21.自宅防衛戦《3》
さて、どうしよう。河童討伐なんて言ったが、具体的にどのように倒すかなんて考えているわけもなく。
う~む、困った。今現在も水柱による攻撃は続いていて、河童が海上に姿を出すことはないだろうな。
どうやって河童を陸に引きずり上げるか。そうしないと俺達は一方的に攻撃されるただの的に成り下がってしまう。
「そういえば河童はキュウリが好物って伝承も残ってるが、モンスターの河童はどうなんだ?」
「む……」八咫烏は何かを思い出すかのように虚空を見つめた。「我の記憶が確かならば、モンスターの河童もキュウリは好物であったはずだ」
ならば試してみる価値はあるな。キュウリはちょうど今日の晩飯にあった。おそらくまだ料理に使っていないキュウリもあるはずだ。
そのキュウリで河童を陸に引きずり上げてやる。相手の得意なフィールドである海で戦うわけはないよな。
「一旦家に戻ってくれ。持ってきたいものがある」
「なるほど、そういうことか」
八咫烏は面白そうだなと言わんばかりにニヤリと口角を吊り上げた。
何だよ、今のやり取りで俺の作戦もうバレたの? まあバレても支障はないからいいけどさ。
「では一度家に戻ろうか」
「頼むぞ」
悠長に会話している八咫烏だが、まだ水柱は俺達を標的として迫ってきている。八咫烏はそれを焦らず的確に回避している。さすがCランク上位だ。
俺はフラガラッハを構えて不意打ちにも対応出来るようにしつつ、八咫烏に跨がったまま家へと戻る。
「よっと」
そんな掛け声とともに八咫烏の背中から飛び降り、玄関前で着地してから急いで家の中に入った。無論、靴はちゃんと脱いだ。マイホームを自分で汚すわけないだろ。
「え、え!? 塚原さん!?」
リビングの隅でモンスターとともに身を縮こまらせていた南原さんは、俺が戻ってきたことで困惑顔になってあたふたしている。
今は時間が惜しいので説明は後回しにして、預けてある収納カードの所在を南原さんに尋ねる。この預けていた収納カードに、たくさんの食材を詰めていたのだ。
「……収納カードですか? それならここに」
どうも彼女が自分で持っていたようで、スカートのポケットから収納カードを取り出して俺に手渡してきた。
それを受け取った俺は収納カードの中からキュウリの収納されたものを探し、それ以外を南原さんに返す。
「じゃあまた!」
俺はキュウリの入った収納カードを一枚持って駆け足で外に出ると、待機していた八咫烏の背に飛び乗ってからしがみつく。
「ちと危うい故、急ぐぞ!」
八咫烏はそう言いながら飛び立ち、海沿いに向かって急発進した。
八咫烏の言う危ういというのは、モンスターカードの残数のことだろう。河童が海中から一方的に遠距離攻撃を仕掛けてきているため、俺の召喚するモンスターがサンドバッグと化しているのだ。
そしてその殺される速度が異常だ。二秒に一回の割合でガラスの割れる音が懐から聞こえてくる。
このままでは四年間溜めてきたカードのほとんどが使えなくなってしまう。
確かに八咫烏やフラガラッハがいれば大丈夫ではあるが、捨て駒とかも意外と役立つ時もあるのだ。その捨て駒モンスターがどんどん減っていく。
水柱は澄まし顔でうまく避けていたが、召喚しているモンスターの数を減らされているからさすがの八咫烏も焦っている。
どうも八咫烏は捨て駒モンスターが死に尽くす前に河童とは決着をつけたいらしい。
俺はそこまで焦っていない。トレントが殺されたのはショックだったが、Dランク以下のモンスターカードなんて簡単にドロップするからな。
まあ早期決着は望むところなので構わないが。
海上で俺の乗った八咫烏がホバリングし、収納カードから取り出したキュウリを蔦に巻き付けた。この一本の蔦を操りながら海面辺りに垂らして河童が釣れるまで待機する。
「!?」
数秒と経たず水掻きの付いた手がキュウリを掴もうとした。俺は蔦を操って河童からキュウリを遠ざけ、地上へと誘導するためにゆっくりと動かす。
それに釣られて河童は海面から顔を覗かせ、キュウリを追いかけるように砂浜へと向かっていく。
海面から出ている河童の顔は、ゴブリンのような緑色の肌をしていてクチバシもあった。見た目は少し醜いが、さすがにゴブリンほどではない。
そして頭の頂点が禿げ上がったかのようになっていた。あれが皿だろうな。あの皿が乾いたら力を発揮出来ないのかな?
