23.河童の皿
砂浜に倒れた河童の死体が消失し、そこにはドロップアイテムが残されている。俺は八咫烏の背から飛び降りて、砂浜に着地した。
「ハズレか……」
ドロップアイテムはカードではなく、河童の頭の上にあった皿だった。見た目は白磁の丸い平皿で、無地であり柄はない。
俺はその皿を収納カードに収納して、解説を見てみる。
名称:河童の皿
品質:C+
解説:河童の頭の上にある皿であり、この皿にキュウリを供物として捧げると河童が召喚されて指示に従ってくれる。なお、召喚された河童のステータスはオリジナルの二分の一である。
品質がC+となっている。ということは、品質C-とかもあるのかな?
というか、この皿すげぇぞ。キュウリを捧げて河童を召喚出来るってことかよ。ただし、ステータスがオリジナルの二分の一に弱体化してるのがデメリットか。
河童のカードがドロップすれば、ステータスの弱体化とかなかったんだけどなあ。そんなにカードのドロップ確率は高くないってことか。
試しに河童を召喚してみよう。
俺は収納カードからキュウリを取り出し、皿に載せてみた。
「……何も起きないな?」
「ふぅむ……供物を捧げると書かれておるのだし、手を叩いたりしなくては駄目なのではないか?」
「あ、なるほど」
八咫烏の指摘通りに手を叩いて頭を下げると、ポンッという音とともに『墜ちし水神の意地』を発動前の醜い状態の河童が召喚された。
皿に目を向けてみると、供物として捧げたキュウリがなくなっていた。キュウリが河童召喚の代価ってことになるのか。
「ん?」
キュウリの代わりに、何かが皿の上に置かれていた。それを手に取ってみると、河童のカードだとわかる。
種族:河童
ランク:C
攻撃力:560
防御力:635
【スキル】
●墜天せし存在:このスキルは神もしくはそれに準ずる存在が堕落し、それによって神から離反した者が保持する。知能低下、身体能力弱化、一部スキル封印の効果を内包する。
●墜ちし水神の意地:自身の命と引き換えに、『堕天せし存在』のスキルに内包された知能低下と身体能力弱化の効果を一時的に消し去る。
●操水:ある程度水を意のままに操ることが可能となる。
●仮初めの肉体:特殊な方法によって召喚されたため、ステータスがオリジナルの二分の一に低下している。
攻撃力が560? 低いけど、もしかしてステータスが二分の一になったから攻撃力が560なのかな。ということは本来の河童の攻撃力は1120になるのか。
それに防御力も635だけど、これも本来は倍の1270だったのかな。
この『墜天せし存在』ってのはマイナススキルだな。このスキルのマイナスの効果を『墜ちし水神の意地』が打ち消すから河童がパワーアップするのか。
水柱を操っていたのは『操水』のスキルだろう。
んで最後に『仮初めの肉体』。これは本来の河童には備わっていないスキルのはずだ。『河童の皿』に供物を捧げるという特殊な召喚をしたために生えたスキルだと推測出来る。
このスキルの効果が、ステータスがオリジナルの二分の一になるというもの。このスキルが召喚した河童に付与されるのが『河童の皿』というアイテムの特徴だ。
でもそれだと『河童の皿』は河童のカードの完全下位互換ということになる。だから、何か河童のカードにはない『河童の皿』のメリットがあるはずなんだが。
くわしく調べてみたいが、まずは後始末が先だ。
「八咫烏は無人島上空を旋回して周囲を警戒していてくれ」
「了解した」
島の防備を固めていた大半のモンスターが河童によって殺されてしまっているので、今の状態で別の水生モンスターの襲撃を受けたら俺達が壊滅しかねない。
なので八咫烏には島の周囲を上空から警戒させて、俺達が体制を整えている間に別の水生モンスターなどの襲撃を受けないようにしてもらう。
ついでに召喚した河童には海中で待機してもらって、水生モンスターを島に上陸させないように指示した。
あとは捨て駒のモンスターの補充をする。島に七十体いた腐肉喰いは、今では河童にやられて三体にまで減っていた。さすがスライムに次ぐ雑魚モンスター二番手だ。
腐肉喰いは敵の接近を察知したらいち早く俺に知らせることで、瞬時に敵を迎え撃てるようにするための情報網の役目を期待して召喚していた。
結果は情報網として腐肉喰いは大いに役に立ってくれた。もし腐肉喰いがいなかったら、ハイ・オーク達は河童の襲撃に反応も出来ずに殺されて終わっただろう。
ただ、費用対効果が見合っていない。だって一回襲撃受けただけで腐肉喰いは六十七体もやられてるんだぜ?
