15.エルダートレント
先輩は俺が造った国に住んでくれるそうだ。良かった。断られたらどうしようかと悩んでいたんだよね。断られなかったから、安心して胸を撫で下ろしたよ。
「あ、言い忘れてました。念のために先輩の家の庭にDランクモンスターを数体ほど待機させておきましたよ」
先輩は異能でアンデッドを使役出来る。ただし先輩が使役しているアンデッドは全てDランクモンスター並みの力しか持っていない。
だから万が一のことがないようDランクモンスターを数体ほど庭に待機させておいたのだ。
まあ、色香に惑わされて襲い掛かってきた男達を、先輩は今までに何度も倒しているので心配する必要はないかもしれないけど。
ちなみに、CランクではなくDランクモンスターを待機させたのは、単純にCランクモンスターのカードを多く持っていないからだよ。
もう少しCランクモンスターのカードが増やしたんだけど、Cランクモンスターは強いんだよなぁ。
「じゃあ先輩、館山を離れる時に迎えに来ますからね!」
話し合った結果、マヨヒガのカードを手に入れて館山を離れる際に俺が先輩を迎えに来ることになった。
マヨヒガのカードを手に入れるまで無人島の自宅で三人一緒に暮らしても俺は大丈夫なんだけど、先輩が南原さんに遠慮をしたんだよね。
「ああ、待っているから迎えに来てくれよ」
穏やかな笑みを浮かべながら手を振る先輩に、俺も手を振り返す。そして騎乗したヒッポグリフが空高く羽ばたき、先輩の姿が見えなくなるまで手を振った。
「八咫烏はトレントを探してくれ」
「トレントを?」
「トレントのカードは多い方が良いからな」
トレントはCランクのモンスターだが、待ち伏せに特化したモンスターのためにそこまで強くはない。
事実、トレントはCランクの中でも下位に位置づけられている。それでもさすがCランクと言うべきか、倒すのは苦労するんだよ。
今までトレント積極的に倒していなかったのも相俟って、トレントのカードは一枚しか持っていない。だから、もう何枚かトレントのカードが欲しいんだ。
幸いまだ日が沈むには早く、八咫烏が万全の状態なので余裕を持ってトレントを倒せる。
「おったぞ」
トレントを探すこと数十分。八咫烏が見下ろしている方を見てみると、道路に木が一本だけ生えていた。おそらくあれがトレントだ。
俺はフラガラッハとリビングアーマーを召喚して装備する。
フラガラッハの『覚醒』スキルはすでに使ってしまったが、これでもネームドモンスターだ。通常の状態でもCランクモンスターとは充分に渡り合える。
「行くぞ、八咫烏!」
「わかっておるわい」
先制攻撃だ。ヒッポグリフから飛び降りた俺はフラガラッハをトレントに深く突き刺し、それから距離を取った。
フラガラッハは回収せずとも『飛行』のスキルで俺の元に戻ってくる。
痛みで暴れ出すトレント目掛けて、八咫烏は上空から突撃をする。『太陽の化身』スキルによって攻撃力が倍化しているため、Cランクでも上位の攻撃力を誇る八咫烏の突進だ。
トレントの幹部分が、まるでトマトを握り潰すかのごとく破裂することになる。そしてそれが致命傷となり、トレントはドロップアイテムを落として消滅した。
ドロップアイテムは魔石だ。すぐにカードがドロップするわけないか。
「次行くぞ」
「カードが出るまでやるのか?」
「いや、日が沈むまでだ。『太陽の化身』の効果が切れると、トレント相手に今より時間を掛けることになる。それは効率が悪いからな」
もちろん、八咫烏は『太陽の化身』の効果が切れてもすさまじく強い。だが、それでも今みたいにトレントをあっさりとは倒せなくなってしまう。
それだと効率が悪すぎるので、トレントを倒してカードを集めるのは太陽が昇っている時だけにするつもりだ。
目の前で身を屈めるヒッポグリフに跨がってまた空へと飛び上がり、一足先に飛び立った八咫烏を追いかけた。
八咫烏は町を俯瞰し、トレントを探すために首をキョロキョロと回す。
「こっちだ。ついて参れ」
魔力かなんかを感じ取ったのか、八咫烏は進行方向を180度回転させた。ヒッポグリフもそれに従い、八咫烏に続く。
進んでから少しすると一軒家の屋根を突き破って生える大樹があり、それを見た八咫烏が驚いたような顔をする。
「……マスター、お主は戦わずヒッポグリフとともに待機しておれ」
「何だ? あの普通のより大きなトレントって強いのか?」
「トレントがあの大きさに育つには、少なくとも四年から五年を要する。十中八九、あれはトレントのエルダー種だ」
「エルダー種?」
聞いたことない単語が出てきたな。ただ何となく意味はわかる。エルダーってのは年上とか先輩って意味だろ?
