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29.魔導書

 モンスター出現以前の、まだ紙幣に価値があった時ならば大金持ちになれるであろうというほどの数の札束をマヨヒガに持ち帰ってきた。


 これからグリモワールの性能を試すわけだが、ネームド魔導書の威力が気になったのか先輩と南原さんも俺に付いてきていた。


「さて、と」


 俺はグリモワールを片手で開きながら持ち、もう片方の手でページをめくる。


 魔導書グリモワールが司るは炎。なのでグリモワールを使用した際にゴルフ場にある木に火が燃え移る可能性も考慮し、河童のいる池の横で性能テストをする。


 万が一ゴルフ場の芝生が燃えてしまった場合は、『操水』スキルを使って河童が消火する手筈(てはず)となっている。


 屋敷を出る前にグリモワールについて軽く調べたので、使い方はある程度把握している。


 まず消費する紙幣を、グリモワールのページのどこにでもいいので挟む。そしてモンスターを召喚する際の要領で、魔法が発動するように強く念じる。


 すると火の玉が目の前に出現し、驚いて()()っている内に火の玉はまっすぐ飛んでいって数百メートル先に落下した。


 威力はものすごくしょぼいが、今消費したのは諭吉(ゆきち)さん一枚だけだったので当然の結果だろう。


 消費する量を増やしていくと、その分だけ放たれる魔法の威力が上昇していく。


 次は、放たれる前の火の玉を操作してみる。まだ慣れてないので意のままというほどには操れなかったが、植物を操ることには慣れていたのでコツは掴んだ。


 操った炎をフラガラッハの剣身に纏わせることも可能で、敵を斬りながら燃やすことも出来るようになった。


「マスター、どうです?」


「うん、良いんじゃないか? 滅茶苦茶カッコイイぞ」


 今はフラガラッハの剣身に炎の纏わせる練習をしている。まだ慣れていないので、剣身に炎を纏わせるのにかなり時間が掛かってしまった。


 もう少しうまく炎を操らないと実戦では使い物にならないので、炎を操る練習としてフラガラッハに炎を纏わせていたのだ。


「つーか、フラガラッハは熱くないのか?」


「はい、熱はまったく感じません」


 なぜだろうか。さっき試してみたら、この炎で敵モンスターが普通に炎上したのに。


 不思議に思って俺も炎に手を突っ込んでみたが、確かに熱くないな。八咫烏にもやらせてみたが、こちらも熱くないようだ。


「わっ! だ、大丈夫なんですかそれ!」


 熱くなかったので炎に手を突っ込んで遊んでいたら、南原さんにすごく心配されてしまった。


 お、今面白いことを考えついてしまった。俺は天才なのかもしれない。フラガラッハに纏わせていた炎が俺に燃え移ったみたいに見えるように操ったら、先輩と南原さんはどんな反応をするかな?


 早速やってみる。炎を操り、まず俺の髪に燃え移ったように見せかける。そこから一気に俺の全体を炎に包み込ませた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 ちなみにこれは俺の奇声だ。本当に燃えてるみたいに見せたいなら、ちゃんと痛がっている演技もしないとね。


