14.内藤雫
俊也が我が家に来た。俊也がモンスターとともに館山の避難所を襲撃したという話を聞いて心配していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
扉を叩く俊也を家に招き入れ、先導するように廊下を進みながら後ろを歩く彼にバレないように安堵のため息を漏らす。
本当に俊也が無事で良かった。もし俊也に何かあったらと思うと気が気でなかった。
俊也は覚醒者でありながら、戦う力を持たない。いわゆる特殊型と呼ばれる異能を発現したのが彼だ。そこら辺にいるゴブリンにすら俊也は負けるのだ。
もし俊也の身に何かあったら、私の持つ忌々しい異能を最大限に活用してでも助け出す。拳を握り締めながら、再度決意を固めた。
ただし俊也はCランクモンスターを使役出来るようになっていたから、今後はそのような心配をすることはなくなるだろうがね。
「どうしました、先輩?」
私がリビングの前で立ち止まって拳を握っていると、不思議に思ったのか俊也が背後から私の顔を覗き込んできた。俊也の顔が近くにあり、少し赤面する。
「……いや、なんでもない」
赤くなった顔を見られないように足早にリビングからキッチンへ向かい、ちょうどソファに座った俊也に尋ねる。
「お茶出そうか?」
「じゃあお茶お願いします。あと、モンスター肉も持ってきましたよ」
「それは助かるよ。何の肉だい?」
「ハイ・オークとかですね、基本的には」
さらりと彼はハイ・オークの肉だと告げた。俊也の顔には、以前にはなかった自信があるように見える。
「ゴブリンすら倒せなかったあの俊也が、こともなげにハイ・オークの肉を持ってくるとは……成長したな」
私がそう口にすると、彼は頭を指で掻きながら苦笑した。どうやら彼自身、ここまで成長するとは思っていなかったみたいだ。
リビングと併設されていて仕切りのないキッチンでコップに温い麦茶を注ぎながら、私は気になっていたことを口にした。
「言いたくないなら言わなくても良いが、どうやってモンスターを使役しているか聞いても良いか?」
私が渡した麦茶を飲みながら、俊也はポケットからモンスターのイラストが描かれたカードを取り出してこちらに見せてきた。
「これは……俊也の異能によってドロップするカードか?」
「そうです。このカードからモンスターを召喚出来るようになっています」
ほう、このカードにはモンスターを召喚するという能力が備わっていたのか。
それから麦茶を一気に飲み干した俊也は、モンスターが召喚出来るようになってからのことを語り始めた。
最初はDランクモンスターのインテリジェンス・ソードのカードを手に入れたことから話は始まり、徐々に俊也が強くなっていく物語。
先ほど家の前にいた巨大な烏が俊也に襲い掛かってきた話を聞いた時は、殺意が湧いて殺しに行こうとも思ったが誤解だった。
あの巨大な烏は、俊也達を成長へと導くために襲い掛かったようだ。なら許そう。
館山にある避難所を壊滅へと追い込んだ話は、胸がスカッとしたよ。私は自分の異能が原因で避難所を追い出されたし、俊也はモンスターを倒す力がないから半ば奴隷のように扱われていた。
ああいう奴らは死んで当然だ。俊也の行いは正しい。ただ一つを除いてね。
「…………」
今私の口元は引き攣っていると思う。それだけ衝撃的なことが俊也の口から飛び出してきた。
「あの、先輩? どうしました?」
「………………」
あまりにも突然過ぎて、思考が停止する。数分して復活した私は、俊也に恐る恐る質問をした。
「……今その南原という女性と同居している、と?」
「はい、そうですね。彼女、俺の側だと安全だし面白そうとのことで」
「ふー……」
私は深く息を吐き出し、精神を落ち着ける。
俊也が女と同居しているのか。この俊也の行いだけは間違っている。その女が心の底から羨ましい。それにずるい。
……私は大学生の頃から俊也を好きだったんだ。初恋だったから積極的にアピールすることは出来なかったけど、社会人になっても連絡を取り合うくらいの仲にはなれた。
なのに、なのに……。その女は出会ってすぐに俊也と同居するなんて…………。
「先輩? 何か様子おかしくありません?」
「い、いや。大丈夫、大丈夫だから……気にするな」
俊也も気付いてくれよ。私がお前のことを好きだってことを。自分から伝えるのは恥ずかしいしさ。
それがいけなかったのかもしれない。だから出会ったばかりの女に先を越されたんだ。
果たして今、私の気持ちを俊也に伝えるべきだろうか。だが、同居するということは俊也もその女のことを憎からず思っているはずだ。
ということは、もう二人は付き合っているという可能性もあるのか!?
