20.自宅防衛戦《2》
家を飛び出した俺は、すぐに八咫烏を召喚して跨がる。乗り心地は悪いが、背に腹はかえられない。
もしここでヒッポグリフに騎乗すれば、すぐに敵に撃ち落とされるだろう。Cランクモンスターである八咫烏だからこそ、まだ撃ち落とされていないのだ。
「これは……襲撃を受けたのか?」
「見ての通りだ。トレントもやられた」
「ふむ、なるほどのぅ。ピンチだというわけか」
「そーゆーこった」
暢気な奴め。こっちは死ぬかもしれないってのに。
「それで導きの神様よぉ、何か手はないのか?」
「どれ、『導き手』のスキルを使うてみようか」
以前聞いたところ、『導き手』のスキルを使うと苦難を乗り越える最善の道を教えてくれるらしい。ただし、教えてくれるかは運次第。何の法則性もないランダムだ。
なので八咫烏自身、このスキルについてくわしくは知らないとのこと。
「運が悪いの。『導き手』は道を示してくれんかったわ」
「そうかい、役に立たないスキルだこって」
何となくそんな気はしていたから落胆はしない。
それよりもまずは敵の居場所を探し出さなければならない。今現在も腐肉喰いに探らせているが、『気配察知』と『空間把握』のどちらのスキルにも反応はないようだ。
このまま遠距離攻撃によって敵に一方的に蹂躙されていくかもしれない。それだけは避けねば。
俺はポケットから蔦の切れ端を取り出す。この蔦は収納カードに収納出来ないので、まだ生きているものだ。
この蔦を『神木の加護』によって成長させながら操り、地上にいる敵を探し出すために地面を隅々まで這わせる。
端から見ると蛇みたいになっている蔦を何本も増やしながら操っていく。
「く……!」
やばい、脳味噌が追いついてこない!
『神木の加護』によって植物を操っても魔力的なサムシングは使わないようで、ラノベとかのファンタジー小説でありがちな精神の消耗や気絶などはまったくなかった。
だが蔦を複数操っていると、思考の処理が追いつかない。
元々簡単なイメージさえ出来れば植物は操れるが、イメージする数が増えたために複数のイメージを並行して行わないといけない。
だから思考の処理が追いついてこないので頭痛もして脳味噌が矜羯羅がってやがる。
「八咫烏! やべぇよ! マジやべぇ! 何とかしろ!?」
「思考能力が低下しておるな。それに伴い語彙力なども低下傾向にある」
ふぁ!? やばいじゃん!? マジなんとかしろよ八咫烏ぅ!?
「大丈夫だ。脊髄反射で何とか乗り越えれば良い」
「馬っっ鹿じゃねぇーの!? 脳味噌仕事放棄した状態で脊髄だけで何とかなるわけねぇーかんな!?」
「頑張れば人間何とかなるものだ」
「テメェふざけんな!」
やばいやばいやばいやばいやばいやばい!
やばいしか出てこないマジやばいっ!?
「ストップ、一旦止めよう!」
植物を操るのをやめると、脳味噌がまた働き始めてくれた。そしてそのまま力を抜き、八咫烏の背中で横になる。
まだ頭痛はするがさっきほどじゃないな。それも徐々に和らいできた。痛みがなくなってから起き上がり、奇襲に備えるためにフラガラッハを構え直す。
「大丈夫ですか、マスター?」
「ああ、何とか」
『神木の加護』にもこんな欠点があったとは。今後は気をつけないと、戦闘中に思考が鈍って被弾しそうだな。
「むっ!」
そんな時、地上から何かがこちらに飛んできて、それを八咫烏が巧みに避ける。
「今のは何だ!?」
「敵の攻撃だろう。トレントを殺した奴の遠距離攻撃で間違いはない」
なら今ので敵のいる方角がわかったな。海の方から発射されてきた。
「海へ向かってくれ」
「心得た」
俺の指示で八咫烏が海へ向かうと、海中から何本もの水柱が立つ。その水柱がそろって俺達の方へと勢いよく突っ込んでくる。
「あれは?」
「水系統のスキルによる攻撃のようだな。おそらく敵は水生モンスターで間違いあるまい」
八咫烏が水柱を回避しながら答えた。
水生モンスターか。今まで戦ったことがないタイプだ。勝てるか以前に、そもそも海中に潜って姿すら見えない敵に攻撃のしようがないのだが。
「どうやって敵を攻撃すればいい?」
「水生モンスターを相手する際に水中戦は危険だ。陸に引きずり上げるしかあるまい」
「引きずり上げる方法は?」
「すまぬ、今のところ思い浮かばん」
「だよな……」
厄介極まりない。これだから水生モンスターと戦うのは避けていたのに。撤退も視野に入れた方が良いか。
「もし逃げるとして、敵は追ってくるか?」
「水生モンスターは陸に上がると弱体化する。それ故、陸へ逃げた獲物を追うことはほとんどない」
なら、もし敵を倒せなかった場合は即行で逃げれば死ぬことはないな。
「どうする? 逃げるか?」
「いや、勝てそうなら倒したい。水生モンスターのカードはまだ持ってなかったからな」
「そう言うと思っておったわ」
八咫烏は小さく笑った。
こいつも俺の性格をわかってきたじゃないか。死ぬ可能性が低い戦いからは逃げない。死にそうなら逃げるが。それが俺だ。
日に一度しか発動出来ないフラガラッハの『覚醒』のスキルはマヨヒガを倒すためにすでに使ってしまったが、八咫烏が焦っていないということは強敵というほどではないはずだ。ならば勝機はある。
「敵に見当は付いているか?」
「うむ。敵はCランクモンスターの河童であると我は睨んでいる」
「河童? あの河童か?」
河童。それは妖怪の中でもかなり有名な部類に入るだろう。川とかにいて、人を引きずり込んだり尻子玉を取ったりするって怪談が日本の至るところにある。
でも河童ってあんまり強そうなイメージじゃないのに、Cランクに分類されているのか?