ってことは、通常個体より長く生きた個体をエルダー種って言うんだろうな。
「マヨヒガなどの例外はあるが、Dランク以下のモンスターは弱すぎて長く生きられないからエルダー種も存在することはない。ただCランク以上のモンスターはある程度強いため、長く生き残る個体が存在する。それらのような長く生き残って成長したモンスターをエルダー種と呼ぶ」
日本では昔、猫が長生きすると猫又という尻尾が二つに割れたような妖怪になると信じられていた節がある。猫に限らずとも、長生きな動物は妖怪変化するというのが昔の日本での考え方だ。
例えば蛇は長く生きるにつれて鱗が出てきたり翼が生えてきて、いずれ龍になるっていう話もある。
だからモンスターも、歳を刻むにつれて進化するってことなんだろう。
ということは、ネームドモンスターはエルダー種というモンスターの通常の進化から逸脱した存在ってことになるのかな。
「ならあれは、トレントのエルダー種になるのか」
「然り。おそらくあのトレントのエルダー種は、この世界にモンスターが出現した当初から存在していた個体であろう」
「強いのか?」
「Cランクの上位に位置するモンスターのエルダー種が、下位とは言ってもBランクのモンスターを倒したことがある。それくらい、エルダー種というのは強い」
マジかよ。クソ強すぎんだろうが。すごすぎて語彙力が死んだぞ。
トレントはCランク下位のモンスターだから、エルダー種だとしても俺達で倒せないわけではないはずだ。けどそれなりに苦戦は強いられるな。
「マスターが戦闘に加われば負傷は免れん。フラガラッハよ、そなたは『飛行』スキルで空を飛んで戦え」
「わかりました」
フラガラッハは俺の手から離れ、八咫烏の横で停止してから剣先をエルダー種のトレントに向ける。……長いからエルダートレントって呼ぶか。
「おい八咫烏。二人だけであいつ倒せるのか?」
「苦戦はするであろう」
「なら何体かDランクモンスターを召喚するか?」
「いや、気にするな。お主が持つモンスターカードの中で、あれと渡り合える奴はいない」
言われてみるとそうだな。俺の持つモンスターカードの中での主力は、八咫烏とフラガラッハだけだし。
Cランクであるトレントのカードも一枚は持っているが、エルダートレントの相手は出来ないだろう。
やっぱり他にもCランクモンスターのカードを集めたいな。主力が少なすぎる。
「我が先に攻撃する故、フラガラッハは追撃をしろ」
「どこを狙いましょうか?」
「幹を切り裂け。エルダー種だとしてもトレントはトレントだ。それで死ぬ」
八咫烏は力を溜めるような動作をしてからエルダートレントに向かって加速し、幹部分に体当たりをしようとするが枝が動いて妨害した。
フラガラッハもその隙に幹を切り裂こうとするも、不規則に動く枝に捕らえられる。暴れ出してなんとか拘束から抜け出したフラガラッハは、まずは邪魔な枝を対処すべく行動に移した。
何とフラガラッハは横方向に高速で回転し、その状態でエルダートレントに突っ込んでいった。
枝が動いて止めようとするが、フラガラッハに触れた枝はことごとく切られていく。
縦横無尽に飛び回るフラガラッハに手を拱いている間に、八咫烏はエルダートレントの正面に移動。
そして『威圧』スキルを発動しようとするが、エルダートレントとなかなか目が合わない。
「くっ!」
まずいな。フラガラッハも『覚醒』スキルを使えていればまた違ったかもしれないが、今日の分は使用済みだ。力もかなり拮抗している。
八咫烏は歯を食いしばり、負傷覚悟でエルダートレントの目前まで迫る。枝に刺されたりして傷を負うも、ついにエルダートレントが八咫烏と目を合わせる。
「ッ!?」
先ほどまで暴れていたエルダートレントの動きがピタリと止まる。エルダートレントから困惑したような雰囲気が感じ取れた。
どうやら『威圧』が発動出来たようだ。それで気の抜けたのか、八咫烏はフラフラと墜落していく。
「ヒッポグリフ、八咫烏が落ちる前に回りこめ!」
地面に直撃して落下ダメージを食らう前に八咫烏の元へ急ぎ、受け止める。
「……助かったぞ」
「気にすんな。お前が気を失ったら『威圧』スキルの効果が切れる」
八咫烏は一人で飛べぬほど弱っていた。ただここでカードに戻してしまうとスキルの効果が切れてエルダートレントが動き出してしまう。
ヒッポグリフは八咫烏を背負って飛ぶのは無理なので、俺が八咫烏を背負ってヒッポグリフから飛び降りる。
八咫烏に負荷の掛からぬように衝撃を吸収して綺麗に着地する。そして八咫烏を地面に寝かせた。遅れてヒッポグリフも着地する。
ふとエルダートレントの方を見ると、フラガラッハがとどめを刺すところだった。




