32.棚ぼたのリザルト《2》
マヨヒガの屋敷は天井が低いため、八咫烏は入ることが出来ない。なのでマヨヒガの『屋敷改変』のスキルで屋敷の天井を高くなるように改変させて、居間に八咫烏を来させている。
「じゃあやっぱり、覚醒者の持つ異能はモンスターの持つスキルと同じなのか」
「然り」
じゃあ、俺の持つ異能にも名前が付いているってことか。
「ほう、そうなのか」
「へぇ、そうなんですね」
居間で静かに俺達の会話を聞いていた先輩と南原さんも、俺と同じように驚いている。
モンスター出現後に定着するようになった''覚醒者''や''異能''という単語は、国際連合の各国政府による会議で生まれた単語である。
当時は覚醒者や異能についてほとんど把握されていなかったが、それでもモンスターに対する人類の切り札となるという認識はあった。
ただし、さすがに火器の通用しないモンスターが現れるとは想像だにしなかった。その結果、人類は文明が崩壊するまでモンスター出現を楽観的に捉えていた。
マスメディアは人類滅亡だと煽り立てていたが、まさか本当に人類滅亡の危機になってしまうとは思いもしなかったはずだ。
そのため各国は文明崩壊後に急いで自国にいる覚醒者達を召集し、高ランクモンスターの対処を強制させた。
その後は皆さんもご存じ、不満を持った覚醒者達が各地で反乱を起こすに至って各国政府は機能しなくなった。
反乱勢力に参加しなかった一部の覚醒者は、機能しなくなった政府に代わって治安維持をする者もいたが、自分が特別な存在だと勘違いして好き勝手する奴もいた。
館山の避難所を運営していた覚醒者達も、好き勝手していた側の存在だ。それでも、館山の避難所の奴らは好き勝手していた覚醒者の中ではマシな方になる。
酷いのだと非覚醒者を半ば奴隷のように扱う覚醒者達もいて、容姿の整った女性の非覚醒者は性奴隷にしているのもいる。
話を戻して、人類全体が楽観視していたこともあり、現在使われているモンスターへの対処法のほぼ全てが文明崩壊後に体系化したものだ。
もちろん魔法型や身体強化型、特殊型といった異能についての区分も文明崩壊後になされた。
しかし、''覚醒者''や''異能''などのモンスター出現後に生まれた造語は、物語などの主人公が使う『鑑定』のような能力によって調べられた上で名付けられたものではない。
だからモンスター側がスキルだと認識している力も、俺達覚醒者側からしたら異能だと認識しているように食い違うことがあるようだ。
おそらくここにいる俺達以外にこの事実を知っている人類はいないか、いても少数だろう。
「他にも聞きたいことがあるんだよ。回収したドロップアイテムの中にガーゴイルのカードがあったんだけど、ガーゴイルが空を飛んでいる時に『擬神罰』を発動して巻き込んじゃったのかな?」
「いや、というかガーゴイルは水生モンスターなのだが」
「は? 翼生えてるじゃん」
「言い方が悪かったのぅ。正しくは、水陸空で生息可能なのがガーゴイルというモンスターだ。元となった彫刻のガーゴイルが水にまつわるもののため、モンスターのガーゴイルも水生可能なモンスターとして創られたのだろうな」
なるほどな。そういうことだったのか。ファンタジー小説とかで遺跡を守護する石像の番人として登場するから、水生モンスターのイメージはまったくないが。
「そういえば、回収した大量のドロップアイテムの中で主力格になりそうなモンスターのカードはあったか?」
八咫烏からの質問に、俺は首を振る。無論、縦にだ。
「ふむ、見せてみろ」
俺は懐から一枚のCランクモンスターのカードを取り出し、ステータスの書かれた面が見えるように掲げた。
種族:蜃
ランク:C
攻撃力:920
防御力:1195
【スキル】
●蜃気楼:幻影を空中に投影して、人々を惑わす。近くに大量の水があると、投影する幻影の精度が増す。
●体内街:体内に街を保有。その街の中に人を誘い込み、体内に入った者を消化する。また、外界に街を展開することも可能。
蜃は蜃気楼を生み出す怪物と考えられていて、中国や日本の伝承では竜の姿をしているパターンとハマグリの姿をしているパターンがあるが、カードに描かれたイラストは巨大なハマグリだ。
そして蜃気楼を生み出す蜃が『蜃気楼』のスキルを使えるのは納得だが、『体内街』というスキルには首を傾げる。
蜃の体内に街があるなんていう伝承なんてあったっけ?
