17.ドラゴンモドキ
『神木の加護』によって大幅に強化された身体能力の調整をしているうちに夕暮れが近づいてきたため、俺はエルダートレントをカードに送還してヒッポグリフに跨がった。
やっぱりエルダートレントを召喚している間でないと『神木の加護』による身体能力強化の恩恵は受けられないようだな。
ただ、エルダートレントから300キロメートルほど離れても『神木の加護』の効果は切れることはなかった。
それ以上離れるとどうなるかも確かめたかったけど、離れすぎると道に迷って帰宅するのに時間が掛かっちゃうからやめたよ。
強力なスキルを持つモンスターを仲間に出来たことにほくそ笑みつつヒッポグリフの首元を手で叩くと、自宅のある無人島に向かって飛び立った。
家に帰ると燭台に立ったロウソクの火が消えていたので、南原さんはすでに就寝しているようだった。
夜の見張りとして、帰宅してすぐに家の外にはエルダートレントとトレントを待機させた。
いつもなら見張りは八咫烏に任せてるんだけど、八咫烏は対エルダートレント戦で浅くない傷を負ってしまったので、今日はカードに送還して休んでもらっている。
俺は南原さんを起こさないように物音を立てずに書斎に入り、机の上に地図を置いた。
この地図は館山周辺のものではなく日本全国を網羅していて、本屋から掻っ払ってきたものだ。
モンスターが跋扈するようになってからは本屋の棚に並んでいた漫画や小説などはすでに誰かしらに盗まれている。
ただ地図などは人気がないようで、ほとんど荒らされずに本屋に残されていたから値段が一番高いのを拝借してきたのだ。
「ん~」
地図を見ながら腕を組んで唸る。
防衛に向いた地形の場所を地図で探しているのだが、そのようなところはあまり見つかっていない。
鎌倉の鶴岡八幡宮辺りとかは地形的にはかなり良いと思う。三方を山、一方を海に囲まれた地形は防衛に向いている。
三方にある山の至るところに木に擬態させたトレントなどを配置し、由比ヶ浜の方には水生のモンスターを配置すれば防備は完璧になる。
水生モンスターのカードは持っていないから鎌倉を拠点にするならまずはそのカードを集めなくてはならないが、現在鎌倉は拠点の有力な候補地だ。
それに館山から鎌倉までは近い。陸路だと東京湾を迂回しなければいけないから遠いが、ヒッポグリフに乗っていけば海を突っ切って一直線で行ける。
なぜここまで条件がそろっているのに拠点の最有力候補地にならないのかというと、鎌倉は東京からほど近いからであることは言うまでもない。
今現在、東京は戦場になっていて火の海だ。
日本政府や、反乱を起こして日本政府打倒を掲げる自称革命軍の覚醒者達もやってくれるよな。
何が革命だよ。お前らのせいで鎌倉を拠点にするのを躊躇わなくてはならなくなってるんだぞ。
つーか日本の米軍基地にいるアメリカ軍とかはどうしてるんだろう。自衛隊が日本政府の主力として覚醒者達と戦っていることは判明しているが、アメリカ軍は日本政府にも反乱勢力側にも味方をしていない。
八咫烏に周辺の米軍基地を見に行かせたが、もぬけの殻だったらしいし。どっかで日本国民の保護とかしてんのかな?
まあ米軍のことはどうでもいいとして、明日はマヨヒガを狩ったあとはいろいろな場所に行って拠点の候補地でも探してみるか。
◇ ◆ ◇
日が昇って目を覚ますととまだ南原さんは起きてなかったので、朝ご飯は俺が用意しなくてはならないらしい。
家の外に出てそこらに生えている木をフラガラッハで伐採し、それから適当にカットして薪にする。
「乾燥してないから燃えにくいな」
収納カードにに入れると時間の進みが遅い(もしくは停止している)ようで、何日も経ってから取り出しても松明の火が消えていることはない。
その松明を収納カードから取り出して火種にしたが、さっきまで生えていた木を薪にしたので乾燥しているわけもなく。
結果として、うまく薪に点火しない。
魔法を使えるモンスターのカードが欲しい。そしたらすぐに火が点くと思うんだけど。そもそも魔法を使えるモンスターと遭遇したことすらなかったな。
今度魔法を使えるモンスターについて八咫烏に聞いてみようかな。もしDランクで魔法を使えるモンスターがいるなら、サーチアンドデストロイでカードを手に入れてやる。
薪に点火しようと四苦八苦することかれこれ数十分後、やっと火が点いて激しく燃え始めた。
「おお!」
やっと火が点いたぜ!