 そして地面に倒れて、指一本も動かさず俺があたかも死んでしまったように見せかける。


 チラリと八咫烏を見てみると呆れたような顔をしているので、俺がふざけていることに気付いているみたいだ。


 それでも俺のイタズラに乗っかってくれるようで、八咫烏は慌てたフリをして俺に近づいてくる。


「無事か、マスター!?」


 ……八咫烏、お前演技うまいな。マジで慌てているみたいに見えるぞ。


 南原さんは取り乱していたが、先輩も八咫烏と同様に俺がふざけているということを見抜いているようだ。何やってんだこいつ、という視線を俺に向けてきている。


 けれど八咫烏が慌てて俺に駆け寄ったことで、先輩は俺がふざけていないと勘違いしてしまい顔を真っ青にした。


 だよね、八咫烏って真面目そうだから慌てているのも演技だとは思わないよね。


 俺も最初は八咫烏は真面目な性格なんだろうと考えていたが、接している内に八咫烏もふざけるのが案外好きだということに気付いた。


 まだ接する時間の短い二人は、八咫烏の本質を見抜けなかったようだな。


「え!? 塚原さん!?」


「おい俊也!? 目を覚めせ!!」


 泣きそうな顔をする先輩と南原さんが急いで俺に近寄ろうとするが、八咫烏がそれを止める。


 端から見ると先輩と南原さんが、燃えている俺に近づいていて危険なので八咫烏が引き止めたように見える。


 でも実際は、近づいたら俺が燃えてないことに気付かれるので八咫烏が引き止めていたのだ。


「……八咫烏、正直に答えてくれ。俊也は無事なのか?」


 額から垂れた一筋の汗を手で拭った先輩は、目に涙を浮かべながらも真剣な表情で八咫烏に問う。


「回復のポーションがあればまだ助かるだろうが……明日にならないとポーションは使えない」


「つまり?」


「助かる見込みは低いということだ」


 回復のポーションってあれか。マヨヒガの宝物庫にあった『ポーションのボトル』の魔導具。


 一応水で満たしたボトルの中央部にCランクモンスターの魔石をはめたので、明日には注いだ水がポーションに変化しているはずだ。


 八咫烏の発言の中にはポーションの話のような真実もあるので虚実が入り混じり、そのお陰で演技をしているようにはまったく見えない。


 先輩と南原さんは肩を落とし、涙を(こら)えるように下唇を噛んだ。


 うーん、マジで俺が死んじゃったような雰囲気になってしまった。ここで立ち上がって「嘘ぴょーん!」と言う勇気が俺にはないぜ。


「マスターあああぁぁぁぁぁ(棒)」


 この棒読みの泣き声みたいなのはフラガラッハだ。どうやらフラガラッハは大根役者だったようだが、フラガラッハは無機質かつ無個性で中性的な機械のような声なので、先輩と南原さんは違和感を抱いていない。


「うえええぇぇぇぇぇん(棒)」


 や、やめろよ! フラガラッハの演技が下手くそすぎて笑っちまう!


 必死に笑いを堪える。幸いだったのは、先輩や南原さんがいる方に背を向けながら倒れていることだ。


 声に出しながら笑うのは堪えられているが、フラガラッハの棒読みが面白すぎて口元がニヤニヤとしてしまうのだ。


 もし顔を先輩達の方に向ける形で倒れていたら、緩んだ口元が丸見えなのでイタズラだとバレてしまう。


 …………さて、そろそろ頃合いだ。立ち上がって「嘘ぴょーん!」って言ってやるぞ!


 息を吸い込んで吐き出す。深呼吸だ。こんな暗い雰囲気の中で「嘘ぴょーん!」って言うのは緊張するな。ちょっと気まずい。


 何度か深呼吸を繰り返してから、勢いよく立ち上がって大きく口を開ける。


「嘘ぴょ───」


「俊也……死んでしまったな」


 俺が「嘘ぴょーん!」と言い切る前に、先輩が涙を流しながら喋った。


 え!? 待て、どーゆーことだ!?


「死んでしまいましたね、塚原さん……」


 南原さんも先輩に続くように言葉を発した。


 マジでどーゆーことだ。今俺立ち上がっているんだが。


 状況を理解出来ず先輩達の顔をキョロキョロと見比べていると、八咫烏が笑いを堪えていた。それで気付いてしまった。


 先輩と南原さん達、俺がふざけているのに最初から気付いていたのか!?


 八咫烏も先輩達が気付いていることを知っていたが、俺には何も教えずに静観していたようだ。


 お前、俺が召喚したモンスターだろうが。なのに何で俺の味方をしないんだよ!


「ちょ、え!? 先輩!!」


「俊也のことは残念だったな」


 先輩が無視する! 俺は彼女の中で死んだことになっているようだ。


 つーか、じゃあ先輩と南原さんが悲しそう顔をして涙を浮かべていたのも演技だったってことか!? やばい、あれが演技なら人間不信になっちゃうよ。


「助けろ八咫烏! 先輩達に無視される!」


「ふふふ、お主が馬鹿な真似をするからじゃ」


 なに笑っとんじゃボケェ!


 そうこうしている内に二人はマヨヒガの屋敷の方へ向かって歩いていった。


 ……いつまで俺の無視は続くのかな。


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