28.太陽と日本
「よっと!」
俺のパンチの風圧で銀行の壁が吹き飛び、目の前に先ほどまでいたモンスターは消滅してドロップアイテムが地面に転がる。
銀行内にいたモンスターは、Dランク上位の人狼だった。
人狼の特徴としては、狼形態と人狼形態に変身が可能なところかな。狼形態の時は本物の狼みたいな姿になり、人狼形態の時は上半身が狼で下半身が人間の半狼半人の姿になる。
ただCランクではないので、人狼形態になっても喋れないけど。Dランク上位程度のモンスターなんぞ、今の俺の敵ではないがな。ガハハハハ。
そんな人狼のステータスはこんな感じ。
種族:人狼
ランク:D
攻撃力:65
防御力:315
【スキル】
●半狼:狼と半狼半人のどちらの姿にもなることが出来る。狼の姿の時は速度が2倍、半狼半人の姿の時は攻撃力が2倍になる。
●月下の戦士:月明かりのある夜は身体能力が軒並み2倍になり、満月の夜には攻撃力のみが4倍となる。
見てわかる通り、スキルが特化しすぎているのだ。『半狼』のスキルによって狼形態はスピード特化で、人狼形態はパワー特化といった感じ。
『月下の戦士』スキルの効果も極端だ。月明かりのある夜は身体能力2倍、満月なら攻撃力4倍とかやばいやろ。
人狼は月や丸い物を見ると狼と化すという伝承があり、必ずしも満月を見ないと狼になれないというわけではない。また、月の満ち欠けによって変化するという伝承もある。
ヨーロッパだと人狼は悪魔などとして悪しき存在として扱われるが、アジアの方では神聖な存在とされている。
というのもチュルク神話では人間と狼の間に生まれた者がアシナ氏族を築いて突厥帝国の中核を担ったという話があり、そのためチュルク系民族は自身の祖を狼だと考えていたりする。
似たような狼祖伝説はモンゴルとかにもあるようで、狼を神聖な存在と考えていた地域と悪しき存在と考えていた地域では人狼の捉え方まったくが違う。
北欧神話ではフェンリルという狼が神々に災いをもたらす存在として描かれていることからわかるように、ヨーロッパでは狼などは悪しき存在だ。
日本では狼祖伝説がある地域は少ないけど、大神と読み方が同じだという理由で狼が神聖視されているのは確かだ。
人狼は夜に強くなる。要するに八咫烏とは真逆だ。まあ対極といえる存在ではあるけど、八咫烏の天敵ってわけじゃない。
Dランクモンスターがいくら強化されようが、Cランクモンスターの八咫烏には敵わない。確かに夜は八咫烏のスキル『太陽の化身』は意味をなさないが、そのスキルがなくとも八咫烏はCランク上位に位置する。
もし人狼が満月の夜に人狼形態になっても、攻撃力は520までしか強化されない。対して八咫烏は『太陽の化身』の効果によって強化されなくても、攻撃力は1250。力の差は明らかだ。
八咫烏の天敵といえる存在はちゃんと別に存在している。Aランクのツクヨミだ。
月読命って聞いたことないか? 月読命は日本神話において、天照大御神の弟にして夜を統べる神だ。
日本神話では月読命の性別についての言及はされていないが、基本的に天照大御神が女神で月読命が男神とされている。
天照大御神は太陽を、月読命は月の神となる。そのため、日本神話の主神にして太陽神である天照大御神の眷属的存在の八咫烏もまた太陽の化身として扱われている。
八咫烏に聞いてみると、モンスターとしてのアマテラスは『太陽の化身』の上位互換である『太陽神』というスキルを持っているらしい。効果は、日中は攻撃力5倍。頭おかしいだろ。
モンスターとしてのツクヨミもまた、アマテラスの持つ『太陽神』と対をなす『月神』というスキルを持っている。効果は、夜中は攻撃力5倍。『太陽神』スキルの夜バージョンじゃねぇか。
ツクヨミとアマテラスはどちらもAランクモンスターなので、早々に遭うことはないだろうが。
つか、アマテラスって八咫烏の完全上位互換的存在じゃないか? さすが日本神話の主神だな。
日本では太陽ってかなり重要だからね。日本神話でも太陽神が主神として扱われていることからも明白だ。
日本の太陽信仰は約7300年前の鬼界カルデラの大噴火に起因するっていう説もあるらしい。
鬼界カルデラは日本の九州の方にある海底火山で、約7300年前に起こった大噴火は過去1万年内では世界最大規模だったようだ。
その時の火砕流が九州南部に到達して、九州南部の縄文文化を壊滅させたとも推測されている。そりゃ火神とか太陽神を崇めたくなるよな。火は人間、というか生物が根源的に恐怖するものだし。
日本の国旗だって太陽だし、そもそも日本って名前だって太陽に関係している。
