「なるほど、わかった」
先輩も居間の床に腰を下ろしてから、手に持った本を開いて読書を始めた。
実は昨日のうちにマヨヒガの屋敷の一部屋を『屋敷改変』のスキルで書斎に変えてある。その書斎の本棚に、収納カードを駆使して本屋などから調達した本を並べているのだ。
俺と先輩が読んでいる本は、どちらもその書斎の本棚に並べてある本になる。大量に本があるから、暇つぶしにはまったく困っていない。
全て読むのに何年も掛かりそうなくらいに本が大量にあるんだからな。
「ふぅ……」
俺はため息を漏らしながら読んでいた本を閉じる。
朝から読み始めて今読み終わったこの本は、世界各地の神話を纏めたものだ。
と言っても、俺は別に神話が好きだからこの本を読んでいるわけではない。生きるためだ。
というのも、神話や民間伝承などに登場する神や妖怪などを元にして創造されたであろうモンスターが非常に多い。
なので元になった神話を知ればモンスターの弱点もわかるのではないかと思い、モンスターが出現してからの4年間ずっと神話の本を読んでいた。
そうしたらある程度は神話や民間伝承などにくわしくなってしまったんだが、モンスターの弱点は未だにわかっていない。
読了した神話の本をパタンと閉じた俺は立ち上がり、書斎の本棚にこの本を戻すために居間を出ようとしたところで、パジャマ姿の南原さんが居間に入ってきた。
「寝坊しました!」
居間の壁に掛けられた時計の魔導具に目を向けると、今ちょうど昼の十二時を回ったところだった。
南原さんはかなり慌てた様子だ。別に何時に集合するとか決めているわけではなかったけど、俺と先輩が居間でくつろいでいたから焦ったのかな。
「集合時間とか決めてなかったんで気にしなくて大丈夫ですよ」
「ああ、俊也の言う通りだ。急いでやることでもないのだからな」
気にしなくていいと伝えても何度か頭を下げ続ける南原さんを先輩が止める。
しかして申し訳なさそうにする南原さんを加えた俺達三人は外に出て、まずは八咫烏とフラガラッハを召喚する。
「お、何だ。これから新入りを召喚するのか?」
「新入りですか! 楽しみです!」
二人とも楽しそうだな。一気に二体もCランクモンスターが増えるからかな。イザナミは女神だから正確には一柱と数えるべきか。
それを言ったら八咫烏も神だから一柱と数える必要があるんだが、そんな細かいことは気にすんなよ。
俺が持っているカードの中で、Cランクモンスターはかなり少ない。八咫烏やフラガラッハ、エルダートレントにトレントくらいだ。
Dランク以下のモンスターは喋れないため、八咫烏やフラガラッハの話し相手に出来る存在は俺や先輩や南原さんを除くとエルダートレントとトレントしかいない。
口にはしないだけで、もっと話し相手が欲しかったのだろう。だから会話可能なCランクモンスターの蜃とイザナミの加入は歓迎ってことか。
「まずはガーゴイルから召喚するぞ」
事前に血を垂らしていたガーゴイルのカードを手に持ち、召喚するように念じる。すると目の前にガーゴイルが姿を現し──
───その途端、俺は胃の内容物を吐き出した。
おええええぇぇぇぇぇ……。
「お主、何をやっておるのだ」
八咫烏がゲロを吐く俺を上から見下ろしながら言う。
いや、だってさ。カードに描かれてたガーゴイルのイラストがすでにキモかったのにさ、そのイラストがそのまま三次元になって現れたらもっとキモくなってたんだ。
カードのステータス欄に表示されてないだけで、ガーゴイルは精神を汚染するスキルを持ってるんだよ。そうに違いない。
先輩と南原さんはゲロを吐いてはいないものの、ガーゴイルから目を逸らして口に手を当てている。気分が悪いみたいだ。
「大丈夫ですか!?」
フラガラッハが心配そうに俺に近寄ってくるけど、剣先を俺に向けんじゃねぇよ!? 危ねぇ!
