22.自宅防衛戦《4》
水神の姿に戻った河童がイケメン男だったから、ついつい嫉妬してしまった。モンスターなんかに嫉妬するとは。
けど仕方ないんだよ。だってゴブリンより少しマシ程度の醜い容姿が、こんな爽やか系のイケメンになるんだ。ギャップでイラッとした。俺は悪くない。
でも一つ決めたことがある。
こいつは俺が殺そう、と。
いやいや、ただ容姿が自分より良かったから腹立ったってわけじゃないからね? 本当だよ?
……すみません嘘です。ちょっと格好良かったからムカつきました。
俺よりモンスターの方が容姿良いってどういうことだよ!? モンスターだよ、モンスター!! 何で人外の方が人間様の俺よりカッコイイんだよっ!?
決めたじゃないか、塚原俊也! この世の理不尽をぶっ壊すと!
「逃げるぞ!」
八咫烏がそう言いながらクチバシで俺を咥えて飛躍し、そのまま無人島まで引き返そうとする。
「大丈夫か?」
「……ああ、何とか。河童がイケメンになりやがったから冷静さを欠いてたよ」
そういえば、もう河童を倒す必要はないということを思い出した。『墜ちし水神の意地』というスキルは発動したが最後、効果が切れると死ぬのだ。
あとは逃げ回っていればスキルの効果が切れて、河童は勝手におっ死んでくれる。
「お主、モンスター相手に嫉妬しておったのか?」
クチバシで咥えられているので顔は見えないが、八咫烏からは呆れたような雰囲気が感じられた。
「俺は悪くねぇ! 俺をイケメンに生まなかった神が悪い!」
俺は別にブサイクってわけじゃない。けどイケメンってわけでもない。そう、圧倒的に普通の顔だ。どこにでもいそうな、良くも悪くもない容姿。
なのにあんな醜かった河童がイケメンになったから、少しこの世の理不尽を感じていただけなんだ。
「神は人間の美醜には関わっておらん。恨むならお主の遺伝子を恨め」
「テメェ、それ間接的に俺の親も馬鹿にしてっかんな!?」
これでも一応、俺の両親は俺とは違ってかなり顔が整っていたんだ。どういうわけか、そんな二人から俺が生まれちまったわけだが。
そんなんだから、産まれたばかりの俺の顔を見て親戚一同は赤ちゃんの取り間違いを疑って病院に抗議したらしい。
そして俺と両親に血の繋がりがあることがわかると両親と親戚は涙し、母親に抱かれた幼き俺もつられて大泣きしたそうな。まさに地獄絵図。
「くっ! 自分で言ってて悲しくなってきた!」
…………この世は理不尽だ!
「っ! マスター!! 振り落とされぬように気張れ!」
「何だ!?」
焦ったような八咫烏がスピードを上げると、後ろから水柱が迫り来ていた。それもさっきの倍近い本数の水柱だ!
それに加えて、水柱の形が東洋の龍のようになってないか?
「何で水柱が龍の形になってんだよ!」
しかも水柱の龍は生きているかのごとく目をギョロつかせ、俺達を食べようと口を大きく開けて迫ってきていた。
「龍や蛇は水神の神使、つまり眷属とされているからだろう!」
河童が水神の力を取り戻したことの影響で、水柱が龍になっているってことか!
龍になったことで水柱に意思でも宿ったのか、より複雑な動きで八咫烏に襲いかかっているために避けにくくもなっている。逃げるだけかと思ったが、そう甘くはないみたいだ。
俺も八咫烏の背中に移動してからインテリジェンス・シールドの『反射』のスキルで水柱の龍の突進を弾き返しつつ、河童から逃げ回る。
「四方八方から来やがるな」
水柱の龍……水龍でいいか。その水龍が上下左右から襲いかかってきていて、なかなか前へ進めず雁字搦めになている。退路を塞がれているな。
逃げ場がないため八咫烏が水龍によって負傷し、浅くない傷も負わせられた。
「お主、これはどう切り抜ける?」
「知るか! 行き当たりばったりだ! 一点突破するからどっかに突っ込め!」
「無茶言うでない! 回避しているだけでも我は精一杯だ! 突っ込めば死ぬぞ!」
どうすれば良いのか思考を巡らせていると、こちらにゆっくりと近づいてくる水龍がいた。その水龍の頭上には人影が見える。
「さて。私をここまで追い詰めたのだ。相応の罰を受けよ!」
河童か! 河童が水龍の頭上で腕を組みながら立っていやがる!