館山にいた頃はモンスター肉くらいしか食ってなかったから、火を点ける苦労とか知らなかったな。モンスター肉って生で食っても大丈夫だったから。
……キャンプセットとかも必要かな。デパートに行った時に覚えていたら持ってこよう。
俺は館山の避難所の食料庫に備蓄されていたレトルトのご飯パックを収納カードから取り出し、焚き火でそれを温める。
レトルトのご飯って食べたことなかったんだよね。どんな味か楽しみだな。
収納カードからコンビーフの缶詰を取り出して、レトルトご飯の横に置いてそれも温めておく。
コンビーフ。モンスター出現以前は値段が高すぎて手が出せなかった、あのコンビーフ! 以前一回食べたことはあるが、すっげぇ美味しかったんだよ。
「そろそろかな」
わくわくしながらご飯とコンビーフを皿に盛り付けていく。美味しそうな香りが食欲をそそるな。
焚き火を消してからその皿を家の中に運んでリビングのテーブルに載せ、収納カードからスプーンも取り出して皿の横に添えておく。
「いただきます」
両手を合わせてからスプーンを手に取り、コンビーフと白いご飯を口の中に放り込む。
さすが1000円越えのコンビーフだ。美味しくないと感じる人もいて好みが分かれるらしいけど、俺は好きな味だ。値段が高いだけはあるぞ。
夢中で食べ続けてコンビーフとご飯を平らげると、ペットボトルを収納カードから取り出して、中身の麦茶を口に注ぎ込む。
麦茶が温い。氷魔法的なのを使えるモンスターのカードが手に入ったら冷蔵庫として働いてもらおう。
ペットボトルの麦茶を飲み干したら、締めのデザートはトレントの果実だ。
実は普通のトレントの果実より、エルダートレントの果実の方が味が良いことがわかった。今日のデザートは、そのエルダートレントの果実だ。
トレントとエルダートレントの『誘惑の果実』のスキルに違いはなかった。ということは、エルダー種が何か特別ってことなのか?
それにしても、エルダートレントの果実は糖度高いな。果汁を搾ってジュースにしても良さそうだ。
『誘惑の果実』のクールタイムは半日だから、果実の数がある程度溜まったら果実100%ジュースでも作ってみるか。
さて行こう。
結局俺が行くまで南原さんは起きなかったので、コンビーフとご飯の盛り付けられた皿にサランラップをしてメモを残しておく。
『缶詰のコンビーフとレトルトのご飯を温めておいたので、良かったら食べてください』
そのメモをサランラップをした皿の上に置いてから、リビングアーマーとフラガラッハを装備して家を出る。
「エルダートレント。俺に『神木の加護』を」
「…………承知しました」
祝福をしてもらってから南原さんの護衛としてトレントとエルダートレントをこの場に残し、ヒッポグリフに乗ってマヨヒガを探しに行った。
無人島から飛び立って日本の本州が見え始めた辺りで八咫烏を召喚し、その背に召喚された腐肉喰いは落ちないように八咫烏に必死でしがみついていた。
腐肉喰いには、『気配察知』スキルでマヨヒガの気配を探らせている。
八咫烏でもマヨヒガを探せないことはないが、生物などを探すのは腐肉喰いの十八番だ。わざわざ八咫烏にマヨヒガを探させるなんて時間の無駄でしかない。
「キュウッ!」
すると腐肉喰いが右斜め前に顔を向けて鳴くので、八咫烏とヒッポグリフもそちらの方向に進路を変えながら飛ぶ。
「……向かいから何か来ているな」
しばらくすると、正面の方から飛行系モンスターの群れがこちらに向かって徐々に近づいてきていた。
「うむ、あれはドラゴンモドキの群れであろう」
「ドラゴンモドキ? モドキってことはドラゴンじゃないのか?」
「いかにも、あれは竜種ではなくただの羽根付きトカゲだ」
羽根付き餃子みたいに言うなよ……。
