25.マヨヒガ
先輩は収納カードに荷物を纏めて入れて、最後に家をまるごと収納した。
家を収納カードに入れたら中にある物も一緒に収納されると説明したが、どうもゴルフ場の拠点に移ったら自宅ではなくマヨヒガに俺達と一緒に住むかららしい。
まあマヨヒガの日本家屋は大きいから部屋もたくさんあるだろうし、構わないけどね。
俺はすでに無人島にある家を収納してから先輩の家まで戻ってきていて、南原さんとともに先輩の準備が終わるのを待っていた。
「もう準備完了だ。行こうか」
「了解しましたっと」
先輩の準備が終わったようなのでヒッポグリフを三体召喚する。
二人ともそれぞれ別の個体に乗ったのを確認した俺はいつも乗っているヒッポグリフに跨がり、八咫烏に護衛を頼んでから拠点とするゴルフ場に向けて出発した。
もうヒッポグリフに乗ることには慣れたが、今回は先輩と南原さんがいるので念のために護衛として八咫烏を召喚したまたまにしている。
「八咫烏は先導を頼む。ヒッポグリフは八咫烏を追え」
「「「グルゥ!」」」
三体のヒッポグリフが同時に鳴き、先頭を飛ぶ八咫烏の後を追って進む。直線距離を選んだために館山から海の上を進み、やがて数十分ほどで名古屋のゴルフ場が見えてきた。
ゴルフ場内にある池が見えてきたのでヒッポグリフの背中から飛び降り、俺はうまく着地してから池の中を覗き込んだ。
濁っていて池の中はまったく見えないが、水生モンスターが潜んでいるようには感じられない。なので『河童の皿』で河童を召喚する。
「グギャ!」
……マジでゴブリンみたいだ。ゴブリンも河童も肌は緑色だから似ているし、どっちも醜い容姿してるからな。
「いいか河童。お前は今日からこの池の中に待機して、敵が来たら撃退してくれ。敵が強かった場合は『墜ちし水神の意地』を発動しろ」
「ギャッ!」
了解、と河童は言っているつもりなのだろう。だが鳴き声がゴブリンのようで嫌悪感を抱かせるので、とても俺の指示に従っているようには見えない。
実際は素直に俺の指示に従ってくれているので、さほど問題でもないのだが。
ただ女性はこういう嫌悪感を抱かせる気持ち悪いモンスターは嫌いそうだよな。先輩も南原さんも気にしてないようだけど。何でや。
先輩は女だけど男勝りな性格をしているので驚きはないが、南原さんも気持ち悪いモンスターとか大丈夫らしいのには驚かされたよ。
「グギャギャギャッ!」
河童は池に飛び込み、水が濁っているのですぐに姿が見えなくなる。これで池周辺は安全になった。
上空から見下ろすとかなりの数のモンスターがゴルフ場内に跋扈していたので、今日中にゴルフ場内のモンスターを殲滅して安全を確保しておこう。
「じゃあマヨヒガを召喚しますね」
マヨヒガを召喚するので俺から離れるように先輩と南原さんに注意を促し、ポケットからマヨヒガのカードを取り出す。
召喚するように強く念じると、目の前が発光するとともに高い塀に囲われた日本家屋が池の横に姿を現した。
続いてマヨヒガの隣りに、収納カードから取り出した俺の自宅を設置する。
ううむ、立派な日本家屋の隣りにショボい一軒家があることで、より日本家屋の豪華さが際立ったな。
くっ、我が家は日本家屋と並び立つことが出来ないということか……。
「これはすごい。やはり俊也の異能は規格外だな」
「……自分の異能について理解するのに4年掛かりましたけどね」
もっと早くカードを使い方を理解していれば、4年もの間ずっと避難所にいた奴らに虐げられることはなかったのに。ちくせう。
「塚原さん、雫さん! どうしたんですか? もう私、中入っちゃいますよ!」
先輩に自虐ネタを言って自分で落ち込んでいると、南原さんがマヨヒガの門扉をくぐって早く来いと俺達を急かしながら、楽しそうにマヨヒガの塀の中にある庭を駆け回っていた。
南原さんは俺と少ししか年齢が違わないはずなのに、何であんなに元気なんだよ。
「俺も歳かな……」
「なーに馬鹿なこと言ってるんだ」
「痛ぇ! 何するんすか、先輩!?」
俺も歳かと腰に手を当てて呟いたら、先輩に後頭部を平手で引っ叩かれた。
「俊也は私より年下だろうに」
「いや、でも俺と歳があんまり変わらない南原さんがあんな元気そうに走り回ってるんですよ? だからつい歳かと呟いちゃうじゃないですか」
「わからなくもないが、まだ私達全員二十代だぞ?」
先輩の言っていることはもっともだ。ただ、俺が中学生とか高校生の時は二十代なんてもうジジイとババアだと思っていたんだよな。
自分が二十代になってみると、まだまだおっさんですらないと考えるようになったが。
「ん?」
そんなことを話しながら俺と先輩も門を通ってマヨヒガの敷地内に入ると、屋敷の入り口から二体の門兵が出てきた。無論、強化前なので腕は二本だ。
俺を見つけた門兵は頭を深々と下げ、すぐに頭を上げて門に向かって歩いていった。あいつら門番だから、門で敵を待ち構えるってことか。
マヨヒガの本体が姿を現すことはないだろう。本体さえ隠れていれば、敵はマネキンみたいな眷属が倒してくれるからな。