……おっと、思考が逸れてしまったか。
河童の手が届きそうで届かない距離を保ちながらキュウリを少しずつ砂浜に近づけていく。
にしても何でこれが罠だと河童は気付かないんだ。もしかして、気付いていてわざと罠に引っ掛かったとか?
「不思議そうな顔じゃな?」
八咫烏が背中に乗る俺の顔を見ながら聞いてきた。
「そりゃそうだぜ。何でこんな見え透いた罠に引っ掛かるんだ? 墜ちたとはいえ河童はCランクだぞ」
「仕方あるまい。水神から墜ちた河童は身体能力の弱体化だけでなく、いくつかのスキルを封印された上で知能も低下しておる。今のあれには獣並みの知能しか持ち合わせておらぬよ」
「じゃあ『墜ちし水神の意地』を発動すれば、身体能力が強化されるだけじゃなくて水神由来のスキルまで使うようになるのか?」
「あのスキルはそこまで凶悪なものではない。かつての水神は知能も高く強かったが、『墜ちし水神の意地』を発動しても知能と身体能力が元に戻るだけでスキルの封印は解かれん」
じゃあ河童はCランクなのに喋れないモンスターなのかよ。だから罠に簡単に引っ掛かったのか。
モンスターも強いだけじゃ駄目だということだな。強くても知能が獣並みだとフェイントとかにも騙されそうだし。
とか話していたらキュウリが砂浜に到達し、それに続くように河童も地上へと足を踏み入れた。
「ギャギャギャッ!」
うへぇ! 河童の鳴き声がゴブリンのそれと同じだ!
あれがかつては水神だったとは思えんのだが……。でもゴブリンも元は精霊だったっけ。墜ちる時はあそこまで墜ちるんだな。
嬉しそうなことを隠しもせずにキュウリを拾った河童は、そのままキュウリへと齧りついた。
その間にキュウリに巻き付けていた蔦を操り、河童に蔦を絡めて拘束する。
「ギャッ!?」
何本もの蔦を操って河童の動きを封じる。脳に負荷が掛かるのは承知の上だ。
この隙に八咫烏は降下し、河童と目を合わせてから『威圧』のスキルを使用した。
八咫烏の背中から降りた俺は大上段に構えたフラガラッハを河童目掛けて振り下ろす。これで終わりかとも思ったが、八咫烏の言った通りそこまで河童は甘くなかったようだ。
『威圧』で体が硬直しているはずなのに、振り下ろされたフラガラッハの軌道から河童が避けたのだ。
「おい、『威圧』スキルを使ってるはずだよな!?」
「知能が低いからと甘く見すぎであろう! 『墜ちし水神の意地』を発動されたぞ!」
河童の体から黄色いオーラのようなエフェクトが放たれ、子供のような体躯だったのが大人の背丈にまで成長する。
肌の色は真っ白となり、手からは水掻き、顔からは皿とクチバシ、背中からは亀の甲羅が失われ、姿は人間寄りとなった。
そして服は無地の浴衣をいつの間にか着ている。日本の妖怪だから浴衣を着てるのだろうか。
すごいな。もし金髪だったら、どこぞのスーパー野菜人みたいな見た目だぞ。
かつて水神だった頃の姿と身体能力、知能を取り戻した河童は俺に鋭い視線を向けた。
「貴様か。私をここまで追い詰めたのは」
喋った! マジで知能も戻ってやがる。
「んだよ、このクソ河童!」
俺は今、すごくすごく腹が立った。なぜかって? このクソ河童、水神に戻ったらイケメンな男の姿になったんだぜ? 河童の時は醜かったのに。
……羨ましい! 妬ましい! ぶっ殺してやる!