30.擬神罰
あの後、イタズラしたことを二人には謝った。それはもう謝った。地に頭をこすりつけ、年下の南原さんには社会人の土下座の手本を見せてやった。
無視されると何か寂しい気持ちになって精神ダメージを食らってしまうため、それはもう本気の土下座をしたよ。
モンスターが召喚出来るようになるまで、俺はずっと家で一人だった。避難所にもモンスター肉を渡しに行く時以外には入れてもらえなかったし。
モンスターが出現してからの実に四年もの間もぼっちだったけど、最近はフラガラッハや八咫烏に先輩と南原さんと一緒にいたから賑やかだった。それが余計に、無視された際の精神的な固定ダメージを助長する。
結果として、心臓に悪いようなイタズラをしないようにと叱られながらも許してもらえた!
イタズラだと気付くまでは、先輩もかなり焦って心臓バクバクだったらしい。
「俊也に死なれたら……私はどうすれば良いかわからなくなる」
と先輩が恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら言ったのだが、あの先輩の姿は可愛かった。恥じらう女の子って可愛いよね。
ただ、大学生の時からあまり変わってないなとも言われた。確かに大学生の時にもこういう悪ふざけはよくやっていた。
というか、幼い頃から悪ふざけはやっている。
社会人になってすぐに親戚全員が集まったことがあったが、その時に親戚のじーちゃんばーちゃんに「俊也は子供の頃から成長してないね」と言われたことがある。
なぜか成長してないと聞こえた気がするんだが、気のせいだろう。そのはずだ。そうに違いない。
さて。これでグリモワールの性能は大体わかった。さすが貴重度B+なだけあって、消費する紙幣を増やせば増やすだけ炎の魔法の威力は上昇していた。
これからは戦闘でグリモワールも多用したりすることになるだろう。それくらい便利なのだ、グリモワールは。
次に性能を確かめる魔導具は貴重度B-の『劣雷槍』だ。雷槍の劣化版のため、Cランクモンスターの魔石を五十個消費しないと『擬神罰』が発動しない。
消費するCランクモンスターの魔石の量は多いが、その分威力には期待出来る……はず。
「よしやるぞ」
収納カードに入れておいた『劣雷槍』を取り出して握る。
そして魔石を『劣雷槍』に吸収させようとしたが、そもそもどうやって魔石をこの槍に吸収させるのかがわからない。
どうしようか唸っていると、フラガラッハが唐突に口を開いた。
「槍の穂先で魔石を砕けば吸収されるはずですよ」
「何でわかるんだ?」
「私も武器ですので、武器についてならば把握出来ます」
それはすごいな。まあネームドモンスターであるフラガラッハだからわかるのか、それともインテリジェンス・ソードならばわかることなのかは知らんけど。
フラガラッハに言われた通りに槍の穂先でCランクモンスターの魔石を砕いてみると、『劣雷槍』が黄色く輝いて電気を帯びた。
『劣雷槍』全体がバチバチと電気を帯びているのだが、それでも柄を握っている俺が感電することはない。
俺以外の奴だとどうなるか試すために、感電して死んでも大丈夫なゴブリンを召喚して『劣雷槍』を肌に触れさせた。
その途端にゴブリンは痙攣して死に至り、死体は塵となって消え失せた。
帯電した『劣雷槍』が強すぎる。まだ『劣雷槍』を発動する前なのに、格好良く槍に帯びている電気だけで死ぬとは。
発動しなくても帯電状態の『劣雷槍』は強力そうなので、この槍は汎用性が高そうだ。
その後も調べてみたところ、『劣雷槍』が帯びる電気の威力は魔石を消費すればするほど上がっていくことがわかった。
魔石を一個だけ消費したことで槍に帯びた電気ではEランクモンスターまでしか感電しないが、二十個ほどの魔石を消費して帯びた電気はDランクモンスターをも感電死させた。
魔石を上限である五十個消費した頃には、帯電した『劣雷槍』に触れただけでCランクモンスターを痙攣させるに至った。
ただCランクモンスターだけあって、痙攣しただけで感電死はしなかった。まあまだこれで『擬神罰』を発動前なので、この『劣雷槍』を発動するのが楽しみだ。
「のぅ。我、気になったことがあるんだが」
すると急に八咫烏が、気になることがあると口にする。
「何だよ? 言ってみ」
「発動前でその威力なら、ここで『劣雷槍』の『擬神罰』を発動させればゴルフ場が消滅しそうだのぅ」
言われてみれば『劣雷槍』は、『擬神罰』発動前でCランクモンスターを痙攣させられるほどの魔導具だ。発動すれば、周囲一帯に被害が及びそうである。
盲点だった。帯電するっていうのがカッコイイから夢中になっていて、周囲の被害について頭から抜け落ちていた。
性能テストだとしてもここで『劣雷槍』を発動なんかしたら、マヨヒガともどもゴルフ場が吹き飛びそうだな。
「おお、八咫烏に言われるまで気付かなかったよ。サンキュー」
「うむ、無能なマスターを導くのが我の務めだ。気にするでない」
言い方に悪意がある気がする。解せぬ。
「へいへい、悪かったな」
「お主を導くことが天命である故、仕方なきことよ」
こ、この野郎……! 絶対調子に乗ってやがる!