要するに、ドラゴンモドキってのは巨大なトビトカゲみたいなものか。
「ランクは?」
「Dランク上位だ」
ここが地上だったら植物を操って拘束し一網打尽にするのだが、ここは上空だ。故に、操れる植物などがない。
けれど所詮はDランクモンスターの群れだ。もう俺がDランクモンスター相手に苦戦することはないだろう。
「八咫烏は戦いながらドロップアイテムを拾っておいてくれ」
「承知した」
空中戦はドロップアイテムが落下していってしまうことが厄介だ。八咫烏にドロップアイテムが落ちていって見失う前に拾っておくように言いつつ、戦闘に巻き込まれないように腐肉喰いをカードに戻す。
「準備は良いか、フラガラッハ?」
「大丈夫です、マスター!」
「なら行くぞ!」
「はいっ!」
やがてドラゴンモドキの姿がはっきりと見えるくらいまで近づいた。
ドラゴンモドキは西洋竜のような体貌をしているが、翼はあまり立派なものではなくいささか迫力に欠ける。
「ガオオオォォォォッ!!」
雄叫びを上げながらこちらに接近するドラゴンモドキをフラガラッハで一刀両断し、その隙に俺の背後に迫るもう一匹のドラゴンモドキを蹴り殺す。
それで及び腰になったドラゴンモドキどもを、八咫烏が次々と屠っていった。
俺もフラガラッハを振り回してドラゴンモドキの息の根を止める。フハハハハ、今の俺達にDランクモンスターなんぞ敵ではないわ!
「何だ?」
遠巻きに見ていたドラゴンモドキが俺に向かって大きく口を開いたではないか。ドラゴンですらないモドキのくせにブレスなんて吐けるのか?
虚仮威しの可能性もあるが、一応警戒しておこう。Dランクのインテリジェンス・シールドを召喚する。
「もしドラゴンモドキがブレスを放ったら『反射』のスキルを発動してくれ」
俺の指示に、インテリジェンス・シールドは自身の体を震わせて返事をした。
そして俺はインテリジェンス・シールドを構えてドラゴンモドキの様子を窺っていると、喉の奥から紫色のビームのようなものがまっすぐ俺に向かって飛び出してきたではないか。
「やれ、『反射』を発動しろ!」
モドキのくせにマジでブレスを吐きやがった! Dランクモンスターなのに生意気な奴め!
俺はドラゴンモドキのブレスをインテリジェンス・ウェポン・シールドで受け止め、『反射』スキルによってダメージの25%を弾き返した。
「──ッ!!」
な、何だ!? 急にドラゴンモドキのことが怖く感じるように……!? ダメージは食らわなかったはずだぞ! 何が起きた!?
見るとインテリジェンス・シールドも恐怖で震えているので、急いでカードに送還する。
「ガアアアァァァァ!?」
本気で撤退しようか考えていると、ブレスを放ったドラゴンモドキが恐怖で顔を歪ませながら俺に背を向けて逃げていく。
何であいつも怖がっていたんだ……?
「って、まさか!」
俺はヒッポグリフを踏み台にして逃げていくドラゴンモドキの背中に飛び移り、フラガラッハを大きく振り上げる。
まだ恐怖心は残っている。けど体を動かせないほどではない。
深呼吸をして精神を落ち着かせてから、フラガラッハを振り下ろした。
「ガオォォ……」
フラガラッハに突き刺されたドラゴンモドキの体がフッと消え去り、代わりに魔石が残る。そして、先ほどあった恐怖心は綺麗さっぱりとなくなっていた。
「フラガラッハ!」
俺が口にするまでもなく意図を読み取ったフラガラッハは『飛行』スキルを発動させた。俺はそのフラガラッハから手を離さないように力を込め、ドロップした魔石を回収する。
「ヒッポグリフの元に戻ってくれ」
「わかりました、ちゃんと手を離さないでくださいね」
「大丈夫だ」
俺に柄を握られたフラガラッハはヒッポグリフの元に飛んでいき、俺がヒッポグリフに乗るとフラガラッハは『飛行』スキルを解除した。