「それで先輩、実は言っておかなくてはならないことがあるんですよ。マヨヒガのカードを手に入れたら館山から離れようと思っているんですが───」
「何!? そうなのか!?」
考え事をしていると、またも衝撃的なことを俊也が言った。
「はい」
「そ、そうか……」
もうこの世の終わりだ。基地局が機能しなくなって電話が出来なくなっているという状況で俊也が館山を離れたら、ますます二人で話す機会が減ってしまう。
私は顔を伏せて、目に浮かぶ涙を俊也に見られないようにした。
彼が館山を離れたいと言っているのに、私が引き止めたら迷惑に思うだろう。私は俊也に嫌われることはしたくない。
「話を続けますよ。それでですね、マヨヒガを有効的に使う方法を思いついたんです。どんな方法だと思います?」
下を向く私を不思議そうに眺めながら、俊也は尚も話を続けた。
「さてな、わからん」
「マヨヒガを中心に街を造り、次第に人を増やしてゆくゆくは国を造ろうと考えていまして。あ、建国した場合は俺が王様になりますよ」
一瞬だが、私は彼が何を言っているのか理解出来なかった。
「……なぜ国を造ろうと思っているんだ?」
「俺や先輩が今後二度と虐げられないために、です」
彼は真剣な表情で私の顔を見つめる。
私と俊也が今後二度と虐げられないため。彼が言っていることはわかる。理由は異なるが、私達二人は避難所にいることを許されなかった身だ。
彼が避難所にいることを許されなかったのは、覚醒者であるにも関わらずFランクモンスターにすら負けるからだ。
そのような役立たずは避難所にいる覚醒者に殺されてきたが、俊也は殺されることはなかった。それは俊也の異能が有用だったからだ。
確かに俊也に戦う力はないが、モンスターを倒すと確率で肉がドロップする。肉以外にもドロップするものはあったが、使い方がわからないのでガラクタと化していた。
まあモンスターのイラストが描かれたカードも避難所にいた奴らはガラクタとして扱っていたが、まさかモンスターを召喚する能力がカードに備わっているとは思うまい。
つまり避難所の奴らは、モンスターからドロップする肉にしか俊也の存在価値を見出していなかったのだ。
ただし曲がりなりにも俊也に存在価値を見出していたので、殺すことはせずに飼い殺しにしたわけだ。
「要するに俊也が強い権力を有することで、今後理不尽な目に遭わないようにしたいということだろう?」
「ええ。俺が大きな勢力のトップになれば、利益を搾取されるようなことはないでしょうし」
悪くない。俊也が王として君臨すれば、彼が理不尽な目に遭うことはない。私の好きな人には平穏に過ごしてもらいたいしな。
「これからが本題ですが、先輩には俺が造った国で暮らしてほしいんです」
「私に国民になれ、と?」
「ええ。先輩はその異能のせいでコミュニティから追い出されたじゃないですか。先輩の異能を忌避する人もいるでしょうが、俺の造った国でなら普通に暮らせるようになりますよ」
私の異能を忌避する者は確実にいるだろう。なんたって、殺した生物をアンデッドにして使役するというのが私の異能だ。
人間を私が殺せば、その者はアンデッドとなって私に従うようになるのだ。この異能には助けられてきたが、同時に多くの人々に嫌悪される原因ともなった。
モンスターに親しい者を殺された人は、モンスターを使役する私に怒りの矛先を向けたりもした。結局、コミュニティを追い出された私は我が家で暮らすことになった。
といっても使役するアンデッドによって我が家は守られているので、私に性的に襲い掛かってきた男どもはもれなくアンデッドの仲間入りをした。
そうやってアンデッドが増えていくので、血の臭いや死体の腐敗臭がしたりするのが私の異能の唯一の欠点だな。
ただ私が使役するアンデッドは全てDランクのため、避難所にいる覚醒者全員を敵に回して俊也を助けるほどの力は持っていない。
俊也が避難所を襲撃しなければ、もう少しで私は命を捨てて死に物狂いで避難所を襲撃していたことだろうね。それぐらい私は俊也の境遇に腹に据えかねていた。
私は自分の異能が嫌いだ。この異能のせいでコミュニティを追い出されたのだから。
けれど、モンスターを使役するという点で俊也とおそろいだというのは嬉しいよ。今日初めて、アンデッドを使役出来る異能を持っていて良かったと思った。私って単純かな。
「良いね、私は俊也の造った国で暮らすよ」
もし俊也に誘われていなくても、私は彼の跡を追ったはずだ。好きな人と離れ離れにはなりたくないからね。
「ありがとうございます」
彼は口元を綻ばせた。その笑顔は、とても魅力的だった。
文字数が5万字を超えたところで、やっと建国について触れられました……。