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13.先輩

 マヨヒガのカードがドロップしなかったので肩を落として帰還する。


 といっても、館山に帰ってきたわけではない。昨日のうちに館山にあった家を収納カードに入れて引っ越したのだ。


 引っ越し先は日本にほど近い無人島であり、マヨヒガのカードが手に入るまでの仮の拠点にする予定だ。


 ただ、何もない無人島にポツンと俺の家があると違和感しかないな。


「ただいま~」


 自宅の扉を開けた俺は、玄関で靴を脱ぐ。すると、家の奥から返事が返ってくる。


「おかえりなさい!」


 南原さんの声だ。結局彼女は、俺と行動をともにすることになった。俺が留守の間は召喚したモンスターに護衛をさせているので、よっぽどのことがない限り南原さんの身は安全だ。


 それと、リビングアーマーのカードも渡している。どうやらモンスターカードに血などの体液を垂らせば、俺以外にもモンスターが召喚出来るようになることがわかった。


 ただし、南原さんが召喚したリビングアーマーのステータスはかなり弱体化していた。おそらくだが、俺以外が召喚するとモンスターが弱体化するのだろうな。


 また、南原さんに協力してもらって検証した結果、カードに血を垂らした本人にしかモンスターを召喚することが出来ないことがわかった。


 体液をカードに垂らしてDNAを登録し、それによってカードに登録されたDNAの人物以外にはモンスターが召喚出来ないようにロックが掛けられているということじゃないかな。


 体液をカードに垂らさないとモンスターが召喚出来なかったのは、本人以外にはモンスターが召喚出来ないようにするためだったんだよ。


「マヨヒガはどうでした?」


「倒せたけどカードはドロップしませんでしたよ」


 俺はそう言いながらリビングの椅子に腰を下ろし、果実を(かじ)った。この果実はトレントのスキル『誘惑の果実』によって生み出されたものだ。


 甘くて美味しいので、いつでも食べられるように収納カードに一定数を入れてある。


「何を食べているんですか?」


「これですか? トレントの実ですよ。食べます?」


「食べてみます!」


 新しい誘惑の果実を収納カードから取り出して手渡す。南原さんはそれを受け取り、キッチンに行って包丁で切り分けてから食べた。


「わっ! 美味しいですね、これ!?」


「トレントのスキルで生み出される実ですからね。美味しいですよ」


 俺はそう言いながら誘惑の果実を食べ終え、それから一時間ほどはソファでゴロゴロと本を読んでいた。


 こんな世界になってスマホやパソコンなどでゲームとか出来ないから、娯楽はやっぱり読書くらいしかないと思う。


 しかし読んでいた本が読み終わってしまい、次に読む本を探すために本棚に行って未読だった本を引き出してパラパラと(めく)る。


 最近未読の本が減ってきた。暇な時にほとんど読破しちゃったからなぁ……。あ、本で思い出したけど、()()()行こうかな。


 あそこには用事もあるし、本も大量にあるから何冊か借りてこよう。


「南原さん、ちょっとまた出掛けきますね」


「またですか?」


「ええ、用事を思い出しまして」


 俺は南原さんに断りを入れてから再度家を出て、八咫烏とヒッポグリフを召喚する。


「何だ、まだ用事が残っておったのか?」


「ああ、館山にいる知り合いのところにな」


 モンスターが出現して一ヶ月くらいまでは、まだテレビなども視聴することが出来た。あの頃は出現するモンスターが全てFランクだったからな。


 それから徐々に出現するモンスターのランクが上がっていき、今では人間は『地上の覇者』の座をモンスターに明け渡すことになった。


 まだガスや水道、電気などが使えた頃は暇つぶしに事欠かなかった。だがそれらも使えなくなると、夜はアルコールランプを点けて生活することを余儀なくされた。


 その頃になると暇つぶしに使えるのは本やボードゲームくらいしかなくなり、俺は娯楽を求めて本屋などを巡った。だが皆考えることは同じなのか、俺が行った時には本屋の本棚はスッカラカンだったな。


 あれはかなり焦ったよ。その後どうしたかっていうと、館山の避難所などでそれらの本が高値で取引されていたので、一ヶ月一生懸命に貯めた魔石で念願の本を手に入れたよ。


 これから行くのは、俺の知り合いである女性の覚醒者の家だ。その知り合いは本が好きなので、家には本が大量にある。


 本から連想されて、大量の本を持っている彼女のことを思い出したのだ。


 彼女とはモンスターが出現する以前から親しく、戦う力のない俺にも優しくしてくれたので今でも付き合いがある。


 というのも、モンスター出現以前から付き合いのある旧友のほとんどは、俺に戦う力がないとわかると途端に態度を百八十度変えたのだ。


 だが彼女だけはそれでも優しく接してくれて、助けてくれることも多々あった。俺の恩人の一人だ。


 モンスターを倒す時にはいつも手伝ってもらっていたんだけど、カードからモンスターを召喚出来るとわかってからは手伝ってもらわずともモンスターを倒せるようになったから最近は会っていない。


