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127.かの者の帰還はまだ遠く。

 ミラージュにより吹き飛ばされた最高支隊長はむくりと起き上がると、腰に差していた刀を抜刀。


「……君はミラージュ・ヴァレンタイン公と名乗っていたな」


 最高支隊長は刀を構えながら問いかけた。


「そうっすよ。そういうあなたは?」


「僕は支隊長の最高英雄。先ほどのパンチのカラクリはすでに理解した。次は僕の番だっ! 掛かってこい!」


「……」


 しかしミラージュは微動だにせず、呆れた目で最高支隊長を見つめる。


「な、なんだ。なぜ攻撃してこない……?」


「いや、カラクリを理解したということは、私が殴りかかる時に実体化するってわかっているんすよね? それで掛かってこいって言われたら、そりゃカウンター狙いだって一目瞭然っすよ。なのでもう攻撃はしないっす」


 ミラージュにとっての勝利条件は、消化可能になるまで彼らを王都の中に閉じ込めておくこと。つまり、定期的に坑道の妨害をすれば良いだけだ。


 わざわざ実体化して攻撃を仕掛ける必要はない。


「しまったぁぁぁぁぁぁぁ!! ヴァレンタイン公、騙したなっ!」


「馬鹿なんじゃないっすか……?(戦慄)」


 最高支隊長の馬鹿さ加減にミラージュは恐怖を覚える。


 擁護すると、最高支隊長の能力は申し分ない。いや、非常に優秀と言っていい。異能も強力で、身体能力や指揮能力にも長けている。しかし駆け引きだけは苦手という、唯一にして最大の弱点があった。


「あなた、面白いっすね。名前も''最高(さいこう)英雄(ヒーロー)''っすし」


「なにそれこわい」


「マスターが好きそうな人っす。将官みたいなので、あなたは捕虜にしておこうっすかね」


「なにそれもこわい」


 もはや戦場とは思えないほどほのぼのとした空気に変わっていた。


 だが瞬く間にそんな空気はなりを潜める。


「あ、一定時間過ぎましたっすね」


 無慈悲にもそう言い、ミラージュが指を鳴らした。その瞬間、最高支隊の兵士達の体が透ける。徐々に徐々に、透けていく。


 まるで痛みはないのに、存在が消えていく恐怖。手足の先から完全に消えていき、ついに胴体も見えなくなっていく。終いにはそれが首まで到達し、生首が泣き叫ぶというホラー映画から切り抜いた一場面のような光景が辺りに広がっていた。


「な、なんだこれ!?」「うわぁぁ!!」「ひいぃ!」「助けて!」「ぎゃああぁぁぁ!!??」




 消化が──始まった。




◇ ◆ ◇




 王都の近くで身を隠していた私達の耳が、泣き喚く声を拾った。


「王都から悲鳴……。ミラージュさんの消化が始まったということでしょうか」


 香織は独りごちる。


「伊勢湾要塞を突破した龍をミラージュに消化させたかったが、王都に来ていないのなら致し方ない。諦めるか」


 そう呟き、私はため息をつく。


 今回の作戦は、龍ないし龍を使役する者を王都に(おび)き寄せてミラージュに消化させることが最大の目標だったのだ。


 しかし龍は船とともに伊勢湾に浮かんで待機しているらしく、ならば当然だが龍の使役者も船に乗って伊勢湾で留守番をしているだろう。


 つまり、最大の目標は達成出来なかった。


 俊也でないと龍を真正面から相手取るのは難しそうだから、今のうちにその龍を倒しておきたかったんだけどなぁ。


 まあ、師団規模の支隊を王都に誘き寄せられただけでも重畳(ちょうじょう)だ。それに王都を占領出来なかったら、伊勢湾で待機している敵さん達もさすがに撤退するしかない。


 なので作戦は成功、と言ってもいいはずだ。


「もうすぐ消化も終わる頃だと思うから、近くの都市に移動させていた王都の住人達を呼び戻しておいてくれ」


 と私が伝令のモンゴル人男性に指示を出すと、彼は軽く敬礼をしてから早馬に乗って駆けていった。


 相も変わらず、蝦夷汗国から派遣されてきたモンゴル人の伝令は速いな。彼らのお陰で、俊也のモンスターがいなくても遠方の状況が把握出来ている。


 ジパング王国は蝦夷汗国と連名で有志連合軍に対し宣戦を布告した。そのため徴兵されているモンゴル人とは別に、蝦夷汗国から伝令兵がジパング王国に派遣されてきている。


 派遣されてきた伝令兵はとても優秀で、ある程度の時間差はあれどリレー形式で逐一王都にまで戦況が入ってくる。


「お」


 噂をすれば何とやら。


 王都の住人達を呼び戻しに行った奴とはまた別の伝令が馬に乗ってやって来てきた。そして伝令は私達の近くで止まり、下馬する。


「ほ、報告! 四国上陸作戦失敗! 将校はほとんど捕虜にされたようです! 繰り返す! 四国上陸作戦失敗! 自軍の残党は敗走しております!」




◇ ◆ ◇




「ジパング王国による四国上陸作戦を阻止しました! 士官クラスのエリートも粗方生け捕りに成功! 大戦果ですね!」


 嬉しそうに言う伝令の報告を聞き、連合長の夢野は肩を揺らして薄ら笑った。


「そうですか。さしものジパング王国もここまで、といったところでしょう。特にジパング王が不在というのが大きく響いているはずです。やはり、かの国と戦うには今が最適なタイミングでしたね」