だが先輩いわく、『後西遊記』では蜃が腹の中に賑やかな街を持っていたという描写があるようだ。おそらく、その物語を踏襲したスキルが『体内街』だ。
蜃は体内にある街に人を誘い込み、街に入った者を餌にして消化するモンスターだと思われる。トレントと同様に、待ち伏せするタイプだ。
ただ俺はこのモンスターを戦闘に利用するのではなく、マヨヒガやガーゴイルと同じく防衛戦力として使おうと考えている。
というのも、どうやら蜃が体内に保有する街は外に展開することも出来るらしい。それならばマヨヒガの隣りに街を展開してもらおうと考えている。
そして展開された蜃の街を利用すれば、予定より早く国を造ることが出来るようになるはずだ。
召喚したモンスターは俺に絶対服従だろうから、蜃のカードが手に入ったのは好都合だったな。蜃には建国に協力してもらおうか。
「そういえばモンスターは食事不要だと八咫烏は言ってたけど、蜃の持つ『体内街』のスキルの説明に『体内に入った者を消化する。』ってあるじゃん。これは食事とは違うのか?」
八咫烏が言うにはモンスターは召喚中でも腹が減ることはなく、空気中の魔力を体に取り込んで生命活動に利用しているらしい。要するに食費が掛からないからずっと召喚し続けられる。
俺に許可を取ってドロップしたモンスター肉を八咫烏がたまに食べている時はあるが、あれは嗜好品として食べていたようだ。
でも『体内街』のスキルの説明には、『体内に入った者を消化する。』と書かれている。八咫烏の言を信じるなら、この説明は矛盾しているんだよ。
なので八咫烏に尋ねてみた。
「ああ、そのことか。お主が召喚したモンスターに限り、空気中から魔力を吸収しているから食べなくても大丈夫なのだ」
つまりそこいらにいる野生のモンスターは食事が必要だけど、モンスターカードによって召喚されたモンスターは食事が不要ってことか。
だから蜃は食事をするためのスキルを持っているんだな。
俺の異能にはそんな機能もあったのか。やっぱりすごい便利だよな、俺の異能って。
「でも何で俺の異能にそんな機能が?」
「我がマスターよ、お主阿呆なのか?」
「は?」
何か急にディスられたんだけど。
「モンスターカードによって召喚されたモンスターは、別に絶対服従ではない。召喚主であるお主に危害を加えられないようにはされているが、召喚主の命令に何ら強制力はないのだぞ」
「ふあ!?」
マジか。召喚したモンスターは俺に絶対服従じゃなかったのか。初耳なんだが。
「あれ? けど八咫烏とかフラガラッハとかトレントとかも大人しく俺に従ってるよ?」
Dランクモンスターは知能が低いけど、Cランクモンスターは河童などの特殊な例を除いて人語を喋れるだけの知能を有している。
なのにそれらCランクモンスターは俺に反抗的に接することなく、ちゃんと指示に従ってくれている。『墜ちし水神の意地』によって知能が回復した状態の河童も、文句なく従順だ。
だからもし召喚したモンスターが俺に絶対服従ならば、何でモンスター達は俺に従っているんだろうか。
「その理由の一つは先ほども言ったが、お主に召喚されたモンスターは食事が不要になることだ。他にも様々なメリットが召喚されたモンスターには用意されているため、お主が酷い扱いさえしなければ基本従順となる」
「俺の異能でモンスターを無理に従わせているわけじゃなくて、モンスターに利を与えることでその対価として従ってくれているってことか」
「そういうことだ。故に今後、お主に従うことに反抗的なモンスターが現れることもあるであろう」
もし反抗的なモンスターがいても、俺は無理矢理従わせたくはない。でもそういうモンスターは、どうすれば従ってくれるのかはわからん。難しい問題だな。
それはひとまず後回しにするとして、俺はもう一枚モンスターカードを取り出した。
「何だ? 主力格になりそうなモンスターカードは蜃の他にもあったのか」
八咫烏が目を見開いて驚きながら、俺が手に持っているカードを注視していた。
「ああ、これを見たら八咫烏でも驚くはずだぜ」
「それは楽しみだのぅ」
『劣雷槍』の『擬神罰』を発動し、半ば棚ぼた的に倒したモンスターがドロップしたカードの中で、Cランクモンスターのカードは二枚あった。
その内の一枚がさっき八咫烏に見せた蜃のカード。そしてもう一枚が──
種族:イザナミ
ランク:C
攻撃力:1080
防御力:1265
【スキル】
●国生み
●神生み
●黄泉津大神
───Cランク最上位の強さを持つ、日本神話における創造神であるイザナミだった。