表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/135

124.開戦の正当化

 今話は説明回です。ジパング王国による開戦を正当化するための屁理屈の説明となっていますので、少々ややこしい内容です。


 ざっくり流れがわかっていれば支障はありませんので流し読みを推奨します。

 二日後。ジパング王国は蝦夷汗国と共同で声明を発表した。それは魔王の討伐とかいうふざけた目標を掲げる有志連合軍を非難する内容であり、また、有志連合軍を主導する四国避難所連合への開戦宣言である。


 なぜ不意を突かずにわざわざ宣戦布告をするのかというと、開戦の正当な理由を宣言しておかないと民草は有志連合軍側に正義があると思い込んでしまうからだ。


 ただでさえモンスターを使役するジパング王の評判は悪い。ジパング王国内では逆にそれが頼りになると言う者が大半を占めるが、国外ではジパング王は人間に化けたモンスターだという悪評が広まっている。


 さて。ジパング王国・蝦夷汗国による共同声明は、有志連合軍との開戦を正当化するものだ。これを受け、連合長の夢野はプラスチック製の椅子を蹴り飛ばした。


「クソッ! まさか、こんな方法で先手を取られるとは!」


 有志連合軍より先制して開戦を宣言し、ジパング王国陸軍はすでに四国へと迫っていた。


 夢野は、ジパング王国は自ら開戦に踏み切ることはないと考えていた。なぜなら、ジパング王国が開戦に踏み切ろうものならジパング王=魔王だと認めたようなものだからだ。


 仮にジパング王国が開戦に踏み切っても、開戦は国際法違反だと非難して民草を味方にする気だった。


 ジパング王国に先制攻撃をすることで戦いを有利に進め、反撃を許さない。まさに完璧な計画。


 しかし、現実は非情である。計画は根底から崩れ去った。現在は、有志連合軍が後手後手に回っている状況だ。


 故に、怒らずにはいられるはずもなく。


 何度も、何度も。彼は、亀裂が入るまで椅子を蹴り続けた。


 しばらくして夢野一人しかいなかった部屋に部下がやって来て、仕方なく彼は椅子を蹴るのをやめた。


 なお、部屋にやって来た部下は夢野が椅子を蹴る様子を見て若干引いている。それでも顔に出さないように気を付けながら、部下は夢野に報告をした。


「夢野連合長、ご報告が」


「何です?」


 椅子を蹴りはしないものの、夢野は不機嫌そうな声で早く報告をするように急かす。


「は、はい。それが……流求王国軍が勝手に動き出し、海路によりジパング王国の王都へ向かっています。軍規違反ですが、どう対処しますか?」


「流求王国軍ですか。なら放っておいてください。軍規違反ではありますが、彼らにはもうそろそろジパング王国の本土に突撃──いえ、特攻してもらう予定でしたので」


「そ、そうですか……」


 突撃を特攻に言い直したことによりこの上司頭大丈夫かと部下は不安そうな表情を浮かべ、この部屋に長居したくないかのように足早に退室していく。


「では、私はこれで」


 そして部下の足音が遠ざかっていくのを確認し、夢野はまた椅子を蹴り始めるのだった。


「チッ!」


 舌打ちとともに。




◇ ◆ ◇




「今のところ、上手くいっているみたいですね」


 ヴェルサイユ宮殿の会議室で、香織が呟いた。


 彼女が言う『上手くいっている』というのは、現在四国へ向かっているジパング王国陸軍のことだ。


 王都を発って四国に向けて行軍中の部隊からは定期的に伝令がやって来ていて、その伝令の連絡によるとまもなく瀬戸内海に到着して四国上陸作戦を開始するとのこと。


 海軍や空軍を派遣した方が四国上陸が手っ取り早く済むのだが、四国に行軍しているのは陸軍だけだ。理由は単純で、海軍や空軍は俊也のモンスターありきなのだ。