「ちょ、やめろフラガラッハ! 危ない危ない!」
「あ、すみません!」
自分が剣先を俺に向けながら近づいていたことに気付いたフラガラッハは、焦りながら急いで俺から離れた。
今の俺はリビングアーマーを装備しているわけではないし、エルダートレントに祝福されているわけでもないのでフラガラッハに刺されたら普通に死ぬ。
だからマジで危ない。八咫烏が言うには召喚したモンスターは俺に危害を加えられないようだが、それでも怖いし危ない。
それにモンスターは俺に危害が加えられないだけで先輩や南原さんには普通に攻撃出来るらしいので、あとで叱って二度と同じようなことはさせないようにしないと。
そうして視線をガーゴイルに戻したら。
「おええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
また吐いた。
◇ ◆ ◇
ガーゴイルは当初の予定通りマヨヒガの庭に配置しておくことになった。もちろんスキル『守護者』の守護する対象にはマヨヒガの屋敷を指定させたよ。
普段は石像に扮しているガーゴイルだが、敵が近づいてきた場合は動き出して戦う戦力となる。こう聞くとカッコイイと思うが、見た目がキモいのが玉に瑕だ。
翼があるから飛べるし、『水の息吹』のスキルで水のブレスを吐く。Dランクのくせにスキルの性能も良いんだけど、いかんせん外見が酷い。
何で精神攻撃系のスキルがステータス欄に表示されていないのか不思議なレベルでやばい。
ガーゴイルを視界に入れた瞬間に吐き気がするんだもん。スキルじゃないならあれはなんなんだ。
「おい、一旦休憩にしなくて本当に大丈夫か?」
肩を貸してくれた先輩が不安そうに尋ねてくる。ゲロを吐くこと計四回。そりゃあ心配するよね。
「……大丈夫ですよ。迷惑掛けてすみません」
俺は喉をさすりながら答えた。
一応口は水で濯いできたけど、まだ喉に違和感があるな。ゲロ吐いた時に逆流してきた胃酸で喉が痛い。
まあいいや。そんじゃあ蜃を召喚しようか。
「召喚、蜃!」
あ、ちなみにこの決めゼリフはただのノリだから。念じるだけでモンスターは召喚出来るし。
発光とともに召喚された蜃は、まさに巨大なハマグリだった。
普通の貝と同じように平たいから縦の高さはそれほどでもないんだが、広さとでも言うべきか? 横がものすごく長い。
ゴルフ場をはみ出して、周辺にあった建物が潰されるくらい蜃は大きかった。
「大っきいな、お前……」
「ありがとうっす」
「!?」
何か蜃の喋り方が変じゃないか!? しかも声が明らかに女のものだ。ハマグリみたいな見た目して性別が女なのかよ。
「どっから声出してんだ?」
「ここっすよ」
蜃がそう言うと、巨大なハマグリの口がパクパクと開いた。そこ口なのね。
「街はどこにあるんだ?」
「この中っす」
また巨大なハマグリの口がパクパクと開かれた。そん中に街があるってのか。さすがファンタジー。
「そんじゃあまずは、『蜃気楼』のスキルを使って何か幻影を空中に投影してみてくれ」
「注文の多いマスターっすねぇ」
渋々といった感じで『蜃気楼』を発動しようとする蜃。ただし雰囲気的にニヤニヤとしている感じがするから、渋々やってるフリをしているだけだろう。
もうすでにこいつの性格がわかってきたぞ。こいつ、絶対お調子者だ。ふざけ倒すのが好きそうな性格してるから間違いない。
「じゃあ幻影を空中に投影するっすよ」
すると『蜃気楼』のスキルが発動して目の前に霧のようなものが出現し、その霧が徐々に一カ所に纏まっていき人の姿を象っていった。
最終的に霧は妙齢の美人になり、その美女が俺に向かって片手を上げた。
「よっす、マスター!」
「お前かよ!」
美女、もとい蜃の分身の外見は腰辺りまで伸びる長い銀髪に、垂れ目でおっとりとした印象を受ける深紅の瞳を持つ美女だ。