 ジパング王国に先手を取られた怒りは忘れ、夢野は愉悦の表情を浮かべる。


「この調子で、ジパング王国を潰してしまいましょう」


 彼がここまでジパング王国の打倒に固執するのには訳があった。


 なぜ老人は増長するのかと考えた時、彼は年上を敬えという儒教の教えが悪いという答えを得た。そして宗教は唾棄(だき)すべき巨悪だと彼は捉えたのだ。


 なぜそれがジパング王国打倒に繋がるのかと言うと日本神話のように建国期のことは神話化されやすく、そういう際は必ず建国の中心人物は神格化される。


 神格化、つまり神として崇められるということで、宗教が生まれるということと同義だ。


 つまるところ夢野は、ジパング王を主神とする宗教が生まれることを未然に防ぐためにジパング王国打倒を掲げているわけだ。


 手を付けられなくなる前にジパング王国を潰し、ジパング王の神格化を防ぐ。これが彼の目的だ。


 彼の行動理念は一貫している。二度と姉のような老害の被害者を生まないため。なんと高尚な。


 しかし彼の場合、それに至るまでのプロセスが歪んでいた。それを本人は自覚していない。


「あの、入室許可を!」


 計画通りに進んでいることに夢野が満足していると、ゴンゴンと扉を叩く音とともに入室の許可を求める声が聞こえてくる。


「入って良いですよ」


「っ失礼します!」


 慌てて部屋に入ってきた役人は伝令を強引に押しのけ、夢野の目前に立ってこう言った。


「大変ですっ! 全ての連合派市長が四国避難所連合からの脱退を一斉に宣言しましたっ!」


 今まで笑みを浮かべていた夢野の表情が目に見えて曇った。




◇ ◆ ◇




 有志連合『魔王討伐軍』。この名が最初に世界史に登場したのは(ジパング)暦1年(西暦2025年)のことである。


 第一次魔王討伐軍は、当時まだ勃興したばかりの四国避難所連合の呼びかけに応じた列島諸国によって結成された。


 第一次魔王討伐軍の中心となったのは四国避難所連合・流求王国・フランカ王国の三ヶ国だ。


 そして面白いことに魔王討伐軍の大義名分は愚鈍なる民衆の正義感を刺激し、悪辣な魔王を倒すと息巻いた四国・九州の民間の覚醒者達が自発的に徒党を組み第一次魔王討伐軍に参加した。


 民間の彼らは愚連隊と呼ばれ、以降の魔王討伐軍にもたびたび参加し肉壁として一定の功績を残している。


 本来の意味での愚連隊との区別を付けるため、頭に''魔王討伐軍''が置かれることもある。


 ジパング王国と敵対する国家はこの魔王討伐軍という大義名分を利用し、周辺諸国と協力してジパング王国と戦った。


 簡潔に言うとするならば反オスマン同盟である神聖同盟のように、魔王討伐軍は反ジパング同盟として機能したのだ。


 魔王討伐軍とジパング王国の戦いでは必ずと言っていいほどいずれかの君主が出張り、アウステルリッツの戦いよろしく君主同士が攻防を繰り広げた例がいくつかある。


 天竜川会戦におけるジパング王と自称天皇の戦いのように、戦争に君主が出張るのは当時では常識だったのだ。その理由を知るためには、まず国の成り立ちを理解しなければならない。


 モンスター出現からおよそ百年ほど世界全体は混乱期に陥り、世界各地で大小様々な君主国が乱立した。


 なぜ君主国ばかりが乱立するのか。それは、圧倒的な強さを誇る覚醒者の台頭が原因である。


 塩国の君主やジパング王、龍宮王などの単独でCランク以上のモンスターを討伐可能な強さ持つ覚醒者の元には、彼らの庇護下に入って安全を得たい非力な覚醒者・非覚醒者が集まる。


 そのため強い覚醒者の周囲には次第に国が形成されていき、その強い覚醒者を君主として戴く君主国におのずと変化していくのだ。


 故にジパング王国や龍宮王国、大日本皇国の君主が強力な覚醒者なのも必然の帰結。というより、この時代の君主は強くないと務まらないであろう。


 だからこそ当時は君主が最高戦力であり、君主が戦争に出ないと敗戦する可能性すらあったほどだ。


 そんな時代に君主不在の隙を第一次魔王討伐軍に突かれ、ジパング王国は窮地に立たされた。


 それでも決して生きることを諦めず、かの国の民は待ち続けた。






 ───偉大なる王の帰還を。


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