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128.欧州諸国よ団結せよ!

 ルネサンス期のフランスにおいて、医者と占星術師を生業(なりわい)とする男がいた。彼の名はミシェル・ド・ノートルダム。


 ラテン語風にミシェル・ノストラダムスと言った方が日本人には聞き馴染みがあるであろう。言わずと知れた大予言者ノストラダムスである。


 彼の予言が的中した数々の事例は信奉者らによって脚色され、ノストラダムスは大予言者として後世に伝えられた。


 ノストラダムスの信奉者は今なお世界中に存在し、彼らはノストラダムスが予知能力を持っていたことを疑いもせずに狂信している。




 フランス政府が反乱軍に倒れたことによりフランス共和国のかつての領域内は無政府状態、つまり半ば無法地帯と化していた。


 銃器を装備する非覚醒者と、反乱軍に参加しなかった覚醒者が日夜縄張りを広げるために小競り合いをし、国家やそれに準ずる組織も一向に誕生せず、力ある者が好き勝手暴れている。


 そんな旧フランス領域の山奥に、隠遁生活を送る覚醒者の姿があった。その覚醒者はまだ若い男なのだが、剃るのが面倒なのか顎髭が鎖骨辺りにまで伸びている。


 風呂もあまり入っていないようで、体のところどころが薄汚れていた。


「ちくしょうっ!」


 彼は自分で建てた掘っ立て小屋の中で大声を出して怒りを発散させる。


「なぜだ! やはり僕の解釈の仕方が間違っているというのかっ!」


 ノストラダムスが残した予言は非常に難解なものばかりだ。それ故、人によってその解釈は当然異なる。


 彼──オーギュスタン──は現在、ノストラダムスの『予言集』第十巻七十二番の詩の解釈を行っていた。その詩は以下の通りだ。


1999年7の月、

空から恐怖の大王が来るだろう、

アンゴルモアの大王を蘇らせ、

マルスの前後に首尾よく支配するために。


 日本で一時期大流行した『ノストラダムスの大予言』に掲載された1999年に人類が滅亡するという解釈はここから来ている。


 アンゴルモアの大王とはフン族の王アッティラを指しているとし、『アンゴルモアの大王を蘇らせ』云々とは1999年にアッティラの再来のようなアジア人の大王に率いられた軍隊がヨーロッパに侵攻してくるというのが主な解釈の一つとしてある。


 また、アンゴルモアをモンゴルのアナグラムとし、1999年にモンゴルの大王たるチンギス・カンの再来のような者の出現を予言しているという解釈もあった。


 とまあこのように、アジア人の大王が空路からヨーロッパにやって来る、というのがほとんどの解釈の共通項なのだ。


 オーギュスタンもそれに異論はないのだが、結局1999年にアジア人の大王が現れることはなかった。


 彼はノストラダムスの信奉者であるため予言が外れたとは欠片も考えず、自分の解釈が間違っているのだと思い込んだ。


「どういう解釈が正解なんだ! クソッ! 僕ではノートルダム様の思考をトレース出来ないのかよ! 力不足ってことか!?」


 荒れていた。オーギュスタンは荒れていた。


 しばらく騒いでいると掘っ立て小屋の扉を乱暴に叩く音が聞こえ、オーギュスタンは深呼吸をして気を落ち着かせる。


「誰だ?」


「オーギュスタン様、私です!」


 その声はオーギュスタンの弟子のものだった。かなり焦っているような声だ。そのためオーギュスタンはすぐに扉を開ける許可を出した。


「開けていいぞ」


 すると直後に扉が勢いよく開けられ、小柄な青年が息を切らせながら掘っ立て小屋に飛び込んでくる。


「大変です、オーギュスタン様っ!!」


「どうした? 何かあったのか?」


「そ、それが……」


 弟子の体は震えていた。寒さなどによる震えではない。おそらく恐怖などによる震えだ。そう判断したオーギュスタンは弟子の背中をさする。


「ほら、まずは呼吸をしっかりしろ。そんなに急いで報告しなくてもいいからな。ゆっくりだ、ゆっくり」


「は、はい」


 弟子はオーギュスタンに促されるままに息を整え、それからポツリポツリと話し始めた。


「東アジアに興った国の王がモンスターを使役しているらしく……ど、どうやらその王は''魔王''と呼ばれ、周辺諸国により包囲網が構築されているようで。この魔王というのが、ノートルダム様の言うアンゴルモアの大王なのではないかと…………」