 海軍で使用されている船は水生モンスターが牽引することを前提にドワーフが造ったものであり、俊也がいないので当然ながら運用が出来ない。


 空軍では飛行系モンスターにぶら下がって飛ぶための船が使用されていて、こちらも俊也がいないので運用不可能。


 俊也が召喚したままにしていたモンスターはいるにはいるが、いかんせん数がまったく足りず海軍や空軍の船が運用出来るほどではない。


 鉄甲船(鉄板の張られた安宅(あたけ)船)という人力の船もあるが、水夫がまったく育っていないのでこれも運用出来ない。まさしく木偶の坊だ。


 というわけで、唯一モンスターの力に頼っていない陸軍が派兵された。なお、現在行軍中の陸軍の主力部隊は元部族長のアルトゥ率いる第一騎兵連隊だ。


 ……やはり専制君主制(ワンマン)国家は、その国の君主が不在の時に国力が大幅に弱体化するな。


 ジパング王国は専制君主政ではなく絶対君主政だが、諸侯は領地を持たないから権力は国王に一極集中している。つまり、実質的にはワンマン国家だということだ。


 これは不味い。ワンマン国家ほど崩壊は早いからだ。


 国政を担う専制君主ないし独裁者に人が付いていかなくなれば、ただそれだけでワンマン国家の体制は崩壊する。運が悪いと、体制だけでなく国ごと亡びかねない。


 俊也が帰ってきたら、そのことについて話し合わないとな。ある程度は権力を分散すべきだ。それと、権威もジパング国王から分離させる必要があるかもしれない。


 ジパング王国法において、ジパング国王に即位する際の戴冠(たいかん)は自ら行うとしている。これは、ジパング国王が権力だけではなく権威をも(あわ)せ持っていることを意味する。


 古今東西の歴史を見ればわかるが、権威・権力の両方を持つ者は早くに凋落(ちょうらく)する。例えばナポレオン。もちろん一世の方だ。


 君主への戴冠(つまり、この者を君主として認めるという行為)をする権威を持っていたローマ教皇の前で、ナポレオンは()()帝冠を被った。これはナポレオンが権威を持っていたことを意味する。


 要するにナポレオンは武力によってフランス皇帝という権力と、ローマ教皇をも優越する権威を手中に収めたのだ……が、彼はわずか十年で皇帝位を追われた。


 また、神聖ローマ帝国では、マクシミリアン大帝の代からローマ教皇の戴冠がなくてもローマ王はローマ皇帝を名乗れるようになった。


 しかしこれは、神聖ローマ皇帝がナポレオンのように権威・権力を両立していたわけではない。


 ただ単に神聖ローマ皇帝位に権力が伴っていなかったからこそ、権威を持てたのだ。神聖ローマ帝国において強力な権力を持っていたのは、皇帝ではなく七人の選帝侯だ。


 選帝侯は皇帝を選出することが出来たのだから、皇帝以上の権力を持っていて然るべきである。


 このように権威・権力の両立は不可能ではないが長続きせず、逆説的に言えば神聖ローマ皇帝やローマ教皇、日本の天皇やイギリス国王のように権威だけを持っていたらそう易々とは滅びはしないはずだ。


 ……今考えるべきことは別にあるのに思考が飛躍したな。


「ええ。上手くいっているのは、摂政殿下の案によって私達が先制的に開戦出来たのが大きいでしょう。さすが摂政殿下です」


 香織の呟きに仁藤さんが頷く。


 私は苦笑いをして、首を振った。


「こんなことは、法律を齧っている者なら誰でも思い付くものですよ」


 私の案とは何かと言うと、国際法を利用することでジパング王国による開戦を正当化するというものだ。


 国際法に違反しないような大義名分ではなく、国際法を利用した大義名分。


 迎撃的自衛権の行使という大義名分では有志連合軍が動き出してからしか開戦出来なかったが、国際法を利用した大義名分を掲げることで奴らが動く前に一方的に開戦に持ち込めた。