無駄に可愛い分身を作りやがって。おそらく空中に美女の幻影を投影し、その幻影を蜃が操っているのだろう。確かに分身といえば分身だ。
「『蜃気楼』のスキルを使って私の分身みたいなのを作ってみたっす! どうっすかね? 可愛くないっすか?」
蜃の分身がその場でくるくると回転した。スカートを履いていたので、回転した際にふわっとなる。ギリギリ見えなかった。何がとは言わないが。
「そうだな……可愛いとは思うが、見えそうで見えなかったから減点だ」
「何でっすか!」
ぷんぷんといった風に頬を膨らませる蜃の分身。そういう子供っぽいのをやるなら妙齢の美人じゃなくて幼女の分身を作れよ。外見と中身がミスマッチだぞ。
「……何が見えそうで見えなかったって?」
耳元で声がして視線を横にずらすと、そこには顔を真っ赤にして俺を睨む先輩がいた。南原さんも赤面しつつ俺を睨んでいる。
見えなかったのはパンティーです、と言える雰囲気ではないな。どうしよう。
「何が見えなかったんでしょうね……ハハハ!」
とりあえず後頭部を掻きながら笑ってとぼけてみる。
「やーい、マスター怒られてるっす!」
うぜえええぇぇぇぇ! 煽ってくんじゃねぇ!
その後先輩と南原さんに必死に土下座をして許してもらえた。ただ二人の俺を見る目がクズを見る目だったのは気のせいではないと思う。
「よし。なら次は体内に保有する街を外に展開してみてくれ」
「了解っす」
街が展開されるまで時間が掛かるらしいから待っていたら、急に蜃の本体である巨大な貝の口がパカッと百八十度開いた。
貝の口が百八十度開いたことで中にあった街が姿を現す。
そうやって街を展開するんだな。想像とは違うが、面白い街の展開のやり方ではある。
「じゃーんっす! どうっすか、私の街は?」
ドヤ顔の蜃の分身は無視する。
大きな門が開け放たれているから街の中を見えるんだが、マジで立派な街だな。俯瞰したわけではないから正確にはわからないが、広さは街というより都市と呼んで大丈夫なレベルになる。
しかもその都市は大きな石の城壁のようなもので囲われていて、壁上には大砲や巨大なクロスボウであるバリスタなどの原始的な兵器の姿が見られる。
城郭都市みたいな感じと言えばわかりやすい。と言っても街の中に城らしきものはないが。
壁上にある兵器はかなり昔のもののくせに、街並みはモンスター出現以前の日本と変わりない。無人だし、なぜかわからんが娯楽施設などが多くある気がするけどね。
「何で娯楽施設が多いんだ?」
「お、マスターは良いところに気付きましたっすね! 娯楽施設が多いのは、迷い込んだ人間をこの街に留まらせるためっす!」
「じゃあ留まらせるのはなぜ?」
「そんな一瞬で消化出来るわけないじゃないっすか」
理由が怖いんだが!? こいつ、可愛い顔して何てこと言いやがんだ!
でも納得した。街に迷い込んだ人間に長く滞在してもらわないと消化が出来ないから、娯楽施設を多くしているのか。
「ということは、この街にある娯楽施設は全て遊べるんですか?」
南原さんが目を輝かせながら蜃の分身に尋ねる。
「何すか、やっと私のすごさに気付いたんすか? もちろん映画館では映画が観れますし、パチンコだって出来るっすよ!」
胸を張って誇らしげな蜃の分身。だけどお前、張るほどの胸を持ってないだろ。
「む。マスター、今変なこと考えてなかったっすか?」
「……いや、考えてねぇよ」
何で俺の考えてることがわかるんだよ!? エスパー!? エスパーなのか!?
けどすごいな、この街。蜃は俺が召喚したモンスターだから消化されることはないので、心配せずに遊べる。
その前に、まだやることがあるけどな。
俺はそう思いながら、右手に持つイザナミのカードに視線を落とした。