だが言っていることは正しいので反論出来ない。ちくせう。
「でも周囲に被害が及びそうにない場所ってどこだ?」
「海上で発動すれば良かろう」
「あ、なるほど」
さすが導きの神である八咫烏だ。海上ならば周囲に建造物とかないので吹き飛ばすこともないし、近くにいた人間を巻き込んでしまうこともない。
いや、漂流している人がいる可能性もあるけどさ。いちいちそんなこと言ってたら、広域殲滅を目的とした攻撃が出来なくなっちまう。
モンスターが出現したせいで法律も機能不全に陥っているから、人権もくそもない。こんな世界になってまで人権なんて言ってたら逆に殺される。
性善説を信じる人には悪いが、俺は性悪説だと思うよ。館山の避難所での俺の経験が、人間の本質は悪だと告げている。
確かに俺を庇う優しい人もいたけど、俺が定期的に避難所に無償で渡していたモンスター肉の存在を知ると手のひらを返して甘い蜜を吸う奴も多かった。
それでも甘い蜜を吸わずに俺を助けようと頑張る人もいたが、俺に力がないばっかりにそういう人達を守ることが出来ずに覚醒者の手によって殺されてしまった。
善人がいたとしても多数派である悪人どもによって殺される。事実、覚醒者が俺を助けようとした人を殺す際には非覚醒者の一般人達も協力していた。
俺がもし誰かに助けられたらモンスター肉を食べられなくなるから、助けようとした奴は殺そうという考えらしい。俺には理解出来ないよ。
脱線したから話を戻すが、海上ならば発動しても周囲に被害が及ぶことはなさそうだ。
俺は早速ヒッポグリフを召喚して跨がり、先輩と南原さんに断ってから海に向かって飛び立った。
先輩と南原さんは『擬神罰』がどんな感じで発動するのか興味があったみたいだが、周囲にどれくらいの被害が及ぶか確かめてからじゃないと危ないと伝えると納得してくれた。
「すぐに海が見えてきたな」
「愛知県は海に面した県であろう」
万が一のことを考えて、陸地が見えなくなるまで離れたところまで行く。太平洋上空をある程度進んでから帯電した『劣雷槍』を取り出して構えた。
「なあ、フラガラッハ。どうやったら『擬神罰』が発動するかわかるか?」
武器のことなら大体わかると言っていたフラガラッハならばわかるはずだと思って質問する。
「ふむふむ……ほうほう」
「何かわかるか?」
「はい、わかりました。『劣雷槍』を空高く掲げてから、とある言葉を言うと発動するようです」
「とある言葉?」
「ええ、その言葉は──」
「───『神よ、裁きの雷を下し給え』!」
俺がキーワードとなる言葉を叫んだことで、より一層『劣雷槍』が帯びる電気がバチバチと激しくなる。そして空が曇り、雷鳴が轟くとともにいくつもの雷が目の前に落ちた。
迅雷が尚も轟きながら、落雷は止まることなく続いた。
数分もすると曇って真っ暗だった周囲は晴れてきて、雷鳴が聞こえることはない。
ただし先ほどの落雷が本当であったかのように、海上には無数の魚が浮かんでいた。おそらく感電死かショック死した魚達だろう。
「おい、マスター! 浮かんでいる魚に混じってモンスターのドロップアイテムも浮かんでいるぞ!?」
「うお! マジだ!」
『擬神罰』によって落とされた雷に巻き込まれて、魚だけでなく水生モンスターも死んでいたようだ。
俺が『擬神罰』を発動したから、異能のお陰で魔石以外のドロップアイテムも見られる。
つーか、もしかして海に沈んじまったドロップアイテムもあるんじゃねーか!?
俺は急いで取り出した『河童の皿』にキュウリを捧げて河童を召喚し、海に沈んでしまったであろうドロップアイテムを回収するように命じた。
もし海で水生モンスターに襲われた場合に備えて、『河童の皿』を持ってきていて良かったよ。
「八咫烏は海上に浮いているドロップアイテムを回収しておいてくれ」
「任せろ」
しかしまさか、こんな棚からぼた餅みたいな展開でドロップアイテムが大量に手に入るとは。雷が落ちた範囲はかなり広かったから、『劣雷槍』は対集団戦闘で真価を発揮するのかもしれない。
Cランクモンスターの魔石を五十個も消費して発動しただけのことはあるぜ。