 久々に会いに行くから、モンスター肉でも分けようかな。


 そして彼女の家の近くまで来たところで、八咫烏が何かを感じ取ったのか眉間(みけん)(しわ)を寄せた。


「まずいぞ、マスターよ。血の臭いがする。しかもこれは、人間の血の臭いだぞ」


 …………何を言い出すかと思えばそんなことか。


「大丈夫大丈夫、あの家はそれが日常茶飯事だから」


「それはどういう……?」


「行けばわかるよ」


 俺は彼女の家の前でヒッポグリフから降りて、カードに送還した。八咫烏は何かあった場合に備えて召喚したままにしている。今俺はフラガラッハを装備してないからね。


 彼女の家は三階建ての一軒家だ。ここは彼女の両親の家らしいけど、両親はともに早くに他界しているのでここで彼女は一人暮らしをしている。


 俺はその家の玄関扉をノックし、自分の名前を大声で名乗る。


「先輩! すみません、塚原です!」


 それを何度か繰り返しているとガチャリという音を立てて扉が開き、寝癖でボサボサな髪の女性が顔を覗かせた。


 彼女は俺の背後にいる八咫烏を一瞥(いちべつ)し、何度かうなずく。


「噂は本当だったか。()()モンスターを使役しているんだって?」


「あー、もう噂になってるんすか?」


「まあね、館山だともう結構な人が知っているんじゃないかな。そこのデカイ烏は中に入るかい?」


「いや、我は遠慮しておこう」


「喋るのか? ということは最低でもCランクか」


 彼女の名前は内藤(ないとう)(しずく)、モンスターが跋扈する世界になる前からの知り合いの一人だ。俺との関係は、大学時代の先輩になる。


 彼女──もとい内藤先輩には()()()()()()()がある。その用事を済ませたら、何冊か本を借りさせてもらおうかな。


「ほう、大きいという意味を持つ『八咫』という言葉を冠する烏なだけあってデカイな」


 先輩は、非常に好奇心旺盛(おうせい)だ。今も八咫烏に近づいていき、興味深げに観察をしている。


「それより先輩、そこにいるデカイ烏が人間の血の臭いがしたって言うんですけど。またですか?」


「まただね」


 先輩は渋い顔をして神妙にうなずいた。


 寝癖で髪がボサボサではあるが、よく見ると先輩はクール系の美人さんだ。そのため、モンスターが出現して治安が悪化してからは先輩に襲いかかろうとする男がたびたび現れる。


 そんな男達は先輩の異能によってことごとく返り討ちに遭っている。八咫烏が()ぎ取った人間の血の臭いは、おそらく先輩が返り討ちにした奴らのものだろう。


「まあいい。さあ、中に入りたまえ」


 先輩が家の扉を開けて中に入るように促すので、八咫烏には待機しているように言ってから先輩の自宅に足を踏み入れた。


 玄関で靴を脱いでから先輩の後を追ってリビングに向かう。このリビングの部屋の壁には本棚が所狭しとあり、その本棚には本がたくさん並んでいた。


「お茶出そうか?」


 リビングの窓側にあるソファに俺が腰を下ろすと、先輩はそう聞いてきた。


「じゃあお茶お願いします。あと、モンスター肉も持ってきましたよ」


「それは助かるよ。何の肉だい?」


「ハイ・オークとかですね、基本的には」


 すると先輩は途端に生暖かい眼差しを俺に向けてくる。


「ゴブリンすら倒せなかったあの俊也が、こともなげにハイ・オークの肉を持ってくるとは……成長したな」


 これには俺も苦い顔で笑った。カードの使い方に気付く前は、俺自身も自分がこんな強くなるとは思ってもいなかったのだ。


「言いたくないなら言わなくても良いが、どうやってモンスターを使役しているか聞いても良いか?」


 麦茶の注がれたコップを持ってきた先輩は、俺にそれを渡しながら核心を突いてくる。


 結論を急ぐタイプではない先輩だが、それでもやはり気になるようだ。聞かれたら先輩には素直に答えるつもりだったし、別に構わないが。


 俺は麦茶を飲みながら八咫烏のカードを取り出し、先輩の目の前に持っていく。


「これは……俊也の異能によってドロップするカードか?」


「そうです。このカードからモンスターを召喚出来るようになっています」


 一気に麦茶を飲み干してから、何があって今に至るのかを事細かに説明していった。


「───ということがありました」


「…………」


 腕を組んで話を聞いていた先輩の口元は引き()っていた。


「あの、先輩? どうしました?」


「………………」


 何でだろう。先輩がまったく反応してくれないのだが。


 数分ほど時間を置いてから復活した先輩は、恐る恐るといった感じで尋ねてくる。


「……今その南原という女性と同居している、と?」


「はい、そうですね。彼女、俺の側だと安全だし面白そうとのことで」


「ふー……」


 先輩は深く息を吐き出してから、落ち着きがないようにそわそわとし始めた。右を見たり左を見たり、天井に目を向けたかと思えば顔を手で(おお)ったりなんかする。挙動不審だ。


「先輩? 何か様子おかしくありません?」


「い、いや。大丈夫、大丈夫だから……気にするな」


 本当に大丈夫なのか? 具合でも悪いのかな。だがそれならまずい。こんな世界になっても病院がちゃんと機能しているはずがないから、風邪でも死にかねないんだぞ。


「それで先輩、実は言っておかなくてはならないことがあるんですよ。マヨヒガのカードを手に入れたら館山から離れようと思っているんですが───」


「何!? そうなのか!?」


 もしマヨヒガのカードを手に入れたら、条件の良い場所を拠点にするために館山から離れることになる。そのことを伝えておこうと思ったら、何か先輩がこの話に食いついてきた。


「はい」


「そ、そうか……」


 先輩はこの世の終わりのような顔になるが、どうしたんだ? いつもは冷静なのに。


 肩を落として下を向く先輩を、俺は不思議そうな顔で眺めていた。


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