そんな門兵を横目に見ながら、俺は屋敷の玄関の引き戸を指差しながら口を開いた。
「じゃあそろそろ屋敷の中に入りましょうか?」
屋敷の中かどうなっているのかが気になる。フラガラッハの『破壊攻撃』を使わずにマヨヒガに挑んだ際に屋敷内に入ったことはあるが、戦闘中だったからあまり周りを見る余裕はなかった。
それに居住性も気になっている。マヨヒガの『屋敷改変』のスキルで、屋敷をどの程度改変出来るのか試してみるのも良い。
先輩も南原さんも賛成とのことで、早速屋敷の中へ足を踏み入れた。
屋敷に入ると土間があり、そこで靴を脱いで上がる。廊下の床は現代の住宅などにあるフローリングではなくちゃんとした板張りだった。
我が家は和モダンだが、こういう純日本式の家屋もいいもんだな。
廊下を進んでいき一番手前にあった襖を開けてみると、床に畳が敷き詰められたかなり広い部屋になっていた。
というか今開けた襖に絵が描かれていたのだが、それが水墨画だったのも俺的には高評価だ。水墨画は日本っぽいよな。
「見事な襖絵だな」
先輩は襖絵の方をじっくりと見ているが、南原さんは広い部屋に驚いて見入っている。
この部屋の広さは畳何個分くらいだ? 畳がありすぎてパッと見ただけではわからんぞ。
「すごいですね、マスター」
腰の方から声が聞こえて視線を落とすと、腰に紐でくくりつけていたフラガラッハが畳や襖などに興味津々な様子でカタカタと小刻みに揺れていた。
フラガラッハはどうやら純日本式の建築が心に刺さったらしい。特に壁に飾られている掛け軸に興味があるように見えた。
見回してみてわかるが、この屋敷は書院造を採用しているようだな。この部屋も書院造だ。……おいおいここは武家屋敷かよ。
フラガラッハが興味を示す掛け軸には絵ではなく文字が書かれているが、ものすごく崩された字なので素人の俺にはまったく読めない。
フラガラッハも読めないようではあるが、掛け軸の雰囲気を気に入っているように見受けられる。
ちなみに八咫烏は庭で待機している。あいつの体が大きすぎて屋敷に入れないからな。この様式美を見られないとは可哀想な奴め。
「すごいだろ、これが日本文化だ」
「すごいです。さすがマスターの生まれ育った国の文化です」
もう日本政府はモンスター出現や反乱を起こした覚醒者の台頭で崩壊寸前にまで追い詰められて機能してないけどね。
これでも日本は世界第三位の経済大国として列強の一国に数えられていたんだけどな。第二次世界大戦の敗戦国としては大健闘だよ。
その後屋敷の中を歩き回ったが、かなり広かった。学校の校舎が何個もあるような広さだ。慣れないと屋内なのに迷子になっちまいそうだ。
「あれは何ですか?」
そうしていると、フラガラッハが何かを見つけたようだ。でもあれってのはどれだよ。
「あれってどれだ?」
「あれです。あの角を右に曲がったところに魔力の流れが感じられるので、何かあるはずです」
魔力の流れ。八咫烏もたまに言うが、モンスターは総じて魔力の流れを感じ取れるそうだ。フラガラッハが曲がったの先に魔力の流れがあるって言うんだし、何かあるのは確かだ。
先輩は好奇心旺盛なので、何かあると聞いて目が輝いている。
この屋敷の主であるマヨヒガは俺が召喚したモンスターなので俺達に危害を加えることはないだろうが、魔力の流れを感じると言われると不安だ。
魔法はかなり強力だ。魔法型の異能に目覚めた覚醒者が放つ魔法の威力はそこまででもないが、モンスターの使う魔法は『太陽の化身』の効果で強化されている八咫烏にも傷を付けられるらしい。
例外もあり、補助型のバフ・デバフなどの魔法を使うモンスターは八咫烏に傷を付けるのは難しいとのことだが、放出系の魔法のほとんどは高火力を誇る。
だから魔力の流れを感じたらすぐ俺に伝えるように八咫烏やフラガラッハ達には言明していた。もしモンスターが遠距離から放出系の魔法を放ってきたら、防御するか避けるかしないと死ぬからだ。
ただ俺はこの魔法についてそこまで理解しているわけではない。というのも、モンスターの使う魔法はややこしいのだ。
河童が『操水』のスキルで水柱を操って攻撃していたが、どうもこれは魔法ではないと八咫烏に言われた。
説明が難しいのだが、河童が水を操っていた力は魔力によってではなくスキルの力によるものらしい。うーむ、わからん。
簡単に噛み砕いて説明すると、モンスターの持つスキルの名前に『魔法』の文字が入っていたら魔法なんだとさ。
脱線したが、曲がり角の先からフラガラッハが魔力の流れを感じると言った。マヨヒガの中だからといっても警戒する必要はある。
俺はマヨヒガに入る際にカードに戻していたリビングアーマーを召喚して装備し、フラガラッハを構えた。
「二人とも下がっていてください」
先輩と南原さんは俺の真剣さを感じ取ったのか、一切口を挟まずに後ろに下がった。
慎重に歩みを進めた俺は、顔を少しだけ出して曲がり角の先を覗き込む。その視線の先には日本家屋の雰囲気と合っていない、鉄製と思われる重厚な扉があった。
その扉の上部にこう書かれていた。
───宝物庫、と。