聖徳太子が隋(当時の中国)へ向けた書簡では日本を『日出ずる国』、隋を『日沈む国』と称した。これが日本という国名の由来となっている。
太陽が昇る東の果てにあるのが日本だし、中国より日本は東にあるから日出ずる国と称しても間違ってはいないわけだ。煽っている文面ではあるけどね。
それと中国の伝説に扶桑というものがある。
中国の伝説では東の果てに扶桑という巨大な樹木があり、その巨木から太陽が昇るとされていた。『梁書』という歴史書が出て以降は扶桑国は島国と考えられるようになる。
そのため中国において日本は扶桑国と呼ばれる場合もあり、日本でも自国を扶桑国と称することもあった。
とまあ、日本と太陽は密接な関わりがあるということだ。日本は火山大国でもあるから、太陽信仰に余計に拍車が掛かったという背景もあることだし。
そしてこの天照大御神の子孫が皇室、つまり天皇とされている。嘘だろうけどね。
元々ヨーロッパとかの国も、王家は神に使者として認められて国を治めているっていう体制をとって統治していた。これを王権神授説と言う。
で、日本神話やローマの建国神話などのように王権を強力にするために創り出された神話を王権神話と言う。
西洋や中国などでは王が神の使者を称したが、日本は王家(皇室)が神の使者ではなく神の末裔と称して統治したに過ぎないんだ。
実際、王権が神によって保障されている体制だと王家に逆らった=神の意に反したってなるから統治がやりやすくなるんだよ。
昔は迷信とかが普通に信じられていたから、神もいると信じていて恐れられた。科学が発展すると、神がいるとか馬鹿じゃねぇのってなったわけだけど。
これがニーチェの言うところの『神は死んだ』というものだ。科学の発展により神への信仰が死んだってわけ。
ただモンスターが出現したことで、神の存在がほぼ確定した。八咫烏も神は存在するって言っているし。
どうしようかな、マジで。俺、元々は無宗教・無神論者だったのになぁ……。
そんなことを頭の片隅で考えながら、人狼のドロップアイテムを拾っていく。カードは三枚か。Dランクモンスターならばこれくらいのドロップ率だ。
Cランクモンスターになるとカードのドロップ率は低くなる。俺の異能はそこまで万能じゃないんだよ。
人狼のドロップアイテムを全て拾うと、フラガラッハを握り直してから銀行の奥へと進んでいく。紙幣ってどこにあるんだろうか。
金庫かな。その金庫がどこにあるかは知らんが。
「人海戦術やっちゃおう」
探すのが面倒だったのでゴブリンを二十体ほど召喚し、紙幣を探すように命じる。するとゴブリン達は四方八方へと駆け足で散っていった。
しばらく待っていると、一体のゴブリンが札束を脇に抱えて戻ってきた。
「ギャギャギャッ!」
ゴブリンは子供くらいの背丈なので両脇に抱えている札束は多くはないが、こいつは札束があった場所を知っているんだろう。
目の前のゴブリン以外をカードに送還してから、札束があった場所を案内するよう言う。
「ギャッ!」
ビシッと敬礼のポーズをしたゴブリンは、回れ右をして元来た道を引き返していく。俺はそのゴブリンに後ろから付いていった。
すると壁が崩れて瓦礫が散乱している場所に辿り着き、ゴブリンは瓦礫を指差して何かを言っている。
「グギャギャギャギャッ!」
……ゴブリンが何を言っているのかはわからないが、この瓦礫の中に札束があると言っているように見える。
またゴブリンを数十体召喚し、瓦礫を退かすように指示する。
ゴブリンは雑魚の代名詞とも言えるFランクモンスターだ。ただしゴブリンより弱いモンスターとして腐肉喰いとスライムが存在する。
スライムでさえ成人男性の何倍もの力を持っている。ゴブリンはというと成人男性の数十倍の腕力を誇っている。意外とハイスペックなのだ。
ファンタジーゲームや小説などで雑魚として扱われるゴブリンですら非覚醒者は倒せないので、モンスターという存在がいかに規格外かわかるだろう。
だから、ゴブリンには瓦礫を退かす作業なんて造作もない。すぐに作業は終わり、大きな瓦礫は取り除かれた。
小さな瓦礫の破片などは地面に残っていて、そこに混じって札束も落ちていた。おそらく、壁が何らかの理由で金庫を巻き込んで崩れたんだろう。
4年もの間ずっと放置されていたんだから、雨風に晒されて崩れたってところかな。
紙幣も雨に晒されたんだと思うけど、元々紙幣は濡れても破れないように耐水性を重視して作られているから問題はないはずだ。
俺は落ちている札束をゴブリン達に集めさせ、収納カードに全て収納する。
一応他にもこの銀行内に札束がないかゴブリンに探させたが見つからなかったので、召喚したヒッポグリフに乗ってゴルフ場の拠点に帰還した。