 オーギュスタンは目を見開く。


「東アジアの魔王?」


 長い顎髭を撫でながら、オーギュスタンは熟考する。


(時期はズレているが……彼の言う通り、その魔王というのがノートルダム様の予言にあるアンゴルモアの大王だと考えられなくもないか。もし魔王が1999年生まれだとするなら、ノートルダム様の予言に間違いはないわけだし)


 あり得ると、そう結論付けた。


「魔王の年齢はわかるか?」


「あ、はい……えっと、確か26だったかと」


「そうか」


 逆算すると、魔王は1998年に生まれたことになる。それだと予言の一年前のため、なんだ偶然かとオーギュスタンは落胆し──そこであることに気付く。


(東アジアは古くから数え年だったな。もし魔王が数え年の場合は満年齢に換算すると25歳になるから、1999年に生まれたということだ。だから彼がアンゴルモアの大王である可能性は充分にある)


 オーギュスタンは鼻息を荒くしながら弟子に顔を近づける。


「魔王は何人(なにじん)だ?」


 東アジアの韓国だけは未だに数え年だ。故に魔王が韓国人ならば、アンゴルモアの大王と同一人物の可能性が高まる。


「魔王が日本に興った国の王をしていることはわかっているのですが……何人(なにじん)かまではまだ定かではなく」


「どういうことだ? 日本に興った国の王ならば、魔王は日本人なのではないか?」


 体の震えが収まりつつある弟子はかぶりを振った。


「いえ、島には大陸からの避難民が多くいます。日本では法律で一般人が銃器の所持を禁止されていたので、安全である日本へと逃げていく者は多いのです。故に、魔王が日本人ではない可能性も充分あります」


「なるほど」


 基本的に大陸から島に逃げてくるのは非覚醒者なのだが、だからといって覚醒者が島に逃げてきていないわけではない。


 アジアの端の日本からヨーロッパの端のフランスまではかなりの距離があるため、魔王が日本人であるという情報が伝わりにくかったのだ。


 また、塚原俊也は満年齢なので生まれたのは1999年ではなく1998年なのだが、情報不足のためオーギュスタンの勘違いは次第に激しくなっていく。


「おそらく……いや、十中八九東アジアの魔王とやらがノートルダム様の予言にあるアンゴルモアの大王で間違いないだろう」


 オーギュスタンは口の端を吊り上げる。


「やはりッ──! やはりノートルダム様は正しかったッ!!」


 これ以後、魔王・塚原俊也はアンゴルモアの大王と同一視され、ヨーロッパの脅威となるであろう魔王に対抗するためノストラダムスの信奉者らは欧州諸国に共同戦線を呼びかけた。


 『欧州諸国よ団結せよ!』


 このスローガンに代表されるヨーロッパの反ジパング運動は、やがて欧州全土に拡大。


 そしてヨーロッパの歴史の新たな主役となる三つの国家がこの時期に台頭し、ノストラダムスの信奉者が唱える対魔王共同戦線に呼応した。


 ローマを継承する真のローマ()国であると主張する、イタリア半島で興った『ティベリス()()国』。


 ドイツ連邦共和国で革命を成功させた覚醒者の集団が興し、真の意味でのドイツ民族統一を志向する『大ドイツグロースドイッチュラント帝国』。


 地中海に浮かぶマヨルカ島で成立してバレアレス諸島を統一し、西はイベリア半島、東はコルス島・サルデーニャ島にまで支配領域を伸ばす『地中海(メディテレーニアン)王国』。