 まあ、ジパング王国には正義があるということを強調するために大義名分を大々的に宣言する必要があったので、有志連合軍への奇襲が出来なかったという欠点はあるが。


 開戦を宣言するにあたり利用した国際法は、国連憲章の敵国条項と呼ばれるものだ。この条項は第二次世界大戦の枢軸国(日独伊など)が侵略行為をしたりその兆しを見せた場合、安保理の許可がなくとも当該国に対して軍事的制裁を行うことを容認している。


 早い話、枢軸国だった国に対して戦争を仕掛けることを正当化しているのが敵国条項だ。


 一般的に敵国条項は死文化していると認識されており、国連総会でも時代遅れであると記されている。


 だがしかし北方領土問題に際してロシアが敵国条項を持ち出しているように、敵国条項を適用しようとする国はままある。なので敵国条項は死文化していない、というのがジパング王国の見解だ。


 問題は四国避難所連合が敵国条項の敵国に該当するのかということだが、枢軸国だった日本の憲法を引き継いでいることを根拠にして日本国との連続性が認められ、よって四国避難所連合は日本国の継承国であり敵国条項の当該国だと主張した。


 これにより四国避難所連合に戦争を仕掛けられることが可能となり、私は摂政として宣戦を布告をしたのだ。


 さすがに流求王国やフランカ王国に戦争を仕掛ける大義名分はないが、四国避難所連合は有志連合軍を主導している。


 なので四国避難所連合と戦争状態になれば、もれなく有志連合軍の全参加国とも戦争状態に突入するというわけだ。


 だから有志連合軍ではなく四国避難所連合に宣戦布告するだけで充分なわけだ。


 ……うん、今更だけどかなり強引な屁理屈だな! まあこういう場合は嘘をついたもん勝ちだからね。



 国家の連続性ないし同一性の補足をします。


 長い上に本編と関わりはないので、気になる方だけ読んでみてください。


 そもそも、国の年齢というのはデリケートな問題です。独立や建国を宣言した日付がわかっている場合はそうでもないですが、日本の場合はややこしくなっています。


 日本国憲法が施行された際に現在の日本が建国されたと言う者もいれば、奈良盆地で王権が発祥した時を日本の建国だと言う者もいます。


 特に、戦前と戦後で日本は同じ国と言えるのかが重要ですね。つまり、大日本帝国と日本国に国家の連続性があるのかということです。


 大日本帝国憲法を廃止して日本国憲法を施行したわけではなく、大日本帝国憲法を()()したものである日本国憲法を施行したわけなので戦前と戦後で国家の同一性には変更がないというのが日本政府の見解です。


 要は戦前から日本は続いていると政府は主張しています。


 その点で言うと連合憲法は日本国憲法を改正したものなので、四国避難所連合=日本国だという等式が成り立ちます。


 では憲法ではなく君主に焦点を当ててみましょう。


 日本は古くから天皇を君主として戴いていて、それは外戚政治や武家政治が台頭してからも変わりません。


 こう言うと反論も色々出るでしょうが名目上とはいえ征夷大将軍(大君)という立場は天皇から与えられたものなので、日本は王朝をずっと維持していると言えます。


 ただ四国避難所連合の君主は天皇ではなく世襲制でもないため王朝が途絶えたことになります。


 日本は建国後ずっと同じ王朝が続いていたので、その王朝が途絶えたことを根拠に四国避難所連合と日本国には国家の連続性が認められない……と言えなくもないかな?


 私は門外漢なので断言は出来ないですが、まあおそらく王朝が途絶えたことで四国避難所連合=日本国という等式が破綻していると主張することは可能でしょう。


 ただ四国避難所連合がそれを主張するのは墓穴を掘ることになるので、さすがにそんなことはしません。自ら四国を支配する正当性がないと言っているようなものだからです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