「やばいぞ、どうする八咫烏!?」
「……ドラゴンモドキを召喚して、『恐怖の息吹』を水龍に向けて放て!」
「はあっ!?」
ドラゴンモドキの『恐怖の息吹』は、格下または同格相手にしか通用しないスキルだ。つまり、Cランク以上のモンスターには効果がない。
河童は元々Cランクだし、水龍だって一撃で八咫烏に浅くない傷を付けていたのでDランクということはないはず。
水龍は喋りこそしないが、河童だってCランクなのに知能が低くて喋れなかった。つまり喋れない=弱いとはならないのだ。
水龍がドラゴンモドキの格上であることは明白であり、『恐怖の息吹』が効くわけがない。
「我を信じよ! 我が種族は導きの神である八咫烏ぞ!!」
……。
…………。
………………。
「もし死んだら恨むからな!」
「その時は地獄の底で詫びよう!」
「そうかいっ!!」
俺はドラゴンモドキを召喚し、河童が攻撃してくる前に水龍に向かって『恐怖の息吹』を放つように指示する。
「ガオオオオオオォォォォォォォォォッ!!」
ドラゴンモドキは怯えるのを誤魔化すかのように吠えながら『恐怖の息吹』を水龍に向けて放つ。
竜擬きであるドラゴンモドキは、どうやら本物の龍が怖いようだ。西洋竜と東洋龍って別物ではあるけど、何かしらの繋がりを感じたのかな?
ドラゴンモドキによって放たれた、当たった相手に『恐怖』の状態異常を付与するブレスはまっすぐと進み、水龍の群れの中へと突っ込んでいった。
そのブレスの直線状にいた水龍はそろって雄叫び、ドラゴンモドキから距離を取るように後退していく。
そしてドラゴンモドキが切り開いた道を八咫烏は突き進み、窮地を脱した。
俺は深く息を吐いて脱力し、安堵で胸を撫で下ろした。
「それにしても何でドラゴンモドキのブレスが水龍に通用したんだ? 格上には通用しないんだろ?」
八咫烏に並走するドラゴンモドキの頭を撫でながら、俺は八咫烏になぜ水龍に『恐怖』の状態異常が付与出来たのか聞いてみる。
「水龍の強さがDランク相当だったため、ドラゴンモドキの同格と判断されてブレスが効いたのだ」
「いや、でも……水龍がDランク相当の強さだったら一撃で八咫烏に浅くない傷を付けられないだろ?」
「水龍は間違いなくDランク相当の強さだ。なのに一撃で我にあれほどの傷を付けられたのは、おそらくであるが水流であろう」
「水流?」
「ウォーターカッターというものがあるであろう? あれと原理は同じだ。水龍を構成する水はかなりのスピードで回転していたと思われる。その水龍の水流によって、攻撃力が上がっていたのだ。それがなければ、水龍はDランク相当の攻撃力しか持たんよ」
なるほど。つまり水龍の攻撃力はDランク相当だが、ウォーターカッターの原理で攻撃力が上がっていた。
ただしスキルによるバフではないため攻撃力の数値に変化はなく、水龍はDランク相当だと判定されたのでドラゴンモドキのブレスが通じたというわけか。
「水龍を構成する水を回転させていたのは河童なのか?」
「うむ、間違いあるまい。水神の力と知能を取り戻した河童ならば、水流を操る程度ならば造作ない」
じゃあ水龍が喋らなかったのは、そもそもCランクではなかったからなのか。
「そんなことよくわかったな?」
「『導き手』のスキルにヒントを貰った故、もしかしたらと考えたわけだ」
「あー、『導き手』スキルのお陰か」
そのスキルについてはイマイチわかってないんだよな。ただ助かっているのは確かだ。これからも俺達を助けてくれるなら、『導き手』のスキルのことを探る気はない。
八咫烏もそれについては詳細不明で理解出来ていないらしいので、手掛かりがないから探れないという理由もあるが。
「何はともあれ、助かったぞ」
「気にするな。お主を勝利へ導くのが我の役目だ」
その会話の途中でドラゴンモドキをカードへ送還する。河童との戦闘に巻き込まれたら確実に死ぬからな。
「私はマスターの役に立てませんでした……」
フラガラッハは自分が役に立たなかったからと落ち込んでいる。こいつ、八咫烏に妙に対抗意識を燃やしてんだよな。何でだろ。
「ぐっ……ぐはっ!」
背後からそのような声が突然聞こえたのでフラガラッハを構えて警戒態勢を取ると、水龍の頭の上で河童が胸に手を当てて苦しそうな表情をしていた。
すると河童は吐血し、纏っていた黄色いオーラが次第に消えていった。
「貴様あああぁぁぁぁ!?」
河童は苦痛に顔を歪ませながらも、鋭い眼光で俺を睨んでいた。
「ぐあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
絶叫した河童は水龍の頭から砂浜へ落下し、それでもなお俺を睨みながら死する。それと同時に糸が切れたように水龍の動きが停止したかと思うと、突如弾けて蒸発したように消えた。
『墜ちし水神の意地』の効果が切れて、その反動で河童は死んだようだな。強化されている時間は思いの外短かったが、強化率が高かったから妥当と言えば妥当か。