「なあ、河童って強いのか?」
「疑問はもっとも。そもそも水生モンスター自体が弱いのだ。なんせ水生モンスターなんぞ、地上ではワンランク落ちた力しか発揮出来ぬ。ただ、河童は水神であるという伝承が日本には残っておってな」
「水神?」
河童が水の神様ってことか? 水神と聞くと強そうだが、Cランクのモンスターは元々、神の名を冠する種族が多いじゃないか。何を今更。
「だが、河童は他のCランクモンスターとは毛色が違う。河童は水の神と呼ばれているのはすでに述べたこと。だが河童は子供のように小さいため、水神が零落した姿だとされている場合もある」
「零落? なら他のCランクモンスターより弱くなっているのか?」
「お主の言う通り、河童の身体能力はCランクモンスターの中でも下の方だ。だがスキルがちと厄介になる」
「どんなスキルなんだ?」
今もなお迫り来る水柱を華麗に避ける八咫烏は、少し間を開けてから俺の質問に答えた。
「……スキル名は『墜ちし水神の意地』。効果は、かつての水神の力を一時的に取り戻すことが出来るというもの。まさに墜ちてはいるが水神の意地であるな」
「あ゛?」
俺の顔は今、怪訝そうになっていることだろう。八咫烏が言ったことをゆっくりと咀嚼していった俺は、ますます顔を険しくさせる。
「待てよ、そのスキルを使った河童はどの程度強化される?」
「Cランク中位の、それもエルダー種並に強化される」
は? おいおい待てよ!? エルダートレントでもかなり強かったが、あれでもCランク下位のエルダー種だぞ!?
それがCランク中位のエルダー種並みに強化されるとか、冗談じゃないんだが!
「安心しろ。デメリットもある。そのスキルを発動したが最後、効果が切れたら死ぬ。故にもし河童が『墜ちし水神の意地』を発動させたならば、効果が切れるまで逃げ回るのが定石だ」
つーことは、自らの命と引き換えにかつての力を取り戻すというスキルなのか。もし河童のカードを手に入れても使いどころは難しそうだが、敵になると厄介だ。
さすが妖怪の代表格である河童といったところか。
「そのスキルを発動される前に倒したいな」
「難しかろう。瞬殺せぬ限りはな」
だよな。でも今の俺達はCランクモンスターを瞬殺出来るほどの火力を持っていない。瞬殺出来るとしてもフラガラッハの『覚醒』スキルくらいか。
だから河童を追い詰めたら確実に『墜ちし水神の意地』を発動されるだろうな。それまで逃げ回るしかない。
幸い八咫烏は飛べるので、空で逃げ回っていればいずれ効果が切れて死ぬはずだ。
「やるか、河童討伐」
「ようやっと覚悟を決めおったか」
「まあな。逃げ回っていればいいだけだから、案外と余裕で倒せそうだし」
「然り。追い詰めて『墜ちし水神の意地』を発動させたらあとは逃げ回るのみ。かなり楽勝と言えよう」
言葉にしたら簡単ではあるんだが……大丈夫かね。ただ、虚勢だけは張っておかないとな。そうじゃなきゃ今頃鼻水と糞尿を垂れ流しながら逃げてるよ。
南原さんに格好付けてきた手前、出来るだけ河童を倒したいというのが心情だ。危なくなったら逃げるのは当たり前だが、女の人の前で格好付けるのは男の宿命みたいなもんだ。
「任せろ、河童をぶっ飛ばすぞ。八咫烏、フラガラッハ! 準備は良いな?」
「出来ておるわい」
「準備出来ています!」
「そんじゃやるぞ! 河童討伐!」