地味に腐肉喰いのカードを集めるのも辛いんだ。腐肉喰いは弱いから倒すのは簡単だが、カードを集めるために何度も倒していると作業ゲーと化して眠くなるんだよ。
……モンハンの素材集めを思い出すな。
まあコストパフォーマンスをどうするかは今後の課題として、今はまずモンスターの補充が先だ。
俺は腐肉喰いやハイ・オークなどを召喚して補充し、敵に備えるように指示した。
「マスター、お疲れ様です」
「おう、フラガラッハもお疲れ様」
フラガラッハを労いながら家へと向かって歩いていると、ふと気付いたことがある。我が愛しのマイホームの外壁に亀裂が入っているのが見えたのだ。
「うわああぁぁぁ! 我が家がっ! 我が家にヒビがっ!」
外壁は濡れていたため、河童の『操水』スキルによる遠距離攻撃によって亀裂が生じたと思われる。
俺は膝から崩れ落ち、拳を握って地面を叩きながら悲しみに打ちひしがれた。
「河童許すまじ! 次河童を見掛けたら一撃で屠ってやる!」
コツコツとローンを返済した、我が子のように愛しいマイホームにヒビを入れられたのだ。河童が謝ってきたとしても許さん。絶滅させてやる!
「塚原さんっ!」
河童に向けて呪詛を吐いていると自宅の玄関扉が開き、目を真っ赤にして泣いている南原さんが飛び出してきた。
「うぇ!? 南原さん!?」
そんな彼女の姿に驚いていると、南原さんが俺の胸元に飛び込んできたのだ。
「心配しましたよ……! 家の中にいても激しい戦闘音が聞こえてきたんですからね!」
あちゃー、南原さんに心配掛けさせちゃったみたいだな。そんなに激しい戦闘音が聞こえてたってことか。
深刻そうな顔で家を出たのもまずかったかも。どうやって襲撃者を退けるかだけしか考えてなかったからな。失敗した。
彼女は覚醒者ではなく、異能を持たない一般人だ。南原さんのメンタルケアの方法とかも考えておかないと。
「すみません、心配掛けてしまったようで……。一応勝ってきましたよ」
俺は彼女を落ち着かせるために背中に手を回してゆっくりて擦りながら、優しく語りかけた。
「……怪我はしていませんか?」
「ええ、大丈夫です。リビングアーマーを装備していたので」
あとはエルダートレントの『神木の加護』によって身体能力が強化されていたから、そこまでの重傷は負わなかった。
……軽い切り傷は河童に付けられたが、南原さんがこの様子だから言わない方が良いだろう。言ったらものすごく心配しそうだ。
「まだ晩御飯を食べている途中でしたし、家の中に戻りましょうか」
「……はい、そうします」
話を変えて晩御飯を食べてなかったので家に入ろうと言うと、渋々ながら南原さんはうなずいた。
そうだよな、まだ彼女は年下なんだ。確か二十三歳くらいだと聞いたな。ということは、モンスターが地球に現れた時はまだ大学生だったのか。
俺が大学生の頃にモンスターが現れていたら、すぐにモンスターの餌食にされる自信がある。それなのに彼女は今の今まで生き残っている。
でも不安であったことに変わりはないのだ。どんなに強く生きても、内心では彼女は怖くて怯えていたのかもしれない。
なのに俺は彼女を一人家に残した。しかも、俺が深刻そうな表情で家を出たから、余計に不安を増長させてしまった。
彼女は強い。力じゃない、内面だ。内面が強いが故に、俺を困らせないためにワガママを言わなかった。だから自分で抱え込み、その結果彼女は今センチメンタルな気分になっているように俺には見える。
俺の友達って肝が据わっている奴が多いから、こんな繊細な子と接したことは今まであまりない。だから、俺には南原さんの不安を払拭することは出来ないだろう。
本気で彼女のメンタルケアを誰に任せるか考えておこう。俺がいない時、彼女は一人で寂しい思いをしているかもしれない。
そんなことを真剣に考えながら、俺は南原さんの手を引いて家の中へ入った。