 これら三カ国が中心となり欧州諸国間で対ジパング・対魔王同盟が結ばれ、ジパング王国によるヨーロッパ侵攻に備えて要塞や城などの建築が各地で急増した。


 またそれと同時に、モンスターは神聖な生物であると解釈する『神獣教』なる宗教団体がトルコで誕生する。


 この宗教団体は、モンスターは元々神聖なる生物であり、モンスターが人々を襲うようになってしまったのは地上の穢れに触れたのが原因だと提唱。


 ジパング王はそんな穢れを浄化してモンスターに人を襲わせなくさせることが出来る神通力を持つとして、神獣教は彼を『現人神(あらひとがみ)』に認定した。


 そしてこの宗教団体はアナトリア半島で『ディーシ()国』を建国する。


 神獣教の教祖を兼ねるディーシ公国の君主は自らをジパング王国の公爵であると称し、反ジパング諸国を軍事力により教化するべく軍拡を推し進めた。




 ──日本列島で起こった戦争の影響は、まるで地球を蝕むかのように少しずつ全世界へと波及していく。


 モンスター出現と同じくらい劇的に、世界は変わり始めたのだ。当事国を置いてけぼりにして。



 大ドイツ帝国の国名はドイツ語で『GroßDeutschland Kaiserreich』、地中海王国はラテン語で『Mediterraneum Regnum』です。


 ティベリス共和国やディーシ公国の国名はドイツと違って変な日本語訳になってないので、そのまんまです。


 以上四つの国の名前を考えるのに割りと頭を悩ませました。ディーシ公国という国名は上手いこと考えたなと気に入っていたりします。


 ティベリス共和国はティベリス川が流れるローマで建国されたからっていう一番単純な名付け方ですね。


 情報過多ですが、国名とかこの国がどこに位置しているのかとかを覚える必要はないです。これらの国が登場する時に、その都度再び説明文をぶっ込みますので。




 さて。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


 いかがでしたか? これにて第三章は完結です。


 第三章では、主人公が魔王と呼ばれるまでの経緯について書いてみました。


 私は日本国憲法とか国際法とかに造詣が深いわけではないので、おかしな点がありましたら感想欄にてご指摘お願いします。


 ちなみに、お気づきかもしれませんが魔王討伐軍は十字軍、愚連隊は民衆十字軍がモデルです。なのでいずれ魔王討伐軍がラテン帝国もどきを建国するかも……。






【第四章について】

 現在執筆中! ……まだ五話、六話くらいしか書けていませんが。


 出来れば十月までに第四章をスタートさせたいなとは考えていますが、それまでに書き終わるかどうか……。


 あと、今月の二十四日は本作の投稿開始からちょうど一年目なので、その日に閑話的ななにかを投稿するかもしれません(多分……おそらく、九割方するとは思います)。






おまけ 【本戦争の交戦勢力】


第一次魔王討伐軍   対   連合国

 ・四国避難所連合       ・ジパング王国

 ・龍宮王国          ・蝦夷汗国

 ・九州諸国同盟

 ・その他離島諸国

 ・傭兵団

 ・愚連隊



 圧倒的なまでの差。ジパング王国に味方がいなさすぎて目も当てられない。蝦夷汗国も属国だからジパング王国側に立っているだけだし。


 ジパング王国、哀れなり。






【2023年7月17日(月)追記】

 ディーシ公国はそのまんまとか言いましたが、重要なことに触れていませんでした。国名はそのまんまですが、公国という国号には色々なパターンがあるのでその説明をしておきます。


 位置的に勘違いしてしまった方もいるでしょうが、ディーシ公国の君主たる公はスラブ系のクニャージではありません。イギリス系のデュークです。プリンスではなくデュークです(←ここ重要)


 クニャージは公と訳しますが、実際には王と同等の位になります。一方でデュークも公と訳すのですが、こちらはクニャージとは違って王と同等ではない(王より格下)の位です。


 なお、プリンスも公と訳しますが、これは王の血縁者を指すのでデューク以上ではありますが王より下の位になります。


 ディーシ公国の君主はジパング王国のデュークを名乗っているので、自身はジパング王に従属していると明確に示しているわけです。

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